第二十六話「モーニングルーティン」
医務室のベッドでユーリウスとジョルトが横たわる中、私は地面に足をつきながらブレイクの太ももに回復魔法をかけていた。反対側のベッドには『喰龍射』のメンバーが眠っている。
「回復魔法かけるの、上手、なんだね」
私がブレイクの傷を一瞬で治すと、彼女は驚いた顔をした。
「まあ、地獄のような特訓をしたので…………そんなことよりも、ブレイクは本当に凄いですよ!いくら作戦を立てていたとしても、あの土壇場での動きは見ていて感動しました」
彼女の足の怪我が治ったことを確認すると、私は彼女が座るベッドの隣に腰をおろした。
「え、いや、途中からは作戦も何も、なかったんだけどね」
ブレイクは治った太ももをさすりながら、小さな声で呟いた。
(やっぱりあれ作戦じゃなかったんだ。確かに作戦にしては動きが途中からバラバラだったわね)
そんなことを思いながら、それでも凄いと思った私は照れる彼女の横顔を見つめながら、ブレイクを密かに尊敬することにした。
「それで…なんですけど、組織票の件って有効ですか?」
照れる彼女の方を向きながら私は笑顔で報酬について尋ねた。この話をするために彼女の機嫌を取っていたわけではない。彼女のことを凄いと思ったのは純粋な私の気持ちだ。ただ、ほんの少し、本当にちょっとだけ、この話を切り出すことを考えていたのも事実だ。
「えーっと、多分、大丈夫。ユーリウスにはなんとか私が話をつけます。だ、だから、レイは、心配しないでいいよ」
丁寧語とタメ語が混ざってはいるが、彼女は自身のある声で下を向きながらそう答えてくれた。この試合を乗り超えて、彼女は少し成長したように感じる。そのことがなんだか少し嬉しかった。
「くそッ!!」
急に部屋に響いたその声にブレイクは体をブルっと震わせた。どうやら、声の主は反対側のベッドにいる『喰龍射』の誰かのようだ。
「大丈夫ですか?ブレイク」
「う、うん、少しびっくりしただけ………」
私はブレイクの背中をさすりながら声がした方を睨んだ。
(全く、せっかくいい気分だったのに、台無しじゃない)
立ち上がり声がしたベッドの方へと近づくと、私は一言言ってやろうと、少し失礼だとは思いながら、そのパーテーションを開いた。中にいたのはファントン・ループだった。
「ここは医務室なんですから、もう少し静かに――」
「そうやって、また邪魔するのか、黒義院……」
私の言葉を遮るようにして彼は怒りを込めた声を発した。教室で見かける彼とは明らかに違う雰囲気が漏れ出している。
「え?」
彼は憎しみを込めた瞳で私のことを睨みつけた。覚えのない怒りをぶつけられた私は、あまりにもそれが唐突で一瞬放心状態になった。
「大きな声したから見に来たけど…ってレイ!勝手に人のベッド覗いちゃダメだよ!!」
医務室に入ってきたアルシャに肩を引かれ、私はパーテーションから外へと連れ戻される。そこにはアルシャだけでなく、リゼスもいた。
「レイ、流石にそれは失礼………」
アルシャだけでなく、リゼスからも訝しげな顔を向けられた私は、我を取り戻す。
「あ、いやこれは……」
「違うんです。レイは私のために――」
私が弁明しようとすると、ブレイクが立ち上がりアルシャとリゼスに私の代わりに事情を説明してくれた。その間私は、どこか覚えのある執念深い、憎しみに満ちた瞳を思い出していた。
(あれって私が爆滅に手を貸してたことに怒ってるってこと?でも、それをしてはいけないルールなんて無いし…)
ブレイクに別れを告げ、医務室から外に出ると、私達三人は横並びになって特訓場に向かって歩いていた。私は先程からあごに手を当てて、先ほど感じた違和感の正体を探っていた。
すると私のすぐ右側を歩いていたアルシャが声をかけてきた。
「レイー、ブレイクのこと結構可愛がってたみたいだね」
アルシャはニマリとした笑みを向けながら前屈みの体勢で私の顔を覗くようにして隣を歩いている。
「いえ、私はただ作戦成功のために彼女には精神面でも強くなって欲しかっただけで………」
「レイのことを話すブレイク、とっても嬉しそうだった。なんかちょっとジェラシー」
左を歩くリゼスまでそんなことを言ってくる。確かに、この一ヶ月間のほとんどを『爆滅』メンバーと過ごしていたせいでアルシャやリゼスが少し寂しい気持ちになるのはわかるが、これは作戦のためだ。
「とにかく、今回の作戦は成功したので、これからはいつも通り三人で特訓していきましょう。それではこの話はもう終わりで」
手をパンっと叩くと私は気持ちを切り替えるようにして話を終わらせた。爆滅のメンバーと仲良くなったとしても、彼らとの付き合いはこれでお終いだ。これからはいつも通り平常運転でコツコツ特訓を続けていかなければならない。明日からは前学期最後の一ヶ月が始まる。一層気合を入れなければならない。
「はーい。特訓といえばさ!リゼスとボク、レイがいない間に結構強くなったんだよね。それを今日は披露したいと思います!」
アルシャは興奮気味に私に伝えた。それを聞いてリゼスの歩く速度が少し加速する。
「あ、ちょっと!」
『爆滅』が大蛇に襲われてから試合当日まで、私はデマルクスとの投票に関する諸々の作業や、動けない爆滅メンバーの代わりに闇市に爆滅が採取した薬草や鉱物を提供する作業があった。そのため、アルシャとリゼスと一緒に活動するのはかなり久し振りだった。この三人の雰囲気を懐かしく感じれたことに私は微かな笑顔を浮かべる、
「わかりました…それでは、早く行きましょう!」
隣にいるアルシャと目を合わせると、リゼスの背中を追うようにして、私とアルシャは小走りで特訓場まで向かった。
それから一週間後、前学期最後の月が始まっていた。今月からはいつも一人で行っていた早朝の特訓にアルシャとリゼスにも付き合ってもらうことにした。二人とも朝が絶望的に遅いので、私はわざわざ彼女達の家まで起こしに行く。その分私の特訓時間が削られてしまうが仕方ない。何度も繰り返していれば彼女達もこの時間に慣れるだろう。それまでの辛抱だ。
私が最初に向かうのは、私の家から一番近いリゼスの家だった。小走りで十分ほどだろうか。パーム地区の飲食店が立ち並ぶ広い街道沿いに彼女の家はある。その店の扉は早朝にも関わらず開かれていた。ここ最近リゼスを起こしにくる私のために開けておいてくれたのだろう。
「オルサさん。おはようございます」
早朝の澄んだ空気とこの時刻独特のまばゆい光が差し込む店の中へと足を踏み入れると、奥の厨房で仕込み作業をしているオルサさんに向かって私は挨拶をした。
「あいつなら2階で寝てるよ」
トントントンという包丁の心地よいリズム音を鳴らしながらオルサさんは私の方を向いた。
「わかりました」
厨房を通り、その奥にある階段から二階へと上がると、私はリゼスの眠る部屋のドアをノックして中へと入った。
「入りますよ」
彼女の部屋は六畳程で、私の部屋よりも少しだけ小さい。しかし、体感では私の部屋よりもずっと広く感じた。転拡者を学園在学中の間、養う家庭には国から一定額の資金が提供されるため、私達はそこからある程度自由に使えるお小遣いをもらっている。私はそのお金を使って街にある本屋でたまーに本を買っているのだが、彼女はそのお金に全く手をつけていないらしい。この部屋にあるのもベッドと…………ベッドだけだ。ミニマリストなのだろうか。
「起きて下さい。リゼス、特訓に行きますよ」
彼女は起きるのは遅いが寝起きはいいので、少し体を揺らしただけでしっかり目が覚める。
「うーん。おはようレイ」
起き上がったリゼスはベッドの上であぐらをかき、首を回しながら私に挨拶をした。
「リゼスも何か服とか買ったらどうですか?リゼスはスタイルがいいので何でも似合うと思いますが………」
あまりにも殺風景な部屋を見渡しながら私は聞いた。
「制服あるし、これでいい。それにオシャレしてる暇ない」
ベッドの下にある箱の中から畳まれた制服を取り出し、彼女は着替え始めた。
(それも、そうね。でも、学園を卒業したら、少しは余裕できるかもね)
後ろから聞こえる布が擦れる音を聞きながら、私は手を後ろで組みそんなことを考えていた。
次にやって来たのはアルシャの家だ。リゼスの家からは五分ほどで結構近い。その魔道具店は何とも入りにくい雰囲気を醸し出しており、無造作に積まれた今にも倒れそうな魔道具達が店の中を圧迫していた。この近寄り難い雰囲気にも関わらず、この店は転拡者だけでなく、世界中から冒険者がやってくるのだそうだ。
「おはようございます。アルシャを迎えに来ました」
薄暗い店の最奥に位置する工房でゴーグルのようなものを着けながら何やら作業をしている店長がいた。店長は無言で作業を続けながらアルシャが眠る部屋を親指で指し示した。職人気質というやつだろうか。私はこの店長が話しているところを見たことがない。
「アルシャ、開けますよ」
私はノックをせずに軽い報告をしただけで、その扉を開ける。ノックをしても意味がないからだ。その部屋は、そこらじゅうが魔道具に囲まれており足の踏み場が少なく、妖しい光が暗い部屋の中を照らしていた。
「では、やりますか。リゼス」
「りょーかい」
リゼスと顔を合わせると、私は可愛らしい寝間着のままベッドの上で眠るアルシャの脇を下から掴んだ。足を持ち上げたリゼスとアイコンタクトを交わすとそのまま二人でアルシャを店の外に連れ出した。
「わっ!!まっ眩しい………」
アルシャをこの朝早い時間帯に効率的に起こすため私が考えた作戦がコレだ。強制的に日の光の下にさらけだすことで彼女の体を覚醒させるのだ。
目を擦りながら何とか自力で立ち上がった彼女は、『おはよう、着替えてくる』と小さく呟くと、ボサボサの髪を手で整えながら部屋の中へと戻って行った。
こうしてようやく二人を揃えた私は朝の活動を始めることができるのだった。




