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3−13

三章から閑話も通し番号にしました。

※リーンハルト視点

(時間軸は3−9後からになります)

 

 

 連日、エミーリア人質事件の糾明と通常業務をこなしていたら流石に疲れた。

 普段ならこれくらいどうってことはないんだけど、やっぱり愛する妻と一緒に過ごせないというのは精神的ダメージが大きい。

 

 僕だけが面会謝絶になって二日、熱が下がってから数日経つも、まだベッドから出られない妻とは食事も別で、寝る前に少し会えるだけだ。

 もちろん、一緒に寝るのも禁止されている。

 こんな状況で一体どうすれば、やる気を保つことができるっていうんだ。

 僕は机の上の書類の山を見上げてため息をついた。

 

 ■■

 

 

 今夜もとぼとぼと屋敷に帰ると、エミーリアが玄関に迎えに出てきていた。

 

 「エミィ?!どうしたの、寝てなくて大丈夫なの?!」

 

 慌てて駆け寄った僕に、彼女がぎゅっと抱きついてきた。

 ああ、この感覚、久しぶり。

 反射的に彼女を抱きしめ返して、その柔らかさと温かさを全身で確認する。


 「おかえりなさい、リーン!ずっとお出迎え出来なくてごめんなさい。今日、お医者さんがもういつもの生活に戻って良いと言ってくれたの。」

 「本当に?!嬉しい。僕は君に会えなさ過ぎてもう限界が近かったんだ。」

 「毎日会いに来てくれてたのに?」

 「全然、足りなかったよ。」

 

 さらに力を込めて彼女を抱きしめる。彼女がくすぐったそうに笑う。

 

 ごほんっ

 

 そこで誰かの咳払いが聞こえた。

 そういや、ここは玄関ホールで、周りに皆揃ってたんだっけね。

 

 はっと我に返った彼女が、慌てたように僕から離れようとするのを阻止して、そのまま抱き上げる。

 ぶわっと彼女の顔が赤くなり、僕にすがりついてそれを隠そうとする。

 あー、これこれ、この感じ。いつもの生活が戻ってきた気がする。

 僕の疲れは一気に吹っ飛んで、気分も最高に上がった。

 本当に、彼女が生きていてくれてよかった。

 

 ■■

 

 

 数日後、僕は城の執務室で猛スピードで仕事を片付けていた。積み重なっていた書類も綺麗さっぱり無くなって、机の上は広々としている。

 彼女が元気になったので、早く帰れば帰るほどエミーリアと過ごす時間が増やせる。

 そう思えば、仕事も捗るというものだ。

 

 「ヘンリック、フリッツは『この国を操るため』にと言っていたけれど、要は僕を操って国政へ口出ししようと思ったんだろうね。」

 「そうでしょうね。リーンハルト様は王太子補佐、将来の宰相ですから。」

 「それには僕の最大の弱みである、彼女を手に入れることが一番手っ取り早いと思ったわけだ。まあ、世の中そう単純じゃないんだけどね。政治には非情な父と兄がそんなことさせるわけないじゃないか。ねえ?」

 「・・・まあ、リーンハルト様が本気で無理を通さなければ、多分。」

 「エミーリアが絡むとやっちゃうかもね。」

 「それは奴らの思うつぼでは?」

 「うーん、まあ、それでも僕が国政を牛耳るのは結構難しいよね。だからさ、敵はそれを知らない程度の小物じゃないかってことだよ。」

 「国の中枢から遠い貴族ということですか?」

 「多分ね。」

 「それでも、数が多いですね。」

 

 僕とヘンリックは同時にため息をついた。

 

 思った以上に依頼人が多岐に渡っていて、現在帝国の向こうの国々にまで問い合わせ中だ。おかげでエミーリアの外出禁止も続いていて、少々息苦しそうだ。

 

 なんとかしないと彼女がまた病気になってしまいそうで、毎日じりじりしている。

 

 彼女の安全も大事だけれど、同じくらい彼女の自由も守りたいと思っているのに。

 

 実家のノルトライン侯爵家から出て、自由になった彼女は、とても生き生きして楽しそうだった。

 出会った時の明るさも取り戻して、街の相談所も作って、これからもっと色々なことができると思ったところでこれだ。

 

 結婚してしみじみ感じたことだが、彼女は令嬢として規格外だった。

 最低限の教育しか施されず、学園に行く以外、外へ出られなかったという特殊な育ちのおかげで、貴族らしくない思考をする。

 街の人や、使用人との距離感も僕とは全く違う。

 それで驚かされることが多いが、その行動や言動により、意外な効果がもたらされたりして助かっている。

 エルベの街しかり、公爵家しかり。最近は城内にまでその効果が及びつつある。

 

 今思えば、僕はきっと彼女のその貴族らしくないところに惹かれたんだと思う。

 出会った時の他の令嬢とは全く違うその行動や言動に、王子として型にはめられていた僕は憧れたんだ。

 そしてその憧れを自分のものにしたくて、足掻いて今がある。

 

 その大事な彼女を自分の手で潰すようなことは、絶対にしたくない。

 何か彼女の気晴らしになるようなことがないだろうか。

 

 そういや、今日はカールを呼ぶって言ってたな。一緒に夕食をとるとか?

 じゃあ、約束していたチーズフォンデュでもするかな。

 待てよ、それなら使用人も皆でやっちゃうか?彼女はそういうの好きそうだな。

 僕は自分でも驚く思考回路でそれを決めると、すぐにヘンリックに言って手配をさせた。

 

 

 仕事を切り上げ、急いで帰邸して料理長と打ち合わせる。足りない材料を調達してもらっている間に、庭でカール達とお茶をしているというエミーリアに会いに行く。

 

 

 うっかり出来心で彼女をおどかして怒られてしまったが、皆で一緒に夕食を取ると告げると、彼女の顔が輝いた。

 チーズフォンデュを食べたことがあるというカールも即座に捕まえる。

 うん、こういうのは人数が多いほうがいいに決まっているからね。

 

 ■■

 

 

 直ぐに公爵家総出で調理や準備を始めた。

 エミーリアは事前の約束通り、僕の側にいてくれたけれど、見ているだけはつまらなさそうなので、結局手伝ってもらうことにした。

 

 危なくない作業は、と考えて彼女にはブロッコリーの房わけを頼む。

 

 彼女は面白そうにパキパキと折ってザルに入れていたのだが、突然手元を凝視したまま動きを止めた。

 

 どうしたのかと声を掛けようとしたところ、パンを運んできたフリッツが彼女の手元を覗き込み、叫んだ。

 

 「あ、青虫だ!奥様、それ食べるのか、じゃない、食べますか?」

 「?!」

 

 驚き過ぎて声が出ないのか、彼女は大きく首を横に振って即座に否定した。

 

 「じゃあ、おれがもらってもいい?」

 

 それをつまんで手のひらに乗せたフリッツが、彼女の顔の前にそれを突き出す。

 言葉にならない悲鳴をあげた彼女が、僕の背中に隠れた。僕の服を握りしめて震えている。

 

 「・・・虫、苦手だっけ?庭でてんとう虫とか見たときは、そんな行動はしてなかったよね?あ、もしかして、こういう類の虫が駄目なの?」

 

 尋ねてみれば、はっとしたように手を離し、虚勢を張ってきた。

 

 「いいえ!そんなことないわ。急に出てきて驚いただけ。・・・フリッツ、それ食べちゃ駄目よ。裏庭に出してきて。」

 

 エミーリアは、その勢いで僕の背中に隠れたまま、フリッツにびしっと指示した。

 

 「旦那様はこれ、食べないの?貴族は珍しいものを喜んで食べるって聞いたけど、それも嘘?」

 

 そう言いながら、手の上で動くそれを面白がって彼女にぐいぐい近づけるものだから、妻が必死で僕にしがみついてくる。

 

 遠くへ逃げずに、僕に縋るところがたまらなく嬉しくて愛しくて、このままでいようかと思ってしまうくらいだけど、流石にそろそろ助けないと僕の評価が下がりそう。

 

 「フリッツ、誰もそんなものは食べないから、今すぐ庭に出してきなさい。これ以上怖がらせたら、彼女が泣いちゃうよ?」

 

 僕の台詞に焦ったフリッツが、通用口から飛び出ていくのを見送って、彼女がようやく手の力を緩めた。

 

 「リーンの嘘つき。私はあれくらいで泣かないわよ。」

 「え、そう?じゃあ、もう一度挑戦してみる?」

 「・・・それはちょっと。」

 

 近くで一緒に作業をしていた数人が、こちらの様子を窺っては、裏庭へと出ていくのを見た彼女は青ざめて首を振った。

 

 それにしても、フリッツの中の貴族像って酷すぎるな。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

虫が出ますね、ブロッコリーは。

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