トランプタワー
ピンポーン。
今日も家の呼び鈴が鳴る。
「はいはーい。って、どうしたんですか先輩?」
「シーっ!」
先輩は何やら難しい顔をして、人さし指を口元に当てていた。
「後輩くん、静かに!」
「なんなんですか急に。」
釣られて僕も小声になる。
「説明はあと。今後輩くん、スマホ持ってるかい?」
「ええ、ポケットのなかにありますけど。」
「おしきた、じゃあちょっと私の部屋に来て。」
どうやらゴキブリが出た、とかそういうわけでもないらしい、なんだろう一体。サンダルをつっかけて外に出る。
「あ、ドアはそーっと閉めてね。」
「え?ええ。」
言われるがまま、扉を丁寧に閉める。何か、物音を聞かれたくないとか?まさか、空き巣に入られているとか。
「先輩、それなら早く通報したほうが」
「通報?どこに?」
「だから、警察に。」
「何をわけのわからないことを言ってるんだい?さぁ、早く来て。」
先輩は僕よりも慎重に自分の家の玄関を開けた。
常日頃から理解不能の塊みたいな先輩に『わけのわからない』と言われたショックが大きすぎて、頭がついていかない。先輩に案内されるまま部屋に入る。
「ほら、写真!」
「あ、はい。」
先に証拠を抑えろということなのだろうか。にしてはやけに静かな……。
そっと開けたドアの先、散らかった部屋の中央に鎮座していたのは巨大なトランプタワーだった。
「……へ?」
「早く写真!崩れないうちに撮って!」
先輩が小声で何か言っているが、全く頭に入ってこない。なぜここにトランプタワーが?
「なんですか、あれ。」
「トランプタワー作ったんだけど、スマホどっかにやっちゃって。だからほら、写真!」
「そりゃこれだけ汚ければ、見つかるものも見つかりませんよね…。で、カメラとして呼ばれたと。」
「そういうこと。珍しく察しがいいじゃないか。」
「もう、何が来ても驚かない気がします。というか、先輩が自分のカメラで撮ればいいじゃないですか。」
「だから、ないんだって。この中から探すのはリスク高すぎるだろ?」
「いや、鳴らせばいいんじゃ?」
「…たしかに。」
LINEで先輩のプロフィールを呼び出す。通話、と書かれたアイコンをタップした。
ピポピポポポパン♪
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ!
呼び出し音より大きいバイブレーション、そして。
ばらばらと、目の前のタワーはみるも無惨に崩れ去った。
「あ、ああ…。」
語彙力を喪失した先輩が呆然と立ち尽くす中、トランプタワーの基礎だった小さな机の上で先輩のiPhoneが淡々と着信を告げていた。
「…先輩?」
「……」
「片付け…手伝いましょうか?」
「…後輩くんのバカァ!」
涙目の先輩に鳩尾を殴られる。
結構、いやかなり痛かった。