4−1
4章スタートです。前章の決着をつけます。
※エミーリア視点
「エミーリア、先日は大変だったわね。もう身体は大丈夫なの?」
「はい。もうすっかり元気になりました。その節は、お見舞いを頂き、ありがとうございました。」
「本当は直接行きたかったのだけど、難しくてねえ。それで、貴方はまだ外出禁止なのよね?」
「はい、そうなんです。だから、今日は久しぶりに外に出ました。呼んで頂いてありがとうございます。」
「私が、貴方に会いたかったのよ。来てくれてありがとう。そういえば、貴方はリーンに子供が出来にくいかもしれないって、この間知ったのですって?」
「はい。」
柔らかな日差しが降り注ぐ午後の城内にて。爽やかな水色のクロスがかけられたテーブルには、美味しそうなお菓子とお茶。
そして正面に座る王妃殿下こと、義母。
その少し緊張する二人だけのお茶会で、いきなり子供のことを確認され、私は誤魔化すこともできず正直に頷いた。
「リーンったら、本当に情けない。そういうことは結婚前に伝えておくものよね。大抵の場合、こういうことは女性が苦労するのだから。」
ねえ?と片手にカップ、もう片方の手でソーサーを持ち上げ、可愛らしく首を傾げた義母に 同意を求められる。
そのリーンそっくりの顔と仕草に、私は思わず頷きそうになり慌てて首を横に振った。
「いえ、私達は結婚前にそういう話をする余裕がなかったですし、私がずっと・・・子供の話を避けていたので、私が悪いのです。」
「まあ、エミーリア。貴方はリーンを庇うのね。ダメよー、そんなに甘やかしちゃ。もっとびしっと言ってやんなさい。『言うのが遅い!罰としてしばらく近づかないで!』くらい。」
私に向かって綺麗に手入れされた指を突きつけ、怖い顔を作って実演してくれる義母。
なるほど、義父の国王陛下はそうやって怒られてるんだ・・・。
なんだか、急に身近な人に思えてきたわ。
「でも、お義母様。私がそんなことを言ったら、リーンは泣いてしまいます・・・。」
本当は王妃殿下、と呼んだほうがいいのだけど、そう呼ぶとにこにこ笑うだけで返事をしてもらえないため、お義母様と呼ばせて頂いている。
私が恐る恐る義母のアドバイスが実行不可能だと訴えたら、彼女は美しく微笑んで返してきた。
「そんなの、泣かせとけばいいのよ。悪いのはリーンなんだから。」
あの、言ってる内容と表情が違いすぎて怖いんですけど。
リーンはいつもこうやって泣かされていたのかしら?
私の表情を読んだ義母が続ける。
この人には、何故かいつも思っていることがバレてしまう。
「小さい頃はまだ泣くこともあって、可愛かったのだけどねえ。今や貴方にしかできないのだから、じゃんじゃん泣かせておきなさい。」
「そんな無茶な・・・。それに、そんなことをしたら、後が怖いです。」
本音がぽろっと漏れた。リーンを泣かせたりしたら、後で何をされることか。
今までの経験でそれは身に沁みている。
しかし、それを聞いた義母の目は輝いた。
しまった、余計なことを言ったっぽい!
私は慌ててちょっと失礼致します、と椅子から身体を浮かせ、逃げようとした。
が、遅かった。
私より素早く椅子から立ち上がった義母があっという間に私の手を取り、満面の笑顔でそれを阻止してきた。
「まああ!エミーリア。リーンに何をされるの?!正直に言っていいのよ?私が代わりに叱ってあげるわ。」
・・・これ絶対、内容を知って楽しみたいだけだわ。
リーンはいつも義母のことを面白がりっていうけど、本当にそうだ。
だけど、あんな恥ずかしいことを、しかも当人の母親に言えるわけがないじゃない。
「いえ、お義母様のお手を煩わせるほどのことではないので大丈夫です。」
義母から目を逸らしつつ断れば、とっても残念そうな顔をして諦めてくれた。
でも、両手は掴まれたまま。
お義母様、離してください・・・。
心の中でお願いするも、逆にぎゅっと力をこめられた。
それに驚いて義母の顔を見上げれば、薄青の目が真剣にこちらを見ていた。
一体どうしました?
「いいこと、エミーリア。たとえ子供が出来なくても、私は貴方の味方ですからね。もしもリーンが、私の父のように複数の妻を持つと言い出したら私の所においでなさい。」
「複数の妻?」
私は義母を見詰めたまま、目を瞬いた。
え?義母の父って、前ハーフェルト公爵よね?その方の妻は一人じゃなかったの?!
だから、周囲の人達が第二夫人のことを言ってくるのね。私にとってよくない前例があったんだわ・・・。
そう理解した途端、自分の顔から血の気が引くのが分かった。
目の前の義母にもそれが伝わったのだろう、ちょっと慌てた口調で続けた。
「結局、うちの父は五人も妻を持って、子供は第一夫人が産んだ私一人ですからね。妻は一人で十分よ。」
「五人?!」
今度は驚きすぎて息が止まった。
もしも、リーンに私以外に四人も妻が出来たら?
きっと、皆さん綺麗で賢い、きちんと貴族教育を受けた女性でしょうから、私は勝てそうもない・・・。
それより何より、彼が他の女性と一緒にいる所を想像しただけで心が痛くなる。
「・・・私、他の方とうまくやれる自信がないです。」
そう呟いた途端、ぼろぼろ涙がこぼれてきた。
「やだ、万が一の話なのだから、泣かないで頂戴。これから先、あれこれいってくる人がいるでしょうから、貴方も知っておいたほうがいいと思っただけなの。多分大丈夫よ、リーンは貴方以外に目もくれないし。」
「でも、このまま子供が出来なかったら、有り得るんですよね?」
義母が差し出してくれたタオルをありがたく受け取り、目に当てる。
母子共に常にタオルを隠し持っているらしい。
義母は私の頭にふわりと手を置いて、明るい声を出した。
「どうかしら?父と違って、リーンは自分の子供には拘らないと思うわ。それより貴方の気持ちの方を大事にしてくれるわよ。そこはいい男に育ったわよねえ。」
タオルに顔を埋めたまま、私はこくりと頷いた。
それには大いに同意します。
「まあ。リーンは果報者ねえ。」
からかうように言われて、恥ずかしくなった私はますますタオルに顔を押し付けた。
「ほらほら、エミーリア。貴方を泣かせたのがバレたら、リーンに怒られるわ。そろそろ涙を止めて顔を上げて?」
ひょいとタオルを取り上げられ、義母を見上げた。
すると、ふっと笑った義母が長い指で自分の首の後ろ辺りを指差し、一言。
「貴方のここ、赤くなっているわよ。昨夜のかしら?」
「え?」
赤い?昨夜?・・・それって、まさか?!
ちょっと待って、夜の?いや今朝?それとも?!
リーンのバカーーーー!
私は頭の中で夫を全力で罵倒した。
何にせよ、とんでもなく恥ずかしい指摘をされたことには違いない。
私の顔に急激に熱が集中した。
「あら、見事な反応ねえ。ごめんなさいね、本当は何もないのよ。ちょっとカマかけてみただけなんだけど。まあまあ・・・。」
なんですって?お義母様?!なんてことするんですか!
リーンといい、義母といい、いつもいつも、人で遊んで!
流石に頭にきて涙目で、キッと義母を見る。
「お、お義母様!酷いです!」
私の全力の怒りを受けても、義母は全く動じなかった。流石、海千山千の王妃殿下。
「あらあら、夫婦仲が良いってことなのだからいいじゃない。安心したわー。」
そんなこといわれても!自らとんでもないことを暴露した気分になって、私は口をぱくぱくするだけで次の言葉が出てこない。
「はいはい、かわいいエミーリア。そんなに怒らないで頂戴。お詫びにこれをあげるから。」
そういなしながら、笑顔で義母が私の口に何かを突っ込んだ。
「私のお気に入りのチョコレートよ。」
いきなり口に入って来たので、がりっと噛み砕いてしまった。すると、チョコレートの中からひやっとした何かが出てきて口の中に広がる。
そしてそれは直ぐに熱くなった。
これって!!
反射的に吐き出しそうになって、流石にこの方の前でそれはできないと慌てて飲み込む。
しかし、そうしたことで事態は悪化した。
今度は全身が熱くなり、頭がくらくらして、私の意識は吹っ飛んだ。
義母や侍女の叫び声が聞こえた気がしたけれど、それに反応することはできなかった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。この章は全19話になります。
最後までお読みいただければ嬉しいです。