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※カール視点


「ジュスト?!」


キャリーバッグに入れた猫を飼い主のところへ運ぶべく、持ち上げたその時、後ろから甲高い声で名前を呼ばれた。


この、声は・・・。まさか、そんな。


恐ろしくて振り返ることができないオレの横で、後ろを向いた奥様が首を傾げた。


「ジュスト?人違いでは?この人の名前はカールですよ。」


あああ、奥様、頼むから余計なことを言わないで!

足音高く近づいてきたその人は俺の肩に手をかけ、ぐいっと自分の方へ向かせた。

目の前に、化粧の濃い、つややかで豊かな黒髪を流した圧倒されるほどの美女がいた。横の奥様なんて彼女に比べれば子供だ。

こってり宮廷料理と庶民のさっぱり朝食スープほどの違いがある。

でも、毎日食べて飽きなくて皆に愛されるのは朝食スープだったりする。


「やっぱりジュストじゃない!ここでは偽名使ってるの?!しかも、もう新しい女を捕まえてるなんて、許せない!」

「ペルッツィ夫人・・・何でここに。それとこの方はオレの女じゃないです。断じて違いますから。」

「ビビアナって呼んでっていってるでしょ!なんでって、あなたを迎えにきたに決まってるじゃない。さあ、その貧相な女は捨てて、帝国に一緒に帰りましょう。もう大丈夫よ、あなたと心中を図った女は殺人未遂で捕まったわ。」


それを聞いた周りが一斉にこちらに注目した。

そんな物騒な単語が聞こえれば誰だって気になるよな。

このビビアナ·ペルッツィ夫人はオレの元援助者の中で一番お金持ちだった。そして、もう一人の未亡人とともにオレを取り合い、オレはその人に殺されかけて逃げてきた。

でも何故か、オレはナイフを振りかざして迫ってきた人より、このビビアナの方が一緒にいて怖かったんだ。


「すみません、ビビアナ様。オレは帰りたくないんです。前の暮らしに戻りたくない。ここで生きていきたいんです。」


オレはぐいぐいくるビビアナを押し返しながら必死で断る。

ここでの精神的に自由な生活に慣れた今となっては、お金はあるけどキレやすいビビアナの機嫌をひたすら伺いつつ相手をするハイストレスなあの生活には戻れない。


「何を言うの?!一緒に来ないなら無理矢理にでも連れて帰るんだから!」


鬼のような形相に変わり、目を吊り上げたビビアナはそう言うと、手をさっと上げた。

それを合図にどこからか現れた屈強な男二人にオレは両腕を掴まれて拘束される。

その拍子に取り落とした猫入りバッグは、ミアが受けとめてくれた。助かった。

ビビアナの剣幕にエリザベスもビビってるよな。ゴメンな、エリザベス。後で大好きなおやつをやるからな。


「ええと、ビビアナ様?カールは貴方と一緒に行くのは嫌だと言っていますし、うちの従業員ですので、勝手に連れて帰られては困ります。」


オレのピンチと見た奥様が、急いでビビアナの前に出て、きっぱりと申し出てくれたが。


やめて、奥様。貴方だけは首を突っ込まないで!ここで貴方に何かあったらオレの命が危ない。

オレの心の叫びも虚しく、ビビアナが奥様にロックオンした。


「あなたがジュストの新しい恋人?ひどく汚れててみっともないわね。何をしている人なの?今までのジュストの相手とは随分と感じも違うし。」

「私はカールの恋人ではありません!私には夫がいます。」


奥様が反論するも、ビビアナはそれを鼻で笑い飛ばした。


「あなたの夫?ふふっ大したことないんでしょうね。だからジュストにまとわりついているんでしょう?その気持ちはわかるけど、あなた、騙されていてよ。この人はカールという名じゃなくて、本当はジュストっていって私のものなんだから。あなたみたいなお金のない庶民の女には相手は無理よ、悪いこと言わないからやめておきなさい。」

ビビアナ、よく見て。確かに今の奥様は泥まみれだし、着ている服は町で売ってる既製品だけど、髪も肌も綺麗に手入れされてて雰囲気が町の人とは違うでしょうが。

わかんないかなあ。

それから、オレはもう貴方のモノではありませんから!


ビビアナに旦那様を大したことがないと言われた奥様は、明らかにムッとした顔をした。

旦那様のことになると奥様もそういう顔するのね。

そして、奥様は両方の拳を握りしめ、よし、と気合を入れる。


「私は騙されてなどおりません。名前のことも彼が帝国を出るまでのことも存じております。貴方こそ我が領民を勝手に連れて行こうとするなら、拘束致しますよ。」


その台詞とともに奥様の雰囲気が変わり、彼女は目線だけでスヴェンとデニスに指示をだした。

さっと動いた二人によってオレはあっという間に助け出され、今度は逆にビビアナが雇った男どもが拘束されて、野次馬に混ざっていた街の警備に引き渡されようとしている。


「な、何なの?!何勝手なことしてるのよ!」


急展開にビビアナが驚き、奥様に詰め寄る。

奥様は彼女ににっこりと微笑みかけるが、目が笑ってない。

それ、旦那様に教わったのか?

いや、そんなことより、奥様はオレの過去を知ってたの?!

動揺するオレをよそに女二人の話は続く。

「勝手なことをしているのは、貴方のほうですよ?」

「なんですって?!」

「当人の意志を無視しての連れ去りは誘拐です。しかも、彼はもう帝国の民ではなく、この国の民でうちの領民です。さらにいうと、私の使用人ですので、どうしても連れて行く理由があるというなら、私の許可が必要です。」

「なんですって・・・?」


ビビアナの勢いも失速したが、オレも驚いて奥様を見つめる。

オレがこの国の民でここの領民だなんて、一体全体、なんの話だ?

奥様がミアに向かって手のひらを差し出すと、すかさず彼女が一枚の紙を乗せた。

それをこちらによく見えるように示しながら、

「これが、彼、カールの戸籍です。もちろん、帝国側の手続きも終わってますよ。カールは昨日から正式にここの国民になったんです。カール、いきなりでごめんなさいね、本当はこの後、うちでお茶でもしながらこの話をしようと思ってたんだけど。」

すまなさそうにオレを見てくる奥様。


オレは慌てて首を振って奥様の手からその紙を受け取る。本当にオレの戸籍だ。ジュスト·シパーリからただのカールに改名もされている。

「オレ、先月、旦那様にこのことを打診された時、喜んで受けたけど、こんなに直ぐにできるはずがないって思ってました。いったいどうやって・・・。」

まだ信じられない気持ちのままそう呟いたオレに、奥様が胸を張って得意気に教えてくれた。


「そこは私達のコネを存分に使ったの。持ってるものは有効活用してこそよ!」

「コネ・・・?」

「私、帝国司法長官の義妹だもの。」

「そして僕は帝国皇妃の実弟なので。法を捻じ曲げたわけじゃない、正しい手続きをちょっと急ぎでお願いしただけだから大丈夫。」


え、この声って・・・まさかの人が来た?


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