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6−3

※エミーリア視点

 

 

 「とはいえ、私は貴方には悲しい思いや辛い思いを少しもさせたくないという、リーンハルト様の気持ちも分かるし、貴方の一人で抱え込まずに分けてほしいという気持ちも、両方分かるのよねえ。」 

 

 お茶のおかわりをして、しみじみと呟いたアレクシアに私は首を傾げた。

 

 「あら、アレクシアはリーンの気持ちも分かるの?」

 「ええ。だって、貴方といると大事にしてあげたい、全ての嫌なことから守りたいって思っちゃうのよね。・・・実際、辛い思いをしてきたのを知っていれば、なおさらだわ。」

 

 そう言われてみれば、彼女もまた私に対して過保護のきらいがあることに思い至る。

 

 私は二人にどれだけ大事にしてもらってきたのか。それを思うと心臓がきゅっと縮んだ。

 ・・・私は、それにきちんと報いることができているのだろうか?いや。

 

 「・・・私は両親からの愛情は受けられなかったけれど、貴方やリーンからそれ以上の愛をもらってとても幸せだわ。それに、イザベルやクラウス王子達にも懐いて貰えて、これ以上の幸せは望んではいけないような気がしているの。」

 

 そこで口を閉じて俯いた私は、膝の上で組んだ手にきゅっと力を込めた。

 

 「噂を肯定するわけではないけれど、このままだとハーフェルト公爵家の跡継ぎはユリアン王子にお願いすることになると思うの。私が頑張ると言ったのに、リーンもなんだか子供を持つことに前向きになっているのに、全く子供が出来そうになくて本当はもうどうしたらいいのか悩んでいるの・・・。」

 「まあ!何を言っているの?!そんなことを言うのは十年早いわ!」

 

 私がうっかりこぼした弱音にアレクシアが激高した。

 だん!と勢いよく席を立った彼女はそのままずんずんと私の所にまでやって来て、ぎゅううっと抱きしめてきた。

 

 彼女の抱擁は強いけれど優しくほわほわとしていて、リーンとはまた違う安心感をもらえる。

 

 「子供が確実に出来る方法なんてないし、周りは好き勝手言うし、不安よね。実は私も二人目がなかなか出来ないのよ。女の子のイザベル一人だと周りが煩くって。でも、お互い諦めるにはまだ早いわ。それから私もリーンハルト様も子供が出来なくても貴方のことを愛してるから。それは忘れないで頂戴ね。」

 

 私はその台詞に何も言えなくなって、彼女の背に回した手に力を込めて抱き返した。

 私の背を擦りながら彼女は不満げな声を漏らす。

 

 「もう!こんなにエミーリアが弱っている時に限って迎えにこないだなんて、あの男はどうしようもないわね!」

 「アレクシア。私は大丈夫だし、リーンは今日どうしても抜けられない大事な仕事があるのよ。大体いつも思うのだけど彼に迎えに来て貰わなくても私は帰れるわ。それから、弱音を吐いてごめんなさい。もう平気よ。」

 

 「いえ。貴方が私にそんなことを言うのはとても珍しいのよ。多分、自分で気がついてないだけで心は随分弱っているんじゃないかしら。エミーリア、溜め込んだ言葉を今私に言うか、今夜リーンハルト様に聞いて貰いなさい。私はギュンター様にガンガン言ってるわ!」

 

 腰に手を当ててキツく言うのは、本当に私を心配してくれているから。

 私はそのことに感謝して、彼女の綺麗な青い瞳をじっと見つめ返して頷いた。

 私のことなんかで彼女をこれ以上不安にさせたくない。

 

 「ありがとう、夜にリーンに言うわ。大好きよ、アレクシア。」

 「私も大好きよ、エミーリア!」

 

 愛の言葉とともに力いっぱい彼女を抱きしめたら同じだけ抱きしめ返されて、それだけで身体の奥から暖かさが湧き上がって全身に広がっていった。

 

 ■■

 

 その後、いつも予定の時間より早く迎えに来るリーンがいないのをいいことに、つい私とアレクシアは話し込んでしまった。

 

 私が帰る時間を忘れないようにリーンから早めの帰宅を頼まれていたというヴェーザー伯爵が帰ってきたことで、予定の時間はとうに過ぎていることに気がついた私は慌てて暇を告げた。

 

 もう、リーンてばこんなことまで気をまわさなくていいのに!

 

 

 それから帰る途中、ちょっと遠回りをしてエルベの街と城下の境にあるリリーの両親が営む薬屋に立ち寄る。

 

 しゃらん、とドアベルの音をさせて入ってきた私を棚の補充やカウンターの掃除をしていたリリーの両親が驚いた顔で見てきた。

 

 そういえば普段ここを訪ねるときは街着で、こんないかにも貴族ですというドレス姿で来たことはなかった。

 

 ・・・しまった、着替えてくるか、明日にすればよかった。

 

 「あの、リリーはいますか?」

 

 後退って扉で身体を隠すようにして顔だけ出して尋ねた私に、近くにいたリリーの父親が焦ったように手に持った商品を握り潰しながら言った。

 

 「お、奥様!すみません、リリーは子供が出来たってんで産婆さんの所に行ってまさ。」

 「え・・・子供が?!」

 

 リリーはフィリップと正式に付き合いだして直ぐ結婚した。今はフィリップとこの近くに家を構えて、昼間は今まで通り実家の薬屋を手伝っている。

 

 女性のための栄養補助剤も両手を挙げて賛成してくれ、自分も飲んで客に積極的に勧めてくれている。

 王太子妃の義姉と私ではわからない部分を埋めてくれる大事なアドバイザーになってくれていた。

 

 そんな彼女に子供が出来た?!

 

 そ、そうよね、結婚して半年たたないうちに妊娠することもあるわよね。

 

 知識としては知っていたけれど、いざ身近な人がそうなって私の心は大きく揺れた。

 突然のことで自分のコントロールが出来ず、貴族女性としては失格なことに私は顔色を変えてしまったらしい。

 

 リリーの母親がカウンターから飛び出してきて口を滑らせた夫を殴り倒し、オホホッと笑って誤魔化してきた。

 

 「奥様、まだわからないんですよ。それで今日はどのようなご用件で?私共でよければ伺いますよ。」

 「そう、なの?あ、ええと、例の栄養補助剤の売れ行きなどの確認をしたいのですが・・・。」

 

 問われるままに女性のための栄養補助剤を売るために義姉と考えた方法の効果を確認した。

 それなりに効果はあったようで、少し売り上げが伸びてきていると聞いて私はほっと胸をなでおろした。

 

 「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。・・・それから、子供が出来ていたならリリーとフィリップにおめでとうとお伝え下さい。」

 

 よくよく考えれば、リリーは薬屋の娘だし、余程の確信がなければ産婆の所になんて行くはずがない。

 リリーが妊娠したというのは間違いないのだろう。

 

 だから、最後にそれだけを絞り出すようにして言い置き、私とミアは薬屋を後にした。

 

 

 離れた場所で待っている馬車まで二人で無言で歩く。ミアは私に気を遣って何か言おうとしては口を閉じている。

 

 ダメだわ、いつも元気で明るく前向きなミアにまでこんな気遣いをさせてしまうほど今の私は酷い顔をしてしまっているのね。

 

 ぱんっと思いっきり頬を叩いて気合を入れた私は、主の突然の挙動不審に慄くミアへ笑顔を向ける。

 

 「ミア、リリーとフィリップに子供が出来たなんて、おめでたいわね!」

 「奥様・・・。」

 「生まれたらお祝いをしなくちゃね!アレクシアや王太子妃殿下とは違うものがいいわよね。私一人ではわからないから、ミアも一緒に考えてね。」

 「はい!」

 

 元気に返事を返してくれたミアと出産祝はあれにしようこれもいいとはしゃぎながら馬車の待つ場所に着く。

 妙にテンションの高い私達に待っていた御者が不可解そうな表情を一瞬浮かべたが、直ぐに扉を開けてくれた。

 

 座席に腰を下ろした途端、どっと疲れが襲ってきた。急に重くなった身体を窓に預け、流れる風景をぼんやりと見ながら頭の中ではリリーのことをどうやってリーンに伝えようか悩んでいた。

 

 彼も私に気を遣って明るく振る舞おうとするだろう、彼にはこんな思いはさせたくない。でも、フィリップの方から知ってしまう可能性もある。

 

 どうしたら彼が一番傷付かずに済むだろう。

 

 必死で考えていたのに、疲れが勝って私はそのままうとうとしてしまった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

いつの間にか早回しで進んでいるリリー・フィリップコンビ。

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