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4−18

※リーンハルト視点

 

 

 「やあ、ディルク。あっさり吐いちゃったんだって?」

 「リーンハルトか、何しに来たんだよ。」

 

 地下牢に訪ねて行けば、不貞腐れた態度のディルクに迎えられた。

 

 「帝国に送られる前に顔を見ておこうと思って。もう、これで会うのも最後だろうし?」

 

 笑顔で告げれば、彼が青ざめた。

 

 「そんな訳無いだろ?!何言ってんだお前。」

 「僕はね、もう二度と、エミーリアとお前を会わせるつもりはないんだよ。」

 

 格子を掴んでこちらを見るディルクに、顔を近づけて笑顔を消す。彼の顔が固まった。

 

 「本音を言えば、今すぐお前を殺してやりたい。あの場に彼女がいなければ、お前なんか迷わず切り捨てていたのに。」

 

 腰に下げた剣を抜いて見せれば、ディルクが牢の奥へ逃げようとして足をもつれさせ、尻もちをついた。

 

 顔がエミーリアとよく似ているだけに、行動や考え方の違いが際立つ。

 

 本当は引きずり出して殴るくらいはしたかったのだけど、うっかり殺しちゃいそうだし、後は帝国の義兄に任せよう。

 

 とりあえず、ここに来た目的を果たすべく、格子の隙間から剣を持った手を差し入れた。

 ディルクは身動きができないほどに怯えている。

 なんだ、自分より強いものには全く立ち向かえないんだな。情けない。

 

 「絶対に二度とエミーリアの前に姿を見せないと誓うなら、これを振り下ろすのを止めるよ。」

 

 切っ先を鼻先に突きつけて真っ直ぐにディルクを見つめれば、彼は即座に大袈裟なほど首を縦に振った。

 

 「弱い者をいたぶる時はあんなに強いのに、立場が逆転すればみっともないね、ディルク。」

 

 剣を大げさに振り、きんっと音をさせて鞘に収める。

 青い顔で声も出ない様子のディルクに心底呆れた。もし、ここに居るのがエミーリアだったら、彼は罵詈雑言を彼女に浴びせ、手を出したろうに。

 

 「以後、如何なる理由があろうとも、エミーリアの前に姿を見せたら、瞬時にその首が胴から離れると思えよ。」

 

 ディルクが忘れないように、じっと見つめたまま、はっきりしっかり言い置いてその場を離れた。

 

 ■■

 

 

 それから十日後、この国の人身売買ルートを徹底的に叩く段取りをつけ終えた僕は、屋敷に帰るため馬上にいた。

 

 この間にディルクはボーヴェ商会のプラチドとして帝国へ送られ、オーデル父娘は一旦城外の監獄へ移されたと聞いた。

 

 今回、エミーリアの元実家であるノルトライン侯爵家はディルクが籍を抜いていたために、表向き無関係ということになった。

 

 王太子はそれを利用してノルトライン家を完全に手下に置いて満足していた。

 が、怒りが治まらなかった僕は、現当主に彼の弱味を僕が知っていると匂わす文を、領地にいるディルクの母親にはそれとなく愛する息子の末路が耳に入るよう、盛大に噂を流しておいた。

 

 

 嬉しいことにエミーリアから手紙が来て、

元気いっぱいに街を飛び回っていると書かれていた。

 そのとても楽しそうな文面に、僕は嬉しさを感じるとともに少しの寂しさを抱いた。

 

 「・・・彼女が寂しがることもなく、元気ならそれでいいんだ。僕だけが寂しいのが一番平和・・・。」

 

 宿の夕食時にヘンリックに嘆いたら、彼が逡巡してから口を開いた。

 

 「多分、奥様も寂しいと思っておられますよ?妻からの手紙に、奥様が庭で遊んでいたうちの子に『貴方も寂しいわよねー、お父様が早く帰ってくれば嬉しいのにね。』と仰っていたと書いてありましたから。」

 

 「今すぐ、帰ろう!」

 

 椅子を後ろに倒して立ち上がった僕を、ヘンリックが押し戻す。

 

 「不可能です!どんなに急いでも三日は掛かります。今夜はここで大人しくお休み下さい。」

 

 まあ、そうだよね、と倒した椅子を戻して大人しく座り直す。

 グラスに残っていたここの名産の酒をくいっとあおったら、ため息がでた。

 

 「ねえ、ヘンリック。僕達に子供はできると思う?僕は子供がいなくても、エミーリアがいてくれればそれでいいんだけど、彼女が色々言われちゃうのがね・・・。」

 

 問われたヘンリックは真面目な顔で軽く頷いた。

 

 「私はいずれ、お生まれになると思っています。」

 「えっ?!」

 

 彼があまりに自信ありげなので、驚いて見つめれば、全く表情動かさないまま続けて言われる。

 

 「リーンハルト様のご兄姉様も、王妃様も、皆様ハーフェルト公爵家の血を引いておられますが、お子様がおられますから。子供ができにくいというのは、世間の勝手な噂に過ぎないかと。」

 

 本当のところはわからないけれど、そう断言されればそんな気もしてきた。

 

 「ありがとう、ヘンリック。エミーリアにもあまり気負わないように言ってあげないと。」

 「奥様はとんでもない方向に暴走しかねませんからね。」

 

 ヘンリックが渋面で頷いた。

 

 彼女のそんなところもね、可愛いのだけどね。

 

 ■■

 

 

 「え、郊外の畑に?!」

 

 三日後、午前中にハーフェルト公爵家に着いて直ぐ、妻の居所を尋ねた僕は執事の返事に口をぽかんと開けた。

 

 この時間なら屋敷で書類仕事をしていると思って急いで帰ってきたのに、まさかの留守。

 

 「はい。昨日助けた野菜売りの老女の畑仕事を手伝うと、夜明け前からお出掛けになられました。」

 「あの、朝に激弱の彼女が・・・?」

 「はい。その為に大変お早くご就寝なされておりました。」


 今回留守した間は、彼女に何もなかったようで使用人達の表情は一様に明るい。

 

 どうしようか考えていたら、執事が笑顔になった。

 職業柄、めったに感情を表に出さない彼にしては珍しい。

 

 「旦那様。奥様は昨夜、今日の参考にとおじいさんからねずみまでがカブを引っこ抜く絵本をベッドにお持ちになっておられました。」

 

 そう暴露した彼は肩を震わせる。

 

 エミーリア、そんなサイズのカブはこの世に存在しないと思うよ・・・。

 

 頭の中に大きなカブを必死で引っ張る彼女が浮かぶ。

 

 ああもう、一秒でも早く彼女に会って抱きしめたい!

 

 「新しい馬は直ぐ出せる?僕も今からエミーリアのところへ行って手伝ってくる!」

 

 

 馬を飛ばして着いた畑は思ったより広くて、直ぐには彼女を見つけることができなかった。

 彼女を探すべく、近くの木に馬を繋いで畦道へ足を踏み入れる。

 

 のどかな風景を眺めつつ早足で歩いていたら、遠くで奥様ーっと呼ぶロッテの声がした。

 

 そちらを見れば、ほっかむりをして街着よりさらに簡素な服を着たエミーリアが、土からのぞくふさふさの葉を掴んで全力で引っ張っているのが見えた。

 

 その光景に自然と笑顔が浮かんでくる。

 

 なかなか抜けないようで、カールが後ろから手を貸そうとしているのを見つけた僕は、急いで声を掛けた。

 

 「エミィ!ただいまー!」

 「リーン?!」

 

 エミーリアが声を上げると同時に大きなカブが抜け、勢い余った彼女はカールを下敷きにしながら仰向けにひっくり返った。

 

 駆け寄って腕を差し伸べたら、土で汚れた顔を輝かせた彼女がそのまま抱きついてきた。

 

 「おかえりなさい、リーン!」

 「ただいま、エミィ。君にとっても会いたかったよ!」

 「私も!」

 

 公爵夫人のはずなのに、太陽と土の香りがする彼女をぎゅうっと抱きしめて、幸せを噛み締めた。

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

ここで第四章の本編は終わりです。次からは閑話になります。

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