2−2
※だいたいエミーリア視点
「えーっと、騎士団詰め所は、結構離れているのねえ。」
私は侍女に書いてもらった地図を見ながら廊下を進む。
城内はたくさんの人が行き交うので、広い廊下でも端っこを歩かないと人にぶつかってしまう。
いつもは先導の人が居るし、避けてもらうほうなので気にしたことはなかったが、違う立場になると同じ景色でも全く違うものになる。
次から気をつけて歩こう、と決心したその瞬間に、誰かにぶつかってしまった。
「申し訳ありません。」
「あ、あなた。手が空いてる?こんなとこふらふらしてるんだから空いてるわよね。こっちに来てちょうだい。」
私が当たってしまったのは、同じく端っこを進んでいた年かさのベテランメイドだった。
鋭い眼光で見つめられて慌てて謝ったら、手を引っ張られてどこかへ連れて行かれた。
暇じゃないです、私は騎士団詰め所へ行く途中なんです、と言いたかったのにその暇は与えられなかった。
「この廊下の掃除を手伝ってちょうだい、急ぎよ。」
ぽんと放り込まれた先はどこかの広い廊下だった。先に何人もの同じ制服を着た人達がせっせと掃除をしている。
えーっと私は何をすればいいのかしら?
「あの、お手伝いするように言われたのですが、私はどうすれば・・・。」
「助かる!じゃあ窓拭いて!もー、この廊下は使用頻度が高いのに、さっき泥だらけの猫が暴れちゃって。助かるわ!」
近くの人に恐る恐る尋ねてみれば、すぐさま厚い布を渡されて窓を拭くようにいわれた。
・・・窓拭きは初体験だわ。
やり方がわからないので他に窓拭きをしている人がいないか探す。
「もう、ボサッとしてないでここの足跡拭いて!あなた、背が高いのだから届くでしょ!」
きょろきょろしていたら、後ろからどやされて慌てて見様見真似で窓ガラスについた汚れを拭いてみた。
・・・あら不思議、汚れが拡がった気がするわ。
当然、怒られた。
その後、教えてもらいながら窓拭きを完遂したけれど、なかなか大変だった。普段使わない筋肉を使ったわ。運動になったかしら?
■■
「本当にエミーリアが窓拭きをしているわ。うーん、そうね、貞操の危機ってわけじゃないし、このまま様子を見ましょう。だって公爵夫人が必死に窓拭きしてるのよ、面白いじゃない。」
「王太子妃様、オペラグラスでいつまでも見ていると不審がられますよ。」
「そうよね・・・直接見に行こうかしら。」
「だめです。掃除中の廊下になど行かれては、足を滑らすと心配性の王太子殿下が飛んできてしまいます。」
「それは大騒ぎになるわね。」
「間違いなく。」
「エミーリアは自由で楽しそうでいいわねえ。そうだ、私も今度あれを使って変装して街に行きましょう!」
「王太子殿下が心配するあまり、ハゲてしまいますよ!」
「大丈夫、ハゲの殿下も愛せるわ。」
「・・・そこじゃないです。」
■■
それから窓拭きを終えた私は、そのまま連れられて、今度は数組に分かれて客室の掃除に取り掛かった。
どうも私が掃除に不慣れだとバレて、さっき教わった窓拭き以外はやらせてもらえなかったので、窓を責任持ってそれはもう丁寧に綺麗に仕上げた。
・・・今度、自分の屋敷の窓拭きをしてみようかな。
ピッカピカになった窓を満足感とともに眺めていたら、視線を感じた。
部屋の中からではないようなので、窓の外を見る。今いる部屋は三階で、向かいに執務棟がある。
どうやら、そのどこかの部屋から見られているらしいとあたりをつけた私は、さっと執務棟の窓を見渡した。
視線の相手を発見した途端、私はその場に蹲って窓から身を隠した。
リーンが!リーンが見てた!
彼の執務室はこの部屋のちょうど反対側の二階だったらしい。バッチリ目があった気が、する・・・。
いやいや、待って待って。よく考えたら私は今変装中だもの。誰かわからなかったはずよ。
落ち着け、私。悪いことをしているわけではない、だから、バレたとしても何の問題もない。
「えーっと名前聞いてなかったわね、そこのあなた、ここは終わったから一旦戻るわよ。ついてきて。」
呼ばれた私はぴょこんとはね起きて皆の後をついていった。
城内には使用人専用の裏階段があるらしく、基本的にはそこを使って移動をするらしい。表に比べて狭くて急だ。
皆はさっさと降りていくけれど、慣れていない私はこけないよう慎重に進む。
そういえばうちの公爵邸にも裏階段があった気がする。私は使っちゃだめだけど。
今度、皆に暗すぎないか、歩き難くないか他にも改善点がないか聞いてみよう。
そろそろ手紙を渡しに行かなくては。
私は、騎士団詰め所への道を聞こうと、顔を上げた。
「そうそう、あなた、新入りよね?私はウータ。あなたの名前はなんていうの?仕事できない割に年いってるわよね?いくつ?前は何の仕事してたの?」
私が口を開くより先に前を行く子が話しかけてきた。矢継ぎ早の質問に思わず立ち止まる。
どう返事すべきか。
そういや、こないだ依頼が増えて忙しくなったカールの代わりに、ぬいぐるみ屋を手伝ってくれた子のことをなんて言ってたっけ?あれだ。
「私、ミリーと申しまして、今日一日の臨時雇いなんです。普段は街で帳付等をしているので、掃除は初めてで、ご迷惑おかけしました。窓拭きを教えてくださってありがとうございました。」
仕事できないってバッサリ言われてしまった・・・。分かってたけど、ちょっとショックだわ。メイド職は向いてないってことね。
そして私は老けて見えるらしく、教えたら驚かれて次々質問が降ってくるから年齢は言わない。
リーンは、君が落ち着いて見えるからだよ、と毎回慰めてくれるけど私は自分を知っているわ。なにせ結婚前は色褪せ令嬢と呼ばれてた容姿ですからね。
「え、そうなの?!一日だけの臨時雇いなんてお城にもあるのね。そっか。じゃあ、あなた運が良かったわね!」
心の中で拗ねていたら、ウータが明るい声で言った。
運がいいって何かしら?今日は城で何かあったかな?
疑問符が私の顔に出たのを見て、彼女は得意そうな声で続けた。
「今日はなんと、ハーフェルト公爵夫人が王太子妃殿下のところにいらっしゃっているのよ!」
ぶふっ?!
むせた。こんなところで自分の話が出てくるとは思っていなかったもので、不意をつかれすぎて盛大に吹いてしまった。
「嫌だ、なんでむせるのよ。」
「いえ、その、驚いてしまって。ごめんなさい。」
「まあ、驚くわよね。あなた、ハーフェルト公爵夫妻を見たことなんてないでしょう?」
なんと答えたらいいものか。毎日見てるとは言ってはいけないわよね・・・。
「今日は夕方六時半に車寄せでお二人が一緒のところを見ることができるから、見える窓に案内するわ!」
「えっ・・・?!なんで見るんですか?!」
私達は帰るところをいつも見られてるわけ?!なんで?
「知らない?公爵夫妻が一緒に居るところを見ると幸せのお裾分けがもらえるのよ。私なんて先週お二人が廊下で別れる際に手を振りあうところを見ちゃったんだから。そうしたらその後、余ったからってお客様用のおやつがもらえたの。美味しかったわー。」
私達は四葉のクローバーか何かなの?ほんっとうにささやかな幸せしか運べずに申し訳ないです。
しかし、色々見られているものね。気をつけないと。
それにしても、結婚した頃は私とリーンが仲良くしているところを見れば、良縁が舞い込むとか、玉の輿に乗れるとか言われていたけれど、しょぼくなったわね・・・。
まあ、条件が簡単になったから効果も薄れたのかしらね。
いやいや、受け入れるな、私!元々そんな効果はないですから!ただの噂よ、あくまでも!
ウータには申し訳ないけれど、私が一緒に見ていては公爵夫妻は現れないので、ここは断っておかねば。ついでに騎士団詰め所への道を聞こう。
「ウータ、ごめんなさい。私はその時間までには帰らなきゃならないの。また機会があればご一緒させていただくわ。ところで、騎士団詰め所への道を教えていただけないかしら?届け物を頼まれているの。」
「そうなの?残念ー。もうすぐ休憩室に着くから、そこから裏庭に出たら近道よ。」
「ありがとう!助かるわ。」
他の皆は休憩をとるようだったけれど、私は誘いを断って詳しい道順を教えてもらい、裏庭へと出た。
あ、あの建物ね。確かに近道だわ。私は裏庭を突っ切るべく、スカートを持ち上げて走りだした。
■■
「ウータ、さっき新入りと何喋ってたの?」
「んー。あの子、ミリーっていうんだけど、今日だけの臨時雇いだって。ハーフェルト公爵夫妻ウォッチングに誘ったんだけど、断られちゃった。」
「へー珍しい。臨時雇いねえ。あの子さあ、変じゃなかった?」
「そうそう、最初全く掃除したことありません、って感じでボケっとしてたし。手も綺麗過ぎ。歩き方とか所作が他と違ってたし。」
「そう言われれば、話し方も綺麗で丁寧だったわね。」
「「「ワケアリね!」」」
「騎士団詰め所へ行ったんだっけ?」
「誰かこのあと手が空いてたら見に行って来てよー。」
「誰も空いてる訳ないでしょーが。」
「じゃ、各自仕事しながらミリーを発見次第観察ってことで。」