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6−14 閑話1

※侍女ミア視点

 

 

 さすがというべきか、当然というべきか。

 最初に気がついたのはロッテさんだった。

 

 「ミア、あのね、これまで以上に奥様が転んだり怪我をしたりしないように、気をつけたほうがいいかもしれないわ。」

 

 いつも歯切れよくテキパキと話すロッテさんにしては不確かなその言い方に、私は首を傾げた。

 

 「奥様はいつでも転ぶ危険性を秘めた方ですので、それは最高難易度の指令ですね。」

 「もう、茶化さないの。まだぼんやりとしたカンでしかないのだけど、奥様が妊娠されているような気がするの。」

 「ええっ?!ほっ・・・」

 

 本当ですかっという私の叫び声はロッテさんの手によって押し潰された。ついでに息まで止められて、酸素不足に陥った私はロッテさんに必死に手を離すよう全身で訴えた。

 

 「壁一枚向こうで奥様がお仕事されているのだから静かにね!」

 

 頷くことで了承の意を表し、ようやく自由になった口で深呼吸する。・・・ちょっと別の世界が見えたような。

 

 「でも、どうしてロッテさんはそうだと分かったんですか?」

 

 奥様とほぼ一緒にいるのに、私には全くわからなかったので不思議に思って尋ねてみるとロッテさんは考え込んだ。

 

 「そうねえ、ミアは奥様についてここのところ変だなって思うことはない?」

 「・・・特には。」

 「うーん、そう。あのね、確証はないのだけれど、私は普段の奥様と違う気がするの。違和感を感じるのよ。」

 

 例えば、と言ってロッテさんはそっと奥様の執務室の扉を細く開けて中を覗く。私も一緒に覗き込めば、奥様は机に突っ伏して寝ておられた。

 

 2人で静かに中に入って奥様に薄い毛布を掛けてまた廊下に戻る。

 

 「そういえば、最近こうやって寝ておられることが多い気がしますね?」

 「でしょう?!それに、もう二ヶ月もきてないし。」

 

 そう言われてみればそうだ。奥様は元々非常に不規則だったから、そういうこともあるだろうと思っていたけれど、この一年くらいは月に一度はあったような。

 

 「・・・言われてみれば、そんな気しかしなくなりました。ついに、念願のハーフェルト公爵家のお子様が誕生ですね!」

 

 興奮していると、執事の祖父が通りかかった。

 

 「ミア、何をそんなに興奮しているんだね?奥様はお仕事中だろう?静かにしなさい。」

 「だって、お祖父ちゃん!奥様が妊娠されているかもしれないのよ。興奮せずにいられるわけないじゃない。」

 「な、なんですと?!」

 「あ、こらミア!執事さん、まだそうだと決まったわけではないんですよ。何となくそんな気がするってだけで。ですから今まで以上に奥様の身辺に気をつけようってミアに言っていただけなんです。」

 

 慌ててロッテさんが説明したものの、祖父は頭に血が上ってしまったらしく、顔が赤くなって大興奮している。

 

 「本当だとすればこれは大変なことですよ!当家にお子様がお生まれになるのは現王妃様以来、約五十年振りです。万が一、男児であれば約八十年振りとなるわけで、どちらにせよ、大変なことです!早速準備をしなくては!」

 

 祖父はそう叫んでいそいそと立ち去ろうとして、つと立ち止まり振り返った。

 

 「流石に違っていたらお気の毒すぎるので、ゾフィー先生の診断ではっきりするまでは旦那様達に気づかれないように致しましょう。」

 

 祖父は真剣な顔でそれだけを言い、私達が頷くのを確認すると小走りで消えていった。

 

 ■■

 

 そして、その夜のうちに公爵家の使用人達に奥様転倒厳戒令が敷かれた。

 

 うっかり口を滑らせそうなフリッツにだけは、奥様をもっと大事にするためと言っておいた。

 

 

 「お祖父ちゃん、さすがにこれはやりすぎじゃない?旦那様にはバレると思うよ?」

 

 祖父は旦那様が他国へ行って二ヶ月も留守にしているのをいいことに、執事の権限をフル活用して奥様に上手いこと言って承諾を取ると、屋敷中の絨毯を総入れ替えしてしまった。

 

 季節に反してあまりにも毛足の長い手入れの大変そうな代物だったので、メイド達から不満の声が上ったが、奥様が妊娠していた場合の対策だと言えば皆、すぐに文句を引っ込めた。

 

 それどころか庭の池を埋めて木は全部切って一面芝生にした方がいいとか、玄関の階段はスロープにした方がいいのではとか、もういっそ奥様の部屋は一階に集約したらどうか、などととんでもない提案が次々に使用人達から出された。

 

 案を出す度に決まって最後に皆、『だって奥様はコケるしぶつかるし危ない方だから。』とつけるものだから、事実とはいえ、奥様が少し気の毒になってきた。

 

 

 その奥様はというと、未だに自分の異変に気づくことなく過ごしている。

 

 知らないとは恐ろしいことで、奥様はこんなときに限って乗馬をしようとしたり、木登りをしようとする。

 

 昨日なんていきなり『私も剣術を身に付けておいた方がいいんじゃないかしら?』と言って騎士団に一日入団をしようとして、青い顔の団長に丁重に断られていた。

 

 さらに直ぐに全力で走るので、その度に周りの使用人達がさりげなく、内心必死で止めている。

 

 

 そんなこんなでもうすぐ旦那様が帰って来るという頃には、奥様自身も居眠りの頻度が上がって体温も高いままでしんどいのか、時々首を傾げるようになってきた。

 

 こっそり相談したゾフィー先生からも妊娠の可能性が高いから、旦那様と奥様が一緒の時に診察に行くと伝えられた。

 

 

 それなのに、旦那様の一声で奥様は一人でゾフィー先生の診察を受けることになってしまった。

 

 先生に妊娠を告げられた奥様は、まず私の方を見て、次にロッテさんを見て、先生を見て、最後に震える指で自分を指差した。

 

 「私が、妊娠してるの?本当に?嘘じゃなくて?」

 「嘘じゃなくて本当に奥様のお腹に赤ちゃんがいるのですよ。」

 「だって、私、気持ち悪くなったり、食べられなくなったりしてないわよ?」

 「つわりは人それぞれですから。奥様のように眠くなることもあるのです。」

 「あら、とんでもなく眠い時があるのはそのせいだったのね。気がつくと寝ちゃってておかしいな、と思ってたのよ。」

 

 ゾフィー先生から笑顔で太鼓判を押された奥様は、そのまま冷静に色々質問して今後に備えていた。

 

 奥様はもっと驚いて喜んで、踊るか泣くかくらいすると思っていたので、私は内心拍子抜けしていた。

 

 ところが、ゾフィー先生がお帰りになった途端、奥様が弾けた。

 

 「ミア!聞いた?!私のところにも赤ちゃんがきてくれたわ!」

 「ええ、奥様。本当におめでとうございます。」

 「ありがとう!ゾフィー先生に言われた時はものすごくびっくりしたわ。あ、リーンにも知らせないと。・・・帰るまで内緒にして驚かせようかしら?」

 「奥様。残念ですが、先刻、城へ使いを出してしまいました。旦那様がそうするように、と仰っていましたので。」

 

 いたずらを考えるように目を光らせた奥様にロッテさんが無情に告げた。

 そうなの、とがっかりした奥様だったが、直ぐに元気になってぽんと両手を合わせて宣った。

 

 「やっぱり私からリーンに言いたいわ!今からなら急げば使いに追いつくかも。私も城へ行きます!」

 

 そのまま着替えもせず、廊下を走り出してしまった。

 奥様、お城へ行くのにそのドレスは普段着すぎますよ・・・。

 

 慌てたロッテさんは私に奥様のお出かけ着一式を持ってくるように指示して、急いで追いかける。

 

 階段の方では奥様の妊娠確定が伝えられ、大っぴらに止めることができるようになった使用人達が口々に、『奥様!ゆっくり降りて下さい!コケないで!』と叫んでいる。

 

 

 奥様は馬車の用意が整うまでの間に一階で着替え、大急ぎで出発した。

 

 その後はご存じの通り、城中を巻き込んでの報告会となったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


6−12,6−13の裏側でした。

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