忘れ物の傘
「うわ、びしょぬれだよ」
突然のゲリラ豪雨。傘など持っていなかった為、急遽コンビニに避難する事に。空は真っ暗で、まだ止みそうにない。
「仕方ない、新しいの買うか」
コンビニの入り口付近にある、商品の傘を手に取り、レジに向かう。すぐに使うので包装も剥がしてもらい。
「よっと」
傘を広げ、雨の中歩き出す。よくあるポリ製の傘で、大きさも若干心もとなく、すでに肩が一部濡れている。
「仕方ないか」
今日は仕事も終え、後は帰るだけだ。
「あ」
しまった。夕飯を買い忘れていた。傘の事に意識が集中していた。仕方ない、帰り道にもう一軒コンビにあるし、そこで買おう。なるべく濡れない様に歩き始め、すぐにコンビニに到着する。傘を傘立てに差し、店内で夕食を買う。すぐに外に出て、傘を取ろうとするが。
「あれ?」
傘がない。ほんの数分程度だったけど、他の人が持って行ったのだろうか。
「うーん」
店内に、自分以外の客がいたようには見えなかったけど……まぁ間違えて持って行ったのだろうと思い。
「………」
傘立てにはもう一本、自分の傘に似た傘がある。少し古いが、仕方ない。
「間違えた方が悪い!」
置いてあった傘を拝借する。向こうからしたら新しくなってラッキーくらいに思っているかもしれない。そう考えると罪悪感も薄れてくる。
「損したなぁ」
傘を開くと、傘の骨が若干曲がっていたり、少し穴が開いている箇所がある。何より、持ち手のところが半分ほど割れていて持ちにくい。こんなことなら、もう一本買えばよかったな……仕方なく、トボトボと帰路に着く。
「………」
傘に当たる雨の音、行き交う車が水たまりを走る音。雨の日は嫌いじゃない。雨の音はずっと聞いていられる。でも……何かがおかしい。雨の音が、聞こえない時があるのだ。いや、正確には傘に雨が当たらない時があるのだ。
「………」
そしてもう一つ。時刻はすでに21時を回っており、街灯が点灯している。その下を歩いた時。自分の影が照らし出されるのだが……その影の上に、誰かがいる。見上げるも、誰もいない。けど、足を止めると影は動いており、やはり自分の傘の上にいる。いや……違う。上じゃない。傘の中だ。
「っ!」
身の危険を感じて、傘を捨て、雨の中走り出す。
「はぁ、はぁ……!」
数メートル走ったところで振り返ると。街灯の下、傘は開いたまま地面に落ちている。そのまま見ていると、傘はひとりでに閉じる。そして、電柱の影から、手が伸びてきて、傘をつかみ、影に消える。
「だ、誰だ!」
すぐに電柱の影を見に行くが……
「え?」
誰もいない。電柱の後ろは2メートルほどの塀があり、登ろうものなら絶対に視界に入る。見られずに移動するなんて不可能だ。私は怖くなり、走ってその場から逃げ出した。
「はぁ、はぁ……!」
家に帰り、ドアの前で座り込んで息を整える。
「な、なんだったんだ……」
あれは絶対にやばいものだった。もしあのまま差していたらどうなったのか。考えたくもない。
「あれ?」
一先ず部屋に入ろうと思ったところで、手に持っていたものがないことに気付く。
「夕飯、どこ行った?」
コンビニで買って手に持っていたはずだけど……
「あ……」
しまった。あまりの驚きに、コンビニで買った夕食を街灯のところに落としてきてしまった。
「くそ、また買いに行くか……」
今日はもう休みたかったけど、仕方ない。それに今回は自分の傘がある。玄関の傘を手に取り、外に出ると。
「………」
持ち手が割れている古ぼけた傘が、玄関の前に置かれていた。
完