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4−16

 ※リーンハルト視点

 

 深夜の城内は灯りが少なく、昼間の喧騒が嘘のように静まりかえっている。

 地下になると更に静寂に満ちている。

 

 自分の靴音だけが響く通路を通って、突き当たりの扉をノックし返事を待たずに中に入る。

 

 「やあ。起きてたんだ。」

 「こんな所では寝られません。部屋の変更を要求します。」

 「ここが一番いい牢なんだけどね。」

 

 声がする方に灯りを向ければ、格子の向こうに囚人用のシンプルな白い服を着て立つ人物が浮かび上がった。

 

 「リーンハルト様、お一人ですか?」

 

 男を魅了するような豊満な肢体を僕に突きつけ、すくい上げるように見上げてくる女を僕は笑った。

 

 「悪いね、君にそういう興味は全くないんだ。妻で充分足りてるもんで。」

 「ならなぜ、お一人でここに?夜に牢へ一人で来るなんて、それ目的しかないでしょう。」

 

 懲りずに艶めいた視線を送ってきた彼女をそのままに僕は本題に入った。

 

 「君は、今までもそうやって何人もの男をいいように操ってきたんだろう。親の犠牲になった哀れな令嬢を演じていたけれど、妻は騙せても私には通じないよ。」

 「そんな、私、本当に・・・。」

 

 大きな目を潤ませて唇を震わせた彼女は、打ちひしがれた感じが真に迫っていて、これならあっさり騙される人は多いだろうな、と感心した。

 

 「オーデル伯爵は、君の結婚相手探しに奔走していた。王族に、高い地位に拘っていたのは君自身だ。」

 

 彼女は僕の台詞から、うるうる演技は無駄だと察し、さっさと引っ込めた。今度は不敵に笑って腕を組むとこちらを見据えてくる。

 なるほど、こちらが本性か。

 

 「それは、当たり前じゃない。私が一番可愛くて綺麗なのだから、それに見合った男と結婚して贅沢な暮らしをするべきなの。貴方が一番相応しいと思ったのに。」

 

 とんでもなく傲慢に反り返って宣った彼女に呆れる。

 あくまで彼女が選ぶ側であり、男は皆それに従うべきだと思っているらしい。

 

 「なるほど。私にも選ぶ自由はあるんでね。ところで、誰の基準で君が一番可愛くて綺麗だと?」

 

 彼女の話に引っ掛かかる部分があったので、突っ込んで聞いてみた。

 

 「誰の基準って、皆よ。私に会った人は皆、そう言うわ。」

 「皆?私の基準では最高に可愛くて綺麗なのは妻一人だけど?」

 

 それだと皆じゃないよね、と首を傾げて見せると、彼女は気色ばんだ。随分と気を悪くさせたらしい。

 

 「あの色気もなくひょろっとした地味な色褪せ女によくもそこまで言えるわね。」

 

 僕は薄く口元に笑みを刷く。

 

 妻の悪口は昔、散々聞かされたし、何なら今でも聞くし、それくらいで僕は激高したりしない。

 妻は本当に綺麗で可愛くて、素直で構いやすくて、嵌められたと気づいた時の表情が特に・・・おっと本音がだだ漏れるとこだった。

 

 心の中で咳払いを一つして、格子の向こうで僕の神経を逆なでしてやったと勝ち誇っている彼女を見返す。

 

 「まあ、君のようにわかり易い派手な綺麗さじゃないからね。それに彼女の可愛さは私だけが知ってればいいと思うし、二度と会うことのない君に解ってもらう必要はないよ。」

 

 平静を保ったまま突き放せば、彼女の顔色が変わった。

 

 「どういうこと?私はディルクに利用されただけなの。直ぐにここから出られるはずよ?」

 

 表向きはそうなんだけど、どう考えてもあの男ではあそこまで凝ったことは考えられないと思うんだよね。

 

 「君も共犯だよね、マルゴット嬢。」

 

 彼女の動きが止まった。

 

 「何を・・・言っているの?ディルクが自分で計画したと言ってたでしょ。」

 

 こちらがどこまで知っているのか、探るような目付きになる。

 

 「あんな単純な男に今回のような大掛かりなことが思いつくわけないじゃないか。母親からの洗脳が非常に良く効いている点といい、素直で騙されやすそうだった。」

 

 誰かに似ている気がするが、認めたくないのでそこは考えないことにしている。

 

 「でも、本当にディルクが私に色々こうしろ、ああしろって言ってきたのよ。最後の方はもう、脅しみたいで私、怖かった・・・。」

 

 え、今更涙ぐんで僕を見たところで、本性バレてるし、妻の悪口まで言ってたし、同情すると思ってるの?

 胸を強調しても無駄。そんなものに僕は惹かれないよ。

 

 「確かに最初はディルクから持ちかけてきた話だったかもしれないが、誘惑し、奴に自分で考えたと思わせながら誘導したのは君だろう。」

 「いいえ、私は利用された被害者なの。」

 

 つまらなさそうに指摘すれば、マルゴット嬢はしなを作るのは止めて、つんとそっぽを向いて強情に言い張った。

 

 僕は牢の格子間際まで歩を進め、彼女を見下ろした。

 僕が近づいたことで彼女の顔に喜びがよぎる。

 いやいや、期待されても困る。君に手を出そうなんて思っちゃいない。

 

 僕が本当は彼女を牢から引きずり出して蹴り飛ばしたいと考えているなんて、思ってもないんだろうな。

 男ならぼっこぼこにしてるよ、本当に。いや、ぶった切ってるかもね。

 

 「マルゴット嬢は、私の妻がどこかの拗らせ親父に売られることも知ってたよね?ディルクは分け前を要求されることを恐れて言わなかったんだろうが、奴の行動を見張らせていればすぐに分かったはずだ。」

 

 「それが何?私が知っていようが、首謀者はディルクであることは揺らがないわ。」

 

 期待した台詞を僕から聞けなかった彼女は、むすっとして返してきた。

 知らなかったと言わなかったのは、知ってたということでいいよね。


 まあ、別に僕も首謀者はディルクでいいと思っている。彼にはとてつもなく痛い目に遭って貰わねば気が済まない。

 

 「私はね、それを知っててなおかつ、妻の古傷につけこみ同情を引き、彼女を使って罪を免れようとした君も絶対に許さない、と言っているんだよ。」

 

 だから、マルゴット嬢の罪も十分に重いよ、と告げれば彼女の目が揺らいだ。

 

 「まさか、本当にあの女の希望だからと、一生ここから出さないつもりじゃないでしょうね?」

「まさか。妻もよく来るこの城に、何をするかわからない君を置いとくつもりはさらさらないよ。」

 「なんですって?じゃあ、私はどこに?」

 「さあ、どこがいいかな。孤島の修道院はどう?自分を見つめ直すには絶好の場所だよね。」

 

 ゆっくりと笑みを浮かべながら提案してみれば、予想通り彼女の顔から血の気が引いた。

 

 「絶対いやよ!私のこの美貌が無駄になるじゃない!自分を見つめ直す必要があるのは妻に溺れ過ぎの貴方でしょ、貴方が行けばいいじゃない!」

 「それ、私には最高の褒め言葉だよ。いいね、溺れ過ぎ。でも残念なことに、その修道院は女性しか入れないんだ。」

 

 僕がどうやっても彼女に揺らがず、少なくとも自慢の美貌が衰えるまで社交界に戻れそうもないことを悟ったマルゴット嬢は、格子を掴んでそのままずるずると床に座り込んだ。

 

 それから、何かぶつぶつと呟いていたが、格子をこぶしで叩き、きっとこちらを涙目で見上げてきた。

 

 「貴方、本当に男なの?!こんな密室に私と二人きりでいて、どうして指一本触れようとしないの、目に色が浮かばないの?!」

 

 それからいきなり着ていた服の胸元を引き裂いて叫んだ。

 

 「私のどこがあの女に劣っているというのよ?!貴方に襲われたって訴えてやる!あの女はどんな顔をするかしらね。」

 

 してやったという顔で僕を見てくるマルゴット嬢を、真正面から何の感情もなく見つめ返す。

 

 「言い忘れてたけど、この牢は隠し窓がいくつかあって、そこから常に見張られてるんだよ。もちろん、この会話も記録されてる。私は愛する妻に少しでも疑念を抱かせるようなことはしない。それに、私はここに来る前に思いっきり妻を抱いてきたから、すっからかん。」

 

 最後に笑いながら付け加えると、絶句された。

 

 「じゃ、また来るからその時は、君がしたことについて詳しく教えてよね。」

 

 言い捨てて、悔しさと羞恥で唇を噛み締め、屈辱にうち震える彼女を置いてそこを出た。

 

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

コメント、つけられず。

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