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4−2

※リーンハルト視点

 

 

 僕は城内の執務室で、書類と睨み合っていた。右にいつもの仕事の分。左にエミーリアにちょっかいをかけてきた奴らに関する分。

 左の方が減りが早い。それを見ているヘンリックの眉間のシワはとても深い。

 

 目の前においてあるその紙切れを指でつまんで振ってみる。当然、何もでない。

 ため息がこぼれた。

 

 「・・・嫌な感じだなあ。」

 

 呟けば、渋々といった体でヘンリックが返事をくれた。

 

 「奥様人質事件の首謀者ですか?」

 「人質未遂事件、だよ、ヘンリック。人質にはなっていないんだから。」

 「はいはい、奥様人質未遂事件ですね。」

 「そう。ずっと調べてきたけれど、今まで何もなかったのに、突然狙われだしたのはおかしい。やはり、彼女の有用性を大げさに宣伝して煽った人物がいる。どうもそれが、この国の人物のようなんだ。」

 

 僕が机に突っ伏して手に持った書類をヘンリックに突き出すと、彼はそれを手にとって読む。

 

 「あー。これではまだまだ奥様の外出禁止は続きそうですねえ。」

 「もう、僕は最近、心苦しくて彼女にあわせる顔がないよ。」

 「何を仰っているのですか。今朝も起きてこなかったくせに。そう思うのなら、寝室をお分けになったらいかがです。」

 「ヘンリックまで僕を殺す気?そんなことしたら僕の心が死んでしまうよ。」

 「では、死にものぐるいでこの首謀者をあげるしかないですね。・・・奥様を囮に使えば直ぐに解決すると思いますが。」

 

 書類の返却とともに、ぼそりと付け加えられた案に唸り声を返す。

 

 「そりゃ、言えばエミィは喜んでやるだろうけど。それで何かあったらどうするの?彼女にはこれ以上、怖い思いも怪我もほんのちょっとでもさせたくないんだ。・・・それをするのは彼女の安全が確保できる見通しがたってからだよ。」  

 

 彼女を囮になんてしないで済むよう、僕が早くなんとかしなくては。そう再決意してまた左の書類の山に手を伸ばした時、扉がノックされた。

 

 ヘンリックが扉を開けに向かうのを確認して、書類に目を落とす。

 基本的に来客対応は彼の仕事だ。重要なことでない限り僕は出ていかない。

 

 

 「リーンハルト様、お仕事中のところを失礼いたします。」

 

 だが、聞こえてきたその呼びかけに、顔を上げて扉へ向ける。

 城内で僕の名前を呼ぶのは、家族と母の侍女だけだ。

 そして今、母の所にはエミーリアが招かれている。お茶会が終わり次第、彼女はここへ来るはずなのだけれど、侍女だけが来るのは変だ。

 

 「エミーリアがどうかした?」

 

 椅子から腰を浮かせて問いかけた僕を見て、馴染みの侍女が困ったような顔をした。

 

 「実は・・・エミーリア様が寝ておしまいになられまして。ご都合がつき次第、お迎えに来ていただきたいと王妃殿下からのご伝言です。」

 「はあ?エミーリアが、母の部屋で寝ている?」

 

 隣のヘンリックも侍女の方を胡乱げに見ている。今は真っ昼間だし、王妃の私室で彼女がぐーすか寝る状況というものが、想像できない。

 大体、寝ているなら起こせば済む話じゃないか・・・。と考えて、はっとした。

 

 「わざわざ私に迎えを頼むということは、彼女が一人で起き上がれない状況ということだよね?」

 「左様にございます。」

 「何があったの?」

 「それは、王妃殿下から直接お聞き頂きたいと・・・」

 「直ぐに行く。」

 

 侍女の言葉が終わらない内に上着を羽織り、扉へ向かう。

 ヘンリックは止めても無駄と分かっているので、無言で送り出してくれた。

 

 ■■

 

 

 僕が城内を走れば、周囲の人が非常事態と勘違いする。だから、極力歩いているように見える最高速度で王妃の私室へ向かった。

 ついてきている侍女はもう小走りだが、構っている余裕はない。

 

 取り次ぎも頼まず、扉をノックすると同時に押し開けた。

 

 まず目に飛び込んできたのは、ソファに寝かされているエミーリアだった。

 その光景に既視感を覚える。それでよく見れば、彼女の顔が赤い。

 これで大体、何があったのか予想がついたので、彼女の横に座っている母へ視線を移せば、からかうような笑顔で迎えられた。

 

 「リーン、やっぱり速攻で来ちゃったのねえ。」

 

 そう言いつつ頬に手を当て、溜息をつく母の元へ大股で近付き、小声で抗議する。

 

 「はーはーうーえー。エミィにお酒を飲ませましたね?!あれだけ、彼女には飲ませないでくださいと言ったじゃないですか!」

 「お酒を飲ませたりしてないわよ。私のお気に入りのチョコをあげただけ。」

 「それ、ウィスキーボンボンでしょうが!彼女には、立派なお酒です。」

 「だって、貴方がうちでの会食の時にエミーリアにお酒を飲ませないから、こんなに弱いなんて知らなかったのよ。」

 「だから、めちゃくちゃ弱いからって説明したじゃないですか。彼女は母上みたいにザルじゃないんですよ。」

 

 そう、母も僕と同じで酒に滅法強い。おやつに特注の高濃度ウィスキーボンボンを食べて、けろりとしている。

 一方、エミーリアは強い物なら匂いだけで酔う程に酒に弱い。母のお気に入りを食べてしまったというなら、夜まで正気に戻らないだろう。

 

 「この後、二人で庭を散策しようと約束してたのに。」

 

 思わず僕の口からこぼれた台詞に、母が気まずそうな顔をした。一応、悪いことをしたという自覚はあるらしい。

 

 「無理やり食べさせて悪かったわ。ちょっとパニックになっていたから、落ち着かせようと思っただけだったのよ。それが、食べた途端、ばったーん、でしょ?驚いちゃったわ。」

 

 だから、彼女は弱いを通り越した激弱なんだってば。

 

 「で、なんでまた彼女はパニックになってたんです?大方、母上が何か言ったのでしょう。」

 

 腕を組んでソファの母を見下ろす。

 もう、徹底的に尋問だ。楽しみにしていた庭デートを潰された恨みは深い。

 

 母は扇を開いて口元を隠すと、目を細めた。

 

 「首筋が赤くなっているわよ、と教えただけよ。貴方が付けたのでしょ?」

 「母上。嘘で彼女をからかうのは止めてください。僕は付けてませんから。」

 「やっぱり貴方は動じないのね。つまらないったら。この手の話で動揺してくれるのはエミーリアとフェリクスだけね。」

 

 兄上、何やってんの・・・。

 心の中で、今度自分も兄に仕掛けてみようと決める。

 

 「ああ、そうそう、どうせ、貴方には直ぐバレそうだから、ついでに白状しとくわね。」

 

 母がまた不穏な台詞を吐く。この人はどれだけ僕の妻で遊んでるの。

 

 同時に座るように促されて、僕は母に代わってエミーリアの横に座る。

 彼女はそのまま、ぐっすり寝ている。

 本当は僕の膝枕で寝て欲しかったけども、ここではちょっとね。

 

 

 僕の向かいのソファに移動した母は、優雅にお茶を飲み、例の特注チョコを口に入れた。

 僕も遠慮なくそれをもらう。

 口の中に広がるそれを味わいつつ、隣で眠る彼女の頭を撫でる。

 美味しいんだけどね、彼女には無理だ。

 

 「リーンってば、エミーリアに何にも言ってないのね。大事に囲い込みすぎると後が大変よ?」

 

 僕が妻に構うのを半眼で見遣った母がズバッと言う。

 彼女に必要なことは話しているつもりなので、じろりと見返す。

 

 「僕が彼女に何を言ってないと?」

 

 それを受けて取り済ました顔の母が一言。

 

 「前ハーフェルト公爵の妻の数。」

 

 ぶはっっ!

 

 僕の口から盛大にお茶が吹き出した。

 

ここまでお読み下さりありがとうございます。

リーン母大活躍?!

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