3−14終
※リーンハルト視点
「美味しそうねー!」
エミーリアが茹で上がった野菜を見ながら、わくわくした声を上げた。
「味見でおひとつどうぞ。」
僕は手元のざるからじゃがいもを一つ、フォークに刺し、彼女の口元へ差し出した。
ここにあるのは僕が切ったもので、彼女に合わせて小さめにしてある。
彼女は湯気が立つそれを嬉しそうに一口で食べる。
もぐもぐしながら笑顔になったのを見て、もうすでに僕の最初の目的は達成できたなと満足した。
ふと気配を感じて視線を動かすと、彼女の横でフリッツも口を開けて待っていた。
・・・君もか。
仕方なく、ブロッコリーを刺して口に突っ込んでやった。
「おれもじゃがいもが良かったのに。」
「後で自分で食べろ。」
■■
一つに結んでいた髪を解き、エプロンを外す。
最低限の身なりを整え、妻をエスコートして普段は使わない大食堂に行けば、そこは熱気に溢れていた。
この公爵家でも年に数回はお茶会や夜会を開く。その時はもちろんここを使うんだけど、貴族だけのかしこまった夜会のときとは違って皆の明るい声が飛び交い、次々に準備が調えられていく様は圧巻だ。
なるほど、街のお祭りなんかでもそうだが、参加者と準備する者が同じだとこういう雰囲気になるわけか。
いつものお茶会や夜会だと緊張して固くなっている妻も、今日はリラックスして気軽に手伝いを申し出ている。
もちろん手伝いは断られ、僕達の席に案内されたが。
「あーもう、食べられない。お腹いっぱいだわ。ごちそうさま、リーン。とっても美味しかった、作ってくれてありがとう。」
手を合わせて僕を拝むようにして礼を言ったエミーリアは、お腹を押さえて満足そうだ。
さらに愉しげに周囲を見渡し、隣のフリッツと目を合わせる。
「それにこうやって、大勢で食べるのもとても楽しかったわ。ね、フリッツ?」
「うん。毎日こうだといいのに。」
それはそれで大変なのだが。
僕は苦笑しながら、そうだね、とだけ返した。
その答えに不満そうなフリッツが、持っていたフォークをくるりと回す。隣のミアに怒られながら、今度は妻の方に問いかける。
「ねえ、なんでさっき、奥様は自分で食べないで旦那様に食べさせてもらってたの?病気だから?貴族だから?」
「そっそれは!フリッツ、見てたの?!」
「だって、横なんだから、見えるじゃん?」
「そんな、だってリーンが誰も見てない、気にしてないって言うから!」
真っ赤になって涙目で訴える彼女を可愛いなーと見ていたら、周囲の使用人達も同じように温かい目で彼女を見ていることに気がついた。
彼女が皆に好かれていることはいいことだけど、ちょっとだけ焦りが僕の中に現れる。
「フリッツ、それはね、病気だからでも、貴族だからでもなく、夫婦だからだよ。」
「ふーん。そうなのか。じゃあ、おれと奥様が夫婦になったらやってもいいですか?」
「駄目に決まってるだろ!エミィは未来永劫僕の妻なんだから!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて自分を落ち着かせる。
それから、こんこんとフリッツに夫婦とは何か、エミーリアは一生僕の、ということをわかるように言い聞かせる。
その様子を、周りの使用人達が先程と同じ目で見守っていることに、僕は気が付かなかった。
ふっと思いついて、近くの使用人に頼み事をする。
エミーリアが何?という目でこちらを見ていたが、それには笑みを返しておくだけで内緒にしておく。
今度は彼女に食べさせてもらいつつ、待っていたら、音楽が聞こえてきて、隣の大広間の扉が開いた。
目を丸くしてそちらを見ている彼女の前に行って、正式にダンスを申し込む。
状況を理解した彼女は、にっこり笑っていつもの夜会のときのように僕の手をとった。
公爵家での夜会の際はホストとして気を遣ってゆっくり踊れないけれど、今夜は二人だけなので、何の気兼ねもなく踊れる。
着ているものは二人とも普段着だけれど、どんな夜会より楽しかった。周りを気にせず、彼女だけ見つめて踊れるって幸せだ。
終わって礼をすれば、周囲から拍手が沸き起こった。
ちょっぴり照れたような笑みを浮かべて、それに応える彼女の可愛さといったら!
次はどうしようかと考えたが、リストを渡し、彼女に任せることにした。
それを見た彼女は音楽をかけている者に指で数字を作って合図をしている。
どの曲にしたのかな?
大人しく彼女を眺めて待っていたら、次の曲がかかるとともに、いたずらっぽい目で僕を見つめてきた彼女が、元気よく叫んだ。
「エルベの街のお祭りの曲よ。皆も一緒に踊りましょ!」
周囲で見ている人々に手を振って、一緒に踊ろうと呼びかけている。
やっぱり、皆で踊れる曲を選んだね。
どんどん踊る人数が増えて、もう全員参加してるんじゃないという勢いで、賑やかになった時、エミーリアが僕に抱きついてきて、耳元でささやいた。
「ありがとう、リーン!私、今夜は最高に楽しいわ!」
■■
寝室の扉を前にして、僕は立ち尽くしていた。
中に入れば、愛する妻を悲しませることを告げなくてはならない。
彼女が僕の子供なら愛せると思うと言ってくれた時、それはそれは嬉しかった。
だけど同時に、遂に彼女に僕が言わずにきたことを、言わねばならないという恐怖も襲ってきた。
結婚してもうすぐ三年。子供がいないことに対する、周囲の圧が強くなってきているのはわかっていた。
だから、君のせいじゃないと伝えて、彼女の負担を減らしてあげたいと思っていた。
それでも、僕に子供が出来にくいと知った時の彼女の反応が読めないことが、ずっと僕を躊躇させてきた。
それも今夜で終わりだ。どんな反応をされようが受け入れて、エミーリアにこのまま僕と一緒にいてくれるように頼むしかない。
そう、決意して彼女に向き合ったのに。
まず、変顔でペースを崩され、僕の悲壮な決意は笑いと共にどっかへ消えた。
それから、離婚だの第二夫人だの物騒な単語で殴り飛ばされた後、一緒に頑張ろうと言ってくれて、僕は救われた。
しかし、続いて彼女の口から次々にでてきた、眉唾ものの妊娠に関する情報には度肝を抜かれた。
え、女性達はそんな話でいつも盛り上がってるわけ?
素直で記憶力のいい妻は、あっさりそれを信じて片っ端から実行しそうな勢いだ。
危険過ぎるので必死で止めたけども、本当に薬の類だけは気をつけるよう、ミアにも伝えておかなくては。
大体、子供が出来るように頑張るといってそっちへいくとは、本当に彼女の思考は予想がつかない。
そうじゃなくて、もっとやることが他にあるでしょ・・・?
そう彼女に指摘したら、とんでもなく動揺して可愛い反応を返してきた。
僕のダメ押しに微かに頷く彼女を感じた瞬間、僕の理性は吹っ飛んだ。
朝日が差し込んできたベッドで、まだぐっすり眠る妻に寄り添って、僕はそっとささやいた。
「エミィ、僕は君を今よりもっともっと大事にするよ。君だけを愛してる。絶対に他の誰かのものになんてさせない。」
三章はこれにて完結です。
第四章の投稿は来年になります。
今年、この作品を読んで下さり、本当にありがとうございました。皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。