番外編 公爵一家、城へ行く
「ちょっと、大変よ!」
「おはよう。何が?」
「今日の登城者リストにハーフェルト公爵令息のお名前があった!」
「ウソ?!」
「本当?!」
「初めてじゃん!」
「公爵夫人はお茶を召し上がっていかれるかな? 持って行くの誰か指名されると思う?」
「ウータがいなくなってからは誰も指名なさらないから・・・よーし、じゃんけんで決めとくか!」
「「「おー!」」」
「ハーフェルト家の馬車が来たって! 見に行こっ」
「例の場所ね?!」
「・・・見える?」
「見える見える!」
「おおー、噂通り公爵夫人の色だ。王太子補佐様が抱いてる、あの方も久しぶりに見たわー」
「公爵夫人もいる?」
「もちろん。ますます美に磨きがかかってる感じ・・・ん? あ、あれウータだ! そっか、ご令息の侍女だからきてんのかー」
「ウータ?! 元気そう? 会えないかなー」
「無理でしょ。あちらは今をときめくハーフェルト公爵ご令息の専属侍女なのよ」
「あ、ウータがこっち見た! 手ぇ振ってる!皆、振り返せー。あっ、夫人に何か言われてる。あー、怒られちゃったかな・・・ん? いや? ちょっと待って。ちょ、夫人が私達に向かって手ぇ振ってる?! ねえ、コレ、振り返していいの・・・?」
「振り返すのと見ないふりするの、どっちが罪に問われないと思う・・・?」
「えええ・・・」
■■
「エミィ、どこに向かって手を振ってるの?」
「お城のメイド達よ」
「・・・ふはっ、それはさぞかし反応に困っているだろうね。よし、テオも手を振っておこうか」
リーンが悪戯っ子のような顔でテオの腕を取って遠くの窓に向かって手を振らせた。窓のメイド達がワタワタしているのが見えた。
・・・ちょっとした出来心だったのだけど、悪いことしたかしら。
「旦那様、奥様。王妃様がお待ちですのでそろそろ・・・」
元同僚が気の毒になったのか、ウータが私達を促す。ミアも急き立てるので、リーンの背を押して城内に入った。
いつものように警護の騎士に先導されてお義母様の所へ向かっていると、すれ違う人達が皆、一瞬立ち止まってテオを凝視する。そして、私とリーンの顔を見て愛想笑いと礼を返して去っていく。
「ものすごく見られてるわね・・・やっぱり髪の色が」
私と同じだから、と落ち込めば隣でテオを抱いていたリーンがカラリと笑った。
「エミィ、皆はテオの可愛さに驚いているだけだから気にしなくていいよ。」
「きっとそうね、テオは可愛いわよね!」
つい髪色に囚われそうになる自分を振り切って同意すればリーンが嬉しそうに続けた。
「テオは君にそっくりだからね。僕は自慢の妻と息子を見せびらかすことができて満足してるよ。テオは母上と髪色がお揃いで羨ましいな」
それって・・・。
後ろをついてきているウータとミアを振り返れば二人とも輝くような笑顔を顔面に固定していた。
ああ、この顔はリーンが激甘になってる時だ。どうしていつでもどこでもリーンは私に甘いのか。
ぺちぺち、と音がして隣を見ればテオが目の前にあるリーンの顔を小さな手で叩いていた。ついでに髪も引っ張って、リーンが痛っと呟いている。
・・・テオ、それはさすがにリーンが気の毒だわ。
私が止めようと手を伸ばした途端、テオがリーンの腕の中から消えた。
「テオー、よく来たなー。覚えてるか、じじ様だぞ」
「お義父様?!」
リーンの父親である国王陛下が相好を崩して抱きとったテオに頬ずりしている。テオは絶妙に嫌そうな顔で陛下の顔に手を当てて力いっぱい突っ張っている。
「もー、父上は三日前も会いに来てたでしょ」
取り返そうとするリーンの横から今度は白く細い手が伸びてきた。
「いいじゃないの。赤ちゃんなのは今のうちだけなのだから。ねー、テオ。おばあ様ですよー」
リーンの母の王妃殿下までやってきてテオをあやし始めたものだから、周囲がざわめいている。
「陛下、執務を放りだして行かれては困ります。周りの者が何事かと驚いていましたよ。やあ、テオ。よく来たな、伯父のフェリクスだぞ」
低い穏やかな声がしてリーンの兄の王太子殿下まで現れた。となると・・・
「父上ー! あ、ユリアンより赤ちゃんがいる」
「あかちゃん」
「そうね、赤ちゃんに会うのは初めてね。ユリアン、彼はあなたの従兄弟のテオドールよ、テオって呼んであげて。こんにちは、テオ。あなたの伯母のアルベルタと従兄弟のクラウスとユリアンよ、これからよろしくね」
真っ赤な髪のアルベルタ王太子妃殿下とクラウス王子がテオに手を振り、母であるアルベルタ様に抱っこされたユリアン王子といつの間にか王妃殿下の腕に移ったテオが同じ目線で見つめ合う。
「てお?」
「・・・あー?」
幼子同士が会話している様子を皆が微笑ましく見守る中、笑顔になったテオがユリアン王子に手を伸ばし、その髪をぎゅっと掴んで強く引っ張った。
「テオ?!」
「ぎゃーっ」
一拍おいてユリアン王子の悲鳴が響き渡り、テオは笑顔で握りしめた淡い金の髪を同じ色のリーンに向けて戦利品のように振った。
■■
「・・・あのー、ハーフェルト公爵家の者です。こちらに届けられているテオドール様の離乳食を受け取りに参りました」
「あっ、ウータだ! 久しぶり! 離乳食ね、直ぐに温めるからちょっとだけ待ってて」
「久しぶり! いやー、それが急がないのよ。一時間後に持ってきてって奥様が・・・」
「えっ、何それ。一時間も前に取りに来させるのって早すぎでしょ。この時間、割と暇してるんだから言われれば直ぐに出来るのに公爵夫人ってば心配症・・・ん?」
「ということは、ウータは一時間くらいここにいられるってコトー?」
「そうなの。せっかくだからゆっくりしてきてねって」
「ひゃー、いい雇い主じゃん。じゃ、お茶出すから座って座って」
「・・・ねえ。噂でテオドール様がユリアン殿下の髪を引きちぎって泣かせたって聞いたけど、もしかして乱暴なの?」
「いやいや! テオドール様はお元気なところもあるけれど、うちの弟たちに比べれば大人しくて聞き分けが良くって笑顔なんて天使みたいだよ。・・・ただね、妙に人の髪の毛が、特に旦那様のがお好きみたいでね」
「あー、それでユリアン殿下の髪も・・・。お二人とも王妃殿下から受け継いでいるものね」
「・・・多分。あの後、奥様が真っ青になって謝り倒してたけど王太子ご夫妻は赤ちゃんだからって笑ってらしたし、抜けたの一本だったから殿下も直ぐにご機嫌直してくださったし」
「その場の誰も専属侍女のウータのせいにしないのが素晴らしいよね」
「本音を言うと、解雇か牢獄行きを覚悟した・・・。一方的に責任を取らされたり責められず、本当に有り難かったわ。・・・まあ、テオドール様には髪に執着するのをやめてもらわないといけないけれど」
「おお、強気だ。公爵閣下は自分の髪を引っこ抜かれて怒らないの?」
「全く。逆になんか嬉しそうなくらい」
「ふーん、重度の親バカかな? だけどハーフェルト公爵家ってさ、実際のところどうなの?」
「どうって?」
「ほら、公爵家ってほとんどコネ雇用じゃん? 内情が全く漏れてこないし、夫妻の日常とか聞きたいなあって。仮面溺愛とかじゃないよね?」
「まさか! お屋敷内ではもっと・・・おっとこれ以上は言えないわ」
「なんだよ、ケチだなー!」
「守秘義務よ」
「・・・まあ、その顔見れば溺愛度は分かるけどね」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
テオのお城デビューだけど、書きたかったのはメイドさんたち。




