第二十八話「中二な少女と秘密結社」
長期休みが終わり、その後の二ヶ月間もあっという間に過ぎ去った。長期休みの間は午前の授業がないということで、アルシャやリゼスの家でお泊まり会をしたりして結構楽しかった。まあ、お泊まり会してる間にしたことといえば、魔力操作の練習や試合で使えそうな合体技を考えたりそんなことばかりだったけど、それでも楽しかった。
現在の時刻は深夜一時ごろ。誰もいない学園の、第三棟にある図書館で私は本を探していた。外は真っ暗だが、図書館の随所に備え付けられたランプの炎は消えることがない。これもガヴァニウムが考案した装置なんだとか。そのランプに手を近づけると、微量な虚原素の流れを感じ取ることができる。おそらくこのランプは自動で虚原素を吸収、そして発火させているのだろう。
「今日はどの本にしようかしら…………」
私は童話や伝説が納められた棚の前で足を止めた。私がこの時間、この場所で読む本はもっぱら児童書だ。たまには頭を休ませることも必要だ。それに全く異なる文化ということもあって、子供向けの本であってもその内容は興味深い。また、この場所に来た目的は本を読むことではなかった。
「これでいっか」
私はその本を傷付けないよう、人差し指を背の上に引っ掛けちょっと前に出したら、背の中心に持ち替え引き出す様にしてその本を棚から取り出した。
向かう先はこの図書館で最も暗く、そしてぽつんとそのスペースだけのために切り取られたかの様な空間だ。その場所に備えられている机に向かって座ると、私は本を開きながら、目の前にいる男に向かって話し出した。
「後期が始まってから二ヶ月が経ちました。そろそろ本格的に動き出す時です。作戦の方は順調ですか?」
私は本のページをめくりながら目の前にいる整った顔立ちの男に問いかけた。整えられた銀髪にすっきりとした口髭、背筋を伸ばし綺麗な姿勢で椅子に座る男は専門書の様な分厚い本を読んでいた。
「10月に二番人気の『絶壁』と試合。その次の月に『正統なる冠掠』と………ということですね?」
男は胡散臭い声を図書館に響かせた………いや、胡散臭いと思うのは私が男の正体を知っているからだろうか。男の名前はデマルクス・クローク、私の協力者だ。私は本に目を落としたまま返答した。
「はい。『絶壁』を10月の対戦カードとして浮上させるのはそちらにお任せします。こちらは組織票を利用すれば何とかなりそうです」
この都市には学校がいくつか存在する。その中でも名門と言われ首都アミナとのパイプのつながりが一番強いのがここアミナ帝立魔法学園だ。だから、借金をしてでもこの学園に子供を入学させている家庭は多い。組織票の大半はそんな家庭出身の一般学生達だ。
男が今回の資料を置いて去った後、私は読んでいた児童書を閉じてその資料に目を通す。ここ最近はヘルミナ達の情報についてしか受け取っていない。彼女はこの国の王族ということもあり、学園にはあまり顔を出さず公務として外で活動していることが多い。他国でのモンスター討伐に帝国への反乱分子の鎮圧と、データは山ほどある。デマルクスを味方につけたのは本当に正解だった。
さっとその情報に目を通し記憶した私はボドを使ってその紙を燃やすと席を立とうとした。
「か、カッコよすぎる」
その瞬間女の声が聞こえた。
(……ん?誰かの声……まさか!?今の会話を聞かれていた?)
その声の主を探そうと、私は立ち上がり薄暗い図書館を見回した。しかし、周囲に人影はない。
「ボド、私の周囲に誰かいる?」
私は自らの虚機友導に向かってつぶやいた。ボドは虚原素を利用して魔法を発動させる道具だ。虚原素が人間にも流れていて、それを感知しているのか、それとも何かレーダーの様なものを備えているのかは知らないが、この無機物は周囲に人間がいれば感知することができる。
『………………十時ノホウコウニ、ハンノウアリデス』
頭の中に聞こえてきた声を頼りに、私は本の棚の側面に備えられた椅子に目を向けた。その椅子の上には誰もいない…いや、見えていないだけか。
「そこにいるんですよね」
私は誰もいない虚空に向かって話しかけた。すると、その椅子の上から空間が剥がれる様にして、少女が現れた。
「な!なぜ、気がついた?私のカモフラージュは完璧だったはずだ!!」
驚いた顔を少女は見せた。紫色の髪は灯りに照らされ天使の輪を浮かび上がらせていた。そのツヤツヤとしたショートヘアは毛先ではボサボサと跳ねている。色白な美少女で黒のストッキングが特徴的だ。
「エッタ・リオース………」
彼女の名前はエッタ・リオース、『半竜』のパーティーリーダーであり、私の中の要注意人物リストに名を連ねている。彼女は虚列等級第二位でありながら、六番人気で対戦回数も少ない。そのためかデマルクスからの情報も一番少なく、学園で見かけることも滅多にない。そんな彼女が目の前にいた。
(まさか、彼女も私と同じ様に何かを企んでるってこと?今年、彼女は一度も試合をしてない……人気がないから仕方ないけれど、少し不自然ね………)
「あなたはいつからそこにいたんですか?」
私は彼女の青紫色の瞳を睨んだ。
「それは!!君と彼の会話をどこまで知っているかという質問か?それなら!!君たちが、この図書館で深夜、この時間に話すようになってからの内容は全部だ!!」
彼女は得意げな顔で手を顔の前に当てると、十字架を作る様にしてその顔を覆った。
(まずいわねこれは…もしこの作戦のことが公表されたら厄介なことになる………)
「あなたの目的は何ですか?どうして今までずっと盗み聞きを?」
私は彼女の目的を探ることにした。武力行使に出るのはまだ早い、きっと彼女には何か目的があるはずだ………
「それは!!………………あの……イイダセナクテ……」
「ん?今なんて言いましたか?」
後半部分が小さくて聞き取れなかった。
「だから!!………………い、言い出せなかったんです」
(言い出せなかった?一体どういうことかしら?仮にたまたま話を聞いていたとして、今までずっと黙ってた理由は何?何かを隠している?)
私は椅子を引いてきて彼女の前に脚を組んで座った。
「言い出せないなら、どうして今までずっと盗み聞きを続けてたんですか?途中からここに来るのやめればよかったじゃないですか」
私とデマルクスとの情報交換は週に一度行われている。しかも曜日はランダムで、私とデマルクスの二人しか知らない。ということは、彼女はこんな深夜にこの図書館のこの場所に毎日いたということになる。でも、どうしてそんなことを?
「そ、それは!!最初は光の屈折魔法を使いながら深夜の図書館で黒魔術について調べてたんだけど、なんか急に二人が話を始めちゃって、それで話を週に一度聞いているうちに何かカッコいい“作戦”とか“生徒の情報”とかスパイみたいな話の内容に発展してて、それが聞いてて面白くて………つい」
彼女は『それは』の後の部分は早口でそう答えた。その内容に対して私は首を傾ける。
(私とデマルクスの会話がスパイみたいで面白い?まあ、確かにこんな暗い時間に二人だけで色々と資料の交換をしたり、彼から活動資金を得たりはしてたけど…………)
「わかりました。では、あなたには私たちの会話の内容をどうこうしようという意思はないのですね?」
「もちろん!!聞いてて楽しかっただけ」
(でも何かこの娘怪しいのよね。腰につけた鎖でぐるぐる巻きにしてる本とか、左腕に巻いてる包帯とか、ちょっと挙動不審なところとか…………)
彼女の瞳から嘘は感じられなかったが、万が一ということもある。もし、彼女が嘘をついていて私とデマルクスの関係が公表されたらいっかんの終わりだ。そう思った私は、彼女にある提案をした。
「あなたの言葉を信用していないわけではないのですが、このことを他の人に話されてしまっては本当に困ります」
「いや、別に話すつもりないけど」
「そこで、あなたがこの話を黙ってくれる代わりに、私も何かあなたのお願いを聞きましょう。交換条件です」
対価のない口約束ほど信用できないものはない。彼女がここで私たちの会話を聞いていたことに気がつかなかったのは完全に私の落ち度だ。尻拭いは自分でしよう。
「いや、だから話すつもりないって」
「相互契約です!これで私も安心することができます」
私は彼女の目を睨みつけてそう言った。強引にでもこの契約は結んでもらわなければ…不安要素は残したくない。
「そ、そこまで言うなら……………」
彼女は若干引いていたが、左腕に巻いた包帯を右手でぎゅっと掴むと大声でこう言った。
「ならば!!共に秘密結社を作ろうじゃないか!!!」
(急に強気になるのね。このテンションの緩急、まるでジェットコースターじゃない)
「秘密結社ですか?別にいいですけど、あなたには一体どんなメリットが?」
私は脚を組み替えて彼女に聞いた。
「君は……………」
「レイでいいです」
「レイは人付き合いが上手だな?」
「そうでしょうか?」
「ああ!!ユティやブレイクがレイのことをこの図書室で話しているのをよく聞いたぞ!」
どうやらユティとブレイクは私のことをこの図書館で話しているらしい。二人が仲良かったのは知らなかった。その話の内容が少し気になった私は彼女に聞く。
「参考程度に、二人は私についてどんなことを言ってましたか?」
「えーっと、確かユティは『レイのほっぺたはぷにぷにで、もう一回キスしたい』とか『あのうなじは見てて興奮する』とかで、ブレイクは『レイと友達になりたい』とか『レイは本当にカッコいい』とか、でそれに対してユティが『レイはカッコいいんじゃなくて――」
「あーもういいです」
(そうか、最近感じてた首筋への視線の正体がやっとわかった。っていうかブレイクと私は普通に友達でしょ、長期休暇の時も一緒にお茶したし)
「…………………とにかく!!レイはまだこの学園にきて一年も経ってないのに、女子達と仲良くなっている!私は女子だけの秘密結社を作りたいのだ!!!」
「女子だけの、秘密結社ですか?」
「いや!!正確には男子もいていいんだけど、幹部は女子だけがいいのだ!!!」
「そこまで女子にこだわる理由って何なんですか?」
「それが!!前世での私の夢だったから………………」
(なるほど、前世の話になってくるのね。そうなるといろいろとややこしいことになってくるし、流石にそこまで踏み込むつもりは私には無い…………)
組んでいた脚を元に戻し、手を膝の上に置くと私はここまでの話をまとめる。
「わかりました。では確認しますね。あなたの要望は秘密結社を作ることで、私はあなたよりも人を集めるのが得意だから、秘密結社結成を手伝ってほしいという認識であってますか?」
「ああ!!それでいい」
この要望は案外簡単かもしれない。今までのものに比べればちょろいものだ。その辺の三年生に声をかけて秘密結社の会員になって欲しいと頼めばいいだけだ。籍を置いてもらうだけでもいい。とりあえず、アルシャとリゼスは確定として…………
「それで会員は何人の予定ですか?」
「そうだな……秘密結社だし、まあ十人前後でいいか」
「わかりました。では、その秘密結社の名前を今、決めてしまいましょう」
「い、今決めるのか?それは会員が集まってからの方がよくないか?」
(多数決取るのめんどくさいし、秘密結社といっても子供のお遊びみたいなものでしょ。さっさと決めちゃいましょう)
そう考えた私は彼女を説得する。
「今なら二人で決められます。あなたの意見が採用される確率は今の方が高いですよ」
「そ、それもそうだな!!じゃあ今、決めるか!」
その後、小柄な彼女は椅子から立つと、机の上にぴょんと飛び乗った。私は椅子の上に座ろうと思ったが、彼女と目線を合わせるためにも横並びに彼女の隣に座った。今は周りに誰もいないし、机の上に一度座ってみたかったからちょうどいい。
「では、提案をどうぞ」
「……………『闇夜に溶けるシャドーキーパー』というのはどうだ!!!」
彼女は私の隣で決め顔をすると、右手を前に突き出し、その腕を軸に虚機友導を回転させた状態のまま、静止した。
「では、それでいきましょう」
正直聞いていて寒気がするほどゾッとしたが、時間を取られたくないのでその提案に賛成した。
「…………なあ、レイ……君は本気で考えてくれているのか?」
急に声のトーンを落とした彼女は静かにそう聞いた。
「え?」
「自分でもこの姿が痛いのはわかってるんだ………君が本気じゃないなら、この話はなかったことでいい。別にあの会話の内容を話はしない」
急激にテンションを下げた彼女は机から降りると、立ち止まってそう言った。その時の彼女の顔には暗い影が落ちていた。一瞬私の方を向いた彼女は私の前を横切って行ってしまった。私が彼女の逆鱗に触れてしまったことは間違いなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私は机から降りて彼女を呼び止めた。
(少し彼女のことをバカにしすぎたか…………そうよね、私にとってくだらないことでも、彼女にとっては重要なことだってあるわよね)
嘘で固めた言葉で説得することは彼女に対して失礼だと考えた私は、深く反省し、全身全霊を持って彼女に合わせることにした。
(あー、本当はすっごい恥ずかしいけど、昔妹とよくこうやって遊んでたことあるし、多分彼女が求めてるのは“あのノリ”なのよね)
彼女の言動や随所にみられる“その傾向”から私はある一つの解答にたどり着く。その答えへと到った私は深く深呼吸をした。ちなみに、この時の私には深夜テンションが多分に含まれていた。
「……………………私の名前は黒義院冷!!世界有数の財閥令嬢にして、いつかは世界を支配する者!!そして、この世界では打倒王家を掲げ、この世界を復讐の炎で焼き尽くす者!!」
私は右手を顔の前に隠すようにしてつけると、ボドから微かな風を自分に向かって送り出し、着ているローブと髪をなびかせた。数秒の沈黙が図書館を包む。他に誰もいないといってもこの体勢でいるのはとても、と て も 恥ずかしい。
立ち止まって私の方へと振り向いた彼女は、目を輝やかせ私の元へと走って戻ってきた。
「いいね!!最高だよ!!特に自分のことをお嬢様だと言い切るその設定が最高に痛い!!この世界を復讐の炎で焼き尽くすってのも悪くないね!」
どうやら彼女の機嫌は何とか戻ったようだ。私は頬が熱くなるのを感じながら、元の体勢に戻った。
「さっきはごめんなさい。私の誠意、伝わりましたか?」
「うん!!十分伝わった。それじゃあさっきの続きといこう!」
仲直りした私たちは、再び机の上に座る。
「じゃあ、レイの意見も聞かせてくれ!」
「そうですね…………」
(恐らく彼女が求めているのは秘密結社っぽい名前よね。ってことは何か雰囲気的にカッコよければいいのよね?よくわかんないけど………)
私は紙をポケットから取り出すとそこに名前を書き出して、彼女に見せた。
「では、結社名は『到達不能極点』というのはどうでしょうか?」
「おお!何かカッコいいぞ!で、それはどんな意味なんだ?」
(え!意味を淡々と説明するのすっごい恥ずかしいんだけど)
そう思いながら私は机の上に紙を置き、手をもじもじとさせながらその意味について彼女に語った。流石の私でも彼女の目を見ながら説明することはできなかった。
「えーっとですね。ポイント・ネモというのは私の世界で陸から最も遠い海の地点のことを指していて、…………それでですね」
「うん!うん!」
彼女は私に顔を目一杯近づけた。
「で、その場所は環流の影響で生物があまり住んでなくて、陸から遠いってこともあって人工衛星がよくその場所に落とされるんですよ。それが何か、この世界に到達してしまった私たちみたいだなって、思って………」
(かああああああああ、すっごい恥ずかしい。これ普通にヘルミナに負けた時より恥ずかしいんですけど?)
「あ、人工衛星ってわかります?」
「わかる!わかる!私の世界にもあったぞ!!」
どうやらお気に召してもらえたようだ。彼女は羨望の眼差しを私に向けて、興奮していた。
「それにしても、レイって何かロマンチストなんだな!」
「も、もうやめてください。それで、どっちの案でいきますか?」
私は俯きながら、先ほどの紙をクシャクシャにしてポケットにしまった。誰にもみられたくない、黒歴史の一つがここで生まれた。
「うーんそうだなあ、私の案も結構良かったんだけど、レイの恥ずかしがりながらも説明する姿に心打たれたよ!厨二病の世界にようこそ!レイ!!」
「で、では私の案でいくってことですか?」
「うん!それでいこう!!」




