5−3
※エミーリア視点
気持ちを切り替えた私は、ミアが何を買ってきてくれるかを考えることにした。
どのお店に行くんだろう。あちこち歩いて暑くなったから爽やか系を頼んだけれど、こう座っていると冷えてきた。温かいものでもよかったかもしれない。
うーんと考えつつ、ふと気がついた。
ベンチに座っている私の後ろに立つデニス。飲み物を買いに行っているミアとスヴェン。ミアは四人分買って来るだろうけど、本当は影の護衛が何人かいるのよね。
あの事件の後、リーンが心配だからつけると言っていた彼等は、いつもどこにいるのかさっぱりわからない。
リーンはそれが彼等の仕事だから、気にしないで普段通りにしてたらいいよと言うが、こういう時差し入れしなくていいのか悩んでしまう。
ふと思いついてデニスに尋ねてみた。
「ねえ、デニス。貴方は影の護衛がどこにいるかわかるの?」
彼は特別どこかへ視線を移すことなく周囲を警戒したまま、笑顔で答えてくれた。
「はい、それはわかります。そうでなければ、いざという時連携出来ませんから。」
「そうなのね。私には全然わからないわ。うちの騎士達の顔は覚えているはずなのに。」
「毎回違う変装をしていますからね。」
「えっ、わざわざそこまでしてくれてるの?!」
「大事な奥様を守る為ですから。それに、偵察等のいい練習になってますよ。」
「・・・私にそこまでしてもらう価値があるのかしら。リーンは大げさ過ぎるわ。」
両手で顔を覆ってため息を漏らせば、デニスの声が真剣味を帯びた。
「奥様。実は旦那様のご指示で影の護衛がついたわけではないのです。前々から我々騎士団より進言させていただいていたのですが、旦那様はそこまですると妻が気にして動きにくくなるからと止めておられたのです。」
「そうなの?!」
「私とスヴェンを信頼して下さっていたということでもありますが。」
私は目を瞬いて後ろのデニスを振り返った。
彼は一つ頷いて微笑む。
「奥様は旦那様だけでなく、我々にとっても大事な方なのです。ですから、飲み物等は彼等も適宜とっておりますし、お気になさらず守られていてください。」
あら、私が気にしてたことバレてたのね。
私が気を遣わないように色々教えてくれたデニスに礼を言って、また彼に背を向ける。
そうか、うちの騎士達はリーンの付属品だからではなくて、ちゃんと私を守りたいと思っていてくれたのね。
じわじわと嬉しさがこみ上げてきて、今度何かお礼をしなくてはと考えた。
それで私はまた振り返って彼を見上げた。
「デニス、騎士達にいつもお世話になっているお礼がしたいのだけど、何がいいかしら?」
それを聞いた彼は虚を突かれたような表情になり、直ぐに手を振って辞退しようとしたが、何か思いついたように笑顔になって口を開いた。
「奥様。では、街で迷子になった時はその場を動かず、我々が見つけるまでじっと大人しく待っていていただければ、とてもありがたいです。」
今度は私が押し黙る。
なんだか今、プライドが傷つくようなお願いごとをされた気がするのだけど?
「それって私が迷子になる前提よね?もう子供じゃないんだから、迷子にならないわよ。それに、もし皆とはぐれても自分でなんとか出来るわよ。」
「それだけは絶対にダメです!いいですか、はぐれたら我々を助けると思って、奥様は絶対にその場を動かないでください。」
「解ったわ。はぐれたら大人しくその場で待ってる。」
物凄い真剣に懇願されて、その圧で押し切られるように約束させられた。
とにかく、迷子にならなければいいんでしょ!
■■
「あー美味しい!ミア、これは新しいお店の?」
「あのお気に入りのお店の期間限定商品です。奥様は新しいものがお好きですから、それにしてみました。気に入っていただけてよかったです。」
ミアが買って来てくれた飲み物は色々な柑橘を合わせたもので、新しい味だった。
今度リーンと来た時に一緒に飲みたいと思って、売っている所を知ろうと尋ねたら、よく買うお店の新作だった。
「でも、期間限定なのね・・・。」
「今月いっぱいはあるそうですよ。」
「じゃあ、リーンと来れるかしら。」
「持ち帰りも可能ですが・・・」
「液体は途中でこぼしそうだし、ここで飲むのがいいのよねえ。」
「ですよねえ。」
うんうん、と二人で頷きあっていたら隣のベンチの会話が聞こえてきた。
「遅くなってごめん、待った?」
「ううん。私も今来たとこ。」
「そっか。今日はどこに行きたい?」
「えっとね、新しくできた所で・・・」
隣のベンチに座っていた女性の所に、息を切らせた男性が駆けてきて、嬉しそうに立ち上がった女性と腕を組んで歩いていく間に交わされた会話だ。
「・・・ねえミア。あの女性ってずっと前から座って待ってたわよね。」
二人の姿が視界から消えるまで見送って、ぼそっと呟いたらミアに笑われた。
「待ち合わせの常套句ですよ。でもまあ、あの女性、結構待ってましたよねえ。」
「もちろん、男性も気がついてましたよ。これから埋め合わせをするんじゃないですか。」
横からスヴェンが口を挟んできた。なるほど、男の人から見るとそういうのもわかるのね。
デニスは恋愛関係は苦手らしく、こういう話になると無言になる。
「待ち合わせって何?デートは男性が女性の家に迎えに来るものじゃないの?」
先程から感じていた疑問をぶつければ、ミアとスヴェンが顔を見合わせた。
あれ?私は何か変なこと言った?
「奥様は旦那さまと時間と場所を決めて、待ち合わせをしたことはないのですか?」
スヴェンに尋ねられ、首を傾げて記憶を探る。待ち合わせが時間と場所を決めて会うことなら、似たようなことをしていた覚えは、ある。
「なくはないわ。学生時代に婚約破棄をするための相手ができる度に裏庭で彼に会っていたけれど・・・あれは、どちらかというと呼び出しという方が近いかしら?」
それにああいう会話は交わさなかったわね、と付け加えると三人が凍りついた。
「今、婚約破棄って言葉が聞こえたような気がするんだが?」
「なあ、これ聞いていい話だったの?!」
「その時の旦那様のご心中を思うと恐怖しかないですね・・・。」
三人が顔を寄せ合ってこそこそ話し合っているけど、聞こえてますよ。
特にミア、恐怖とは何?もう今は思い出よ、思い出・・・多分。
「そういえば、あの時のリーンは嫌なやつだったわよねえ。」
ついでにそんな思い出まで蘇ってきてしまい、むっとなる。
「奥様、おやつも買ってきましょうか?!」
「奥様、旦那様を見捨てないで下さい!そんなことになったら俺達は一体どうしたらいいか!」
「そうだ奥様。今度、旦那様と待ち合わせしてみてはどうですか?いつもと違って新鮮かも。」
慌てた三人がそれぞれ機嫌をとってきた。
「あのね、おやつはいらないし、私がリーンを見捨てることはないから、そう焦らないで頂戴。でも、待ち合わせは・・・してみたいわね。」
コップの残りを飲み干し私は笑顔を浮かべた。
よし、今度のデートはリーンと待ち合わせをしよう。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
たまにはこのメンバーでの様子などを書いてみたいと思いまして。