第二十話「借りは返す」
ノルテン救護院に到着すると、ユティのパーティーメンバーであるノエラが扉を開いた。
彼女の後に続き救護院の中へと入ると、やはり昨日治療した転拡者達はもういなかった。しかし、いつも出迎えてくれる子ども達の姿も見当たらない。街が活動を始める中、この救護院の中だけが時が止まったかのように静かだった。
「ユティー!いるのー?」
ジクフリーダが呼びかけるが返事はない。しかし、救護院の奥からこちらにやってくる人影が見えた。
(あんな人、この救護院にいたっけ?)
徐々に近づいてくるその人影の正体は、やけに背が高い老人だった。銀髪に黄色の瞳、見たところこの世界の住人のようだ。
「君達は確か、ユティの友達の……」
老人は目を細めると、ノエラとジクフリーダの方を見ながら言った。
「はい、クルシオンさん。私達はユティが学園に来ていないので、心配で見に来たんです」
どうやらこの老人の名前はクルシオンというらしい。ノエラの言葉を聞くとクルシオンさんは、私達に背を向けた。
「ユティならこっちだ。来なさい」
クルシオンさんの後をついていくと、たどり着いたのは二階にあるユティの部屋だった。
「ユティならこの部屋の中で眠っている。すごい熱でな。どうやら体調を崩してしまったようだ」
「彼女に会うことはできますか?」
ノエラがそう言うと、クルシオンさんはドアをコンコンと二回叩いた。
扉が開くと、そこにいたのは、ユティではなく小さな少女だった。
「こら、今のユティには近づくなと言っただろう」
クルシオンさんが、自分の足元を見るようにして少女に言った。
「だってー、わたしたちユティのことが心配でー」
「心配なら尚更、早く出ていきなさい!」
クルシオンさんがやや強めの口調でそう言うと、少女は『むうー』と言いながら部屋の中へと戻っていく。
しばらくすると、部屋の中からぞろぞろと子供達が出てきて、私たちの前を横切っていった。
『まったく』という顔をしながら、クルシオンさんが扉を開いてくれたので、私達は部屋の中へと入る。
十畳ほどの暗い部屋の奥にあるベッドの上で、ユティは眠っていた。彼女の顔は遠目からでもわかるほど、赤くなっており、熱を帯びているのがわかる。
「私が調合した解熱薬を飲ませたが、今日はとても話せるような状態じゃない…………」
クルシオンさんが私達の後ろでそう呟いた。
「そう…みたいですね……」
ユティの状態を見て納得したのか、ノエラはそう言った。ノエラとジクフリーダは悲しそうな目でユティを見つめている。
「ここにいても仕方ない、こちらに来なさい」
そう言うとクルシオンさんは、私たちを大きな広間へと案内してくれた。その広間の中央に位置する机を囲むようにして私達は座った。
「「……………………………」」
ノエラとジクフリーダは、自分たちに非があるかのように、バツの悪そうな顔をしている。気まずい空気が部屋中を包み、しばらく沈黙が続いた。
アルシャが私の隣で、どうしたらいいのか分からず、オドオドとし始めたのを見て、私はこの張り詰めた空気を破る事にする。
「ユティがあんな状態になるまで無理をする理由って、何かあるんですか?」
クルシオンさんと、ユティのパーティーメンバーに向けて私は質問する。ユティは回復魔法に関しては学園で一番だと聞く、だからこそ傷ついた誰かを治す事に人一倍責任感を感じているのだろう。しかし、他にもっといい手があったのではないだろうか。私達君臨少女メンバーだけでなく、転拡者協会に、他の回復魔法を使える者を寄越すよう依頼するとか。それとも何か、助けを求められない理由でもあるのだろうか。
私の疑問に対して答えたのは、クルシオンさんだった。
「この救護院はもともと、回復専門の転拡者を育成するために建てられたのだ………」
そう言って彼が語り始めたのは、このノルテン救護院の真の存在理由についてだった。
彼の家系は代々、この救護院で転拡者を預かってきた。そんな彼の話によれば、この救護院はやってきた転拡者を引き取って、回復魔法を使い続けさせる事で、回復魔法に特化した転拡者を育成するという名目の下、建設されたらしい。
つまり、転拡者育成のために、無償で街の怪我人を治療しているというわけだ。クルシオンさんが若い頃は、数多の回復専門の転拡者をこの救護院から輩出したことで、国から多額の支援金を受け取ることができたらしい。その資金を使って、クルシオンさんは街にいる孤児達の面倒も見ることにしたそうだ。
しかし近年、国が転生させる転拡者の数を急に絞り出したせいで、この救護院から輩出できる転拡者の人数も減少、孤児達を養うことも難しくなってきてしまっていた。
そんな時にやってきたのがユティ・コフィンだった。彼女はこの救護院を立て直すために、外部からも仕事を請け負うようになったそうだ。その一つが、毎年起きる故機慟諦との戦闘で出る負傷者を治療する仕事だった。去年までは、負傷者の数も少なく、ユティ一人でも十分カバーできた。しかし、今年の負傷者は例年の比ではなかったようだ。
その結果、ユティもオーバーワークする事になってしまった、ということだ。
「つまり、ユティはこの救護院を守るために、仕事を請け負っていたということですか?」
「ああ。最近になって、ユティの負担が大きくなっている事に、気が付いてはいたんだが、こんな状態になるまで何もしてやれなかった。…………君達にも心配をかけた。本当にすまない」
そう言うと彼は、私達に向かって頭を下げた。
「これからどうするつもりですか?」
戦いが終わるまでの間、負傷した転拡者はこの救護院に運ばれてくる。ユティが回復したとしても、また彼女に大きな負担がかかる事になるだろう。
「転拡者協会の方に、依頼を出そうと思っている」
「でも、転拡者協会に所属していて、ユティほどの回復魔法の使い手となると、とんでもない依頼料が掛かりますよね」
クルシオンさんに対してそう言ったのは、アルシャだった。私には相場はわからないが、今まで依頼してこなかったということは、相当な額がかかるのだろう。そして、その金額を払ってしまえば、おそらくここにいる子ども達はまた孤児へと逆戻りだ。
その事に気が付いたのか、ずっと黙っていたノエラが真剣な顔で言った。
「今から、故機慟諦のところに行って、戦闘に参加してくる」
「私も」
その言葉に賛同するようにして、ジクフリーダも声を上げた。確かに、ユティもここにいる子ども達もみんなハッピーになるためには、負傷者を作り出している原因であるその戦いを止めることが最も効果的だ。
しかし、一学生の私達に何ができる?そもそも、救護院の問題までは、私には関係がない事だ。そんなことで、リスクを犯すことはできない。
「あ、待ってよ!」
アルシャが止めようとするが、決心がついたのか、ジクフリーダとノエラは席を立つと、救護院から飛び出して行ってしまった。
「「…………………………」」
取り残された私達を、しばらくの間、静寂が包み込んだ。
「ユティ……………」
彼女達が立ち去ってから少しすると、クルシオンさんが私の後方を見ながらそう言った。どうやら、今、私の後ろにユティがいるようだ。
「私も、…………はあ、………今から、行く…」
息をするので精一杯なのか、後ろから微かな声でユティの声が聞こえる。
「ダメだよ、ユティ!そんな調子じゃ、外にも出れないよ!」
アルシャがそう言うと『ガタン』という音がした。クルシオンさんがユティの声がする方へと向かっていく。音からして、どうやら彼女は壁により掛かるようにして倒れたようだ。
(今ここで、後ろを振り向いちゃダメよ。そしたらきっと、厄介な事になる……………)
アルシャが『ボクたちも助けに行こう』という顔で訴えてくるが、それはダメだ。私達とユティとの契約にはこんな厄介ごとは含まれていない。そもそもこれはユティ自身が招いた結果だ。
(私には関係ない、私には関係ない、私には関係ない……)
自分に言い聞かせるように、何度も心の中で唱えた。一時の感情で目標を見誤ってはダメだ!
リゼスの方を向くと、彼女はいつも通りの無表情で足を組みながら座っている。その顔は何かを待っているようにも見えた。
リゼスとアルシャからの視線が私に集まっているのを感じた。
「………………………はあ…」
深くため息をつくと、ユティに背を向けて座った状態のまま、彼女に対して聞こえる声で言った。私の後ろからは、彼女の苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
「たまには、他人に助けを求めてみてもいいのでは?」
「はあ、はあ、でも、あなた達との、契約には………」
息も絶え絶えに彼女は渋る。
やはり彼女は頑固なようだ。少しの間考えると、私はアルシャに向かって口パクでこう伝えた。
『タダ飯』
「え?何?タダ……………ああー。そ、そう言えば、ボクたちユティのおかげで何食分浮いたんだっけ?」
アルシャが私の意図に気がついたのか、わざとらしく言った。
「私達三人掛ける約二十食分で、アミナ銀貨約二十枚かな」
食べ物の事に関しては記憶力が抜群なリゼスがそう言い加える。
「それって、学生を一日雇うのには十分な報酬だよねー?」
「うん。十分」
私の前で、アルシャとリゼスはこれでもかというほど猿芝居を続ける。
「でも………………」
(あーーーーっもう!)
決心がつかない彼女にとうとう耐えきれなくなった私は、椅子から勢いよく立ち上がり、彼女の方へと振り向いた。
「黒義院冷は、借りた借りは必ず返します!」
「でも、あなた達に何かあっても、責任が……………」
「あーもう!ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさい!助けてあげるって言ってるんだから、素直に受け取れ!」
そう言うと私は、彼女の前を颯爽と通り過ぎ、救護院を後にした。私の後に続くように後ろからは二人分の足音が聞こえる。
「…………う、うう……ありがとう。」
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(あーあ、………やっちゃったよ………………)
救護院を飛び出し、街の門まで走っていた私はひどく後悔していた。もちろん、ユティを助ける決断をした事に後悔しているのではない。
(これからどーしよ。何のプランもない、ノープランですよ!?)
そう!今の私達はノープランで戦いに挑もうとしているのだ。あの場の空気に流されて、ちょっと助けてあげようかな、なんて思った自分の良心が憎い。
そもそも、どこで戦闘が起きているのかすらも私は知らないのに…………
「アルシャ、戦闘はどこで起きているのか、心当たりはありませんか?」
隣を走るアルシャに向かって、私は聞いた。
彼女に心当たりが無ければ、ご縁がなかったと言う事で………
「故機慟諦を相手にしてるんだよね?だとしたら多分、北門の方だと思うよ!」
流石アルシャ、何か情報を知っているようだ。こういう時、彼女のナビゲートは役に立つ。
「どうして北なんですか?」
「この街から北の方角に、機怪の樹海ってのがあってね。……あ、これは別に韻を踏んでるわけじゃなくて」
「いや、わかってますよ」
アルシャは何が恥ずかしいのか、一瞬顔を赤くした。
「本当にこんな名前なんだよ!それでね、その樹海から故機慟諦はやってくるって聞いたことがあるよ!」
なるほど、故機慟諦の発生源である森が北にあるから、きっと戦闘も北で起きているだろうと。何とも彼女らしい素直な推測だ。
リゼスには…………………聞かなくていっか。多分彼女はその辺のことには詳しくない。
北門はトピー区とプロン区の間に位置していた。この街は円形都市であるため、一番大きな街道を進めば門にはすぐに辿り着いた。
もしかしたら、もう二度とこの門をくぐれないかもしれない。そんな考えが一瞬脳裏をよぎるが、ここまできてしまったのだ。今更後悔しても何にもならない。
「レイってさ、素直じゃないよね」
百メートルはある壁を支える門は、抜けるまでも長い。そんな門を通過していると、隣にいるアルシャが私に向かって言った。門の中にある微かな光が彼女の綺麗な瞳を輝かせている。
「素直じゃないって救護院でのことですか?私はただ、このパーティーのことを何よりも優先して考えているだけです」
彼女の方を向くと、『クスッ』と笑う顔がそこにはあった。
「わかってるよ、レイ」
門を抜けると、戦闘が行われている場所はすぐにわかった。
広大な平野に、明らかに人工的に作られたであろう壁が見えるのだ。その壁を三人で見つめていると、門に立つ門番に声をかけられた。ちなみに門番をしているのはアミナ帝庇団の男だ。
「また、魔法学園の生徒か。見学に行くのはいいが、戦闘には参加させてもらえないぞ」
また、ということはおそらくノエラとジクフリーダもこの門から向かったのだろう。
だが、戦闘に参加させてもらえないとはどういうことなのだろうか。
「どうして参加できないのですか?」
私が質問すると、門番の男はめんどくさそうに答える。
「はあー、そりゃお前達が学生だからだろ」
…………………その通りだ。この世界に来て、魔法が使えるようになって、何だか自分が強くなったように感じていたが、それでも私の身分は未だ学生だ。学生の領分は学ぶこと。学生の身分である私達が命の危険がある戦闘に参加できるわけがない。
「あーそうですよね。いや、私達も後学のために、見学に行こうと思ってるだけなので」
こんな嘘バレているだろうが、この門番からは私達を止めようとする意志が感じられない。
「お前ら、今何年生だ?」
「三年生です」
まあ私はまだ二ヶ月とちょっとしかこの世界に来てから経ってませんけどね。
「そうか、行くなら勝手に行け。お前らを止めるのは、俺の仕事には入らないからな」
門番がそう言ったのを聞くと、私たちは平野にそびえる不自然な壁に向かって走り始めた。
しばらくすると壁の付近についた、どうやらこの壁は土の魔法で作られたもののようだ。精巧な装飾が施されている。縦に二十メートルはあるだろうか。形状からして円形になっているようだ。壁のこちら側には、壁に沿うようにして等間隔で、アミナ帝庇団の制服を着た者達がぽつりぽつりと並んでいる。
さらに近づくと、ノエラとジクフリーダの背中が見えた。どうやら立ち往生しているようだ。
「どうして、私達は戦闘に参加できないんですか!」
ジクフリーダが声を上げている。
「だから、何度も言っているだろう。そういう決まりなんだ」
どうやら壁の中に入れてもらえないようだ。壁の中から聞こえてくる、鈍い音や金属音から察するに、戦闘はこの中で正に今、行われている。
「どうしますか?中には入れないようですけど……」
「私なら飛び越えられる」
確かにリゼスの能力ならば、このくらいの壁は飛び越えられそうだが。しかし、アルシャと私は無理だ。それに中で一体どんな戦闘が行われているのかもわからない。
とにかく行動を起こすしかないと思った私は、ダメ元でノエラとジクフリーダの方へと向かっていった。
ここは数でゴリ押すしかない。厄介な学生が駄々をこねれば、きっとなんとかなるだろう。うん。ノープランだ。
「すいません。私達も中に入れて欲しいんですけどー」
「また、学生か。腕試し気分で来るところじゃないぞ!」
「あなた達………」
抗議していた、ジクフリーダとノエラは一瞬驚くと、少し嬉しそうな顔を見せた。
『ここは相手が折れるまで粘りましょう』
彼女達に小さな声で囁くと、腕を組んで仁王立ちの状態で、私は意志を貫く姿勢を見せる。こうなったらストライキだ。はい。そうです。ノープランです。
「だからなあ!お前達いい加減にーーー」
帝庇団の男がイラついた顔でそう言った時だった。急に男の顔色が急変。頭の中で何か考えるような素振りを見せたかと思うと、隣に立つ男に向かって合図を出した。
「……………お前達、中に入ってもいいぞ」
渋々男がそう言うと、隣にいた男が魔法を使った。
「亜空穴」
男がそう言うと、彼の虚機友導はバラバラになるようにして等間隔で壁にくっついた。するとそのバラバラになった部分から光が中央に向けて放出され、ゲートができ上がった。
「ここを通って中に入れ、だが、出たくても時間にならない限り出ることはできないからな。引き下がるなら今だぞ」
私達五人は顔を合わせる。誰もがその決意を瞳の中に宿していた。
「では、行きましょう!」
私がそう言ってゲートの中へと入ると、アルシャ、リゼス、ノエラ、ジクフリーダは後に続いて突入した。




