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3−3

 ※エミーリア視点

 

 

 ヴェーザー伯爵邸からハーフェルト公爵邸までは城を挟んで馬車で一時間程。

 途中で城の北の街を通る。

 そこはエルベの街と違って街の中心を大きな運河が通り、支流が入り組んでいる水の街だ。

 

 領外の街へは、護衛がいても一人では行かないというリーンとの約束により、いつもは車窓からその賑わいを眺めるだけだった。

 でも、今日は彼がいるのだから行ってもいいんじゃないかしら?

 

 「リーン・・・あの、この街を歩いてみたいのだけど、だめ?」

 

 両手を組んでお願いのポーズをしながら、控えめに頼んでみた。

 

 「早く帰りたくはあるけど、その体勢でお願いされると絆されちゃうんだよねえ。」

 

 複雑そうな顔をした彼は、いいとも悪いともはっきりとは言わず、手を頭の後ろにやって天井を仰いだ。

 それから直ぐに御者と騎乗で付いて来ている護衛達に指示を出して馬車を停めさせた。

 

 「いいの?!ありがとう、リーン!」

 「いいかい、本当に少しだけだよ?この格好は狙われ易いから絶対に僕と繋いだ手を離さないように。」

 

 大喜びする私に彼は怖い顔をして細々と注意してきた。私はそれに頷きつつ、いつも見ていただけの街を歩ける喜びでいっぱいだった。

 

 

 リーンに手を取られて車外に出たところ、周囲からざわめきが起こった。

 その慣れない反応に、困惑して周囲を見ると、すかさず隣の彼から小声で注意が飛んできた。

 

 「エミィ、笑顔を振りまいて!君、今日はドレス姿なんだよ、ここの人達は貴族がこうやって街中を歩くことが珍しいんだ。印象を良くしとかないと楽しく見てまわれないよ。」

 

 そういえばアレクシアとのお茶会だったので私はいつもの公爵夫人の格好をしている。

 そうか、貴族女性がふらふら街を歩くのは変なのね。以前フィリップも戸惑っていたっけ。自然に受け入れてくれているエルベの街の人達の反応のほうが珍しいんだわ。

 

 そうと分かれば、私は速やかに対処した。社交用の笑顔を浮かべ、周りをぐるりと見回し、ちょっとスカートを摘んで略式の挨拶をする。

 

 「こんにちは。私がどうしてもこの街を歩いてみたいと、わがままを申しましたの。少しの間、見て回らせていただいてもよろしいでしょうか?」

 「ああ、いいよ・・・じゃない、是非、どうぞどうぞ!」

 

 最後、一番近くにいる逞しい身体つきをした女性に尋ねてみると、彼女は物凄い勢いで両手を前掛けで拭きつつ何度も頷いた。

 

 「あの髪色、まさか、噂のハーフェルト公爵夫人・・・?」

 

 後ろのほうの若い女性がぽつりと呟いたのが聞こえた。

 

 私の髪色は、滅多にいないくすんだ灰色なのでこういうとき直ぐ正体がバレる。

 どうすべきか隣のリーンをちらりと見ると、外向けの王子様スマイルを浮かべて愛想を振りまいていた彼もこちらを見た。

 目が合うと彼はよそ行きの笑顔を引っ込め、ふわりと笑って私の肩を引き寄せた。そのまま彼は素性を見破った女性に顔を向け、自分の口元に人差し指を立てながら言った。

 

 「今日は内緒でお願いできるかな?私達のことはその辺の石だとでも思って気にしないでもらいたい。じゃ、行こうか。」

 

 かあっと赤くなった女性と周囲の人達へそう頼むと、彼は私を抱えるように歩きだした。

 

 

 「さて、挨拶も終わったし、見て回ろうか。エミィの行きたい所は何処?」

 「全部よ!」

 「それは、帰れないね?」

 「じゃあ川沿いのお店の前を通るだけでいいわ。とにかく降りて歩いてみたかっただけだから。」

 

 

 ■■

 ※リーンハルト視点

 

 

 そういったものの、見れば気になるものがあり、手に取れば欲しくなるのが人の性。

 

 「わあっ、見てリーン!かわいい!」

 「あっちのは面白い!あれは初めて見るわ!」

 

 エミーリアが完全に素の状態で楽しんでいる。僕の腕にしがみついて、あれこれ見ながらはしゃぐ彼女は久しぶりに見る。

 

 この街は南の海を越えて運ばれてきた品を主に扱うエルベの街と違って、北からの品が多く入って来ている。

 よって見慣れないものが多々あり、エミーリアの興奮が収まらない。どころか、どんどん増してもう周りを気にしなくなってしまっている。

 

 まあ、威厳が大事な王太子夫妻と違って、僕達は親しみやすさを重視しているからこれでいいんだけど、この街の人達の中に少し嫌な視線を感じるのが気になる。

 ほとんどは好意的なんだけど一部、違う気配が混じっている。

 彼女には内緒で警戒しておこう。

  

 それにしてもデートはいつも同じ街だから、こういう新鮮さはなくなってたな。ちょっと反省。

 

 

 賑やかに歩いていた彼女の足がふっと止まった。じいっと言葉もなく前方の店に並ぶ商品を見つめている。

 そして視線をそれに向けたまま、おもむろに僕の袖を摘んで小声で聞いてきた。

 

 「ねえ、あれは何かしら?あの大きな丸い、つるつるの・・・クッションにしては固そうね。」

 

 彼女の視線を辿って僕は笑ってしまった。そうか、彼女はあれを見たことがなかったのか。

 

 「エミィはなんだと思う?よく知ってるものだよ。」

 「笑うなんてひどい!えーえー、どうせ私はものを知りませんよ!」

 

 ぷっと頬を膨らませて怒りつつも、彼女があれは何かと必死で考えているのが丸わかりだ。

 顎に手を当ててそれを睨みつけている。

 更に眉間にシワが寄る。まだわからないらしい。

 でも、僕に聞くのも癪に触るということで、彼女は店主に直接聞くという手段を選んだようだ。

 僕の手を振りほどく勢いで駆けていこうとする彼女をがっちりと掴み直して、一緒に店の前まで行く。

 彼女はいつもの街歩きの時の気安さで、その店の主に話しかけた。

 

 「あの、こちらに置いてあるあれは何ですか?」

 

 いきなり貴族女性に声を掛けられた店主は、目を丸くして彼女を見つめている。

 しばらくして聞かれた内容を理解すると、今度はやや呆れたように彼女を見た。

 

 「奥方様、チーズを見たことないんですか。これは、ハードチーズで保存性に優れているんですよ。」

 「こ、こんなに大きくて硬そうなのが、あのチーズなの?!」

 

 エミーリアがあまりに驚くので店主も面白がって色々説明している内に、何故かチーズ料理にまで内容が広がっている。

 ・・・そういえば、チーズ料理で思い出した。

 

 「店主、このチーズで『チーズフォンデュ』は作れるかな?」

 「これは旦那様。ええ、もちろん。しかし、この辺りでは食べない料理をよくご存知で。」

 「うん、こないだ北の地方出身の方に聞いてね。美味しそうだなと思ったんだ。今日の夕食にどうかな、エミーリア。」

 「どんな料理なの?」

 「チーズを白ワイン等で煮溶かしたものにパンや野菜をつけて食べるらしいよ。」

 「それは美味しそうね!食べてみたいわ。」

 「じゃあ、決まり。僕が作るよ。」

 

 彼女は嬉しそうにしているが、それを聞いた店主は目を白黒させている。

 まあ、僕が料理するなんて言えば驚くよね。でもこの料理、そんなに難しくなかったよね。

 

 「そりゃいいね!ならオススメのチーズはこれとこれなんだが、買ってくかい?レシピ付けとくよ。」

 

 呆然としている店主に代わって、横にいた店主の妻が商魂たくましく勧めてきた。

 奇遇だな、さっき挨拶の時にエミーリアの正面にいて話しかけた女性はここの奥方だったのか。

 

 「では妻がお世話になったし、いくつか頂くよ。」

 

 僕はデニスとスヴェン、ミアに買う物を指示して公爵邸へ届けて貰うように手配させた。

 

 隣のエミーリアは、帰ったらあのチーズを触ってみたいわ、とわくわくしている。

 

 全くもって僕の奥さんは、かわいい。

 

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。未だ、あの大きなチーズに実際にお目にかかったことはありません・・・。

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