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6−2

※エミーリア視点

 

 

 晴天の午後、ヴェーザー伯爵邸の庭をイザベルが小さな足で一生懸命走っている。

 

 必死で手を伸ばすその先には、これまた小さな薄茶の犬がいて彼女の速度に合わせてとことこ走っている。

 

 「待ってー。」

 

 その長閑な子犬と女の子の追いかけっこを眺めながら、私とアレクシアはお菓子を摘んだ。

 

 「エミーリアが鶏に『キャベツ』って名前をつけたから、うちの犬に『じゃがいも』と名付けようとしたら、ギュンター様にもイザベルにも反対されちゃったわ。」

 

 唐突に告げられた犬の名付けの話に私は顔をしかめた。

 

 「アレクシア、どうも私に名付けの才はないらしいから、参考にしない方がいいわよ。『キャベツ』以降、なんだか名付けという行為から遠ざけられているのよね。」

 「あら、そうなの?私はいい名前だと思ったのだけど。」

 「イザベルの名前はどなたが付けたの?」

 「お義父様よ。」

 「そうなのね。うちもそうなりそう。」

 「えっ?!エミーリア、妊娠したの?!」

 「いいえ。でも、時々リーンとそういう話をするようになったの。子供が生まれたら、どんなことをしたいかとか、なんて呼んでもらおうかとか。」

 

 へえーと言いながら、アレクシアが嬉しそうに笑った。

 

 「いいわね。私達も二人目が出来たらこんなことしよう、あんなことしようという話をよくするわ。」

 「アレクシア達もなのね。私は今まで漠然と結婚したら子供を持つのが当然と思っていたの。でも、実際には自分が子供を産むということが想像出来なかったのね。だけど二人でそういう話をしていたら、まだ実感はないものの子供が出来るのが楽しみになってきたわ。」

 

 「二人で、というのがいいわね。リーンハルト様はエミーリアがいればそれでいいってところがあったけれど、何か心境の変化があったのかしら。なんにせよ、いいことだと思うわ。」

 

 うんうんと頷いた彼女は、犬を捕まえることを諦めて走り寄って来た娘を膝に乗せ、手を拭いてやっている。

 

 イザベルは手が綺麗になるのを待ちかねてテーブルの上のお菓子に手を伸ばした。

 

 「イザベル、このお菓子が美味しかったわよ。」

 

 思いついて彼女にうちから手土産で持って来た野菜クッキーを手渡してみた。

 人参の赤とほうれん草の緑が綺麗な模様を作っているそれを彼女は嬉しそうに受け取って口に入れた。

 

 「エミィおばしゃま、ありがとうございます。」

 

 お気に召したのか次も同じものを手に取り、顔いっぱいの笑顔で礼を言う小さな女の子を私は心から抱きしめたいと思った。

 可愛過ぎる・・・!!

 

 

 私がイザベルの愛らしさに悶えていると、アレクシアが唐突に尋ねてきた。

 

 「ところで、社交界の口さがないおば様方はユリアン王子殿下がハーフェルト公爵家を継ぐと噂しているけれど、リーンハルト様は貴方をちゃんと守ってくれてる?私も参戦した方がいいかしら?」

 

 いつもはこういうことを聞いてこない彼女が、わざわざ言ってくるのは大変珍しい。

 

 もしかして、私が知っているよりもっと事態は深刻で酷いことを言われているのかしら。

 

 「ええと、多分リーンはとっても私を守ってくれてるんじゃないかしら。私はその噂を詳しく知らないのだけど、どんなことを言われているの?」

 

 私が恐る恐るそう返して、彼女の様子を窺えば、彼女は唸っていた。

 

 「うーん、耳に入れないレベルとは相変わらず恐ろしい男だわ・・・。」

 「アレクシア、私はいつまでもリーンに過保護に守られているわけにはいかないと思うの。だから、その噂を知っておきたいわ。教えて頂戴。」

 「・・・わかったわ。」

 

 思い切って最近胸に燻っている思いをぶちまけて懇願すると、アレクシアが折れてくれた。

 彼女は膝の上の娘を侍女に渡して、部屋に連れていかせた。

 

 彼女には聞かせたくない内容なのね・・・。私もひっそりと覚悟を決めて、心の準備をした。

 

 「もともと、リーンハルト様は第二王子じゃない?それで子供のいないハーフェルト公爵家に入ったでしょ。ユリアン王子殿下の状況が近いから皆そう思っちゃう所までは、まあいいのよ。」

 

 アレクシアは甘いお茶を苦そうに飲んで続ける。

 

 「ユリアン王子殿下の髪がリーンハルト様と同じ淡い金だからってだけで、ハーフェルト公爵家に未だ後継ぎがいないのを憂えた王太子夫妻が、リーンハルト様の隠し子を自分達の子として引き取って育ててる、だとか、もうすぐエミーリアは離婚されてユリアン王子殿下を産んだ女性が公爵夫人になるとか、そりゃもう言いたい放題!」

 

 普段の彼女なら絶対にしないのに、余程怒りが激しいのかガチャッと音を出してカップを置いた。

 

 逆にその内容を聞いた私は、顔が笑うのを止められなかった。

 

 「ふふふっ。ユリアン王子がリーンの隠し子!・・・アレクシア、ユリアン王子はね、誰が見ても王太子殿下にそっくりなのよ。まだお披露目されてないから髪の色だけで噂が出来ちゃったのね。」

 

 お腹を抱えて笑う私に最初は呆気にとられていた彼女も事情を知ると一緒になって笑い出した。

 

 「そうなのね!それは疑いようがないわね!まことしやかに噂している人達が知ったら、どんな顔になるでしょうね。」

 「本当ね。大体、リーンがいつ他の女性の所へ行けるというのかしら。仕事の時以外ずっと私といるのに。」

 「あらあら、相変わらずね。ご馳走さま。」

 

 その台詞に、にこっと笑って返す。

 最近リーンが私といればいるほど、彼の浮気の噂の信憑性は薄れ、付け込まれる隙がなくなると私は悟った。

 

 なので、最近は積極的にいつも一緒にいるというアピールをしている。おかげで夜会で寄って来る令嬢がちょっぴり減った。

 

 「それにしてもそんな噂が広まってるなんて。いつからなの?」

 「最近、貴方達が頻繁にユリアン王子殿下の元を訪ねているでしょ、それで一部で面白おかしく話されていた噂が加速しちゃったみたい。」

 「ええ?それは王太子妃殿下に用があるからで、ユリアン王子に会うためだけではないのよ。それにリーンが自分の隠し子に会うなら、私を連れて行ったりしないでしょうに。皆さん、そうは思わないのかしらね?」

 「面白ければ細部の矛盾は気にしないんじゃない?」

 「大きな矛盾だと思うのだけど・・・。」

 

 私は大きくため息をついた。悪意ある噂をされることは日常茶飯事で、今更それを気にして落ち込んだりはしない、けど。

 

 「リーンはどう思っているのかしら。・・・黙ってないで私に話して一緒に笑い飛ばしてくれたらいいのに。」

 

 噂で成り立っているような社交界で私の耳にその話が入らないようにして、自分だけそれを聞いて抱え込んでいるリーンのことを思うと辛かった。

 

 私が目を伏せてカップの中を見つめていると、アレクシアが楽しそうな声を出した。

 

 「あらやだ、リーンハルト様ってば、エミーリアを守れてないじゃない。貴方にこんな思いをさせるだなんて、まだまだね!」

 「え、アレクシア。私は・・・。」

 

 慌ててリーン擁護をしようと口を開いた私に、彼女は片目をつぶって突き出した人差し指を横に振った。

 

 「貴方にそんな顔をさせてる時点でダメなのよ?耳に入らないようするばかりではなく、悪い噂も一緒笑いとばす、その方が貴方の気持ちを軽くさせることもあると彼は知るべきだわ。全て知らせないだけが守るってことじゃないのよね。」

 

 彼を擁護したくもあったけれど、彼女の言うことは私の気持ちそのものだったので、私は軽く頷いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アレクシアさんのとこは犬を飼い始めたようです。想像は柴犬で。

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