第十三話「楽観的下剋上」
「あ、やっと目を覚ました!」
私が目を覚ますと、アルシャが上から覗き込むようにして私のことを見つめていた。
どうやら私は今、アルシャの膝に頭をのせている状態らしい。
「いやーすごかったね。ボク、どっちが勝つのかわからなくて、すっごいドキドキしちゃったよ!」
膝枕の状態で、興奮した様子のアルシャを見つめる。
「私の完敗です。新技も披露したのに、負けました」
アルシャの膝から起き上がると、地面にあぐらをかいて座っているリゼスに向かって言った。
「私もびっくりしたけど、何とか勝てた。でも、レイの成長速度はやっぱり異常」
「あれが、無属性ってやつですか?」
私はリゼスの情報欄に、『得意な虚原素属性、無』と書かれていたことを思い出しながら質問した。おそらく、風属性の斬撃を掻き消した時、あの槍には、無属性が付与されていたのだろう。
「そうだよ。あの時、たぶんレイがもう一回斬撃を放ってくると思って、それを掻き消すために槍に付与した」
リゼスは首を伸ばすストレッチのようなしぐさをしている。
「それで………私の虚列等級ってどのくらいですかね?」
私が二人に向かって聞くと、二人は目を合わせる。そして、少し考えたかと思うと、二人同時に答えてくれた。
「「第四位?」」
(第四位か………………)
予想はしていたとはいえ、二人以下の虚列等級にがっかりしたのを読みとったのか、アルシャが励ますようにして言った。
「いや、これは凄いことだよ。ボクたちは二年間で虚列等級第三位と四位なんだよ。レイはまだこの世界に来て、一か月じゃないか。普通だったらまだ、虚機友導を使用することすらできない状態なんだから!」
「うん。レイ、ヤバい。あの斬撃も掻き消さなきゃ、私、真っ二つだったかもしれない」
リゼスも励ましてくれるが、彼女は常に無表情なので、正直それがほんとかどうかわからない。
「そ、そうですよね。ありがとうございます」
二人に励まされ、私は元気を取り戻した素振りを二人に見せる。だが………
(『普通よりも凄い』じゃだめなのよ、私は黒義院なんだから。もっと強く、もっと高みを目指さなければ………)
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手合わせが終わった後、二人には先に帰ってもらった。特訓場で一人になった私は、丸太の上に座り、夜空を見上げていた。帝樹祭はすでに終わっているため、一人静かな夜空を眺めることができる。
(あーあ、二人には少し悪いことしちゃったな)
この世界に来てからというもの、反省することが多くなっている気がする。今回の件だって、私の実力がすさまじい勢いで伸びているのは事実だろう。しかし、私はそれを素直に喜ぶことができなかった。あの場面は素直に喜んで、『これなら、きっと私たち勝てますよね』とか言って、これからのモチベーションを上げるべき場面だったのに。
原因は分かっている。それは私のプライドだ。どんなに成長速度が速かったとしても、自分の近くに自分と同年代で、自分よりも上の人間がいることに耐えられないのだ。このプライドがあったからこそ、前の世界では上手くやれることができたが、やはりある程度自重しなければいけないだろう。なぜなら、この世界では彼女たちは倒すべき敵ではなく、仲間なのだから。
(仲間って難しいわね。前の世界では切磋琢磨って言葉嫌いだったけど。この世界では、仲間と協力して一緒に成長する必要があるのか………)
自らの自尊心を見直し、反省した私は丸太の上から立ち上がり、家に帰ろうとする。
と、その時だった。
『レイサマハスゴイ!レイサマハスゴイ!』
突然どこからか声が聞こえてきた。声の主はどこにいるのか探ろうとして、耳を澄ますが、その声の発生源はいまいち掴むことができない。幻聴かと思い、耳をふさいでみるが、やはりその声はまだ聞こえてくる。
「………これって、幻聴?」
(嘘でしょ。私、幻聴が聞こえるようになっちゃったの? 最悪、もう今日は早く寝よう)
そう思い、私は足早に裏路地を歩いていく。
『ゲンチョウチガウ!ゲンチョウチガウ!』
その声はまだ、私の頭の中に聞こえてくる。いい加減鬱陶しいと思った私は、今日一日の疲れもあったのか、声を荒げてしまった。
「もう!うるさいわね!さっきから一体どこのどいつなのよ!」
『コッチ!コッチ!』
そう言って私の目の前に現れたのは………私の虚機友導だった。
「は?冗談でしょ」
『ジョウダンチガウ、ジョウダンチガウ』
どうやらしっかり受け答えできるようだ。にわかに信じ難いが、私は今、人間以外と会話している。確かに、これは疲れからきた幻覚、幻聴で、私はいまだリゼスに気絶させられた状態で夢を見ている可能性もある………が、そんなこと確かめようもない。
「………あんたいったい何なの?」
再度確認するが、私は今、裏路地で一人、虚機友導に話しかけている。決して痛い人間なのではない。だが、この姿を誰かに見られるのだけは絶対に嫌だ。
『ボク、【黒臨緋】。レイサマニナマエ、ツケテモラッタ。ズットハナシカケテ、ヤットツウジタ!』
どうやら、私が名前を付けたらしい。
(でも私が名前を付けたのは刀に対してであって、………あ、そっか、あの刀の元はこいつだったわね)
どうしたものか。この状況を。『虚機友導が喋れるお友達になってラッキー!』と楽観視するべきなのだろうか、それとも、『聞きたくない声を頭の中に流されて、いつか頭がおかしくなってしまうにちがいない』と悲観すべきなのだろうか。
数分悩んだ結果、私は彼?に質問することにした。
「で、あなたとお話しできるようになることで、私に何かメリットある?」
『メリット………、タクサン!』
「ふーん、で、それはどんなメリットなの?」
『………ボク、ツカエル!スベテノマホウ!』
(全ての魔法を使える?一体どういうことかしら?それが本当だとしたら、一気にレベルアップできるじゃない)
「もっと具体的に。それってどういうことなの?」
『ウーン、セツメイムズカシイ』
はあ、私はいったい何をしているのだろうか。こんな無機物に話しかけたところで目の前の問題は何も解決しない。他力本願ではだめだ。自分の問題は自分で解決しなければ。
「もういいわ。とにかく私は家に帰るから、あなたはもう話しかけてこないで」
『………………』
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その後、裏路地を抜けて家まで帰ってきた。その間、虚機友導が話しかけてくることはなかった。
家に帰ると、メルヴィさんが料理を用意してくれており、私は『いただきます』と言ってそれを食べていた。
「おねえちゃん、今日おそかったね」
ご飯を食べ終わったシヴィが、ソファに座って学園で使用する教科書を読みながら、私に話しかけてきた。
「パーティー戦があるでしょ?だから、特訓してたのよ」
「教室でもみーんなそのことについて話してたよ。どのチームにとうひょうするかーとか。でね、男子がおねえちゃんのパーティーのこと悪く言うから、シヴィが『おねえちゃんはすごいんだぞ!』って言ったんだけど、ぜんぜんみんな信じてくれなくて………」
どうやらシヴィは学園で、私たちのパーティ【君臨少女】を馬鹿にした男子にきつく言ってくれたようだ。
「だから、おねえちゃん。あんな男子、実力で黙らせてね」
「う、うん」
一体そんな言葉使いどこで覚えたんだろうか。子供の成長は速い。でも、ごめんシヴィ、お姉ちゃんの作戦では、初戦は負けることになってるんだ。
ご飯を食べ終わり、自室に入ると今日はくたくたに疲れたので早めに寝ることにした。
人生において、睡眠は何よりも重要だ。
だが、寝る前に一つだけ確かめなければならないことがある。
「もうしゃべっていいわよ」
『ハー、マッタク!ムカツキマスネ、ダンシ!』
(やっぱりしゃべちゃったよ。どーしよこれ)
リゼスとの一戦でかなり疲れていた私は、もう眠りたくて仕方がなかったが、喋る虚機友導がそばにいたのでは安心して眠ることができない。
「あなたは、私の味方なのよね。眠ってる間に殺したりしないわよね」
まあ、仮に殺すとしても自分から『はい。殺します。』とは言わないだろうが、一応確認は取っておきたかった。
『ソンナコトシナイ! レイサマゼッタイ! ソモソモ、レイサマネムッタラ、ボクモネムル』
「そう、ならいいわ」
そういうと私は、目をつぶって眠りについた。今日はいろいろなことがありすぎた。とにかく眠って頭を休めないと…
日の光が、顔に当たり目を覚ますと。私はいつも通りストレッチを始める。そして、ストレッチを終えると、恐る恐る自分の虚機友導に意識を向けた。
(しゃべらないで。お願いだから喋り出さないで)
『………………』
「はあ、よかった。あれはやっぱり幻聴だったんだ』
『ゲンチョウチガウ!ゲンチョウチガウ!』
どうやら、これは本当に幻聴ではないらしい。一晩眠って体力も回復したのだ。体もどこにも異常はない。おそらくこれは現実なのだろう。
「幻聴ではないことは理解したわ。今日は学園に行かなきゃいけないから。人前にいる間は、私に話しかけないで。いい?」
『………ワカリマシタ』
なんだか声のトーンが下がったが、仕方がない。独り言をぶつぶつとつぶやいて、みんなから変な奴だと思われ、距離を取られるのだけは避けたい。
ガチャと扉が開くとシヴィが部屋の中へと入ってきた。
「あれー、おねえちゃん。今誰かとお話ししてた?」
「いえ、ただの独り言よ」
「そっかー」
シヴィになら何と思われても構わない。彼女は独り言を喋るお姉ちゃんだとしても、きっと快く読み聞かせをしてくれることだろう。
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学園に到着すると昨日と同じ教室で、アルシャとリゼスと合流する。ちなみにこの教室は、第一棟、k-12教室らしい。
(絶対話しかけるなよ、絶対話しかけるなよ)
『ッウ、ッウウ』
アルシャやリゼスに学園についての説明をしてもらっている間、私はいまにも喋りだしそうな虚機友導に向かって念じていた。
「でね、一階のこの位置にあるのが、魔法研究室で………」
その間、アルシャが学園の見取り図をサラッと書いて、指を指しながら各教室の役割を教えてくれていた。
『レイサマ!ヤバい!ヤバい!ニゲテ!ニゲテ!』
アルシャの話を聞いているというのに、何やら横で虚機友導がうるさく喚いている。
(人前では話しかけるなって言ったのに………)
しかし、『ヤバい』 というのはどういうことだろう。この虚機友導が言うことはどれも抽象的でいまいち理解に苦しむ。
(とりあえず、警戒はしてみるけど………………)
と思った、その時だった。教室の入り口から、三人組が入ってくる。
その三人組を見た時、虚機友導が警告していたのはこのことだったのかと、私は本能で感じとることができた。
三人組の左手前を歩いているのは、黒髪に銀色の瞳をした物静かそうな少女だった。その印象からはリゼスに似たものを感じる。
一人飛ばして、右奥を歩いている男子は、この世界の人間特有の銀髪の髪をしていた。しかし、その瞳はシヴィやメルヴィさんとは異なり、赤と黄色が混ざったような琥珀色の瞳をしていた。
そして、最後に中央の彼女。虚機友導が警告していたのはこの人物だ。確信がある。一本の芯が通っているかのような佇まいは、彼女が特別な人間であること。そして、彼女自身、自分が特別な人間であることを自覚していることを表していた。輝くような三つ編みの銀髪に、赤と黄色が混ざったような力強い琥珀色の瞳、彼女の名前は【ヘルミナ・ヘル・アミナ】、【正統なる冠掠】のパーティーリーダーだ。
中央の最前席を陣取った彼女は、少し考えこんだかと思うと、一直線に私たちの方に向かって歩いてきた。
(やっぱり、ここで接触することになったわね。彼女たちとの試合の前に、私が置ける最も効果的な布石は…………)
彼女が私たちの前に立ち、口を開いたと思ったその瞬間、私はバッと立ち上がり、彼女の言葉を遮切った。
「私の名前は黒義院冷です!この世界には一か月前からお邪魔させていただいています!あなたのパーティーとは今月の試合で対戦するつもりです。そして、私たちはあなたたちをボッコボコにして完全勝利して見せます!」
そう、これは宣戦布告だ。しかし、ただの無謀な宣戦布告ではない。
彼女はおそらく私と同類。プライドの塊のような人間だ。プライドの高い人間というのは、自分よりも格下の人間から挑発されることを一番嫌う。屈辱だからだ。そして、挑発された自尊心の高い人間は何を考えるだろうか?それは………『“自分一人の力”でねじ伏せてやる』という自らの力の証明だ。優越感の証明とも言い換えることができる。
宣戦布告したとき、確かに彼女の眉が一瞬ピクリと動いたのを私は見逃さなかった。
「………………ずいぶんな自信をお持ちのようですね?この世界に慣れていないあなたと戦うことには少し抵抗を感じていたのだけど、これなら問題なさそうね」
あざ笑うかのように、にらみつけてくる彼女の瞳を、私は無言で睨み返した。
「「………………」」
ピりピりとした空気と静寂が教室を包み込む。
数秒間にらみ合ったかと思うと、先生が教室に入ってきた。
「授業を始めるので席に戻ってくださーい」
先生が教卓の前で号令を出すと、張り詰めた空気は消え去り、彼女は元の席へと戻っていった。
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午前中の授業が終わり、私たちはいつも通り特訓場に集合していた。
「そういえば朝のことだけど、あんな啖呵切ってどうするのさ、レイ。 ボク、二人の出すピリピリオーラに耐えられなくて、叫びだしそうになっちゃったよ!」
「レイ、男気ある」
アルシャの言うことも一理ある。私たちの作戦では彼女たちのパーティーに負ける予定になっている。
あんな宣戦布告をして、負けるのは確かに恥ずかしい。でも、そんな感情は関係ない。最終的に勝つためには負けることだって必要なのだ。
「あんな宣戦布告をしたのには理由があります」
そういうと私は、二人に対して宣戦布告の理由を説明した。
一つ目の理由は、彼女のヘイトを私一人に集中させること。あれだけの啖呵を切っておけば、彼女はおそらく速攻で私を潰しに来るだろう。その時に生まれるわずかな時間が最終的勝利のためには必要だ。
二つ目の理由は、ジーナ・ユーについての情報を集めること。【正統なる冠掠】の不確定要素として彼女の存在がある。ヘルミナのヘイトが私に向いてる間に、アルシャとリゼスにジーナ・ユーにぶつかってもらいジーナについての情報をなるべく多くとってもらいたいのだ。
「なるほどねえ、確かにヘルミナさん、珍しくちょっと怒ってたかも」
「レイ、任せて。ジーナの情報は死んでも取ってくる。だから、レイも死なないでね」
「………あ、はい」
(え、死ぬことってないよね?)
この作戦には確かに不安要素も多い。もし、ヘルミナが私の挑発に乗ってこなかったらとか、予想以上に彼女が強すぎて時間を稼ぐ間もなく私が瞬殺されてしまったらとか………でもそんなことを考えたらキリがない。それに、彼女は絶対に私の挑発に乗ってくる。なぜだかわからないが、私には確信があるのだ。似た者通しだと感じたからだろうか。
「そんなわけなので、今日から試合当日まで、この作戦に特化した特訓をしていきましょう。アルシャはアスミルへのもしもの対応を、リゼスは私と一緒に接近戦の特訓をしましょう!」
「わかった!」
「うん!」
きっと私たちならいいところまで行けるはずだ。試合までは残り三週間、一日も無駄にはできない。
(絶対にこの作戦を成功させてやるわ!)
『レイサマ………ボクノソンザイ、ワスレテナイ?」
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そして、月日は流れ、三週間後の試合当日。私の計画通り、今年最初の対戦カードは【正統なる冠掠】対【君臨少女】だった。
そして、私たちは試合に負けた。そう、作戦通り……作戦通りの敗北………………いや、それは惨敗だった。




