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※カール視点

こんな言い訳じゃ、旦那様は誤魔化せないよなあと半ばあきらめていたのに、俺の台詞を聞いた、旦那様の態度が変わった。


「エミィ、僕がいなくて寂しかったの?!君、手紙をくれても『元気です。』と『毎日楽しんでます。』ばっかりで寂しいなんて一言も書いてくれなかったじゃないか。」


そう言いながら旦那様は一旦奥様を離すと、壁からすっと剣を抜いて一振りし、それはそれは洗練された動きで鞘に片付けた。


おや?どうやらオレは、旦那様の欲しかった情報を渡すことができたらしい。自分で自分を救ったか、オレ。

ただ、この人のちょっと拗ねたような甘い声色と凛々しく剣を収める姿が合わなさ過ぎて、視覚と聴覚の暴力に近い。


「寂しいなんて言ってないわ。」

「いえ、もう毎日、雰囲気も声も旦那様いなくて寂しいって全力で言ってましたよ!オレが誤解したくらいですから嘘じゃないです。」


奥様は不味いことを聞かれたと言わんばかりに、旦那様から逃げようとしてあっさり腰に手をまわされ、捕まっている。

余計なこと言ってごめんね、奥様。でもオレはより強い方へ靡くんだ。命はとっても大事。


「死にそうなくらい寂しいのは僕だけだと思ってショックでもう、絶対に『リーンがいないと寂しい、帰ってきて』って言わせてやると思って、だらだら仕事してたんだけど。そうならそうと、言ってくれれば全力出して直ぐに帰って来たのに!こういうことは遠慮しないで言うって約束したじゃないか。」


旦那様に後ろから耳元で囁かれた奥様は、真っ赤になってジタバタしている。こいつら、新婚か?

しばらくして降参したのか、奥様が自白した。


「・・・だからよ。王太子殿下に頼まれたの。期日まできっちり滞在するのも使節の仕事だから、帰国を早めるようなことは書かないようにって。」

「ふーん、そう。エミィは僕との約束より兄上の言うことを聞いたんだ。愛する妻から無理やり引き離して、一ヶ月間も海の向こうの国へ行かせた上に、そんな小細工をした兄上とは後日きっちり話し合うけど、先に君ともじっくり話をした方が良さそうだね?」


盛大に首を振って拒否する奥様を軽々と抱き上げた旦那様は、嬉しそうに扉まで進んでから思い出したようにオレを振り返った。


「良い情報をありがとう。だからといって無罪放免とはならないよ。デニス、彼が逃げないように見張っといてね。」


いつの間にかそこにいた騎士の一人に、笑顔で指示を出した旦那様は、そのまま振り返らずに部屋を出ていった。



旦那様達がいなくなった後、力が抜けてそこに座り込んだオレは、改めて室内を見渡した。

五日間過ごしたその部屋は、嵐が過ぎた後のように酷い有様だった。木製の扉は真ん中から二つに折れて反対側の壁にぶつかり破片が周囲に飛び散り、俺の背後の壁には剣による深い傷が二か所。ここは当分使えねえな・・・。


「カール、やっちまったなあ。まさか、今日この時に奥様に手を出そうとするなんて、つくづく間が悪い。」


療養中に割と仲良くなった奥様付のもう一人の護衛のスヴェンがそう言って慰めてくれたけど、そういう問題じゃない。


「なんで今日に限って奥様が一人でここに来たんだ!誰かいれば、実行前に夫婦仲がいいと分かってやめられたのに!」

頭を抱えてそう嘆いたオレに、

「なんの責任転嫁だよ。奥様は旦那様が帰って来るとお前に知らせに行ったんだよ。だってお前、毎日旦那様にご挨拶をと言ってただろ?なのに、ミアが鍵が閉まってるって戻ってきたからさ、俺たちも慌てたよ。」

「これは不味いと思って合鍵を取りにお屋敷のほうに行ったら、夕方に戻るはずの旦那様がお帰りになったところで。当然、奥様の居場所を聞かれるわな?」


憐れんだ目でオレを見ながらデニスが続けた。


あああ、オレ、本当に運が悪い。


「どっちみちお前のしたことは、ここでは一番やってはいけないことだったんだ。旦那様は絶対お前を許さないから、相応の罰を覚悟しとけ。俺達もとばっちりで罰をくらうかもなあ・・・。」


そう言って遠い目をしたデニスは、オレの見張りを命じられたはずなのに、旦那様が吹っ飛ばした扉をよいしょと持ち上げて廊下へと運び出した。

オレも大きめの木っ端を拾って一緒に廊下に出しに行く。

立て掛けられた扉は宿舎のものにしては頑丈で大きかった。

かなりの偉丈夫であるデニスでも運ぶのに苦労していたくらい。


「旦那様は細身なのに、これをどうやって吹っ飛ばしたんだろうな。」


思わずぽろりと零すと、デニスが苦笑いして教えてくれた。

どうやら彼はオレを縛り付けたり監禁したりする気はないらしい。まあ、こんな屈強な騎士だらけの場所から逃げられるわけがないということなんだろうけど。事実その通りだし。


「気持ちはわかる。でもな、旦那様はああ見えて力も強いし、武術も相当おできになる。それに、奥様が絡むととんでもない力を発揮なさるから気をつけたほうがいいぞ。」

「それは、身に沁みたよ。やはり旦那様は軍関係の役職に就かれてるのか?」

「いや、今は王太子殿下の補佐をしておられて、今回はひと月ほど海の向こうの国に使節として出向かれていた。」


王太子殿下、でオレは思い出した。


「そういえば、王太子殿下のことを兄上と呼んでた気が。聞き間違いかな?」

「いや、合ってる。旦那様はご結婚されて公爵位を継がれるまで、第2王子だったから。」


それを聞いたオレは頭が真っ白になった。この国の元第2王子?公爵?


「まさか、旦那様があのリーンハルト·ハーフェルト公爵閣下?!」


オレが愕然と呟くとデニスが目を丸くした。


「あれ、もしかして知らなかったのか?奥様が伝えてるとばかり。こりゃ奥様も俺達がお前さんに言ってるものだと思いこんでおられるな。」


オレは全力で首を振った。知ってたらたとえ野垂れ死にするしかなくても、絶対に手なんか出さなかった。

ハーフェルト公爵が妻を過剰に溺愛していることは、オレのいた帝国内ですら噂になっていたから。


「なんてものに手を出しちまったんだ!オレの人生終わった・・・。」

「大丈夫ですよ、だって、カールさんは奥様が拾ってきたんですもの。旦那様は奥様が傷つくようなことはしませんから。それに一ヶ月ぶりに玄関でいちゃついてたから、ここに来る頃には機嫌も良くなっているんじゃないですか。まあ多分、未遂だから命は助かると思います。良かったですね。」


思わず叫んだら、箒と塵取りを持ったミアがやってきてしれっと言った。


「良くねえよ!そりゃオレが悪いんだけどさあ、あれだけ毎日旦那様が留守で、奥様が寂しそうにしてたらイケるかなーと思うじゃねえか・・・。めっちゃお金ありそうだったし。あー、もう、そういうのやめるつもりでこの国に来たのになあ。身に染み込んだ悪習ってなかなか抜けねえのな。」

オレはついに頭を抱えて蹲ってしまった。


読んでいただき、ありがとうございます!第二章まで毎日夜8時更新予定です。よろしくお願いいたします。


※このお話は、『色褪せ令嬢は似合わない婚約を破棄したい。』

の続編となります。

 このお話だけでもお読みいただけますが、こちらも読んでいただけるとより面白いかもしれません。

 題名の上のリンクから飛んで頂くか、作者名から探していただけると嬉しいです。


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