第十八話「ちょっぴりダーク」
私の名前はユティ•コフィン……だった気がする。私の名前に関するものは何も残っていないし、お父さんとお母さんに確認しようにも、二人はもうこの世界にはいない。どこからともなく降ってきた砲弾に、二人は粉々にされた……と思う。
正直記憶が曖昧で、二人の最後もよく覚えていない。それに、考えたくもない。
私が7歳の時に最初の戦争は別の国で始まった。ただの小競り合いだと思っていた隣国同士の争いが、いつの間にやら世界を巻き込む対戦に、まあよくある話だった。
そして、何の罪もない少年少女達がその戦争に巻き込まれることもよくある話だ。
「ズダダダダ!」
「どうする?ユティちゃん?」
「私に任せて!」
銃弾が雨のように塹壕に打ち付けられる中、私は勇気を出して、塹壕の外へと駆け出した。右へ左へ軽快なステップを踏みながら、私は銃弾を避けて敵まで近づいていく。
「とりゃあああ!」
「イテ!……おい!ユティ!だから、何度も塹壕から出てきて素手で殴るのは反則だって言っただろー。銃使えよ!銃!」
私が殴って戦死扱いにした彼のコードネームは雷。どうして雷なのかって?それは彼が、バカ正直に銃で撃つことしかしないからだ。そのうるさい声が、雷みたいに耳障りだからこのコードネームになった。
「さっすがユティちゃん。男の子にも負けてないね!」
私が先ほどまで隠れていた塹壕から顔を出したのは、コードネーム骨。どうして、骨なのかって?それは彼女が骨みたいに白い肌に、骨みたいに痩せ細った体をしているからだ。
ここは、私たちの秘密基地。たまにこうやって3人で集まっては、戦争ごっこをしているのだ。ダンボール箱で作った塹壕に、プラスチック製のおもちゃの銃。これが最近、子供達の間では大ブームなのだ!
一戦終わらせると、私達は倉庫の外へと出る。
もう日が暮れそうだ。早く家に帰らないと。
「ユティと骨は俺が守ってやるからな!戦争になったら、お前らは後方支援が主なんだから、しっかり弾薬とか銃とか作ってくれよ!」
小枝を振り回しながら、私たちの先を歩く雷は、自信満々な顔でそう言った。
「なによ!偉そうに!雷はいつもユティにやられてるくせにー、ね!ユティ」
私の腕に骨が抱きつくと、雷に向かってあっかんべーをしながらそう言った。
「確かに、雷はちょっと戦力不足かもねー。私が戦った方が絶対いいね」
「お前らは後方支援してればいいの!戦うのは男の役目なんだから」
いつも通りの帰り道。くだらない雑談を交わしながら、私たち三人は夕焼けが照らす道を歩いていた。
「ただいまー」
扉を開けると、美味しそうな匂いのする料理と優しい声のお母さんが私を迎えてくれる。エプロンをしたままのお母さんは、私の顔をハンカチでふいた。泥でもついていたのだろうか。
「あら、ユティおかえりなさい。あ、もう、またそんなに服を汚して……早くお風呂に入って着替えてきなさい」
「はーい」
そう言うと私は、服を脱いでお風呂にチャプんと浸かった。早くお風呂を出てご飯を食べたい。そしたら、今日あったことをお母さんに話して、それからお父さんが帰ってきた時のために、サプライズプレゼントの用意もしなくちゃ!
お風呂に浸かりながら、これから起こる楽しい事をいっぱい想像する。
(戦争なんてさっさと終わればいいのになあ)
ぷくぷくと泡を水面に出しながら、呑気にそんなことを考えていた。
「お前ら今日は何するー?」
箱の上に座った雷がいつもの倉庫で私たちに向かって聞いた。
「今日も戦争ごっこでいいんじゃない?どうせ私たちが勝つんだし」
骨がそう言うと私もその意見に同意する。自分が勝てる遊びが1番面白い。
「よし、じゃあ今日も戦争ごっこし―」
『ウーーーーーーーーーーーーーーン』
雷の声を掻き消すようにして、サイレンが外で鳴り響く。その聞きなれない音に胸の奥がざわついた。どうしてサイレンの音はこんなにも不安を掻き立てることができるのだろうか。
『隣国コルドールからの宣戦布告がなされました。かの軍は国境を越え、東部各地域への縦断爆撃を開始しているとの情報がーーー』
「ねえこれって、戦争始まちゃったてこと?」
私の隣にいた骨が、いつにも増してその両足をブルブルと震わせながら、涙目で私に聞いてきた。小柄な彼女は震えると生まれたての小鹿のようになるが、いつも感じるその可愛さに私の心は反応しない。
「おい!これってどうしたらいいんだ?」
雷もいつもの威勢はどこへやら、青白い顔で震えながら私に聞いてくる。彼の手からはオモチャの銃が手放されていた。
「と、とにかく、街に戻ろう。家族と合流できれば、きっと安全な場所まで連れて行ってくれるはず」
「うん」
「わかった」
三人一緒に、いつもの帰り道を全速力で走った。途中骨が何度も転んでしまったが、二人で彼女を起こして何度でも、何度でも、走った。走っているはずなのに、その帰り道はいつもより異様に長く感じた。
「それじゃあ、ここで別れるけど、二人とも絶対寄り道しちゃダメだよ!」
「わかってる」
「ユティちゃんも気をつけてね」
別れの言葉を交わすと、私たち三人は散り散りになって別方向に走っていく。二人のことが心配だけど、今はとにかくお母さんに会いたい。
(お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん!)
ひたすら走った。お母さんに会いたい一心で。そしたらいつもよりも早く走れたような気がした。
「お母さん!」
無事に家の前までたどり着くと私は安堵する。サイレンは未だ鳴り響いているが、どうやらこの街には爆弾は降ってきていないらしい。別の地域だったか、やっぱり私は運がいい。
「お母さん、ただいまッーーーー」
ドアノブに手をかけた瞬間だった。地面から猛烈な風が襲ってきたかと思うと、次の瞬間、世界から音が消え、そして私の家も消えた。
あれから、何週間経っただろうか。ドブネズミみたいな生活を送りながら、私は何とか耐え忍んできた。雷と骨は何をしているのだろう。生きてまた、どこかで会えるだろうか。いや、そんなことどうでもいいか。
「おい、ユティ。配給が来たってよ」
彼女の名前は、クロエ。最近この裏路地でたむろしている孤児達のリーダー的存在だ。黒いジャケットを着たその勝気な顔が癪に触る。
「もういいですよ。配給なんて、このまま餓死させてください」
私は生きる気力を失っていた。これ以上生きて、何になるっていうんだ。お母さんもお父さんも、私に何の言葉も残すことなく、あっけなく死んでしまった。私が生き延びたとしてもたかが知れてる。もーだめだ。世界は変わらない。勝手に回って勝手に滅んでくれ。
「は?何言ってんだお前。ネガティブに考えたところで何もいいこと起きねえぞ。生き延びちまったなら、惰性でもいいから生き延び続けてみろよ。そしたら、なんかいいことあるかも知れねえだろ」
そう言うと彼女は、ニカっと笑いながら、ポッケに忍ばせていたリンゴを私へと投げた。私はそのリンゴを、反射的に掴んでしまう。
「ほらみろ。惰性で生きられてるだろ?」
彼女は満面の笑みで私の方を向くと、配給を貰いに駆け出して行った。
(何、あのポジティブお化け。気持ち悪い)
私は手に持ったリンゴを齧りながら、不服な顔をしていた。この世界で生きていたって何もいいことなんか起こるはずないのに。私たちの人生はちっぽけなアリ同然だ。一生懸命生きていたって、その命は、通りかかる大きな生き物の気分次第。どう足掻いたところで、強大な力には勝てないのだ。
この裏路地に住み着いて、三週間が経過した。
最近では、集まってくる子供達の数も増えている気がする。相変わらずクロエがみんなのことをまとめているが、食糧はきっと足りなくなる。いつかこの集団も、内部からじわじわと崩壊していくんだ。
「痛い!」
「おい、大丈夫か!」
私がドラム缶の上に座っていると、隣にいた少女がどうやら手を何かで切ってしまったようだ。結構な血が出ている。その声を聞いたのか、みんなの中心にいたクロエがこちらに走ってやってきた。
「おい!誰かガーゼのようなものを持っていないか?」
クロエが大声で叫ぶが、誰もその声に応えない。まあ、そんな都合よくガーゼを持ってる人なんているはずが……
「私、持ってます。ここにくるまでに、兵隊さんの死体から取ってきました」
集団の中にいた一人の少女が手を挙げると、走ってこちらにやってきた。
「ありがとう」
クロエはそう言うと、彼女からガーゼを受け取り、怪我をした少女の腕に圧迫するようにして巻きつけた。
「しばらく、安静にな?救急キットは、他の奴らに探しておいてもらうよ」
「はい」
クロエは立ち上がると、ドラム缶の上から見下ろしていた私の方を向いて、またニカッとその笑顔を見せた。
(なんだこいつ?自分の人望があったから助けられたとでも言いたいのか)
それから、また一週間ほど経った。この裏路地に集まっていた子供達も、もう何人か死んだ。餓死だ。どうすることもできない。食料がポンっと生えてくる魔法でもあればよかったのだが。そもそもそんなことができれば、争いなど起こらない。今はもう夜になり、隣に座るクロエの呼吸音が聞こえる。
「ほら、やっぱりもう無理だよ。ここまで惰性で生きてきたけど、結局最後はみーんな同じなんだ」
私の隣に座る、先週よりも痩せ細ってしまったクロエに向かってそう言った。
「でも、みんな一生懸命生きたよ」
壁に寄りかかるクロエの声は枯れていた。小さくて、微かに聞こえる程度だ。口調も弱々しくなってしまっている、これが本当の彼女なのだろうか。
「一生懸命生きたからって何さ。その先に何があるわけ?誰に褒められるわけでもないのに」
私の体力ももう限界だ。でも、この問答にだけは負けられない。この世界に生まれた事に意味なんてないのだ。一生懸命生きる意味なんてない!
「先ならあるよ………ほら、光が見える」
とうとうクロエもおかしくなってしまったかと思ったが、どうやらそうではないらしい。本当だ。赤い光が見えるよ。っていうか、目の前で死んだ子供達が、マスクをした兵士に火炎放射器で焼かれてる。もう匂いも感じない。むせるほどのあの死骸の匂いも感じない。
「この光、君にあげるよ。ユティ」
『だからそれは光じゃない』と言おうと思ったが、手を伸ばすクロエの指先には、緑色に光る宝石のようなものが確かに存在していた。
「ユティは頑固みたいだからね。この光の先を確かめてきてよ。そしたら、いつか、私にも………惰性で教えてくれるよね?」
そう言った彼女の指先から、私の胸へと光る宝石は解き放たれる。その瞬間、私は緑色の光に包まれた。光の合間からは、赤い炎に焼き尽くされるクロエが見えた。
「結局、最後は人任せなんだ………」
大粒の涙を乾ききった肌にこぼしながら、私は燃え尽きるクロエに向かってそう言い放った。
「あの星になれたらどこまで見渡せるんだろう…………」
光に包み込まれる直前、そんな声が聞こえた気がした。




