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君臨少女   作者:
第一章 魔術学園都市ユミナ編
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第十六話「断末魔」

 ユティとの契約成立後、私たちは午前の授業が終わると、一緒に彼女の住むノルテン地区へと向かうようになった。



「今日のお昼は何にします?」



 学園が終わり、救護院へと向かう途中の話題は、いつも昼食についてだ。学園内にも食堂は整備されているが、常にそこは私達よりも早く授業を終える一般生徒たちで一杯であるため、訪れることはほとんどない。仮に席が空いていたとしても、一般生徒に囲まれてまともに食事ができないのがオチだ。食事は黙々と静かに食べたい。


 最近までは、リゼスが住んでいるオルサさんの店で食べることが多かったのだが、オルサさんの店も営業を再開して、席が満席で入ることが難しくなってきた。

 そこで、近頃はノルテン地区の方で店を探すことが多いのだが………………



「ユティちゃん、今日も新鮮な魚が入ったんだ。ぜひうちの店で食べていきな」



「先週はうちのばあさんが世話になったね。ほら、この野菜もっていきな」



「ユティちゃん、お腹空いてるかい?タダ飯、食わせてやるよ」



 このように、店を探すまでもなく、店の方からやってくることがほとんどだ。ユティはこのノルテン地区の住民から愛されているらしい。彼女に命を救われた人や、傷を治してもらった人、娘を助けてもらった人など街を歩いているといろんな人が声を掛けてくる。



「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて、タダ飯、食わせてもらってもいいですか?」



 そして、ユティは甘え上手だ。人から好意を向けられることに慣れているのが、その態度から伺える。



「あいよ。そちらの三人組も一緒かい?」



「はい。彼女たちには救護院の仕事を手伝ってもらってるんです!」



「そいつは、偉いことだ。よーし、おじさんがんばっちゃうぞー」



 どうやら、今日のタダ飯はここでありつくことができるようだ。ユティがタダでご飯を食べられることに関しては正当な理由があるとして、私たちまでタダ飯いただけるなんて、なんだかちょっと申し訳ない気になってくる。



「すいません。ユティ、いつも私たちまで頂いちゃって」



「ごめんね、ユティ」



「私、ユティ好き」



 私以外の二人も罪悪感を感じていたのか、ユティに対して申し訳なさそうな顔で言った。



「うーうん。それよりも、三人にはノルテン救護院がしていることが、町のみんなにこんなに感謝されているんだって、知ってもらえて嬉しいよ…」



 確かに、ノルテン救護院がこの地区で必要とされていることがよく分かった。この地区の人たちはほとんどがユティのことを知っているし、みんな彼女に感謝していた。


---


 タダで昼食を食べ終わると、私たちはノルテン救護院へと着いた。この救護院に来てから、もう二週間は経過しているが、故機慟諦との戦いとやらで負傷して運ばれてくる転拡者は、いまだゼロだ。それよりも、酔っ払って頭を打ったーだとか、階段から息子が落ちてしまってーとかその程度の負傷者が運ばれてくることがほとんどだった。



「ユティ、本当に忙しくなるんですか?」



 私は膝を擦りむいてしまったという少年の足に、回復(ヒール)を掛けながらそう言った。膝を擦りむいた程度でも、それを治すのにはかなりの魔力を使う。最初の頃なんかは、頭にボールをぶつけたせいで、怪我をしたという少女の回復にもかなり時間がかかってしまい、回復魔法はこんなにも難しいのかと思ったほどだ。しかし、今では二週間、毎日やってくる負傷者を治していたおかげで、なんとなくだがコツもつかめてきた気がする。


 回復魔法は、その発動に莫大な魔力を必要とするのはもちろんだが、相手に掛ける際にその魔力量を調整する技術も必要なのだ。例えば相手が軽傷だったとして、最初からマックス10の魔力を使った回復魔法を掛けるのは効率的ではない。現地人だったとしても人によって性質が異なるのか、魔力量3と7の回復魔法では必ずしも後者の方が直りが早くなるというわけではない。魔力量を変えつつ、相手によってその量を調整する必要があるのだ。


 さらに、魔力量の調整に加え、属性も考慮に入れればさらに直りを早くすることができる。この点は彼女も分からないと言っていたのだが、転拡者ではなく現地人にも虚原素の属性相性があるらしく、バッチリ属性の相性が噛み合えば、一瞬で治すことができる。しかし、現地人はそもそも魔法が使えないので、彼らがどの属性と相性がいいのかは全くわからない。私は常に、無属性以外の8つの属性をローテーションさせながら回復魔法を使うようにしているが、負傷者とその属性がぴったり合ったのはまだ一回しかない。


 ちなみに、無属性の魔法を使えるかどうかは先天的なものらしく、私はいまだ使うことができない。もしかしたら、この先も使えないのかもしれないが………その点では、リゼスはやはり才能に恵まれていると言えるだろう。



「今まで通りなら、もうとっくに重症者が運ばれてきてもいいはずなんだけど………………」



 ユティは『おかしいな』という顔をしながら、私の治療を見つめている。



「まあでも、けが人がいないならそれが一番だとボクは思うよ…」



 アルシャも私の治療を眺めながら、なんともお気楽なことを言った。


(それはそうだけど、それじゃあ私たちがここにいる意味がないじゃない)


 この孤児院に来てから、他人に頼りにされることが多くなっている。それはそれで、良いことなのだろうが、そのことに満足していてはダメだ。他者承認欲求を満たすことに満足して、本来の目的を見失ってはいけない。

 リゼスを見てみろ、彼女なんてこの孤児院でちょっとした人気者になっている。子供たちと仲良くなるのが得意な彼女は、孤児たちともすぐに打ち解けて、今もその子たちと鬼ごっこをしているではないか。


(このままじゃだめだ。私たちは保育園に職業体験をしに来たわけじゃないのに………………)


 と思ったその時だった。



「重傷者だ!治療を頼む!」



 孤児院の扉がバンッと開き、担架に乗せられた人が中へと運び込まれてきた。



「どこに置けばいい」



 アミナ帝庇団の制服を着た男は、緊迫した表情で私たちに聞いた。



「その床に、並べるようにお願いします。人数は一人だけですか?」



 先ほどの緩い表情から一転、真剣な表情へと顔を変えたユティは、慣れた口調で男に聞き返した。



「いや、悪いんだが………………」



 男によって再び扉が開かれると、そこには荷車から続々と降ろされていく重傷者たちの姿があった。

 私は、治療を終えた少年を外へと出すと、その光景に驚愕した。

 重傷者を乗せた荷車が街道沿いに何台も並んでいるではないか。



「一体どうしてこんなことになってるんですか!」



 その光景を私の隣で見ていたユティも、驚愕した表情で声を上げた。どうやら、これは普通のことではないらしい。



「それが、本陣も故幾慟諦の群れに襲われてしまい壁の外では、現在収拾のつかない事態に陥っている。だから、こうやって帝庇団の私も駆り出されているのだ」



「…………そうですか。わかりました」



 ユティは振り向くと、早速先ほど運ばれてきた、重傷者の治療にあたった。



「よかったね、レイちゃん。お望み通り、回復魔法掛け放題だよ」



 ユティは回復魔法を重傷者に掛けながら、そんな冗談を言っているが、その表情に一切の笑みはなかった。

 次々と運ばれてくる、血まみれの負傷者たちを見ながら私も覚悟を決める。その中には、腕を失ったものや、足を失ったものなど、一見しただけで重症だと思われる人がたくさんいた。ことの重大さに気が付いたのか、アルシャも青ざめた顔をしながら、必死に治療に当たっていた。リゼスは、子供たちを奥の部屋へと誘導した後なのか、こちらへと走って向かってきている。



「やっと始まりね………………」







「ぎゃあああああ、腕がああああああああ!」

「助けてくれれえええ!」

「お母さん、お母さん、お母さん、」



 救護院の中はまさに地獄と化していた。ユティを筆頭に私達四人は一生懸命治療に当たっているが、どう考えても数が足りないのではないだろうか。

 帝庇団の協力者も、断末魔を上げる負傷者に催眠魔法のようなものを掛けることで、一時的に眠らせているようだが、数分すると痛みで再び暴れ出す。産声のような断末魔が、生まれては消え、生まれては消えを繰り返す。部屋中に響く、悶え苦しむ負傷者たちの声が、私達の集中力を削いでいた。



「負傷者たちの情報はどうしたんですか!」



 負傷者を治療しながら、ユティは帝庇団の人間に向かって叫んだ。転拡者を効率的に治療するためには、その者が得意とする虚原素属性の情報が必要不可欠だ。だが………………



「すまない。私たちは所属が違うからわからんのだ。そもそも、我々も緊急で呼び出され、戦地からこうして運び出してきたのだ。情報を取っている余裕はなかった」



「………………」



 ユティは返事をしなかった。いや、恐らく返事をする余裕などなかったのだろう。回復魔法は嫌でも神経を使うし、何よりも魔力の消費量が半端じゃない。いくら、魔力の元である虚原素を体の外から取り込んでいて、使い果たす心配がないとしても、それを魔力として使用する側には疲労が貯まる。このままのペースではいつか彼女も倒れてしまうのではないか。


 私達三人は、ユティほど一度に治癒できる範囲は広くない。例えば、今の私では無くした腕を一本丸まる元に戻すことはできないのだ。そこで、私たちはとにかく出血を止めることだけに集中し、その後にユティが重傷者を取捨選択し、全回復までもっていく形をとっている。


(なんとか、ユティの負担を減らさないと………………でもどうすればいい? そもそもこれは考えて答えが出ることなの?)


 その日はそのまま、一日中頭を悩ませながら、日が暮れるまで負傷者の治療に当たっていた。なんとか、その日運ばれてきた負傷者は全員、全回復させることができたが、さすがにユティもくたくたで、最後の一人の治療が終わると気絶するようにして、その場に眠ってしまった。

 リゼスがユティを、彼女の部屋だと言っていた場所まで運ぶと、私たちは救護院を後にした。



「今日はなんていうか………………うん」



 帰り道ではいつも明るいアルシャも、今日はさすがに疲労困憊なのか、口数が少ない。



「もしかしてこれが、後二週間続く?」



 疲れ知らずのリゼスも、焦った顔で私に聞いてきた。



「予定通りなら、そうですね。………………で、でも、きっとこれを乗り越えれば、私たちの魔力吸収力は格段に上がっているはずです!」


(あーダメ、今にも吐きそう。でも、ここで弱音を言っても、みんなのやる気が下がるだけ。こういう時はポジティブに考えるのよ)



「「………………………………」」



 私のポジティブな意見に対して、二人からの返答はない。どうやら、ここはポジティブな意見を出すべき場面ではなかったようだ。それならば切り替えて、共感的な意見を………



「………………………………」



 と思ったが、どうやら私も疲れ切っているようだ。声を出そうと思ってもうまく声が出てくることはなかった。



「では、また明日………………」

「うん」

「じゃ」



 いつもの分かれ道で、二人と別れると私は家へと向かってとぼとぼと歩いた。

 家に着くと、メルヴィさんが作ってくれた温かい料理たちが私を迎えてくれたが、その日は料理が私ののどを通ることはなかった。



「お姉ちゃん食べないのー?」



「う、うん。今日は全部シヴィに上げる」



「やったー」



 パクパクもりもりと料理を食べるシヴィを見て、私は吐き気を堪え切れなくなってしまった。トイレへと駆け込むと、今日食べたタダ飯が形を変えて外の世界へと還元された。



「けほっ、けほっ!う、うげええええ」



 お風呂に浸かったあと、自室へと入ると、明日のために早めに眠ろうとベッドに横になった。

 目をつむり、頭の先からつま先に向けてゆっくりと力を抜き、いつも通り意識を落とそうとするが、それができない。今日見た光景が、夢に出てきてしまいそうな気がして怖くなってしまった。今日は何とかなったが、もし明日、今日以上の負傷者が運ばれてきたらどうする?ユティが万全の状態ではなく、死人が出てしまったら?私にその責任が負えるのか?



「はあー」



 思わずため息が零れてしまう。夜は早く寝ないとダメだ。考えなくていいことまで考えてしまう。これではより一層憂鬱な気分になるばかりではないか。



『レイサマ、ネムレナイ?』



 腕を目の上に置きながら、考え込んでいると、ボドが声をかけてきた。正直この無機物とお話ししたい気分ではなかったが、今は神にもすがるような気持ちでボドに助けを求めた。



「ねえ、あなた。なんかいい方法知らない?回復魔法上達の方法」


『ソレハ、キョウレイサマガ、ツカッテタマホウ?』


「そう。今日嫌になるほど使ってたあれよ」


『ウーン。ウーーン、……ウーン?……』


 ボドは私のために考え込んでいるのか、何度もウーンと言ってうなだれていた。その規則的な音に眠気を誘われ、私の意識は少しずつ失なわれていく。


(もう、ほんとに……使えない……………)





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