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君臨少女   作者:
第一章 魔術学園都市ユミナ編
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第二十二話「ト、トイ…」

 ユティに不意打ちキッスをもらってから、約一週間ほどが経過した。今月もパーティー対抗戦がやってくる。今回選ばれたのは、三番人気と四番人気のパーティだった。



「今月の勝者は『声なき星明り』だあああああッッッー!!」



 魔法学園中央にある、対戦場で今試合に決着がついた。今月のカードは『声なき星明り』対『爆滅』。その結果に歓喜するものもいれば悲哀する者もいる。どちらにせよ、学園中は大盛り上がりを見せていた。



「きゃあー、ユティさんこっち向いて―!」


「ユティさんたちが勝つと信じて、今さっき腕骨折してきました!!お願いします!この腕をどうか治してください!」



「なにやってんだ!『爆滅』!お前らに全財産賭けたっていうのによー!!」


「男が二人そろって、女どもに負けて悔しくねーのか!!」



 私達三人は、その試合を第一棟の五階の窓から覗いていた。もっと近づいて、対戦場ギリギリの場所で見ることもできるが、私の目的は試合観戦ではない。観察と分析だ。この位置からなら、対戦場全体を見渡すことができるし、なによりこの教室には私達以外はだれもいない。人が少なく、静かでいい。私にとっての特等席だ。



「おい、見ろ!ユティさんが誰かに手を振ってるぞ!」



「まさか!ユティさんに恋人が!? ってあれは先月ぼろ負けした『君臨少女』とかいうパーティーじゃねえか」




 観客たちの視線が一斉にこの窓へと集まった。笑顔で飛び跳ねながら手を振るユティを見下ろしながら、私は苦笑いをする。


(余計なことを………………)


 ここで手を振り返さないと、ユティファンクラブのみなさんにもっと憎まれそうな気がしたので、私はほんの少しだけ手を振り返した。



「レイ、今の試合すごかったね!ユティ達みんな生き残ってるよ!」



 私の隣に椅子を持ってきて座っていたアルシャが興奮気味に言った。

 ユティ達『声なき星明り』の強みはまさにこの点だ。とにかく、ユティの回復能力が凄まじい。その回復力は先週身をもって実感した。彼女を倒さない限り、ほか二人が倒れることはないだろう。一秒間にどれほど回復させられるのかは不明だが、彼女たちを倒すには相当な火力か、もしくは綿密な作戦が必要だ。



「では早速、忘れないうちに今の試合を記録しておきましょうか」



 そう言うと私はポケットに入れていた紙を取り出し、その紙に今の試合の分析から得られた情報を書き出していった。



「ねえレイ、もしかしてボクたちもユティと戦うことになるのかな?」



 椅子の背もたれに肘をつきながら、アルシャが紙を覗いて聞いてきた。



「いえ、ユティ達と戦うつもりはありません。当初の予定ではそうでしたが、計画変更ですね」



 当初の予定では三番人気の『声なき星明かり』と戦うつもりだった。しかし、先週のことや今回の試合を見て私は考えを変えた。もう少し他のパーティーの試合を見てから対戦相手は決めることにしようと思う。



「書けました。これをどうぞ」



 そう言うと私は、先ほどの試合で分かったことやこれからの特訓に活かせそうなことを紙に書いて二人に渡した。



「なるほど、このメニューで来月は特訓する感じだね!」



 アルシャは紙を持ちながらそう言った。私達はユティの救護院で修行した甲斐あってかなり魔力吸収力が上がっていた。そのため、来月のアルシャと私の特訓メニューは現在使用することのできる魔法の強化だ。新技を覚えるのではなく、今の魔力吸収力に見合ったレベルへと進化させるのだ。

 しかし……



「リゼスは、何か魔法を覚えられそうですか?」



 アルシャの持つ紙を覗き込んでいるリゼスに向かって私は聞いた。驚くべきことに、彼女は身体強化と、槍への変質化以外の魔法はからっきしだった。言い換えるならば虚遷士としての才能にパラメーターを全振りしてしまった感じだろうか。今回の魔力吸収力向上作戦の成果として、少しは一般魔法も使えるようになるといいのだが。



「うーん、とりあえずやってみるよ」



 彼女は少し苦い顔をしながらそう言った。



「お願いします」



 まあ彼女は他の魔法が使えなくても、虚遷士としての才能がずば抜けているので、最悪そちらが伸ばせればいい。




 一通り来月の特訓内容についての話し合いが終わると、私達は部屋を後にする。部屋を出ると、私は急にトイレに行きたくなってしまった。



「あの、すいません。ちょっと、その………」


「トイレね、りょーかい」



 私の顔を見て察してくれたのか、アルシャが少し呆れた顔でそう言った。



「はい。なので、二人は先に特訓場に向かっていてください」


「待ってるね、レイ」






 二人にトイレに行くことを伝えると、わたしは一階にあるトイレへと向かった。階段を降りて廊下の突き当たりを曲がろうとすると、何やら人の言い争う声が聞こえてきた。どうやらトイレの前で言い争っているようだ。


(なに?こっちは急いでるんですけど……)



 まだ余裕があるので、私は廊下の曲がり角で彼らが立ち去るのを待つことにした。別にトイレに行くのを見られるのが恥ずかしいとかじゃない。

 ただ………そう!もしかしたら彼らはトイレを塞ぐことによって、こちらに無理な要求を飲ませようとしているかもしれないと思ったのだ!リスクはできる限り回避しなければ!うん、ちょっと無理あるなこれは。




 潔くトイレに向かおうと曲がり角を曲がると、そこで言い争いをしていたのは先ほど試合で負けた『爆滅』のメンバー達だった。


(そういえば、このトイレは医務室に一番近かったわね)


 彼らは私の存在には気づいていないようだ。よく見ると、爆滅のリーダーであるユーリウス・サックスブルーが、ブレイク・ミルドに詰め寄っているようだ。彼女は廊下の壁へと追いやられ、何やら弁明をしているように見える。


(仲間割れってこと?あーヤダヤダめんどくさい。やるなら医務室の中でやりなさいよ)


 とうとう待ちきれなくなった私は、彼らの方に向かってわざと足音を鳴らしながら歩いて行った。


「あの、そこどいてもらえーー」


「あれ?奇遇だね、これは」



 足音に気が付いたのか、私が言い終わる前に、ユーリウスとブレイクの間に居たジョルト・タコが遮った。



「あん?何でコイツがここに」



 ユーリウスの目は相変わらず、飢えた狂犬のように私のことを睨みつけている。



「い、良い機会だし、た、頼んでみようよ」



 彼に壁まで追いやられていたブレイクは、もじもじとしながら小さな声でそう言った。彼女は青色の瞳に、毛先になるにつれて濃いピンク色になるグラデーションカラーをした髪をしていた。頭にはベレー帽のようなものを被っている。


(何?頼み事? っていうかそんなのどうでもいいから、早くそこどいてほしいんですけど)


 私は鋭い目つきで目の前にいる三人を睨みつける。が、三人は気づいていないようだ。この黒義院冷にトイレなんて単語言わせないでほしい。



「俺は反対だ!こんなぽっとでの奴に助けを求めるなんて!」


「でも、わ、私聞いたんだよ。彼女が先週都市の外で起きた故機慟諦の新種を討伐したって!」



 ユーリウスとブレイクの二人は尚も言い争いを続ける。


(やっぱり、あの故機慟諦は普通のタイプじゃなかったんだ。…………じゃなくて、そんなことどうでもいいから、本当に早くそこどいて!お願いだから!)



 私は『お花を摘む』という古典的暗喩を使おうと思ったが、ここは異世界だ。通じない………



「ブレイクの言うことも一理あるよ。今の僕たちには客観的第三者の意見が必要なのかもしれない」


「そうは言ってもよお。コイツは先月、あのお姫さんにボコボコにやられてたんだぜ」


「じゃあ、ユーリウスは他に頼める人知ってる?君が他のパーティーに喧嘩売りまくってるせいで、他に頼める人なんかいないよね?」


「そりゃあ」



 今度はユーリウスとジョルトが言い争いを始めてしまった。……もう限界だった。なりふり構っていられない。



「あの、トイーー」


「ちょっと待ってください!」



 三人を押し除けて進もうとすると、ブレイクが私の肩を掴んで止めた。やめて、揺らさないで。本当にまずい。



「む、無茶なお願いかもしれないんですけど、レイさんの活躍は聞きました。………そこで、ですね、その、いや、無茶なお願いだってことはわかってるんです。ユ、ユーリウスが先日失礼なことをしたのも知っています。でも、ですね、それでも、ですね、頼みたいことがあるんですけど」



 三人に囲まれた私は精一杯首を縦に振ってしまっていた。だって、とにかく今すぐにトイレに入りたかった。流石にこの場で、その…………うん。それは絶対にできない。



「ほ、本当ですか?まだ何も言ってーー」


「もういいからそこどいて!!」



 私は三人を突き飛ばし、トイレへと向かって一直線に吸い込まれるようにして入っていった。





「おい!出てきたぞ」



 トイレから出ると三人は私のことを持っていた。さっきのことは無かったことにして、そそくさーとその場を後にしようとするが、ジョルトに道を塞がれてしまった。


(げ、どーしよう。さっきはトイレに入りたい一心で思いっきり首を縦に振ちゃったけど、そのことを正直に言うのは恥ずかしいし、でも、首を縦に振ってしまったのは事実だし……)


 数秒考えた末、私の名誉を守り、かつ、この状況を最大限活かせるであろう名案を私は導き出した。



「はい。貴方たちの頼みごとに答えようと思います。ユーリウスが先日私に行った無礼も許しましょう。しかし、交換条件があります」



 私はポケットに入れておいたハンカチで上品に手を拭きながら、黒義院家の人間として相応しい態度で返答した。



「交換条件?」


「はい。その交換条件とは、えっと…………」


(あーだめだ。そもそも要求が何かすら分からないのにどうやってそれに釣り合う交換条件を提示すればいいの!?)


 私は必死になって記憶の中にある、三年生のプロファイリングデータを辿る。週に一回デマルクスと行っている連絡会議によって、三年生の情報はそこそこ集まっていた。



「そ、そうです。貴方たちは不正ギリギリの組織投票を行っていますよね?」


「え?ど、どうしてそのことを……」



 ブレイクは驚いた表情を見せた。


(あーよかった。デマルクスの情報は正しかったようね。ここまでカッコつけて外したらと思うと………)


 私は安堵しながら話を続ける。



「まあそれは企業秘密ということで。とにかく、こちらが要求を飲む代わりに、そちらの組織投票を利用する権利を与えて貰いたいのです」



 私は全てを見透かしているかのような、余裕ありげな表情で言った。まあ、ただトイレに入りたかっただけなんだけど。



「ど、どうする?二人とも?」



「ちょっとお前らこっちに来い」



 ユーリウスがそう言うと、三人は私から少し離れたところでヒソヒソと会話を始めた。私はこっそりと聴力を強化するため耳へと魔力を送った。


『俺はやっぱり信用ならねえな。そもそも何でアイツは俺らが組織投票してるって知ってんだあ?』


『で、でも、やっぱり凄いですよ、彼女は。こ、この短期間でそれだけの情報を集める能力があるってことだし。そ、それに懐も広いですよ』


『確かに、彼女は僕たちの要求を聞く前に既に頷いていた。つまり僕たちがここで彼女に頼みごとをすることも知っていたんじゃないか?僕たちが試合に負けたのを見て、それを確信したのかも。それで、彼女は組織投票目当てで僕たちに近づいてきたとか………』


 聞き耳を立てていると、何だか勝手に私への評価がどんどん上がっている。トイレに行きたかっただけなのに。これは面倒なことになった。

 しかし、裏を返せばこの状況は組織投票権を獲得し、さらに彼らからの支持を得ることができるチャンスでもある。どちらにせよ組織投票権はどこかで使わせてもらえないか交渉するつもりだったし、こうなったら最後まで演技を貫き通してやる。



「話し合いは終わりましたか?こちらはどちらでもいいのですが?」


 私は涼しい顔で三人を催促した。うん。ほんとにどちらでもいい。



「チッ、わーったよ!」



 話し合いが終わったのか、ユーリウスがこちらに近づいてくる。



「明日の朝、この街の転拡者協会支部前で待ち合わせだ」


「わかりました」


 キリッとした顔で私は即答した。一体どんな要求をされてしまうのだろう。皆目見当がつかない。ここまできてしまったのだ、もう引き下がれないぞ、私。






 よく分からないまま、『爆滅』との約束をしてしまった私は、特訓場でその経緯を二人に話した。二人には正直でいたい。



「え? いやまあ、なんて言うか、それは………」


「レイってもしかしてバカア?」


 アルシャだけでなくリゼスまでも呆れた顔で私のことを見ている。今回のことについては私がバカだったことを認めよう。でも、私にだって譲れないものがある。



「ねえ、どうしてレイはその、“トイレ”って単語使いたがらないわけ?」


「それは私が……………」



『由緒正しき黒義院家の人間だからです。』と言おうと思ったが、二人は黒義院家のことなんて全く知らない。ここで『私はその辺の庶民とは違ってお嬢様だから、トイレなんてはしたない単語は使いませんことよ、オホホ』なんて言っても余計情けなくなるだけだ。



「うぅ、もう、いいです……………」



 私は肩を落とした。本当これだから異世界は……、私は正真正銘本物のお嬢様なのに。



「で、でもそれでレイが成功すれば、その組織投票?ってのが使えるようになるんだよね」



 私から溢れ出す悲壮感を感じ取ってくれたアルシャがフォローを入れてくれた。



「はい。デマルクスの情報によれば、彼ら『爆滅』が持つ組織投票数はだいたい百票ほどだそうです」



 魔法学園の一般生徒数がだいたい千人ほどなのでその一割を自由に使えるということになる。一割は決して少なくない。七チームあるパーティの内好きなパーティーに投票することができる以上、票はバラける。その中で確実に百人の票を集められるのは大きい。



「じゃあその百票ゲットのために頑張ってね!レイ!」



 アルシャは胸の前で手をグッと握るポーズを見せた。



「レイ頑張れ、私も魔法使えるようになる!」



 リゼスは槍を巧みに振り回しながらそう言った。本当に使えるようになるのだろうか。



「はい……………。とにかくその要求とやらがどんなものか分からないので、私が帰るまで、二人は私が書いたメニューをこなしておいて下さい」


 その日は二人との特訓が少し気まずかった。でも、何だか二人との距離が、ちょっと縮まったような気もした。





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