3−8
※エミーリア視点
一人になってぬいぐるみを抱えて、うとうとしていたらノックが聞こえた。なんとか返事を返す。
多分、ミアかな・・・。
薄っすら目を開けて扉を見れば、ミアと共にフリッツが入ってきていた。
お風呂に入ってお仕着せを着せてもらったらしく、随分印象が変わっていた。
「ミア・・・フリッツがかっこよくなったわね。」
起き上がりつつぼんやりと話しかけると、ミアが慌てて私を布団に押し戻した。
「奥様、お休みのところ申し訳ありません。フリッツがどうしても奥様に言いたいことがあるというので連れてきたのですが、直ぐ終わりますので横になったままで聞いてやってください。」
「・・・いえ、ちゃんと起きて聞くわ。」
もそもそと再度起き上がろうとしたら、フリッツが布団の上から私を押さえて一気に言った。
「奥様、熱あるんだから寝てろ!おれ、突き落としたことを謝りに来たんだ。まだ言ってなかったから・・・危険な目に会わせてごめんなさい!」
「うん。今度私を突き落とすなら、自分で考えて自分の意志でやってね。」
「はあ?おれもう二度と誰かを突き落としたりしないぜ。」
「そう。貴方がそう決めたのなら。フリッツ、誰かの意向に怯えずに、自分のやりたいと思うことを自由に出来るって楽しくて幸せよ。貴方がそうなれるよう私も頑張るわね。」
「よくわかんねーけど、おれ、もうすでに幸せだと思う。ここのご飯、すげえ美味しかった。」
「それはよかったわ。私もここのご飯大好きなの。一緒ね。」
ふふっと笑ってフリッツを見れば、焦げ茶色の目を丸くしている。
「一緒、なんだ。・・・おれ、貴族ってもっと嫌な奴で、俺達のことをバカにして話が通じない奴らって思ってた。」
私は苦笑した。
「そんな人達もいるわよ。でも、そういう人って貴族だけじゃなくて、どこにでもいるでしょ?世の中、身分に関係なく色んな人がいるもの。・・・できれば関わり合いになりたくない人もいるし。」
「奥様にもそんな人いるの?!」
「あら、結構たくさんいるわよ。」
にやりと笑って返せば、彼もにやりと笑った。
「奥様って意外と普通の人なんだな。」
「私を何だと思ってたのよ。気が変わったなら、他のとこに行く?」
「絶対やだ。おれ、奥様がもっと好きになったから、ずっとここにいる。」
「フリッツ!貴方は明日から言葉遣いの特訓をします!ここで働きたければ即刻直しなさい!」
ずっと側で見守っていたミアが叫んで、フリッツの口を塞いだ。
「奥様はそろそろお休みになってください。フリッツ、続きは奥様がお元気になられてからにしましょう。」
そのままずるずると彼を引きずって部屋を出ていった。
私は小さく手を振って彼等を見送る。
子供に好きって言われるのって、なんだか心が温かくなるわ。
私は勝手に緩む口元まで布団を引き上げて目を閉じた。
■■
※リーンハルト視点
僕の前にお茶が、向かいのフリッツの前にはお茶と焼き菓子が置かれた。
一礼をして去って行くメイドを見送って、お菓子に向き直ったフリッツがうずうずしている。
「食べていいよ。」
お茶のカップを持ち上げながらそう言ったら、目を輝かせて食べ始めた。
奇しくも僕はフリッツの初めてに立ち会っているようだ。実に美味しそうに食べている。
エミーリアの初めてを見るのは楽しいけれど、それ以外の人のだと何とも思わないな。
まあ、美味しそうに食べてくれる光景は悪くないけど。
食べ終わったのを確認して、タオルを差し出す。
「フリッツ、これで顔と手を拭いて。せっかく風呂と着替えを済ませたのに、汚れてしまったよ。ああ、服で拭くんじゃない。」
「旦那様は、ええっと公爵家の当主、だから偉いんだろ?なんでおれにタオルなんて貸してくれるんだ?」
「?・・・なんでって、君がお菓子で汚れちゃったからだよ。僕はいつもタオルを持っているしね。」
「奥様も、おっさん・・・じゃなくて、旦那様も変なの。聞いてた貴族って奴らと全然違うのな。」
また、おっさんって呼んだな。一回目は見逃したが、二回目は許さない。
「フリッツ・・・まず、僕のことを二度とおっさんと言うな。まだ二十一なんだぞ。」
「あ、そんなに年いってんの?十八くらいかと思ってた。」
「お前・・・!それでおっさんって、わざとだな?!」
「バレたか。だって、旦那様はズルいじゃん、奥様がお嫁さんなんて。」
「十の子供にそんなことで嫌がらせを受けるとは思わなかった・・・。」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、呻いてテーブルに突っ伏したら、フリッツが嬉しそうな声で追撃してきた。
「おれ、さっき奥様に好きって言ったら喜んでもらえたんだ。」
?! この子供、油断出来ない!僕のいない隙に妻になんてこと言ってるのか。
がばっと身体を起こして、真っ直ぐ彼の目を見て言い聞かせる。
「いい?僕の妻は友人の子に泣かれてショックを受けたとこで、子供に好かれて嬉しかっただけだから!」
「あれ?思ったより必死だね、旦那様。大丈夫、わかってる。おれ、今は子供だもんね。後八年もしたら大人だけど。」
にひっと笑ったフリッツを軽く睨んで、本題にいく。
これ以上、この子にからかわれ続けるのはごめんだ。
「じゃ、君が好きな奥様のために、知ってること全部教えてくれる?彼女は何故あんなにいきなり狙われることになったのか。」
それを聞いたフリッツは、居住まいを正して僕を見上げた。焦げ茶色の目が真っ直ぐ僕を見つめてくる。
「旦那様のせいだよ。」
「は?」
「旦那様が奥様を大事にしすぎてるからだよ。旦那様は国の偉い人なんだろ?だから、奥様を手に入れたらこの国を操れるって、あちこちから依頼が来てボスが喜んでた。どんどん金額が上がって笑いが止まらないぜって言ってた。」
なんだそれは。あちこちって何処だよ。僕の妻は最終兵器か何かか?
とにかくエミーリアにとって、よくない状況だということはわかった。
「僕はそこまで偉くないし、彼女を人質にしてもこの国を操れないんだけどね。何処からそんなバカな話が出たのかな?最初に依頼してきた奴でも、誰でもいいから名前とか分からない?」
そう尋ねれば、フリッツは思い出そうとして目を閉じて腕を組み、首を捻っている。
やっぱり子供には無理な話だったかな、と次の質問を考えていたら、首を九十度傾けた彼が目を開けてぽんと手を打った。
「名前は分かんないけど、ボスが『貴族より商人の方が考えることがえげつないな。』って言ってた。えげつないって何?」
「もの凄く悪どくていやらしいって意味だ。・・・商人は彼女をどうする気だったんだろう?人質にする以外のことを考えてたのか?」
「その話をしてる時のボスは酔っ払ってたんだけど、『あいつら他国の公爵夫人を売る気だぜ。買う奴のあてもあるらしい。よくやるよ。』って言ってた。」
それを聞いた瞬間、僕の目の前が真っ赤になった。
「よくも・・・よくも、人の妻を売り買いしようなどと!」
思わずバンとテーブルを叩いて立ち上がった僕をフリッツが怯えた目で見てきた。
「ああ、ごめん。君に怒ったわけじゃないんだ。」
謝って椅子に戻ったけれど、僕の腸は煮えくりかえっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。シリアス風味はほぼ終わりです。