5−10
※エミーリア視点
「こいつは女の子と見れば見境なく声を掛ける浮気者です。俺なら貴方だけを大事にします。」
「ひでーこと言うな、ヤン。俺だって好きで浮気してるんじゃないぜ?やむにやまれぬ事情ってもんがな。」
「浮気に事情も何もあるもんか!こいつを選んだら後悔しますよ!」
「でも、女の子の扱いに慣れてて楽しく付き合うなら俺のほうがいいと思うな。さあ、どっちの恋人になりたい?」
あり得ない!
私は目が点になった。
ひよこを追いかけてきただけなのに、なんでこんなことになってるわけ?なんで二択なの?
名前も素性も知らない相手によくもまあ、こんなことが言えるもんだわ。
バカバカし過ぎて頭痛がしてきた。
そこでふと気がつく。
・・・そういえば、街でリーンに群がる女の子達も似たようなものじゃない?
彼がいつも気のない顔をしているのはそのせいだわ。確かにこんなんじゃあ、真剣さが感じられないもの。
私は二人に向かって、にこっと笑顔を作って口を開いた。
「貴方がた、何を言っているの?先に確認することがあるでしょう?」
「え?」
予想外の反応だったのか、ぽかんとする二人へひよこの入った籠を突きつける。
「私には、浮気なんて絶対にしなくて、私のことを大事にしてくれる、とっても素敵な夫がいますので、二人ともお断りです!恋人にするなら、このひよこがオススメです!」
突然、目の前に突き出されたひよこから私へと視線を移した二人は口をぱかっと開いた。
「え、既婚?!嘘だろ!」
「本当です。」
「夫婦仲が悪かったり・・・?」
「しません。私は夫のことが大好きよ。」
「マジかー・・・」
額に手を当てて天を仰ぐ友人の横で、ヤンは固まっている。
せっかく好意を寄せてくれたのに、ちょっと言い過ぎたかしら?
■■
※ほぼリーンハルト視点
聞こえてきたエミーリアの台詞に、顔が熱くなるのがわかった。
なんでこの期に及んで、あんなことを気にしていたんだろう。
僕はとっくの昔に彼女に選んでもらえていたのに。
止まっていた足が動いて、彼女の方へゆっくりと近づいて行く。
「ミリー!」
名を呼べば、ぱっと彼女が振り返る。目が合うとその顔に嬉しそうな笑みが広がって、つられて僕の顔も笑顔になった。
そのまま真っ直ぐに僕の方へ駆けてきた彼女を腕を広げて受け止める。
迷わず僕の元に戻ってきてくれた彼女をしっかりと腕の中に抱き込んでから、呆然とこちらを見ている男達に笑顔で声を掛けた。
「妻の姿が見えなくなって、必死で探していたいたんだ。保護してくれてありがとう。」
「ハルト、ひよこを入れる籠をヤンにもらったのよ。」
腕の中からひょこっと顔を上げたエミーリアが、穏やかな顔の男を見ながら告げる。
彼女の口から知らぬ男の名が呼ばれるのはいい気持ちではないが、受けた親切には報いねばならないと笑顔で礼を述べる。
心の中で彼には後日、しっかり借りを返しておこうと決めた。
■■
今度は絶対に離さないように彼女の華奢な手を握りしめて、公園ヘの道をたどる。
彼女は僕が代わりに持っている籠の中のひよこが気になるようで、再三覗き込んでくる。
「そんなに、このひよこが気になるの?」
「そのこ、メスで卵を生んでくれるらしいわよ。」
「・・・うちで、飼う?」
「え、いいの?!・・・いえ、ダメ。だって私一人では世話出来ないもの。皆の迷惑になってしまうわ。」
ぱっと顔を輝かせた彼女だったが、直ぐにしゅんとしぼんでしまった。彼女は本当にわがままを使わない。
うちなら鶏一羽くらい余裕で飼えるんだけどなあ。人手も足りてると思うし。
「とりあえず連れて帰って皆に聞いてみよう。それでどうかな?駄目だったら城の鶏小屋にでも預けるよ。」
「城に鶏小屋があるの?!」
「実は昔からあるんだよね。数十羽は飼ってるはずだよ。」
じゃあ、うちにもあっていいのかも?と前向きに呟いた彼女が、僕の手をぎゅっと握り返してきた。心なしか足取りも軽くなっている。
エミーリアは、本当に色々わかり易いよね。
そういえば、と思い出して繋いだ彼女の手を口元に近づけてキスをする。
突然のことに驚いて、手を振り解こうとしてきた彼女をそのまま引き寄せた。
「リっ、ハルト!いきなり何をするの?!」
「んー。僕はいつもこうでしょ?」
「ええっいや、そう、だったっけ?!」
腕の中でわたわたする彼女をきゅっと抱きしめる。
「君が僕のことを『とても素敵な夫』で、『大好き』と言ってくれたことが本当に幸せで嬉しくてたまらないんだ。」
「き、聞いてたの?!盗み聞きはダメよ!」
「盗み聞きじゃないって。あのタイミングだもの、普通に聞こえたよ?」
「・・・本当のことでも、本人に聞かれるのって恥ずかしすぎるわ!」
本当のことなんだ。もうそれだけで、僕の中のエミーリアへの愛情がどこまでも増えて溢れて彼女を溺れさせてしまいそうだ。
遂に両手で顔を覆って真っ赤になった彼女が可愛すぎて、誰にも見せず包み込んで隠してしまいたい衝動にも駆られる。
大丈夫、そんなことをしなくても彼女は僕だけの妻なんだから、いつでも腕の中に帰ってきてくれるし、愛してくれると自分にいい聞かせる。
それから彼女にだけ聞こえるように、そっと耳元でささやく。
「エミィ、僕を選んでくれてありがとう。」
僕は婚約時の時から今までのつもりで言ったのだけど、彼女は先程の件だけのことだと思ったらしく、不思議そうな顔で見上げてきた。
「当たり前じゃない。会って直ぐのよく知らない人達と貴方を天秤にかけたりはしないわ。」
「うん。でも僕も似たようなものだったからこうして今、君を独り占め出来ることがどれだけ幸運なことか噛み締めているんだ。」
それで彼女にも子供の頃のことも含めてだと通じたらしく、眉を顰められた。
「出会った時は子供だったけれど、お互いに名乗ったし、一緒に遊んだわ。それにもう、私は貴方以外と恋愛する気はないの。」
ここまで言われて、何もせずにいられるだろうか?
無理に決まってる!
ということでキスをしようとしたら、全力で阻まれた。
「ハルト!ここは公道よ!」
彼女が必死の形相で僕の口を塞いでいるので、声が出せない僕は頷きで了承の意を表す。
安心した彼女の手が離れるのを待って、素早く頬にキスをした。
驚いて固まってしまった彼女にふっと笑いかける。
「公道でもこれくらいはいいでしょ?」
続きは二人きりになるまで我慢するよ!
■■
「生まれて初めて告白したのに、結婚してただなんて・・・。」
「そう落ち込むなよ、ヤン。俺はそんなことより、あの男の笑顔が怖かったぜ。ナニあの完璧な美青年。あんなのに太刀打ちできるわけねーじゃん?」
「彼女も結局、顔で選ぶんだ。」
「まあ、そんなもんじゃないか?しかし、旦那が迎えにきた時の笑顔はすごかったな。アレが自分に向けられたら、俺は正気を保てない気がする・・・。」
「あんなに綺麗な女性には、もう会うことないと思う。俺はもう一生誰にも告白なんてしない!」
「ええっ!もったいない!あの人はもう忘れて、次に行こうぜ。女の子は皆、可愛くて柔らかくていいよ?」
「彼女もいい匂いがして柔らかそうだったな・・・。離婚したりしないかな?」
「ないな。あの男の目は、彼女は絶対に誰にも渡さないって言ってたぜ。」
「なんで俺が先に出会わなかったんだろう。辛過ぎる・・・。もう、今度は告白される側になりたい・・・。」
「ああ、うん。されたらいいな。」
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
そろそろお互い、愛されている自信を持ってくれ。というテーマもあり。