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※リーンハルト視点
僕は城内の執務室で、書類と睨み合っていた。右にいつもの仕事の分。左にエミーリアにちょっかいをかけてきた奴らに関する分。
左の方が減りが早い。それを見ているヘンリックの眉間のシワはとても深い。
目の前においてあるその紙切れを指でつまんで振ってみる。当然、何もでない。
ため息がこぼれた。
「・・・嫌な感じだなあ。」
呟けば、渋々といった体でヘンリックが返事をくれた。
「奥様人質事件の首謀者ですか?」
「人質未遂事件、だよ、ヘンリック。人質にはなっていないんだから。」
「はいはい、奥様人質未遂事件ですね。」
「そう。ずっと調べてきたけれど、今まで何もなかったのに、突然狙われだしたのはおかしい。やはり、彼女の有用性を大げさに宣伝して煽った人物がいる。どうもそれが、この国の人物のようなんだ。」
僕が机に突っ伏して手に持った書類をヘンリックに突き出すと、彼はそれを手にとって読む。
「あー。これではまだまだ奥様の外出禁止は続きそうですねえ。」
「もう、僕は最近、心苦しくて彼女にあわせる顔がないよ。」
「何を仰っているのですか。今朝も起きてこなかったくせに。そう思うのなら、寝室をお分けになったらいかがです。」
「ヘンリックまで僕を殺す気?そんなことしたら僕の心が死んでしまうよ。」
「では、死にものぐるいでこの首謀者をあげるしかないですね。・・・奥様を囮に使えば直ぐに解決すると思いますが。」
書類の返却とともに、ぼそりと付け加えられた案に唸り声を返す。
「そりゃ、言えばエミィは喜んでやるだろうけど。それで何かあったらどうするの?彼女にはこれ以上、怖い思いも怪我もほんのちょっとでもさせたくないんだ。・・・それをするのは彼女の安全が確保できる見通しがたってからだよ。」
彼女を囮になんてしないで済むよう、僕が早くなんとかしなくては。そう再決意してまた左の書類の山に手を伸ばした時、扉がノックされた。
ヘンリックが扉を開けに向かうのを確認して、書類に目を落とす。
基本的に来客対応は彼の仕事だ。重要なことでない限り僕は出ていかない。
「リーンハルト様、お仕事中のところを失礼いたします。」
だが、聞こえてきたその呼びかけに、顔を上げて扉へ向ける。
城内で僕の名前を呼ぶのは、家族と母の侍女だけだ。
そして今、母の所にはエミーリアが招かれている。お茶会が終わり次第、彼女はここへ来るはずなのだけれど、侍女だけが来るのは変だ。
「エミーリアがどうかした?」
椅子から腰を浮かせて問いかけた僕を見て、馴染みの侍女が困ったような顔をした。
「実は・・・エミーリア様が寝ておしまいになられまして。ご都合がつき次第、お迎えに来ていただきたいと王妃殿下からのご伝言です。」
「はあ?エミーリアが、母の部屋で寝ている?」
隣のヘンリックも侍女の方を胡乱げに見ている。今は真っ昼間だし、王妃の私室で彼女がぐーすか寝る状況というものが、想像できない。
大体、寝ているなら起こせば済む話じゃないか・・・。と考えて、はっとした。
「わざわざ私に迎えを頼むということは、彼女が一人で起き上がれない状況ということだよね?」
「左様にございます。」
「何があったの?」
「それは、王妃殿下から直接お聞き頂きたいと・・・」
「直ぐに行く。」
侍女の言葉が終わらない内に上着を羽織り、扉へ向かう。
ヘンリックは止めても無駄と分かっているので、無言で送り出してくれた。
■■
僕が城内を走れば、周囲の人が非常事態と勘違いする。だから、極力歩いているように見える最高速度で王妃の私室へ向かった。
ついてきている侍女はもう小走りだが、構っている余裕はない。
取り次ぎも頼まず、扉をノックすると同時に押し開けた。
まず目に飛び込んできたのは、ソファに寝かされているエミーリアだった。
その光景に既視感を覚える。それでよく見れば、彼女の顔が赤い。
これで大体、何があったのか予想がついたので、彼女の横に座っている母へ視線を移せば、からかうような笑顔で迎えられた。
「リーン、やっぱり速攻で来ちゃったのねえ。」
そう言いつつ頬に手を当て、溜息をつく母の元へ大股で近付き、小声で抗議する。
「はーはーうーえー。エミィにお酒を飲ませましたね?!あれだけ、彼女には飲ませないでくださいと言ったじゃないですか!」
「お酒を飲ませたりしてないわよ。私のお気に入りのチョコをあげただけ。」
「それ、ウィスキーボンボンでしょうが!彼女には、立派なお酒です。」
「だって、貴方がうちでの会食の時にエミーリアにお酒を飲ませないから、こんなに弱いなんて知らなかったのよ。」
「だから、めちゃくちゃ弱いからって説明したじゃないですか。彼女は母上みたいにザルじゃないんですよ。」
そう、母も僕と同じで酒に滅法強い。おやつに特注の高濃度ウィスキーボンボンを食べて、けろりとしている。
一方、エミーリアは強い物なら匂いだけで酔う程に酒に弱い。母のお気に入りを食べてしまったというなら、夜まで正気に戻らないだろう。
「この後、二人で庭を散策しようと約束してたのに。」
思わず僕の口からこぼれた台詞に、母が気まずそうな顔をした。一応、悪いことをしたという自覚はあるらしい。
「無理やり食べさせて悪かったわ。ちょっとパニックになっていたから、落ち着かせようと思っただけだったのよ。それが、食べた途端、ばったーん、でしょ?驚いちゃったわ。」
だから、彼女は弱いを通り越した激弱なんだってば。
「で、なんでまた彼女はパニックになってたんです?大方、母上が何か言ったのでしょう。」
腕を組んでソファの母を見下ろす。
もう、徹底的に尋問だ。楽しみにしていた庭デートを潰された恨みは深い。
母は扇を開いて口元を隠すと、目を細めた。
「首筋が赤くなっているわよ、と教えただけよ。貴方が付けたのでしょ?」
「母上。嘘で彼女をからかうのは止めてください。僕は付けてませんから。」
「やっぱり貴方は動じないのね。つまらないったら。この手の話で動揺してくれるのはエミーリアとフェリクスだけね。」
兄上、何やってんの・・・。
心の中で、今度自分も兄に仕掛けてみようと決める。
「ああ、そうそう、どうせ、貴方には直ぐバレそうだから、ついでに白状しとくわね。」
母がまた不穏な台詞を吐く。この人はどれだけ僕の妻で遊んでるの。
同時に座るように促されて、僕は母に代わってエミーリアの横に座る。
彼女はそのまま、ぐっすり寝ている。
本当は僕の膝枕で寝て欲しかったけども、ここではちょっとね。
僕の向かいのソファに移動した母は、優雅にお茶を飲み、例の特注チョコを口に入れた。
僕も遠慮なくそれをもらう。
口の中に広がるそれを味わいつつ、隣で眠る彼女の頭を撫でる。
美味しいんだけどね、彼女には無理だ。
「リーンってば、エミーリアに何にも言ってないのね。大事に囲い込みすぎると後が大変よ?」
僕が妻に構うのを半眼で見遣った母がズバッと言う。
彼女に必要なことは話しているつもりなので、じろりと見返す。
「僕が彼女に何を言ってないと?」
それを受けて取り済ました顔の母が一言。
「前ハーフェルト公爵の妻の数。」
ぶはっっ!
僕の口から盛大にお茶が吹き出した。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
リーン母大活躍?!