第二十一話「聖女なりの恩返し」
ゲートを通過して壁の中へと侵入すると、むせかえるような血の匂いが私達を襲った。壁の中を見渡すと、ところどころに人型故機慟諦が散乱している。その体からは煙のようなものが噴き出していた。さらに奥を見ようと目を凝らすが、霧のようなものが立ち込めており伺うことができない。どうやら故機慟諦から発生する煙がこの霧を生み出しているようだ。
「これって……………………」
私の右側にいたノエラがそう呟くので、彼女の視線の先に目を向けた。するとそこには、無惨に切り刻まれた転拡者の死体が転がっていた。
(まずいっ)
「皆さん!常に魔装を身体に纏いながら、奥へと進みましょう。リゼスは先頭、アルシャとノエラは後衛で、ジクフリーダと私は中衛でお願いします!」
皆が死体に怯えきらないうちに、私は明確な指示を出すことにした。こういう時は、パニックが全員に伝染するのを避けなければならない。混乱状態に陥るのが最も危険だ。
デマルクスの情報によれば、ジクフリーダは虚遷士、ノエラは虚創士のはずだ。だから、この陣形で間違っていないはず………
私が指示を出すと、リゼスとジクフリーダは虚原素顕現をし、虚機友導を槍と剣に変化させた。
「私達もやるわよ」
『ハイ!レイサマ』
小さな声で呟くとボドはいつも通り反応し、黒臨緋へと糸が編みだされるようにその姿を変えた。
しばらく濃い霧の中を進むと、誰かが戦っている音が聞こえてきた。キン、キンという金属音から察するに、虚遷士が故機慟諦と戦闘しているようだ。
ゴクリと唾を飲み込むと、私はアルシャに指示を出した。
「アルシャ、魔法でここら一帯の霧を飛ばすことはできますか?」
視界を確保するために霧を晴らすことは、敵に発見されるリスクも孕んでいる。そのため、もっと慎重に考えたいところだったが、もし今、目の前で、まだ戦える転拡者を失ってしまったら、そちらの方が痛手になるかもしれない。
「できるにはできるけど、本当にいいの?」
流石にアルシャもその危険性に気づているようだ。霧を晴らしたら敵に囲まれてました、では私たちは無事に生還することができない。
「そ、そうですね。やはりもう少し様子を見ましょう」
クソっ!情報が少な過ぎて、どうしても後手に回ってしまう。これではホラーゲームをしているみたいだ。ホラーゲームは苦手なのに………………
「ぐっ」
鈍い音がすると、弾かれるような金属音は止んだ。そのことは、今目の前で転拡者の一人が殺されたということを意味していた。
「皆さん、戦闘準備をお願いします!」
その時私は、ガブリエーレが私を魔術学園都市に送る道中に言っていたことを思い出していた。
『こいつらは目を合わせればモンスターだろうが人間だろうが見境なく襲ってくる』
彼の言葉が正しければ、目を合わせなければ襲ってくることは無いということだろうか?いやしかし、あの時戦っていたのは一般的な人型タイプだとも言っていた。もし今目の前にいるのがその他のタイプだったらどうする?
その場に固まったまま考えていると、後ろの方から足が震える音が聞こえて来る。前を見ると、いつのまにかリゼスの隣にいるジクフリーダの剣を持つ手も僅かに震えていた。
(もう限界か………………………)
極限状態だ。このままでは動くべき時に動けなくなってしまう。そう判断した私は、アルシャに合図を出した。
「お願いします………………」
「いくよ! 強風波」
アルシャが風の基本魔法を放つと、彼女の虚機友導を始点として波紋が広がるように前方の霧が晴れていった。
「……………全員構えて!!」
その光景を見た私は、自分を鼓舞するように大声で叫んだ。先程まで、そこらじゅうに転がっていた人型故機慟諦とは明らかに雰囲気が違う異物がそこに立っていた。禍々しい雰囲気を放つ骸骨のような顔をしたその物体は、頭にフードをかぶっており、それは体全体を覆うようにして足元まで伸びている。
その腕は全体が鎌のようになっており、その鋭く赤く光る刃の先には、先程まで戦っていた転拡者が串刺しになっていた。
「「……………………………………」」
リゼスとジクフリーダの二人が、いつ仕掛けるべきか様子を伺っている。しかし、故機慟諦は転拡者を串刺しにした状態で刃先を見つめたまま微動だにしない。
(ここは今のうちに仕掛けるべきよね…………相手はこちらに気付いてない…)
そう考えた私は四人に指示を出す。
「アルシャとノエラは初手、虚原素顕現をお願いします。その後は、アルシャは私のサポート、ノエラはジクフリーダのサポートに徹して下さい。リゼスとジクフリーダと私は、二人が魔法を放ったら攻撃を開始します」
リゼスには悪いが、後衛2人に明確な指示を出すべきだと判断した。リゼスの身体強化は並外れているし、多分大丈夫だろう。うん。多分。
コロンと転拡者が握っていた剣が、虚機友導の姿に戻り手から地面へと落下すると、私は合図を出した。
「では、お願いします!」
私が合図を出すと、アルシャとノエラは渾身の一撃を放った。
「水波放出!」
「岩石射出!」
強烈な水の波動と鋭い岩石が故機慟諦へと放たれた。その攻撃を、モロに受けた故機慟諦は吹っ飛ばされ、刃の先に刺さっていた死体も外れて地面へと落ちた。
(やった………………のかしら……)
凄い勢いで飛んでいった故機慟諦は、霧の晴れていない範囲まで飛ばされてしまう。
「リゼス!ジクフリーダ!」
霧の向こう側からぼんやりと赤く光る瞳が2つ、こちらを向いている。その瞳の位置が、頭の高さまで戻ったかと思うと、急速にこちらへと向かってきた。
それを止めようと真っ先にリゼスが突撃するが、彼女の一突きは故機慟諦の回転する刃によってずらされる。リゼスにはまったく興味を示すことなく、故機慟諦は一直線にジクフリーダの方へと向かっていた。
「……私っ!?」
故機慟諦が彼女を標的にしていることに、寸前までジクフリーダは気付くことができていなかった。ジクフリーダはリゼスの攻撃に合わせようと故機慟諦の動きよりもリゼスの動きを追っていた。そのせいで反応が遅れてしまったのだろう。
(…………このままじゃ彼女、防ぎきれない)
直感でそう判断した私は、ジクフリーダ目掛けて突っ込んだ。故機慟諦の攻撃を避けるためにはこれがベストだと思ったのだ。無意識化では、ジクフリーダを押しのける勢いで、私もそのまま霧の中へとフェードアウトできると思っていた。
私の体がジクフリーダとぶつかった瞬間、なんとか彼女は攻撃の範囲外まで飛ばすことができた。しかし、パチンコの球を弾き飛ばした後の玉のように、私は故機慟諦の前に入れ変わるようにしてでてきてしまった。
(あ、これ…………死ぬ)
常日頃、観察のために目に魔力を貯めることを意識していた私は、もちろんこの戦闘時も目に魔力を送り続けていた。その結果、ジクフリーダを助けることができたのはいいが、故機慟諦から私の体へと振り下ろされる刃がスローモーションで見えてしまう。まるで時間が止まったかのようだ。
私の脳は目に魔力を送るのを止めないが、いくら観察してもこの刃を止める手段は見当たらない。
その後、その赤く光る刃は私の体をじわじわと切り裂いていく。服の上から刃が通った道をなぞるようにして血が滲み出す。痛みは無い。だが、ゆっくりと溢れ出す自分の血の量に私は意識が飛びそうになった。
(………………どうしてあんなことしたんだろう)
いまだにスローで私の体を引き裂き続ける刃を見ながら、私はふと思った。どうしてあそこで飛び込んで行ってしまったのか。別に自分が犠牲になる必要はなかった。ジクフリーダが負傷したとしても、私とリゼスのコンビならなんとかなったかもしれないのに……………そもそも、どうして私は命を賭けてまでこんなことしてたんだっけ。
(約束守れなくてごめんなさい)
故機慟諦の後ろには、血の気の引いた顔でこちらを見つめるリゼスがいた。あんな顔は初めて見た。
その顔を見て、物珍しいものを見た気持ちになった私は、少し面白くなってしまった。それと同時に世界は加速し、元のスピードへと戻っていく。集中力が途切れたせいで、目に送っていた魔力も途切れてしまったのだ。故機慟諦が腕を振り切ったのが見えた。
(身体に、力が、入らない………………………)
大量の血を地面にぶちまけた私は、その場に膝をつく。痛みはないが、なんだが上半身が燃えるように熱い。アルシャが必死に回復魔法を掛けてくれているのを感じるが、間に合わない………………。上を見上げると、故機慟諦が最後のトドメを刺そうとしていた。
(……………………………………………)
「超気廻天!!」
その呪文が唱えられた瞬間、故機慟諦の後ろにいたリゼスが、渾身の一突きで故機慟諦の胸を後ろから串刺しにした。私に飛ばされたジクフリーダも復帰して、私に振り下ろされようとしていた、故機慟諦の腕を雷属性を付与した一振りで切り落とした。
「今だ!レイ!!」
暴れ回る故機慟諦を串刺しにし、なんとか押さえつけているリゼスが叫んだ。
先程までの、無気力感が嘘のようだ。片膝を上げ、ギュッと黒臨緋を握り締めると、故機慟諦の顔を下から睨みつけた。
「…………【紫電霆】」
その首目掛け、弧を描くようにして刀を振った。その軌道をなぞるように紫色の稲妻が走り、ワンテンポ遅れて、雷鳴が響いた。
故機慟諦の頭から上は溶けるようにしてなくなっていた。
そのことを確認すると、私は後ろを振り向いた。
そこには、ノエラとアルシャに支えられて立つユティがいた。顔は真っ赤で、今にも意識を失いそうだ。
(まったく………………)
彼女の元まで駆け寄ると、私は声をかけた。
「……………無茶しますね」
「これくらい………普通だよ…………」
その言葉を最後に、糸が切れるようにして彼女は意識を失った。限界状態での虚原素顕現、彼女の体への負担は凄まじいものだろう。
周りを見渡すと霧がだんだんと晴れていく。霧が消えると、おびただしい数の人型故機慟諦が周りに倒されていたことに気がついた。転拡者も同じように倒れている。中にはまだ意識のある者もいるようだ。
「おい!終わったみたいだぞ!早くこいつらを運び出してやれ!」
私達を壁の中へと入れてくれた男が指揮をとり、転拡者は運び出されていく。どうやら私達が倒した故機慟諦が最後だったようだ。そのことに気がつくと、安心したせいかなんだか眠くなってきてしまった。
「レイ!大丈夫?レイ――」
「ど、ど、ど、どうしよう!ユティもレイも気を――」
力の抜けた私を支えるリゼスの声と、パニックを起こしているアルシャの声がどんどん遠くなっていく。意識を完全に失うまで、二人の声は私の耳に響き続けた…………
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「最後の一匹が死にました。壁を下ろしなさい」
魔術学園都市ユミナを守る、誇り高くそびえ立つ壁の頂上で、彼女は望遠魔法を使い、眼下で起きている戦闘をじっと眺めていた。
「満足のいく結果は得られましたか? 姉様」
胸を張りピンと背筋を伸ばして立ちながら、手を後ろで組む弟は斜め後方から彼女に質問した。
「気に食わないわ。心底ね…………」
そう言うと彼女は、優雅に振り返り、百メートルはあるであろう壁から降下した。
「君臨少女か…………面白いね」
弟はそう呟くと、彼女の後に続いた。
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翌日、私は家のベッドで目を覚ました。上半身を起こすと、体中を手で触りながら、異常がないか確認する。服をめくりあげ、傷をつけられた部分を見る。しかし、目に映るのは傷跡ひとつない綺麗な肌だった。
(本当すごいわね。魔法って)
一階で朝食を食べ終わると学園へと向かった。メルヴィさんによると、昨日リゼスに背負われて家に運び込まれた私の服は血まみれだった。その姿を見たシヴィは泣き出してしまったらしい。私が無傷であることを確認すると、今朝はなんとか登校してくれたそうだ。
『レイサマ!キノウノビリビリ、スゴイビリビリシタ!』
学園までの道中、ボドが話しかけてきた。いつもは人前では話しかけてこないのに、なんだかやけに興奮しているようだ。
「あーあれね。火事場の馬鹿力ってやつかしら」
昨日、故機慟諦へ放った紫雷霆という技。その場で咄嗟に繰り出したにしてはなかなか完成度が高かった。何度か頭の中で想像していた技だったが、あそこまで高威力の技はこれまで一度も出せたことがなかったので私自身驚いている。
(本当に死にかけたんだし、これくらいのレベルアップはあって当然よね…………………)
でももう二度とあんな思いはごめんだ。やはり計画をしっかり立てなければ碌なことにならない。
教室に着くと、いつも座る席へと向かった。昨日死にかけたというのに、ここに来るだけでいつもの日常に戻った気がする。席に座り教室を見渡すが、まだ誰も来ていない。いつもはここに来る前に特訓をしているが、流石に今日は休むことにした。そのため、今日は私が一番乗りというわけだ。
机に肘をつき、数分窓の外を眺めていると、教室に誰かが入ってきた。ユティとノエラとジクフリーダだった。
『声なき星明かり』のメンバーは私に気がつくと、三人で一斉に私の元まで駆けてきた。私はそれを横目で見る。
(ユティも、もう回復したんだ)
一番についたのはジクフリーダのようだ。彼女は私の机の前のスペースに来た。
「昨日は本当に――」
「いいですよ。変な恩とか感じなくても。飛び込む判断をしたのは私なので」
彼女が私にお礼を言い切る前に、私は答えた。彼女が私にお礼を言う必要はない。私が勝手に飛び込んで、勝手に自滅したのだ。
しかし、彼女はそれでも納得できないという顔をしている。
「だから、…………………………ひゃあ!」
彼女は何を思ったのか、急に私に抱きついてきた。面食らってしまった私の口から思わず変な声が漏れてしまう。
「ありがとう」
私の目を見てそう言った彼女は、ノエラとその場所を変わった。
ノエラは私の方に右手を差し伸べている。
(そ、そうそう、こういうのでいいのよ。私達は協力して戦ったんだから)
彼女の右手を手に取るとギュッと握手を交わした。それをじっと見つめているユティを私は警戒する。
(まさか、彼女も私に抱きつこうとしてるんじゃないでしょうね)
ノエラがいた場所にユティが立つと、私は前もって伝えることにした。
「抱きつくのは無しでお願いしますよ。ユティ」
「わかった」
(はあ、よかった。素直に聞いてくれて。…………ん?ユティが素直?)
ふと疑問に思った瞬間だった。一瞬の隙を付いた彼女は、前のめりに身体を私の方へと近づけると、私のほっぺたに口付けをした。
「かああああああああ」
「だって、抱きつくのはダメとは言ったけど、キスはダメとは言ってないよね?」
イタズラな笑顔を私に向けた彼女は、「にしし」と笑うと他二人と一緒に席へと戻って行った。
「ちょっと!今、うちのレイに何したのさ!」
「別に何もーただ感謝の気持ち伝えただけだよー」
遅れてやってきたアルシャとリゼスが、ユティと言い争いをしているようだが、よく聞き取ることができない。私の脳は完全にフリーズしてしまっていた。
「あ、あ、あ、あ、……………………」
『レイサマ、モテモテダー!サスガデス!!」
その日は午後になるまで、カチコチに冷やされた私の脳が溶けることはなかった。




