6−12
※リーンハルト視点
「エミィ、お待たせ。・・・あれ?」
今日は休日だけど、至急の仕事が持ち込まれてしまい、それを急いで片付けて戻ってきたら妻はソファで寝てしまっていた。
「待たせ過ぎたかな?」
「いえ、奥様は最近少々お疲れのようで、よくうたた寝をなさっていますから・・・。せっかくのお休みですし、起こされますか?」
「いや、寝かせておいてあげて。僕はここで読書でもして彼女が起きるのを待ってるよ。」
クッションに頭を乗せてぐっすり寝ている彼女に、そっとタオルケットをかけるロッテと小声で会話する。
確かに最近、彼女はよく寝ている。昨夜も本を読んでいたかと思うと、僕の肩にことんと頭を乗せて寝入っていた。
そんなに無理はさせてないはずなんだけれど。
彼女の実の母親を国外追放にして数カ月経った。
お互い愛情がなかったとはいえ、やはり心理的負担が大きかったのか、彼女はしばらくの間熱を出すなど体調を崩したり塞ぎ込んだりしていた。
もう普段通りに元気になったと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。
心の中に不安が湧いてくる。
「ねえ、ロッテ。本当によく寝てるけど、何かの病気じゃないよね?一度ゾフィーに診てもらったほうがいいんじゃないかな。」
「左様ですね。明日お呼び致しますか?旦那様は同席できますか?」
「どうだったかな?」
丁度いいタイミングで、追加の書類を持ってやってきたヘンリックに尋ねれば、明日は絶対に出席しないといけない会議があるとのことだった。
それを聞いたロッテが逡巡した。
「診ていただく日をずらしますか。旦那様がご一緒できる時にされた方が、奥様もご安心なさると思いますが。」
「いや、エミーリアが心配だから、明日診てもらって。どんな結果でも城へ知らせてくれればいいから。」
ヘンリックが差し出す書類にサインをしながら言い切った。
本音を言えば同席したいけれど、徒に心配する期間を延ばすよりも早く診てもらって結果を知る方がいいと僕は判断したのだが、この判断が後に騒ぎを巻き起こす。
ロッテはちょっと困ったようにミアと顔を見合わせていたが、僕が意見を変えないと見てとるとゾフィーに連絡するために部屋を出て行った。
ヘンリックも執務室へ戻り、僕は読みかけの本を手に取るとエミーリアの向かいのソファに腰を下ろした。
本を開いて読み始めたものの、ふとすると文字を追うのを止めてテーブルを挟んですやすや眠る妻を眺めてしまう。
やはり、エミーリアがこんなに所構わず寝ていたことは無い気がする。
そういえば、屋敷内も何かおかしい。
一昨日まで二ヶ月程、他国へ行って帰ってきたら、屋敷内の絨毯が全てふっかふかなものに変わっていた。
これから暑くなるのにどうしたの、と聞いたら『奥様がよくコケるので、以前注文していた物です。やっと届きましたので総入れ替え致しました。』と執事に返された。
妻の為と言われれば僕は了承するしかないけれど、前の絨毯も結構ふかふかだったよね?
使用人達の様子も何かいつもより緊張感が漂っているというか。常に彼女を見張っているような気配がするというか。
僕が留守にしていた間に何かあったのかな?
「あれ?リーン、いつの間に戻って来てたの?もしかして私また寝てた?!やだ、起こしてくれれば良いのに。」
僕が本をひざに乗せたまま考え込んでいたら、エミーリアが目を覚まして慌てている。
上半身を起こして身体に掛かっていた布を手に持ち、時計を見てどれだけ寝ていたのか確認していた。
「大丈夫、そんなに寝てないよ。それより、疲れてるんじゃない?もっと寝ててもいいんだよ。」
まだ少し眠そうな彼女を気遣えば、思いっきり首を振られた。
「せっかく貴方が帰ってきてご褒美のお休みなんだもの、寝てたら勿体ないわ!そうだ、街に行きましょ!」
力強く言って勢いよく立ち上がった彼女の側に、ミアがさっと近寄りソファに押し戻した。すとんと座った彼女にちょうど戻ってきたロッテが穏やかに告げる。
「奥様、もうじきお夕食のお時間ですので、旦那様とお庭をお散歩されるくらいがよろしいのでは?」
「奥様、旦那様、さあ行きましょう!」
「え、ミアもついてくるの?!庭でしょ?」
にっこり笑って頷くロッテとミアにただならぬ圧力を感じて、エミーリアと顔を見合わせた。
■■
翌日、会議を終えて執務室に戻るまで、屋敷からエミーリアの診察結果の連絡は来なかった。
「うーん、会議は終わったし、エミーリアのことが気になるから帰ろうかな。」
机に新たに増えている書類を見ないふりして呟けば、ヘンリックが時計をちらりと見て言った。
「何事もなければそろそろ連絡がくる頃だと思いますが。」
「何事もなければって、怖いこと言わないでよ。」
嫌な想像が頭に浮かんで僕が身を震わせたのと同時に、扉が激しくノックされた。
その性急な気配に緊張が走る。ヘンリックがさっと立ち上がって扉の向こうを誰何し、直ぐに引き開けた。
転がるように飛び込んできたのはうちの騎士だった。彼は以前、今はもう国内にいないあの人が急襲してきた時にも、こうやって知らせに来た。
今日も大変急いできたようで、荒い息を吐いている。落ち着かせるために、テーブルの上からコップをとって水差しの水を注ごうとしたら無言で手を振って断られた。
急いで息を整えた彼は、満面の笑みで僕に向かって叫んだ。
「旦那様、おめでとうございます!奥様ご懐妊です!」
僕の時が止まった。
今、彼はなんて言った?
おめでとうございます?
診察結果で祝いの言葉が出るってどんな病気?
ゴカイニンって何?
「リーンハルト様!?大丈夫ですか?父親になるのですから、しっかりしてください。」
脳が停止して突っ立っていたら、ヘンリックに両肩を掴まれてガクガクゆすぶられた。
「え、僕が父親になるの?ゴカイニンってご懐妊?それってエミーリアのお腹に僕と彼女の赤ちゃんがいるってこと?僕達の子供がもうこの世に存在してるってこと?」
矢継ぎ早に質問すれば、いい笑顔の二人に全て肯定された。
正直、今までずっと子供が出来なかったので内心もう無理なんじゃないかな、と思っていた。
後ニ、三年しても子供がいなかったら、甥のユリアン王子に養子にきてもらおうとすら考えていたのに。
なのに、今この時、もう既に妻のお腹に僕達の子供がいるなんて!
驚きが鎮まっていくと、その事実が足先からジワジワと僕を満たしていく。
どうしよう。嬉しすぎてどういう表情をすればいいのか、何を言ったらいいのか、全く分からない。
その場から動けず、何かが溢れそうな顔を両手で覆ってじっとしていたら、廊下がざわつき始めた。
城内が動揺するような何かが起こっているらしい。僕は顔を上げて耳を澄ませる。
そのざわめきは段々近づいてきて、微かに叫ぶような声も聞こえる。
なんだか聞き慣れた声のような・・・?
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
騎士が飛び込んできて伝えるシーンが書きたかったんですよ・・・。