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1−3

※カール視点


「暇だー・・・。」


その場に寝転がると石の床の冷たさが身に染み込んでくる。横を見れば超簡素なベッドが一つ。反対側を見れば小さな机と椅子。


そして頭の上には、鉄格子。


そう、オレは現在、ハーフェルト公爵家騎士団の地下牢で暮らしている。

あの日、結局旦那様は戻って来なかった。夜遅くに現れたスヴェンが言うには、

『当分忙しくて行けない。見張りに割く人員も勿体ないから、地下牢にぶち込んどいて。牢の掃除?自分でやらせろ。』

というお達しがあったそうで、あれよあれよという間にオレは掃除用具一式とともにここに放り込まれた。

あれから三日。食事の時以外はすることもなく、掃除と自分の不幸を嘆くことしかしていない。おかげで牢内はピッカピカで快適だ。


今日もさっき昼を食べたから夜まで誰も来ないし、このまま昼寝でもしようかなと目を閉じたところに、石の階段を降りてくる複数の足音と話し声がした。

慌てて起き上がって格子の扉のところへ行き、誰が来たのか確認する。食事時以外で人が来たのは初めてだ。

階段に通じる鉄製の扉が開いて現れたのはデニスだった。

続けて、淡い金のふわふわの髪を下ろした旦那様が入ってきた。今日は一つに結んでいない。物珍しそうにあたりを見回し、壁を手で触って確認している。


「へー、こんな造りになっているんだ。使わないだろうと思って見に来たことなかったけど、まさか使う日が来るとはね。やあ、お久しぶり、カール。」


こんな薄暗い地下には似合わない明るい笑顔で挨拶してきた旦那様と目があった。ヤバイ、目が全然笑ってない。まだ奥様にちょっかいをかけたことを怒っている!


「先日は奥様にあのようなことをしでかして申し訳ありませんでした!二度と致しませんので、今回だけはお許しください!」


オレはとにかく謝って許してもらわねばと、その場に土下座した。

今までも何度か相手の旦那に浮気がバレたことはあったが、牢にまで放り込まれたのは初めてだった。しかも、未遂で。


「許さないよ?僕の大事な妻と密室に二人きりになった時点で駄目だよね。」


あっさり返されて愕然とする。オレは、未遂で殺されるのか?

青くなっているオレに旦那様はのんびりと質問してきた。


「そうだ、ここの暮らしはどう?今後の参考に忌憚のない意見を聞かせてよ。」

「大変快適な生活をさせて頂いております。」


オレは殊勝に答える。嫌味に聞こえたかもしれないが、本当の気持ちでもある。

話し相手のいない物足りなさはあるものの、気を遣い機嫌をとり続けねばならない相手もおらず、風雨が避けられる寝床があり、食事は三食美味しいものが出る。なんの文句があろうか。


「ははっ。それは良かった。でも、僕はここで話をするのは嫌だから上に行こうか。」


絶対、言葉通りに受け取ってはないだろう乾いた笑いを返してきた旦那様は、そう言ってデニスに鍵を開けるように指示した。



「本名、ジュスト・シパーリ。二十七歳。帝国首都外れの商家の次男。家を手伝いがてら街の自警団にも参加。その見目の良さとマメな性格でご婦人たちの間で人気となるも、某未亡人に『誰かのものになるくらいなら』と殺されかけ、国を出奔。行き倒れたところをハーフェルト公爵夫人である僕の妻に拾われる。なかなか、華麗な経歴だね。」


テーブルを挟んで向かいのハーフェルト公爵の口から語られる内容に戦慄する。


「そ、それをどうして?!」

「あ、あってる?よかった。他人の経歴だったらどうしようかと思った。」

「帝国まで行くだけで数日は掛かりますよね?どうやってこんなに早く調べたんです?」

「うん?うちの者がエミーリアが拾ってきたからといって、身元調査もせずに放っておくとでも?僕が何人か連れて行ってたから人手不足で、新人が行ったと聞いて不安だったけど正確に調べられていたみたいでよかったよ。」


とりあえず、これ調べてきた団員は合格〜と呟きながら旦那様が何かの書類にサインをしている。

この人、オレの身元調査をなにかの試験に使いやがったな。

でも、調べた奴はオレがここにきた八日前には帝国に向かってたってことか。それでも往復の日数もいるし、行った奴は優秀だな。

さて、と書類を側の騎士に渡した旦那様がニコッと笑って首を傾げた。ふわっと髪が揺れる。本当に綺麗な、物語の王子様みたいな人だ。


「旦那様、髪切りました?」


ふっと尋ねたら、旦那様は一瞬何を言われたのかわからないという表情になったが、直ぐに目を眇めてオレを見た。


「確かに少し切ったけど、さすがだね。そういう細かいところに気がつく男はモテるらしいけど、そうやってご婦人達を誑かしてきたのかな?」

「誑かしてわけじゃないんです。向こうから勝手に寄ってきて色々してくれるものですから、つい。奥様の件に関しては魔が差したというか・・・あ、怒らないでくださいって!旦那様も経験があるでしょう?」


この美貌と身分だ、奥様だけってことはないだろう。

どうせ殺されるならビクビクしてても仕方ない。

公爵閣下相手だが、オレは開き直って素で話すことにした。だって未遂だし。


「そう見える?まあ、向こうが勝手に寄ってくるというのは経験があるけど、僕にはエミーリアがいたからお前みたいに来る端から手を出したりしてないよ。一緒にしないでくれる?」


当然肯定されると思いきや、旦那様に辛辣に叩き返された。

オレの口調に関してのお咎めはなかったのでこのままでいっかな。


「それはすみません。え、じゃあ、旦那様はずっと奥様一人だけを?!いつからのお付き合いなんです?」

「お付き合いっていうか・・・彼女とは五歳で婚約したから。」

「マジですか?!はー、さすが貴族様はオレらと違いますね。政略結婚ってやつでしょ?」

「ははっ残念。僕が四歳で彼女に惚れたの。それから一年必死に親に頼み続けて、彼女の承諾をもらってやっと婚約したんだから。」


今度の笑いは青年らしい爽やかなものだった。婚約のくだりを話すときの旦那様はその頃を懐かしむような、幸せそうな表情をしていた。

オレは旦那様への認識を改めた。この人、とんでもなく一途だ。多分、奥様以外の女性は気にもしたことないんじゃないか。しかも、四歳からとか、オレにはできない芸当だ。


「で、なんでこんな話をお前なんかに話したと思う?」


旦那様がまた冷たい笑顔になって、その場の和んだ空気を一掃した。


え、普通ならオレなんかに話すことじゃないってこと?・・・そりゃそうか、オレこの家の使用人でもなんでもないから旦那様夫婦の馴れ初めだとか、旦那様がどれだけ奥様を愛してるかなんて知らなくてもいい事柄だもんな・・・あれ、じゃあ、なんでだ?


「えーっと、殺す前に教えてやるよ、的な?」


恐る恐る最悪の予想を聞いてみれば、旦那様は呆れた顔をした。


「僕はこれでもかなり忙しいんだよ。殺すなら最初に殺ってるよ。僕がどれだけ妻を大事に思っているか、君にも知っといてもらおうと思ったんだ。」


はい、確かに十分伝わりましたが?ええっと、オレに何させる気ですかね、このお方は。

なぜかお前呼ばわりから君へ昇格してるし。怖いなー。


顔の前で手を組んでそれに顎を乗せた旦那様は満面の笑みでオレに提案してきた。

「君さあ、人あたりいいし、心の機微とか敏いし、口もうまいし。それを女性にだけ使うなんて勿体ないよね。心の底から僕の妻に手を出したことを反省して、今までの生活をやめるなら、一度だけ手を貸すよ。」

奥様に手を出そうとしたことは人生で一番くらいに反省しているし、元々そういう生活をやめようとここへ来たわけだから、この話はオレにとって良いことしかなかった。

しかも権力も金もあるハーフェルト公爵が手を貸してくれるなんて、オレはどれだけ強運なんだ。


「人生で一番反省してます。是非、お願いします!」

オレは全力で頷いた。旦那様はそれを聞いてにっこり笑う。え、なんか後ろに黒いものが?

「実は妻が最近、街の人に悩み相談を持ちかけられることが続いたんだけど、彼女も公爵夫人としての仕事や付き合いがあって全部引き受けるのは難しくてね、『領民の悩み相談にのる場所を作ろう』ってことになってたんだ。ちょうどいいから君にやってもらおうかなと。そういうの得意でしょ?」


まあ、元々街育ちだし、自警団では主に人の話を聞いたり細々とした問題を調整して解決してきたから、確かにオレ向きの話かもしれない。この人は多分そういうことも全部知ってるんだろうな。

それに、女性をあてにして生きるんじゃなくて、オレの力で生きていけるような仕事を用意してくれたともいえる。オレは密かに感動していた。


「事務所兼住居を用意したから、明日にはそっちに移ってね。それから、エミーリアも手伝いがしたいそうだから、所長にしといた。乱用はダメだけど彼女のコネと権力、割と役に立つと思うよ?だから、時々は彼女向きの安全で簡単で怪我も傷つきもしない案件をやらせてあげてね?もちろん二度と口説こうなんて思わないでね?」


続けられた台詞に、オレの感動は吹っ飛んでいった。

ナニ、そのもの凄く難しい条件。

オレ、早まったかな?


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