4−7
※エミーリア視点
「残念ながら、そんな生活は一生させないよ。」
声が聞こえると同時に、私の腕が自由になって、ナントカ子爵令息(多分)がすごい勢いで吹っ飛んでいった。
「リーン?!」
すぐ横で長い足を思いっきり振り抜いている彼の顔は、無表情で青ざめていた。
彼は私の呼びかけに応えず、そのままつかつかと吹っ飛ばした男の元へ行き、その襟首を掴んで引きずり起こした。
なんだか、声を掛けちゃいけない雰囲気・・・。
「自分が何に手をだしたか、分かってる?彼女は私の大事な妻だよ?」
初めて聞く、冷え切った夫の声に私も凍りつく。
それを目の前で聞いている男の方は、もうガタガタ震え始めた。
「ねえ、どういうつもりで、彼女にあんなことしたの?」
リーンの声は抑揚が全くない。それが余計に恐怖を煽る。
男は話そうと口を開けるのだが、言葉が出てこない。
「なんだ。答えられないのか。」
そのまま、男をどんっと壁に押し付けた。
「ただの貴族令息が、私の妻に乱暴を働いて、ただで済むとは思ってないよね?しかも、彼女の口からあんなことを言わせるなんて。私はお前を絶対に許さない。」
余程の恐怖を感じたのか、リーンが言い終わらないうちに、男はあっさり気を失った。
それを確認した彼は、つまらなさそうに手を離して男を床に落とした。
手をはたきながら、こちらを振り向いた彼は無表情のまま、私の後ろに向かって声を掛けた。
「フィリップ、悪いけど、こいつを外に放り出しておいて。もう二度と顔も見たくない。」
「かしこまりました。」
その言葉に驚いて振り向けば、本当にフィリップがいた。彼の顔はこころなしか青い。
探していた人物と出会えたわけだけど、今の状況では声を掛けることが躊躇われた。
どうすればいいのか迷っていたら、私と目が合ったフィリップはさっと頭を下げて、そそくさと倒れている男を担いで立ち去った。
私はそれを黙って見送る。
その人、本当に外へ投げ捨てられるのかしら?まさかね。
そのままフィリップが立ち去った方をぼんやりと見ていたら、
「エミィ。腕を見せて。」
背後からリーンのまだ冷たさの残る声が降ってきた。
恐る恐る振り返って彼に向かって両腕を差し出す。
そっとその手をとった彼の顔がわずかに歪んだ。
掴まれはしたけれど、どうってことないはず、と自分でも見てみれば、手首が赤くなっていた。
「あら、赤くなってる。」
「他の男がつけた痕なんて、君にはなくていいのに。」
「虫刺されみたいなものでしょ。」
「虫なら遠慮なく潰せばよかったね。」
ぽろっとこぼせば、リーンがふっと笑って赤くなった手首にハンカチを巻いてくれた。
どうやら、あの恐ろしい彼は引っ込んだらしい。
けれども、私が見慣れている優しいふわふわっとした彼の中に、さっきの感情がなく冷気が張り詰めたような彼がいるんだと思うと、私は笑顔を作れなかった。
きっと顔にもそれが出ていたのだろう。リーンが困ったようなぎこちない笑顔を浮かべた。
「後で医者に見てもらおうね。・・・エミィ、僕を怖がらないで?」
「貴方を怖がっているわけではないの。知らない一面を見て、ちょっと驚いただけなのよ。」
多分、さっきの感情はそれで合ってる。
彼はうんと頷いて、いつもの穏やかな雰囲気になった。
「あんなとこ君に見せたくはなかったんだけど。怒りで我を忘れちゃった。次から気をつけるよ。エミィ、あの男に他に触られた所はない?・・・抱きつかれたりは、してないよね?」
頷きかけて、肩に手をまわされたのを思い出して動きが止まる。
あれは、どうなのかしら?
考えているとふわりとリーンの腕に包まれた。
ああ、やっぱりさっきの男と違う。ぞわっとしたりしない。とても安心する。
ほっと息をついて、そのまま彼に体重を預ける。背中に回された腕に力が加わった。
「やっぱり言わなくていいよ。もう全部上書きしよう。君が無事でよかった。来るのが遅くなってごめんね。」
「なんで私がここにいるって分かったの?」
「僕が君から目を離すと思う?会場を出て行く君を見て、後を追おうとしたんだけど、今日は直ぐには抜けられなくて。どうして、僕を待たずに一人でこんな所に来たの?」
彼の声がほんの少し低くなる。ヤバい、怒ってる。
「だってリーンは忙しそうだったから。私が一人でフィリップを見に行こうと思って。この廊下は騎士や衛兵がいるから安全に思えたのだけど。」
ため息とともに頬を寄せられる。
「エミィ、夜会の時はああいう羽目を外す輩が湧いて出るから気をつけて。貴族連中のやることだし、騎士達もそういうのは見て見ぬふりすることが多いんだ。」
「そうなのね。知らなかったわ。出るなと言われていたのに一人で出て、ごめんなさい。」
謝れば、リーンが真剣な顔で頼んできた。
「僕の心臓が保たないから、二度としないでね。」
私だってあんな嫌な思いはもうしたくない。素直に頷くと彼は安心したような笑みを浮かべた。
今度は私が気になっていたことを聞く番だ。
「貴方はずっと踊っていたけど、首謀者候補は十数人もいるの?あ、踊らないって言ってたのに踊ったことは気にしてないから。」
最後の一言は余計だったかも。気にしていると言ったも同然・・・。
「やっぱり、今のナシ!聞かなかったことに・・「しないよ?」
言い終わらないうちにリーンが嬉しそうに返してきた。
「僕の可愛い奥さん、やきもちを焼いてくれてありがとう。でも、安心して?本当は断るつもりで、「大丈夫!分かってるから!気にしないで。」
真っ赤になった私が彼の台詞をぶった切る。
なんで彼はやきもち焼いた私にお礼を言ってるのよ!
いや、本当に仕方なかったと分かっているのよ。
ただね、立て続けに十数人と踊っていたのが、気になっているだけで。
甘くなりそうな雰囲気も、心の中のもやもやも、有耶無耶にしようと両手を顔の前で振ったらあっさりと彼に掴まれてしまった。
「エミィ、聞いて?」
その体勢のまま、彼がこつんと額を合わせてきた。
わっ顔が近い!逃げたくとも両手を掴まれているので身動きがとれない。私のすでに赤い顔が更に熱を増した。
彼はわたわたしている私を、とんでもなく優しい顔で見つめてきた。
「君に嫌な思いばかりさせて本当にごめん。これが終わったら埋め合わせするからね。わがままをいっぱい考えておいて?」
「そんなのいいわよ。リーンが好きで十数人と踊ってたって思ってないから。」
「うん、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。僕は出来るなら君としか踊りたくないし、君にしか触れたくないんだよ。」
そんな台詞とともに、彼の手の中にある私の指先に口付けてきた。
そろそろ私の恥ずかしさは限界なのに、彼はどんどん甘くなる。
「あのね、僕が、これを早く片付けて君をめちゃくちゃに甘やかしたいんだ。だから僕のためだと思って、何でも良いから考えておいてね。」
「そこまでいうなら考えておくわ。」
承諾するまで終わらなさそうだったので渋々頷けば、楽しみにしてるね、と甘い声でささやかれた。
ああもう、私はリーンに絶対甘やかされ過ぎている。
楽しみっていうのは、本来なら私が言うべきじゃない?
ここまでお読み下さりありがとうございます。
まあ、旦那様は奥様に甘いんですよ。
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