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4−9

※リーンハルト視点

 

 

 

 城の牢と同じ並びにある小部屋にテーブルと椅子が二つ。

 そこに昨夜の男がヘンリックに付き添われて座っている。

 

 「やあ、気分はどう?」

 

 僕はできる限り、明るく爽やかに声を掛けたつもりなのに、相手は気を失った。

 

 その男の横にいるヘンリックと顔を見合わせて、ため息をつく。

 

 「これじゃ、話が出来ないじゃないか。ヘンリック、僕はそんなに怖かった?」

 「いえ、今は全くいつも通りですが。昨夜の恐怖が尾を引いているのではないかと思われます。」

 「昨夜はまあ、ちょっと本気でキレちゃったからなあ・・・。」

 「え、本気で?!」

 「だって、エミーリアが襲われてたんだもの、見た瞬間目の前が真っ赤になってさ。つい。」

 

 仰け反るヘンリックに僕は苦笑いを返した。

 

 しかも、あの時、彼女はあっさりと僕の側を離れても大丈夫と、明るい声で具体的な計画まで言っていたんだ。

 その内容が実現可能かはさておき、そんなことを彼女に考えさせたこの男を、僕は絶対に許さない。

 あれを聞いた時、僕の心臓は潰れそうだった。彼女に婚約破棄を言い出された時よりショックは大きかった。

 

 愛する妻に再び僕のいない将来設計を語られたら、間違いなく僕は箍が外れてあらゆる手段を使って彼女を側に留めようとするだろう。

 たとえそれで彼女に嫌われることになったとしても、僕はやってしまう。

 

 

 そうなりたくはないから、こうやって男の事情聴取に来たというのに、話もできないとはどういうことだ。

 

 「お前に聞きたいことがあって、本当は二度と顔も見たくないのに、こうやって足を運んだんだよ。寝るな、起きろ。」

 

 やや乱暴に男を足先で突く。別にこの男に嫌われるのは構わないので扱いは雑だ。

 

 「ハ、ハーフェルト公爵閣下!ちょっとした出来心だったんです、俺は何もしてないんです!信じてください!」

 

 飛び起きた男が土下座して叫んだ内容は僕にはどうでもいいことだった。

 

 「何もしてないって、お前は僕の妻の手首を痣になる程に掴んだんだよ?証拠が残ってるじゃないか。ねえ?愛する女性に他の男がつけた痕があるってどういう気持ちになると思う?」

 

 無意識に腰に手をやってそこに何もないことに気がつく。

 ああ、そういえば、うっかり殺しそうだから剣はあえて置いてきたんだった。

 

 空を切った手を開いたり閉じたりしていたら、ヘンリックが口を挟んできた。

 彼は男を元の椅子に戻しながら、無機質な声で僕へ言う。

 

 「リーンハルト様、今は私情を挟まず、お尋ねになりたいことだけをお話しなさっては?」

 「そうだね。」

 

 妻のこととなるとつい、気持ちが抑えられず暴発してしまう。僕はなんとか感情のスイッチを切って、男を見下ろした。

 

 「君、どうして彼女を狙ったの?彼女が誰か分かってたよね。」

 

 黙って椅子に座っている男の前に僕も腰を下ろす。磨かれて光る木製のテーブルの上で両手を組んで顎を乗せる。

 

 「今更、何も言わずに逃げられると思ってるの?早く吐いたほうがいいよ。十数える間に言わないと君の父上を呼ぶからね。今なら、いつものように城に泊まって帰ったというだけで済むよ。」

 

 昨夜は客室じゃなくて牢に泊まったんだけど、そう違いはないよね。

 

 僕の時間の無駄だから、気を失わせないようにっこりと笑って伝えたはずなのに、彼はまた気を失いかけた。

 笑顔を保ったまま、テーブルの下の足を蹴って覚醒させる。


 「じゃ、数えようか。いーち、にーい、さん、よん、ご、」

 「ちょ、早くなってませんか?!言いますから、父上を呼ばないでください!」

 

 慌てた男が叫ぶ。

 なんだ、これくらいの脅しで吐くなら、もったいぶらずにとっとと言ってよ。

 

 「・・・昨夜は貴方が珍しく夫人以外と踊るものだから、庭で会う約束してた令嬢に振られましてね。」

 

 男はそう言いながら恨みがましげにこちらを見たが、無視する。

 それは断じて僕のせいじゃない。負けた自分が悪いんだろ。

 

 「夜会に戻って貴方を見るのが嫌で、庭を歩いていたら、会話が聞こえてきたんですよ。」

 

 男曰く、暗がりにいる若い男女が

 『ハーフェルト公爵は未だ身籠らない夫人に嫌気が差して、この夜会で次を選び、現夫人を屋敷から追い出すつもりらしい。』

 『ハーフェルト公爵夫人は美人で珍しい髪色だから手に入れたら自慢できる上、不要になったら人買いに高値で売れるらしい。』

 というようなことをひそひそと喋っていたそうだ。

 

 そこで、ばきっとテーブルの天板が割れた。

 

 おっと、怒りのあまり力を入れ過ぎたらしい。・・・これは、修復不可能だな。後でこの男に弁償させよう。

 

 目の前で笑顔のままの僕が、テーブルを破壊したのを見た男は真っ青になり、必死で自己弁護を始めた。

 

 「それを聞いて、ちょっと魔が差しただけなんです。夫人も貴方に捨てられたら行く所がないだろうから、早めに声を掛けたら簡単に手に入るんじゃないかって。・・・思ったより激しく抵抗されてついカッとなってしまって、申し訳ありません。」

 

 ばきゃっと音を立てて、残っていたテーブルの天板が砕け散った。

 

 ついでに僕の顔から笑顔が消えた。

 男が慄いて腰を浮かす。

 僕は立ち上がると、所在なく立っているテーブルの軸を足で倒して踏み折り、男の顔面に指を突きつけた。

 

 「いいか、全てのか弱い女性に少しでも抵抗されたらすぐ止めろ。次、同じことをしたら、たたっ斬るぞ。」

 

 今にも気を失いそうになりながらも、全力で頷く男。

 そろそろとこちらの顔色を伺い、恐る恐る問いかけてきた。

 

 「あのう、次、ということは今回は見逃していただけるということですか・・・?」

 

 僕は無感情に返す。

 

 「ああ、そうだよ。今回は大事にしたくないんだ。でも、お前がしたことは国王夫妻もご存知だからね。僕がお前の顔を忘れるまで領地に引っ込んでろ。今すぐにだ!」

 

 突きつけていた指でそのまま出口を指差したら、男は何も言わずに転がるように走り出ていった。

 

 「・・・見張り、つけた?」

 「ええ、もちろんつけました。」

 「ありがとう。僕はあの顔を一生忘れないよ。後であいつの父親に手紙を書いておこう。」

 

 男が出ていった扉を閉めて戻ってきたヘンリックに礼を言い、僕は片手で顔を覆った。

 

 「今すぐ屋敷に帰ってエミーリアを抱きしめたい・・・。」

 「どうぞ。」

 「えっ?!いいの?!」

 

 木っ端になったテーブルを片付けながら、ヘンリックが当然のように言った。

 

 「あんな話を聞いてリーンハルト様が平気でいられるわけがありません。今日やらねばならない仕事は後ほど持ち帰りますから、先に帰邸なさっててください。」

 

 「ありがとう!僕も片付け手伝うよ。これ、あいつにさせればよかったな。」

 「壊したのは貴方ですがね。」

 「・・・その原因を作ったのはあいつだよ。」

 

 

 ■■

 

 屋敷に戻るとエミーリアは自室の執務机で黙々と書き物をしていた。

 

 「エミィ、ただいま。」

 

 こっそり近付いて耳元でささやくと、彼女はペンを握ったまま椅子から飛び上がった。

 

 「ひゃっ?!・・・え?ええっ?!リーン?!なんでいるの?まだ昼前よね。」

 「君を抱きしめたくて帰って来ちゃった。」

 「・・・なんですって?」

 

 聞いてはならないことを聞いた、という顔で聞き返す彼女をそのまま抱き上げる。

 危ないので手からペンを取り上げ、机に戻す。

 

 「エミィ、嫌だったら言って?」

 

 彼女は一瞬虚を衝かれた顔をしたが、直ぐにふわりと笑って抱きついてきた。

 

 「リーンに抱きしめられるのが嫌なんて、あり得ないわ!」

 

 

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

リーンがちょっと暴力的で破壊魔になりました。

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