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君臨少女   作者:
第一章 魔術学園都市ユミナ編
24/41

第二十三話「ベレー帽を被った彼女」

 翌朝、私はこの街の転拡者協会に向かっていた。



『レイサマ、キョウハ、ガクエンイカナイ?』



 イシリグッド地区まで歩いているとボドが話しかけてくる。私は周りの人にギリギリ聞こえない声で、前を向きながら返答した。



「昨日の会話聞いてたでしょ。今日は学園は休んで、お使いに行くのよ」



 今日は学園が休みの日ではないので、ズル休みということになるのだろうか。まあ、教室を見ていればわかることだが、ちょくちょく出席していないパーティーはいる。それもそのはずだ。授業中に教えられることは、この世界の地理や生態系、各国の力関係などパーティ戦とは直接関係ないことばかりだった。


 私は学園を卒業した後のことを考え、毎日出席するようにしているが、興味のない人にとっては面白味のない内容ではある。

 しかし、各国の力関係や政治については転拡者協会に入るのならば知っておいて損はないだろう。というかむしろ重要だ。そのため、アルシャとリゼスにも授業にはしっかり出席するように説得した。今日はアルシャに授業内容をノートにとるように言っておいたので大丈夫なはず。




 転拡者協会の近くまでくると、『爆滅』の二人の姿が見えた。ユーリウスの姿は見えない。


(昨日はシヴィの読み聞かせを断ってまで、十分な睡眠をとったんだから、きっとなんとかなるはず。どんな要求をされても柔軟に対応して見せるわ!)



「あ、き、来ましたよ」



 最初に目が合ったのはブレイクだった。彼女は今日もベレー帽を被っている。



「おはようございます」



 ユーリウスのことについて聞こうと思ったが、私は踏みとどまった。慎重に行動しなければ。変なところでボロを出すわけにはいかない。必要最低限のこと以外は聞かないことにしよう。



「とりあえず確認しますが、今日の流れを教えてもらってもいいですか?」



 私はそれとなくブレイクに聞いた。彼女なら素直に教えてくれそうな気がする。



「それなら僕が説明するよ」



 と思ったらジョルトが教えてくれるらしい。好青年な彼は聞き取りやすい声をしていた。



「今、ユーリウスが収穫依頼の確認をこの中でしてるから、それが終わったらそのまま始原の遮断樹林に向かう感じかな」



「わかりました」



 私は黒義院冷のモードで、余裕ある表情で答えた。


(いや全然わかってないけどね。収穫依頼?始原の遮断樹林?一体私は何を要求されているの?クエストの手伝いとかかしら?)


 しばらくすると転拡者協会の中から手ぶらでユーリウスが出てきた。



「確認してきたぜ。今日の相場的には、マトライト鉱石とシソンの実とトライアル草が狙い目だな」



 ユーリウスは一瞬私の方を見るが、まるでいないかのように振る舞っている。


(まあ、別にいいんだけど。それにしても相場ってどういうこと?)



「今回は楽勝みたいだね。それじゃあ行こうか」



 ジョルトがそう言うと、ユーリウスとジョルトを先頭にして私たちは歩き始めた。向かう先はどうやら東門のようだ。



「そ、その、今日は、ありがとうございます」



 隣を歩くブレイクが目を泳がせながらそう言った。その挙動からすると、どうやら彼女は人と話すことが苦手らしい。



「いえ、こちらも相応の対価をいただくので」



「そ、それでもありがとうございます」



 彼女は明後日の方を向きながらお辞儀をした。



「まあ、もう少し気楽に行きましょう。改めて、私は黒義院冷です。冷って呼んでください」



 何だか彼女が話しづらそうにしていたので、私は、普段アルシャとリゼスに接するように力を抜く。



「こちらこそ、え、えっと私はブレイク・ミルドです。ブレイクで、だ、大丈夫です」



 彼女は少し私の方に近づくとそう言った。こうして近くで見てみると、その性格の割には明るい目と可愛いらしい性格をしている。


(今なら、前の二人とは距離が離れてるし、彼女に質問しても大丈夫かしら)



「あの、始原の遮断樹林で、私は“具体的”には何をすればいいんでしょう?」



 私は前の二人に聞こえないよう、更に彼女に近づいて耳元で言った。



「あ、あ、えっと。森では採取をするのと同時にモンスターと戦うので、その時にれ、レイさ、んじゃなくて、レイの客観的意見が欲しいんです」


(なるほど、そういうことだったのね)


 つまりはマネジメントをしてほしいということだろう。彼女達が何をどう思って私にそんなことを依頼するのかは分からないが。私はもう一度彼女にグイッと近づいた。



「でも、どうして私なんですか?」



「そ、そ、それはレイが来てからアルシャとリゼスの動きが何だか格段に良くなっていた気がしたので。そ、それと、この前の試合では、負けてましたけど、この短期間で、虚機友導を使いこなせるようになっているのは、す、凄いと思ったからです。あとは、その、他に頼れる人がいなくて………」



 彼女は少し顔を赤くしている。私が近づいたのが原因だろうか。緊張している?でも彼女は声が小さいのでこのくらい近づかないと聞き取れない。



 その後も彼女は少しづつゆっくりと喋ってくれた。どうやら彼女達はチームとしての伸びしろに限界を感じているらしい。今まではユーリウスの爆発攻撃でそれなりに戦ってこられたようだが、やはりどのパーティーもその攻撃に対する対策を練ってきているのでそれだけでは勝てなくなってしまったようだ。それが顕著に現れたのが先月の『声なき星明かり』とのパーティー戦だった。確かにあの試合は、ユティ達の圧勝だったと言っていい。



 彼女と話しながら東門を向けると、目の前には地平線を覆い尽くすように広がる森が見えた。その光景は、左から右まで一直線に線を引くように綺麗に広がっている。



「この森ってどこまで続いてるですか?」



「た、確か、この大陸の北から南までずっと、だったと思います」


(へーそれは凄いわね。今度地図確認してみようかしら)


 東門を抜けてから更に歩き、森の目の前まで来た。森の木々は全長五十メートルほどだった。結構大きい。



「じゃあ、お前ら、これから森に入るぞ!」



 ユーリウスが先頭を歩き、森へと入っていく。私たちもその後に続いた。



「いつもこの森に来てるんですか?」



「は、はい。ユーリウスの爆発音のせいで、街では特訓できないんです」



 魔術学園都市の表通りから逸れて裏路地へと進むとちょっとした広場があることが多い。これは何でも転拡者のために残された広場らしく、この街ができた頃からずっと存在しているスペースのようだ。地面も舗装されておらず、木が生えていたりする。そのため私達はその場所を特訓のために使っているのだが、どうやらブレイク達は騒音問題のためにその場所が使えないらしい。


(なるほど、だからわざわざ街の外に出てモンスター相手に特訓してるってわけね)


 ちなみに、このヘースイン大陸には首都アミナにある帝城樹のおかげで強力なモンスターはほとんど存在していない。しかし、この始原の遮断樹林だけは例外だ。奥に進めば進むほど強力なモンスターと出会うことになる。先程見た、この森とそれ以外を隔てるように地平線まで続く木々や、この森独自の生態系がこの始原の遮断樹林の名前の由来になっている。


 しばらく森の中を進むと先頭を歩いていたユーリウスが立ち止まった。



「聞こえたか?」



 彼の虚機友導は既に爆・滅却(クリプタスハンマー)へと姿を変えていた。

 三人が戦闘態勢に入っていることに気がついた私は、目を凝らし周囲を確認する。全長五十メートルの木々が囲むこの場所では警戒すべき場所が多すぎる。確かに何かが擦れるような音が聞こえるが、目視では何も確認できない。



「あっ」



 ブレイクが微かな声を私の後ろを見ながら発した。すぐに後ろを振り向くと、地面にある草花や落ち葉の不自然な動きが、私の方に向かってくる“何か”の存在を示していた。そのことに気がついた私は足に魔力を溜め回避行動に移った。軽く十メートルほど飛び上がり、木に向かって黒臨緋を差し込み態勢を整えた。



「ッオラアアアア!!」



 私の方に向かっていた“何か”は方向を変えユーリウスの方へと向かった。それに気が付いたユーリウスが“何か”に向かってハンマーを振った。ハンマーと“何か”がぶつかるともの凄い爆音と爆風が響いた。



土波(サンドウェーブ)



 ブレイクが小さな声で魔法を唱える。すると彼女の前方にあった土が波となって、“何か”へと押し寄せた。ユーリウスが起こした爆風によって舞い上がった草木が、ブレイクの発生させた粘質のある土へと付着することで“何か”の全貌が明らかになる。



「あれってカメレオン?ってことは……」



 木の幹に留まったままその戦闘を上から見ていた私にはそのモンスターのシルヘットに見覚えがあった。授業で教わったことがある。このモンスターの名前は赤怒避役(レッドカメリオン)だ。どうして赤怒なのかというと、敵に見つかった赤怒避役はその身体の色を無色透明から鮮烈な赤色へと変色させるからだ。今、正に目の前でそうしているように。



「お手並み拝見ね」



 大木に黒臨緋を差し込み手を離さないように、その上に座りながら私は彼らの戦闘を見守ることにした。別に、初めてみるモンスターが想像以上に大きくてちょっとビックリしてるとかではない。

 彼らのこの赤怒避役に対する対処速度から見て、普段から戦い慣れていると思ったからだ。ここは下手に手を出すべきではないと判断した。うん。



「もう一発、食らいやがれぇぇ!」



 動きが止まった赤怒避役に対しユーリウスがもう一発爆発を叩き込んだ。ガツンという炸裂音と共に爆風がここまで届く。完全に怯んだ赤怒避役に向かい、今度はジョルトがその剣で喉を狙いに行った。滑り込むようにして、喉の下に入り込むと、一閃。綺麗に喉を掻き切ると、血が喉からドバッと流れ出し赤怒避役はその場に倒れ込んだ。


(おー)


 その手際に私は思わず賞賛したくなってしまう。木から降りるとブレイクの方へと向かった。



「見事な連携ですね。いつもこんな感じなんですか?」



「は、はい。何度も、や、やってきたことなので」



 ブレイクは俯きながらもじもじとしている。何度もという割には彼女の手は震えていた。謙虚なのか恥ずかしがり屋なのか。おそらく後者だ。



「よし。じゃあ、この周囲五十メートル以内で採取しよう。僕とユーリウスはこっちに行くから、レイとブレイクはそっちをお願い」



 ジョルトがそう言うと私たちは別れて探索を行なった。



「シソンの実はこれで、トライアル草はこの青い筋が特徴なんですけど……」



 ブレイクとしばらく散策していると、目当ての物を見つけた彼女がしゃがみながら解説をしてくれた。



「この実と草を採取してどうするんですか?売ったりするんですか?」



 私は膝に手を付きながら前屈みになって聞いた。



「ち、違うよ。えーと、私達が採取すると徴収されないから、そのまま街の闇市に流せるんだよね」



「それって学生だからですか?正式な転拡者の依頼だと何割か徴収されてしまうと?」



「そ、そうだよ。それに、徴収するのは協会だから」



 なるほど。つまり、彼女達は学生という身分を活かして、依頼に出ている採取物を、依頼を受けることなく採取してそのまま闇市に流してるということだ。正式な報酬は得られないが、おそらくその闇市で投票権を稼いでいるのだろう。破格の値段で闇市へ流す代わりに、お客さんからは代わりに好きな時に投票してもらっているとか。



「よく考えましたね。そんなこと」



 私は素直に感心してしまった。一体誰がこんなこと思いついたのだろう。ジョルトか?ユーリウスは絶対ない。



「え、えっと私達が考えたんじゃなくて。や、闇市の人に声を掛けられたんだよね。ユーリウスが」



 つまり元から学生を利用するシステムが存在していたということか。やっぱりどの世界でも上手いこと法の抜け道を考える人がいるんだ。



 その後は一日中採取活動をしていた。しかし、マトライト鉱石だけは見つからなかった。




 辺りがぼんやりと暗くなってくると赤怒避役の死体の場所まで戻ってきた。そこでユーリウスとジョルトと合流した。するとユーリウスが死体に火をつけた。



「マトライト鉱石は発光するから。夜の方が探しやすいんだ」



袋いっぱいに採取物を詰めたジョルトが言った。



「じゃあ、今日はここで野宿ですか?」


 まさか、と思った私は質問する。


「暗くなったらこの死体の周りから離れない方がいいからね」


「オラよ!」



 ユーリウスが背負っていた荷物の中から、簡易テントのような物を取り出し、ブレイクの方へと投げた。それを木の根元に組み立てると私たちは燃える死骸で暖をとった。



「こ、これどうぞ」



 ユーリウスが荷物の中から食料を取り出すと、それはジョルト、ブレイク、私の順に回された。


(よかった。あのカメレオン食べることにならなくて)


 私は少しホッとしながら、その食料を口へと運び、大木から生い茂る雲のような葉を見上げる。その雲の切れ目からは星空が覗いていた。辺りに灯りが少ないせいか、この世界では星がよく見える。




 そんな私の隣からは笑い声が聞こえてきていた。



「それでよお!俺が言ったんだ!てめえ、の顔がデカいせいだろってさあ!」



「ハハハハッ。お腹痛い」



 ユーリウスの話にジョルトが大笑いしている。ブレイクの顔を見ると、火に照らされた彼女の顔はクスクスと控え目に笑っていた。その表情を見て私はなんだか三人の関係性がわかった気がした。最初はユーリウスの暴君ぶりにブレイクが仕方なく付き合わされているのかと思ったが、違うようだ。



「ブレイクのその帽子、とても似合ってますね」



 二人の笑い声が響く中、あまりにも彼女の今の顔にそのベレー帽が似合うので、つい声に出してしまった。



「ほ、ほんとですか。あ、ありがとう」



 彼女は水色のベレー帽子を両手で押さえながら、頬を赤らめている。



「じ、実はこれ二人が買ってくれたんです。わ、私ってほらひ、引っ込み思案じゃないですか。そ、それなのに、いきなりこの世界に呼び出されちゃって、と、とっても不安だったんです」



「それで?」



 私は頷きながら体育座りで、彼女の方に顔を向けた。



「そ、それで、ですね。入学したての頃に、あ、あまりにも私が、協調性が無いってことで、三人でこの帽子を買いに行ったんです。それまでは、ずっと魔法の特訓ばかりだったので」



『どのパーティーも苦労してるんだなあ』と思い、私は目を瞑りながら頷いた。頭の中にはアルシャやリゼスとの過酷な特訓の日々が思い出される。



「そこで、二人がこの帽子を決めてくれて、『俺たちは来た場所も帰る場所も違うけど、この世界にいる限り助け合わなきゃいけない』って言ってくれて、そ、それ以来この帽子と二人のことは信頼してるんです」



 帽子を手に取ると彼女はそれを見つめていた。



「あの………いえ、なんでもないです」



 私はついつい彼女の過去のことについて聞こうとしてしまった。悪い癖だ。ユティの時もそうだったが、過去の話を聞いて私がその人にある程度同情してしまうということは前回証明されている。また、厄介ごとには巻き込まれたくない。


 それに、なんだか今の彼女に過去のことについて聞くのは、不躾な気がした。過去に何があって、彼女がこの世界に来たのかはわからないが、信頼できる仲間が今はいる。それでいいじゃないか。



「よっしゃあ!結構暗くなってきたぜえ」


「そろそろ行こうか」


「うん」


「はい」


 二人が立ち上がると、それに続くようにして私たちも立ち上がり、薄暗い森の中へと入っていった。












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