第十五話「聖女のお願い」
アミナ帝立魔法学園第1棟、K-12教室で、今まさに、闘争が勃発しようとしていた。
「雑魚に雑魚つって何が悪いんだァ?」
「やめなよ。レイちゃん真顔になちゃってるじゃない!」
「まあ確かに、あれだけの啖呵を切ってた割には、酷いやられようだったな………………」
いつも通り教室に入ると、私は同じクラスの男子にいきなり暴言?誹謗中傷?とにかく、昨日の試合のことについて散々なことを言われていた。そんな暴言を吐く彼の名前は【ユーリウス・サックスブルー】。パーティー名【爆滅】のリーダーだ。オレンジに近い茶髪をしており、赤い瞳と左耳のピアスのようなものがギラギラと輝いている。
「あのお姫様に威勢のいいこと言いやがるから、一目置いてたっつーのによォー、あんなにあっさりやられちまったら、俺の期待はどこにやったらいいんだァ?」
彼は今にも私に頭突きを食らわせられるような位置で、私に対してメンチを切っている。もちろん、私がこんな睨みつけ程度に臆することはないが、今にも隣のリゼスが爆発しそうだ。どうどう、今はハウスよ、リゼス。
「もうすぐ、先生来るから、早く席に戻って!」
そんな彼を後ろから席に戻そうとしているのが、【声なき星明り】のリーダー、【ユティ・コフィン】だ。さらさらとしたロングの金髪に、優しい青色の瞳をしている。そして、視線を下へと落とすと、制服の上からでもわかるほどの膨らみががそこにはあった。
「チッ」
「ほら、レイちゃんもイライラしちゃってるから」
「ユティ。そいつに人間の言葉は通じない」
教室の席のここから見て一番左側にいつも座っている男、【ファントン・ループ】がユティにそう声を掛けた。彼は、【喰龍射】のパーティーリーダーだ。
「私なら大丈夫です。この程度の威嚇、なんとも思いませんから」
私は、先ほどから私にメンチを切っているユーリウスを睨み返してそう言った。こういう輩には、舐められると後々面倒なことになる。そう思った私は、彼の肩にぶつかるようにして、足早にいつもの席へと向かった。
「痛てーじゃあねえか!おい!」
(危なかったー、もう、うちのリゼスが限界だったわ。アルシャが私の後ろで必死で押さえつけてたけど、ギリギリだった………………)
間一髪、リゼスの暴走を食い止めることができた私達は席に座わった。興味をなくしたのかユーリウスも『チッ』と不服そうな顔をして席へと戻り、いつも通り午前中の授業が始まった。
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午前の授業が終わると自由時間だ。私たちは、先ほどのお礼という名目で【声なき星明り】のパーティーが座っている席へと向かった。
「あの、朝はありがとうございました!」
私はパーティリーダーであるユティ・コフィンに真っ先にお礼を言った。
「あ、レイちゃん。いーえ。お気になさらず。昨日の試合もすごかったね。まだこの世界に来たばかりなのに、良く戦ったと思うわ」
私の方へと振り向いた彼女は満面の笑みだ。
(私、こういうタイプ苦手なのよね………………っていうかいきなりレイちゃん呼びですか…)
「ごめんねー、うちのリーダー距離感バグってるでしょ」
そう言ったのは彼女の左にいる【ジクフリーダ・リンネ】だ。ロングの赤髪に青い瞳、すらっとしたスタイルをしている。
「いえ、そんなことは…………。そういえば、さっきの授業なんですけど…」
授業に関する軽い雑談を交えながら、私はどうやって話を切りだすべきか考えていた。
(いきなり、『魔力吸収力の上げ方を教えてくれ』って言うのはさすがに失礼よね…でも、私とユティとの接点はほぼ皆無だし………………)
良いアイデアが浮かばなかった私は、アルシャに目配せをしてヘルプを求める。
『アルシャ、助けて』
『オッケー』
私達の心の間で、意思疎通が図られると、アルシャが話を切り出してくれた。
「ユティ、ボク達は君に相談事があるんだけど、いいかな?」
ストレートなお願いの仕方だが、面識がある者とない者では伝わり方も違ってくるだろう。
「もちろんいいよ、アルシャ。相談事って何?」
ユティはアルシャの方へと体を向けて、話を聞く姿勢に入った。
「実はボクたち、魔力吸収力を上げたくて…………それで、ボクたちの学年でも回復魔法を一番使えるユティなら何か良い方法を知ってるかも、と思って………………」
「なるほど。魔力吸収力の上げ方についてか……………わかりました。教えてもいいです。でも、その代わり私のお願いも聞いてもらえるかな?」
ユティは一瞬考え込んだかと思うと、首を傾けながら、愛嬌一杯にお願いのポーズをとる。彼女はそのことに気づいていないようだが、これを”あざとい“というのだろうか…
「それはお願いの内容にもよりますね」
アルシャの顔が『やったー、うんいいよ!』と即答しそうな顔になったので、私は思わず待ったをかけた。ここで、なにかとんでもない要求をされてしまっては困る。
「うーん、そうだなー。説明するより、見せたほうが早いかもしれない。あなたたち、今日の午後は空いてる?」
ユティが質問してきたので、私たち三人は顔を合わせる。二人とも『私に任せる』という顔をしていた。
「はい。空いてます」
「よし、じゃあ行こうか!」
サラサラの髪をなびかせるとユティは立ち上がった。
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彼女に連れられてやってきたのは、私たちが住むパーム地区の南に位置するノルテン地区だった。彼女たち【声なき星明り】はこの地区に住んでいるらしい。ちなみに、ユティ以外のメンバーは特訓のために別行動となっている。彼女たちだって、試合を控えている、一日も無駄にできないのは彼女たちも同じだ。
「隣の地区に住んでたんですね」
私の隣を歩くユティに向かって、私は聞いた。アルシャとリゼスはこの地区に来るのが始めてなのか周りをきょろきょろと見渡している。
「そうだよ。パーティーメンバーは、大体同じ地区に住むことになってるの。もう聞いたかもしれないけど」
この情報に関しては初耳だったが、大体予想はできていた。おそらく、パーティーメンバ同士の交流がしやすいように国が配慮したのだろう。
私達の住むパーム地区とほとんど変わらない白い街に敷かれた道を歩いていると、目的地へと到着した。
「ここだよ」
彼女がそう言って、立ち止ったのは石造りのそこそこ大きな建物の前だった。その壁の傷痕具合からは、歴史を感じることができる。そして、入り口にある看板には『ノルテン救護院』と書かれていた。
「救護院ですか?」
「そう。私のこの世界での家はここなんです。さあ、中に入って」
ユティは扉を開けると、私たちを救護院へと招き入れた。
「あ!ユティお姉ちゃーん」
建物の中へと入ると、子供たちが奥からぞろぞろと駆け寄ってきた。
(ゲッ、子供がたくさん。私、子供は苦手なのよね………)
駆け寄ってきた子供たちは、アルシャに抱き着いたり、リゼスの髪を引っ張ったりしながらはしゃいでいる。アルシャは『やめてよー』と言いながら楽しんでいるし、リゼスは何も言わずにその体を子供たちに預けていた。
しかし、私に興味を示す子は一人もいなかった……………
(な、なによ!私には興味ないってわけ?まあ、アルシャの方が愛嬌あるし、リゼスの方がかっこいいし、わからなくもないけど…でも、一人も興味を示さないってのは流石にひどくない?)
『レイサマ、コドモニ、ニンキナイ………………』
「うるっさいわね。別にいいわよ、家に帰ったらシヴィが相手してくれるもんね!」
ボドがぼそっと失礼なことを言ったので、私は小さな声で苦し紛れに反論した。
ちなみに、昨日の試合でボコボコにされた後に家へと帰ると、私がドアを開けるなりすぐにシヴィが抱き着いてきた。そのあと彼女に話を聞くと、どうやら私が意識を失う直前の彼女の顔は、純粋に私のことが心配だっただけらしい。そもそも、彼女も私が【正統なる冠掠】に勝てるとは思っていなかったようだ。その話を聞いた私は、いかに自分が自意識過剰だったのかを思い知らされた。
「それで、お願い事ってなんですか?」
一人だけ手持ち無沙汰になった私は、子供たちの相手をしているユティに向かって声を掛けた。
「それじゃあまず、この救護院についての説明をするね」
彼女は子供たちの相手をしながら、この救護院についての説明をしてくれた。
ノルテン救護院とは、元々はこの魔術学園都市ができた頃から存在する、転拡者専門の医療を行う施設だったらしい。それが現在では、この世界の住人も対象に治療を行っているそうだ。けが人の治療はもちろん、町にいる捨てられてしまった孤児たちの面倒も見る場所になっている。
「じゃあ、早速、本題についてなんだけど……………あなたたちにはこの救護院で約一か月間ほど、私の手伝いをしてもらいます!」
彼女は一人ぽつんと立つ私と、子供たちに囲まれるアルシャとリゼスに向かって言った。
「え?………………一か月、ですか?」
一か月という期間に私は思わず固唾を飲む。この要求はつまり、これから一か月間、私たちの授業が終わった後、午後の時間を束縛するということだ。その間は、恐らく他の特訓はできないだろう。
私はしばらく考え込む。
(一か月はさすがに長すぎる。もしかしたら、彼女のほかにも魔力吸収力について詳しく知ってる人がいるかもしれないし…ここまできたけど、この要求は断るべきか………)
「ちょっと、待って!」
私がこの要求を断ろうとしていたことに気が付いたのか、ユティは待ったをかけた。
「これは、あなた達にとってもプラスのことなんだよ。というのもね―」
そこから、ユティは彼女が知る魔力吸収力の上げ方について説明してくれた。
彼女は学園でもトップクラスの魔力吸収力を持つことを自負しているらしい。そんな彼女によれば、魔力吸収力の上げ方はズバリ、『消費魔力の多い魔法を使い続けること』。つまり、一朝一夕で一気に魔力吸収力を上げることはできないということだ。彼女は、この孤児院での仕事を手伝う中で、回復魔法をほぼ毎日使用し続けてきた。その結果、今の魔力吸収力を手に入れたそうだ。
そして、彼女が要求してきた期間が、どうして一か月なのかについてだが。これはどうやら、今月中にこのアミナ帝立魔術学園都市の近郊で、大きな戦いが発生するからだそうだ。なんでも、故機慟諦の軍勢がこの町へと近づいているらしく、転拡者協会の人間がその故機慟諦と戦うことになっているらしい。そして、その戦いでの負傷者はこの町へと運ばれてくる。その際にここ、ノルテン救護院も受け入れ先として決まっているそうだ。
「なるほど、ではその負傷者たちが一斉に運ばれてくる際に、私たちに手伝いをしてほしいということですね。そしてそれが、私たちの魔力吸収力の向上にもつながると…」
「そういうこと!話が早くて助かるよ。といっても、そんなに大変じゃないと思うから安心して。故機慟諦と転拡者の衝突は、よくあることだから、対応も迅速に行えると思うし。あと、一斉にといっても、本陣の方で回復しきれない重傷者が運ばれてくる感じだから、人数はそんなに多くないよ!」
ユティは子供の頭を撫でながらそう言った。
確かに、魔力吸収力の向上方法が彼女の言う方法だけなら、これはまたとない機会といえるだろう……
「少し、話し合ってもいいですか」
私はアルシャとリゼスと話し合いをするため、彼女たちを子供たちから連れ戻し、救護院の入り口のすぐ外で話し合った。
「どう思いますか? 私は彼女の話は理屈も通ってますし、特訓の期間を削ってでも、彼女の要求を受ける価値はあると思います」
「ボクも賛成かな。そもそも、ボクに回復魔法教えてくれたのは彼女だし、恩返しだと思えば頑張れそう」
「子供みんなカワイイ。私はここ、気に入った」
どうやら二人とも賛成意見のようだ。パーティーの意見がまとまると、救護院の中へと戻り、私はユティに返答した。
「私達の意見はまとまりました。期間は今日から約一か月間で、よろしくお願いします!」
「よかったー。こちらこそ、よろしく」
そういうと彼女はこちらに近づいてきて握手をした。これで、契約成立だ。
「でも、いいんですか?ユティは、パーティーメンバーと特訓しなくても」
私はユティが心配になったわけではないが、何か策でもあるのかと思い探りを入れた。
「あー、私の役目は徹底して支援だからね。連携はほかの二人に任せてるんだ。それに、心配されるほど私たちは弱くないよ」
彼女は手を握りながら小首をかしげるしぐさに笑みを添えた。




