1−6終
※カール視点
いきなり割り込んできたその声に思わず、げっと声が出た。奥様はあら、とだけ言って口に手を当てている。
この場にそぐわない、きらびやかな人の登場に周囲が静かになった。
旦那様、なんでここがわかったんだろう・・・?
いや、この人なら奥様のことは何でも知ってそうだよな。
旦那様はオレを見てわざとらしくため息をついた。
「相変わらずカールは失礼だね。しかも、あれだけ言ったのにエミィを君のトラブルに巻き込んで。」
「不可抗力です!」
そこは思いっきり主張する。断じてオレのせいじゃない。
「ふーん。じゃあ、そういうことにしとこうか。貴方が、ビビアナ·ペルッツィ夫人?」
旦那様はそう声をかけて、ビビアナの前に行き、笑顔のまま、さり気なく奥様を背に庇う。
ビビアナは突然現れた美麗な貴公子に笑いかけられて見惚れてしまっている。
「あの、あなたは一体どなたですか?」
ビビアナは完全に毒気を抜かれて、うっとりと旦那様を見つめている。
「彼女の夫です。」
「は?」
「持ってる肩書きはたくさんあるんだけど、一番気に入ってる肩書きはこれなんで。」
旦那様は爽やかにそう宣う。対するビビアナは脳内処理が滞っているようで、反応が遅れている。
時間的に城での仕事を抜け出してきたであろう旦那様は、貴族らしい王の前にも出られるようなきちんとした格好をしている。
その後ろの奥様はといえば、猫に髪飾りを引っ張られたおかげで髪型は崩れ、着ているものは庶民が着る足首丈のワンピースであちこちに泥がついている、なんともいい難い姿だ。
ビビアナにそのちぐはぐさが容認できるはずもなく。
「その汚れた娘があなたの妻?ありえないわ。」
「汚れているのは貴方のほうだろう。私の妻はたとえ泥まみれでも、何を着ていても、最高に綺麗だよ。」
一人称を公向けの『私』に変えて冷たい声でそう言った旦那様は、くるりと奥様のほうを向いてハンカチで頬についた泥を拭い、ずれた髪飾りを元の位置に直し、ついでに額にキスをしている。
「エミィ、今日はまた何をしてたの?」
「迷子の猫を探してたのよ。」
「猫は見つかった?そう。それじゃ、これを早く終わらせて帰って着替えないとね。」
奥様はこの衆人環視の中で、くすぐったそうな表情をしつつ、それを受け入れている。
この二人、本当にお互いしか見えていないな。
目の前でそんなものを見せつけられたビビアナは、真っ赤になって怒った。
自分より劣っていると思っていた相手が、自分が見惚れる程の夫を持ち、なおかつ愛されていることに、女王様気質の彼女のプライドが傷つけられたんだろう。
こうなった彼女の機嫌を直すのは相当苦労するんだが、今のオレには関係ないことだ。
「私のどこが汚れていると言うのよ!これは帝国の最新流行の装いなのよ?!あなたこそ、そんなみすぼらしい女を妻にするなんて目が悪いんじゃない?」
「私の目はとってもいいよ。貴方がどれだけ汚れているかは、自分がしてきたことを振り返れば分かると思うけど。」
「私は汚れ仕事なんてしてないわよ。」
「そうかもしれないね。自分の手は汚していない。でも、自分で直接手を下さなくてもそれをさせようとする時点で、貴方の心根は汚れているんじゃないかな。」
「な、なんの話よ!」
きっと睨みつけるビビアナに、旦那様は口の端だけ持ち上げて見せた。
「わからない?では、時間が勿体無いから教えようか。」
そう言って旦那様は、さっき奥様がミアにしたように、横にいる黒髪の男に手の平を向けた。すかさず、そこに一枚紙が乗せられる。デジャウ。
「ビビアナ·ペルッツィ夫人。貴方には、殺人教唆の罪他で帝国から指名手配書が回ってきている。これ、手配書ね。じゃ、夫人を拘束後、城へ連行して。」
旦那様は指名手配書をヒラヒラさせながら、後ろに控えていた騎士達に指示した。
この人達、ハーフェルト公爵家の騎士じゃなくて城の騎士だ。
なるほど、今の旦那様は王太子補佐の立場でここにいるわけね。
ビビアナは自分の腕を掴もうとする騎士達から逃れようと腕を振り回して、鬼の様な形相になってオレに向かって手を伸ばす。
その迫力にオレは思わず後退った。
「ジュストは私のものなんだから!絶対に渡さないわ!あなたを手に入れるために、私がどれだけ苦労したと思っているの?!あの女を唆してあなたを殺すよう仕向けるのにどれだけのお金を使ったと思っているのよ?!」
「あ、自分で言っちゃったね。」
それを聞いた旦那様がものすごく面倒くさそうに呟いた。
「もー、こんなとこで自白しないで欲しいな。聞いた私が帝国への書類を書かなきゃいけなくなるじゃないか。そういうことは向こうに引き渡してから喋ってよね。エミィとの時間が減る・・・。」
愚痴りながら旦那様がビビアナを早く連れて行くように手を振って促すと、騎士達は近くに止めてあった馬車に彼女を押し込んで走り去った。
それを見送った旦那様がオレを振り返って一言。
「それからカール。君もちょっと帝国へ行っといでよ。」
え?オレも帝国へ送り返されるの?貴方の領民になったんじゃなかったですかね?あれ嘘なの?
「カール、私達はね、貴方が国を飛び出して来ちゃったからご家族とか会いたい人達がいるんじゃないかしらと思ってるのよ。」
困惑しているオレに、奥様が旦那様の言葉を翻訳してくれ、それに旦那様が言い足す。
「ついでにペルッツィ夫人に関して証言してきてよ。」
旦那様はオレを利用することしか考えてないだろ。
「貴方の居場所はそのままにしておくから、向こうで色々整理して片付けてから戻って来てね。」
奥様がふわっと微笑んで言ってくれたことが嬉しくて、オレは思わず身についた習慣で奥様の手をとって感謝を伝えようとした。
「っとに油断も隙もない!」
その言葉とともにオレの手は旦那様に握られていた。
旦那様、・・・顔は綺麗だけど、しっかり男の人の手ですね。大きいし皮も厚くて剣だこがある。意外と努力の手だ。
三日後、お二人の言葉に甘えてオレは帝国へ旅立った。故郷に戻り、身辺整理をして、家族に経緯を告げた。
家族は以前のオレの生活に眉をひそめていたので、他国で心機一転やり直すと聞いて喜んでくれた。
ビビアナはハーフェルト公爵の手紙とオレの証言により、裁判にかけられた。
■■
「ただいまー。ヴォルフ、帝国の酒を土産にたくさん買ってきたぜ。うおっ?!」
エルベの街のぬいぐるみ屋に戻ってきたオレが目にしたのは、オレの代わりに会計台に座る奥様だった。
目があった奥様は帳簿を睨んでいた難しい顔から、一転笑顔になった。
「お、奥様?!」
「あ、おかえりなさい、カール!ヴォルフ、ミア!カールが帰って来たわよ。」
他の二人が直ぐ横でぬいぐるみを棚に並べていたことにオレは安堵した。
奥様と二人きりなんて二度とごめんだ!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
次から新しい話になります。エミーリアがお城で活躍する?!