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6−4

※エミーリア視点

 

 

 ガタンッと馬車が揺れて停まった。

 

 その気配で目を覚ました私は、屋敷に着いたのかと降りる身支度を整えて待ったが、一向に扉が開く気配がない。

 

 向かいに座っているミアと顔を見合わせて窓の外を見れば、どうやら現在ハーフェルト公爵邸の正門から少し離れた場所にいるようだった。

 

 普段ならこの馬車を見れば門衛が直ぐに門を開けてくれ、止まることなくそのまま屋敷の玄関まで行けるはずなのだけど。何かあったのかしら?

 

 こういう時は、迂闊に扉を開けてはいけないと日頃言い聞かされているけれど、何が起こっているのか気になる。

 ちょっと窓を開けて様子を窺えば、騎乗したままの護衛のスヴェンがさっと近寄って来た。

 

 「奥様、公爵家の門の前で誰かが門衛と揉めているようです。今デニスが確認に行ってますが、事情によっては別の門からご帰邸頂くことになるかもしれません。」

 

 私は軽く頷いて窓を開けたままで考えた。

 

 うちの門衛と揉めるだなんて、余程のことだわ。一体何があったのかしら?

 

 うちは領民に対して悪どいことをしたり、他所の貴族と揉めたりはしていないはずだから、こうやって門前で止められる客はそう多くない。

 実際に怒鳴りこまれたり、門衛が取次を拒んで揉めるなんてことは今まで見たことがない。

 

 あれ、もしや今、その初めてのことが起こっているんじゃない?

 

 今日は他国から大事なお客様が来ていてリーンは城を抜けることも、夕食を私と一緒にとることも出来ないって言ってたわね。

 ということは、ここは妻である私がなんとかするべきところじゃないかしら?!

 

 よし、ここで役に立たねばハーフェルト公爵夫人の肩書きが泣くわ!

 

 私は気合を入れて扉を開けて馬車から外へ飛び降りた。

 

 「「奥様っっ?!」」

 

 馬車の中のミアと外のスヴェンから悲鳴のような叫び声が上がる。

 

 「うちに何か言いたいことがあって来ている人でしょう?私が話を聞くのが筋だと思うのだけど。」

 

 馬上で青ざめるスヴェンを見上げて胸を張ってそう言えば、丁度戻って来たデニスが車外に出ている私を見つけて顔面蒼白になった。

 

 「奥様!ダメです!直ぐに馬車にお戻りください!」

 「なんで?リーンのいない今、私が対応すべき事案じゃないの?」

 

 首を傾げつつ門の方を見た私の目に、初老のすらりとした女性とその護衛らしき数人が映った。

 

 思っていたのとは違った来訪者達に、私は戸惑った。もっと怒っている人か、押し売りの商人を想像していたから。

 

 あの人達はどう見ても貴族と護衛よね。それなのに門衛が取次がない理由が分からなくて、私はその場で立ったまま相手の様子を窺った。

 すると、向こうも私に気がついたようで身体ごとこちらを向いた。

 

 既にだいぶ傾いてきている太陽の光をその人の濃い金の髪がきらきらと反射している。

 

 離れている上に、顔は光の加減で見えないのに私の何かがあの女性の瞳は間違いなく緑色と告げ、警告を発した。

 

 そして目があった瞬間、陰になっているはずなのに私の目にはその人の口が弧を描くのがはっきりと見えた。

 

 「あら、エミーリア。そこにいたのね。」

 

 二度と聞くはずのないその声に私の全てが静止した。

 

 絶縁したはずの私の母、だった・・・。

 

 

 回らぬ頭の片隅で数年、会っていないだけなのに記憶の中より随分と老けたな、と思う。

 

 結婚と同時に社交界に出て、たくさんの貴族女性と会う機会を得た私は、実の母がその中で美しい部類に入るということを聞き知った。

 

 それから、自分が父より母に似ているということも母の知り合い達から吹き込まれた。

 

 それで鏡を見るのが嫌になった時期もある。その時はリーンが『あの人と君は全然似てないよ。人の顔って生き様を映すっていうし、これからもっと違う顔になっていくよ。だから気にしないで。』と毎日慰めてくれてなんとか立ち直ったのだったっけ。

 

 

 結婚前に絶縁した際、実家のノルトライン侯爵家と婚家のハーフェルト公爵家は同じ場にいないようにする、家族は姉以外、私と一生会わないと契約を交わした。

 

 なのに何故、よりによって一番会いたくない母がここにいるの?

 

 

 私の顔は真っ青になり身体も震えだしていた。

 

 馬車から続いて下りてきたミアも、デニス達もきっと不審に思っている。

 だから、何か言わなくてはと思うのに口が上手く動いてくれない。

 

 「奥様、大丈夫ですか?あの方はお知り合いですか?・・・あまりいい感じはしませんけど。」

 

 いつもの調子で聞いてくるミアにほっとして震えが和らぐ。

 すぐ横にやってきたデニスも気遣わしげに声を掛けてきた。

 

 「奥様、旦那様には既に連絡がいっているそうです。後は我々が引き受けますので裏から屋敷にお戻りください。ミア、あの人は前ノルトライン侯爵夫人だ。奥様には絶対に近寄らせるな。」

 「えっ?!あの人が?奥様に似てないですね。」

 「何を呑気な。あの人は奥様に何をするかわからない。早々に馬車にお乗せしろ。」

 

 二人の会話に驚いた私は、鋭い声でミアに指示するデニスの顔をぱっと見上げた。

 私の視線を受けた彼はちょっとだけ表情を緩めると、さらりと驚きの事実を述べた。

 

 「奥様。我々は旦那様よりノルトライン侯爵家に関わる人物と奥様が接触しないよう、厳しく言われております。それに私とスヴェンはご結婚前に奥様を救出する時にノルトライン侯爵家に乗り込んだ騎士の中におりました。ですので、前侯爵夫人がどういう人物か見知っております。」

 

 その台詞を聞いて我に返った。

 

 私は今、ハーフェルト公爵家の女主人だ。彼等の後ろに隠れている場合ではない。

 何より、もうこれ以上実家のことでリーンにも公爵家にも迷惑をかけたくなかった。

 

 「そうだったのね・・・。いえ、それよりも、リーンに連絡がいったってどういうこと?!今日は特に抜けられないのに困らせるだけだわ。直ぐに使者を戻らせて!」

 

 まずは夫の邪魔をしてはいけないとデニスに詰め寄ると、彼は随分と困った顔になった。

 ではと隣のスヴェンに視線を向ければ首を振られた。

 

 「そりゃ無理ですよ、奥様。我々がここに着くより前に使者は出てます。それにこれを旦那様に伝えなければ我々の存在意義がありません。厳命されていますしね。さあ、奥様は急いで馬車に乗って屋敷にお戻り下さい。」

 

 言いながら手で誘導されたが、私は足を踏ん張ってそこに仁王立ちし、きっと護衛達を見上げた。

 

 「いいえ!前ノルトライン侯爵夫人は私に用があるのです。しかし、屋敷内に入れたくはないので、私がここでお相手致します。スヴェンはリーンの所へ行って戻って来る必要はないと言ってきて。デニスとミアは悪いけれど私の後ろに控えていて頂戴。」

 

 「奥様?!」

 「私も貴方達の主人よね?なら指示に従ってくれるわよね?」

 

 精一杯、胸を張って言ったものの、最後の方は懇願になってしまっていた。

 こんな風に主人であることを盾に言うことを聞かせるようなことはしたくなかったのだけど。

 

 いつにない私の強権発動に、三人は顔を見合わせた。が、直ぐにミアが笑顔で手を挙げた。

 

 「私は奥様の隣でお守りします!」

 「え。」

 「奥様は確かに私の主人ですが、旦那様も私の主人です。きっと旦那様は奥様を守って前に出ろと仰ると思いますので、奥様のご希望と間をとって隣です。」

 「なるほど。」

 

 ちょっとスヴェン、そんな屁理屈に感心しないで?!

 

 「では俺は奥様のご命令通りに旦那様の元へ行って、奥様が仰った通りのことをお伝えして参ります。」

 「では私はミアと同じで隣に控えさせていただきます。」

 

 三人とも、何か開き直ってない?!

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

やはり最後はこの人登場。どうする?!

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