第九話「黙然とした圧」
いつもより早く特訓を終わらせると、昨日二人に聞いた場所、転拡者協会の魔術学園都市ユミナ支部まで私たちはやってきていた。その支部は、私たちが住むパーム地区とは反対側のイシリグッド地区に位置していた。
「でもレイ、どうして情報収集がこの転拡者協会で行えるの?ボクたちが相手にするのは、魔法学園の生徒なんだよ?」
三人で歩きながら、その支部の場所まで向かっていると、アルシャが当然の質問をしてきた。
「それはですね………」
私は、歩きながらアルシャとリゼスに今日これから向かう場所とその目的についての話をした。
昨日アルシャから、学園でのパーティー戦のシステムについて聞いていた時、私には一つの考えが浮かんでいた。その考えとは、このパーティー戦を利用して裏で賭けを行っている人間がいるかもしれないというものだ。
このパーティー戦を利用すれば、一月に選ばれるであろうパーティーを当てる賭けを行うこともできるし、どちらのパーティーが勝つのかを当てる賭けだってできる。おそらくこの賭けは非合法なものだ。だが、どの世界でも自分の運を試して一攫千金を狙いたいと思う人間はいるはずだ。
そして、そういった人間たちにとっては、合法か非合法かなんてあまり関係がない。だから今日は、その賭けを裏で仕切っている人間、もしくは賭けの重要な要素となるパーティーメンバーの詳細な情報を集めている人間を探しに来たのだ。
まあ、この推測は全て私の頭の中だけで、浮かんできたものであり、本当にそんな賭け事が行われているなんて確信はなかったが、何もしないよりはマシだろう。
では、どこでそんな人間を見つければいいのか?正式な賭けでない以上目立つ場所にはいるはずがない。かといって、だれも近づかないような場所では賭けを盛り上げることはできないだろう。
そこで、私が目を付けたのが転拡者協会のこの街の支部周辺の飲食店だ。この違法な賭けを行っている者たちには、自分たちを守ってくれる後ろ盾が必要なはず。アミナ帝庇団がこの町の治安を維持しているのなら、彼らに多少なりとも恨みを持っているであろう転拡者協会の人間を後ろ盾にするのが最適だ。アルシャから聞いた話ではアミナ帝庇団と転拡者協会は仲が悪いらしい。
それに彼らの中にも、魔法学園で実際にパーティー戦を行ってきた経験を生かして、この賭けに参加している人間がいるかもしれない。
説明を終えると、アルシャはポカーンとした顔で私の顔を見ていた。
「レイは、なんていうか………すごいね。それをボクたちの説明を聞いたときに、一瞬で思いついたの?」
「一瞬、ではないですが。再度確認しますが、これはあくまでも推測です。本当にそのような人物がいるかどうかは、正直こちらも賭けです」
「もし、そいつらに襲われたらレイは私が守る」
二人に説明をしている間に、目的地の前までついていたようだ。時刻は既に夕方を過ぎており、あたりは薄暗くなり人通りも少なくなっていたが、その二階建ての建物からは騒がしい音が外まで漏れだしていた。
「ここが、この町の転拡者協会の支部だよ」
「では、この近くにある飲食店の中で、該当する人物をしらみつぶしに探していきます。該当する人物かどうかの見極めと交渉は私がするので、二人は黙ってついてきてください。特にアルシャは反応が顔に出やすいので気を付けて」
「え!ボクってそんなに顔に出やすいかな。でも無意識でやってることだし………どーしたらいいかな?」
「そうですね。じゃあ、何か他のことを考えていてください。なんでもいいので、とにかく無表情でいることに努めてください」
「わ、わかったよ。かんばるね」
アルシャは、胸の前でガッツポーズをするとなにかほかのことを考え出したようだ。
「わたしはどうすればいい、レイ?」
リゼスが首をかたむけて、無表情で聞いてくる。正直リゼスは肝が据わっている、というか鈍感というか………とにかく彼女はいつも通りで大丈夫だろう。
「リゼスはいつも通りで大丈夫です」
「わかった」
二人に指令を出すと、私たちは早速【泣かない闘牛亭】とかかれた看板を下げる酒場へと入る。転拡者協会の支部に最も近い飲食店だ。可能性としてはここが一番高い。
(違法な賭け事をまとめる人間は、常に周囲に気を配っているはず。つまり、酒場に入店した瞬間、私たちのことを最も警戒する人物を探せばいい。そして、その警戒はしぐさとなって体の動きに現れる)
ボディランゲージは相手の思考を読み取る上で重要な要素になる。もちろんここは異世界で、住んでる人間は元いた世界の人間とは違う。人種も異なれば文化だって違う。彼らが元いた世界の人と同じ仕草をする保証はないが、今は自分の持っている情報を最大限に生かすまでだ。前の世界でも人間観察は嫌というほど社交の場でやらされてきた。自分の観察眼を信じるしかない。
入店すると、酒場にいる人間すべてを一瞬のうちに私は観察する。魔力のおかげで、元の世界にいた時よりも観察力は向上していた。
(あの女は違う、この男も違う、………………見つけた!)
最初に入店した店で、あっけなく見つかってしまったことに、驚きを覚えながらも、顔には出さないよう私はそのフードをした男へと近づいて行った。男は、酒場の二階、入り口からカウンターまですべてを見渡せる席に座っていた。
「あの、すいません。この席空いてますよね」
返答を待たずして、男の正面に座ると、私は早速話を切り出した。ちなみに、アルシャは何か上の空のような表情で、リゼスはまさに無表情で私の後ろに控えている。
「その制服に、虚機友導、お前たち魔法学園の生徒か。この飲んだくれにいったい何の用だっていうんだ?」
男は酒を口に運びながら返答した。
(今更演技したって無駄よ。その薄汚いローブとは対照的に整った口ひげと髪、そして、左の腰にぶら下げる、飲んだくれにしてはやけに膨らんでいる袋。こいつがなんらかの違法行為をしていることは確定ね………でも、それが私が求める情報に繋がるのかどうか確かめる必要がある。まずはこいつがどんな男なのか探らないと……)
「どうしてバレたと思いますか?」
「ああ?」
----デマルクス視点----
俺の名前は、デマルクス・クローク。魔法学園で一般生徒の教師をしている者だ。といっても、そいつは表の顔。この町の裏じゃあ『情報屋教師』と呼ばれている。
そして、情報屋と兼業でこの街で行われる違法な賭け事の仕切り役もしている。もちろんその中には魔法学園で行われるパーティー戦の賭けも入っている。あれはこの街の目玉だからな。学園の生徒だけでなく、世界中からアミナ帝国の新しい戦力を確認しに観客が集まってくる。
どうして、教師をしながらそんな非合法で危険なことをしているのかって?俺にも正直わからん。教師というスリルも何もない仕事に飽き飽きしていたのかもしれねえし、ただ単純に情報の使い道を探してたのかもしれねえ。でも、俺が賭けの仕切り屋をやることになった原因があるとするならば、それは俺の恩師のせいだろうな。俺の師匠は、大学で教鞭をふるう傍らに、こんな非合法な賭けを仕切ってやがったんだ。そんで、師匠が引退する時に、一番弟子であった俺がその役目を引き継いだってわけ。まあそんなことは今はどうでもいいか。
今日もいつも通り、転拡者協会に一番近いこの酒場で、賭けに参加する奴らから集金を行っていた。どうして、転拡者協会に一番近い酒場なのかと言うと、万が一、帝庇団の奴らにバレたとしても、転拡者協会の奴らに助けてもらえる可能性が一番高いのがここだからだ。帝庇団と転拡者協会は、水と油の関係だからな。それとここのマスターが俺の知り合いだからってのもある。
いつもの席で酒場を見渡しながら、新しいお客を探してたら、珍しい客が現れやがった。魔法学園の三年生だ。しかも真ん中にいるのは、最近教師連中の間でも話題になっている、二年前から行方知らずだった転拡者じゃねえか。名前は確か、レイだったか。そいつが、酒場に入って来るや否や、いきなり俺のことをにらみつけて、ニヤリと笑ったかとおもったら、階段を上がってきて俺の正面の席に座りやがった。
そして、一体俺に何を要求してくるのかと思ったら、『どうしてバレたと思いますか?』だと。
一体こいつはどこで俺の正体を聞きつけたのか不思議に思いながら、頭の中でどうしてバレたのかをずっと考えていた。俺がどんなにバカだったのかに気付いたのは、数秒考え込んだ後だった。
彼女は俺の顔を見ながら呆れた顔をしていた。それもそのはずだ。『どうしてバレたと思いますか?』という質問をされて数秒考え込むなんて、俺が悪いことしてるって口に出して言っているようなものだ。
こいつは俺が情報屋だということを確信していると悟った俺は、観念して自分が情報屋であることを教えてやった。無駄に言い訳するのもかっこ悪いしな。そして、情報と引き換えにお前は一体何を差し出すのかと聞いた。
そしたら、今度は『非合法に行っている賭けで、私たちに賭けろ』と言ってきた。どうしてこいつはその賭けについてまで知っているのか疑問に思いながら、『一番人気のないお前たちに賭けるわけがないだろ』と言ってやった。そしたら当たりまえのような顔をして、『でも、一番人気のない私たちが勝てば、あなたは大金を稼げますよね』だと。
そりゃあ、オッズの高いやつが勝てば一攫千金だろうが、オッズが高いのにはそれなりの理由があるってもんだ。
だが、この女の言葉には不思議と説得力があった。その全てを見透かしたような瞳か、それともこの女が放つ只者じゃねえオーラなのかはわからねえが。
とにかく、この女の言葉には説得力があった。なんだか、怖くなっちまった俺は、額に冷や汗をかきながら、この女に吹っ掛けてやった。一刻も早くこの状況から逃れたかったんだ。
『そこまで自信があるのなら、担保としてお前ら三人の虚機友導を差し出せ』ってな。どんなに馬鹿で無一文な転拡者でも、虚機友導を担保にだせば大金を借りられる。虚機友導は裏のマーケットじゃあマニアや他国の人間によって高値で取引されているからな。だが、それをするバカはいねえ。転拡者にとって虚機友導は命も同然だ。魔法が使えない転拡者なんて、文字通りただの役立たずだ。だから、こいつらもきっとひよって引き下がると思ったんだ。
だが、この女「はい。いいですよ」と即答しやがった。俺は、頭がいかれてるんじゃないのかと思って、後ろに控えている奴らの顔を見た。
そしたら、左にいるポニーテールのやつはさっきと変わらず俺のことを無表情でじっと見つめてやがるし、右の色白は、絶対服従といわんばかりに、意思のない目をどこかに向けてボーとしてやがる。今こいつらの命も同然の物が担保に出されようとしているのに、だ!
この、レイって女がこの世界に来たのは、つい一か月前のはずだ。それなのに、既に仲間をここまで従えていることに俺は驚愕した。
こいつのカリスマ性に圧倒されちまった俺は、虚機友導を担保に出すことを条件にこの女に協力してやることにした。こいつは一世一代の賭けだ。もし、学生に情報を流してたことがばれたら、俺もただじゃあすまねえ。
でもなぜか、俺の胸の鼓動はさっきからずっと加速していた。彼女に投資しろと、俺の中の何かがそう訴えている。長年の勘だが、こいつは何かとんでもないことをしでかすんじゃないかという高揚感が俺の中に湧き上がっていた。
契約を結んだあと、俺はこの女と作戦の詳細について話し合った。
----
「交渉、上手くいきましたね。まさか彼があそこまで、素直な反応をしてくれるとは」
酒場を出ると二人に向かって、笑顔で私は言った。
「『上手くいきましたね』じゃないよレイ!ボクたちの虚機友導を担保に出して、もし勝てなかったらどうするのさ!」
「私が彼に提示した勝利条件は、総合順位で一位になることです。だから、一回なら負けても問題ありません。それにあの男は思ったよりも有用なカードになりそうです」
「う、うーん。でも、ボク二人が話していた作戦?についてあんまりまだわかってなくて、説明してもらえるかな?」
「私も説明してほしい」
「もちろんです。でも今日はもう遅いので、明日の特訓の後に説明しますね」
私がそう言うと、私たち三人は、それぞれの家があるパーム地区へと帰る。
がしかし、もう外もかなり暗いということで、二人はイシリグッド地区から最も近い、私の家に泊まることになった。




