"次なる世界"とは1
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アイリスは男の未だに薄い反応を見て取ると、滔々と説明を始めた。
「宜しいですか?仮名:平田ジュリアスさん。貴方は一人の少年を救うことで、失われるはずの魂の何十倍の数の魂を助けたのです。生まれるはずがなかった技術が貴方の死によって生まれ、社会発展の切っ掛けとなりました。貴方の愛した女性は、貴方の生き様を見て改心し、正しく生きるように人生を変えました。これらの大きな正の事績を成し遂げた魂は、"次なる世界"へ移ることが期待されているのです!」
アイリスの熱の入った説明を聞くと、沈んでいた男の思考もようやく落ち着きを取り戻した。そこで自分が気になることを質問し始めた。
「期待されている、と言うのは誰からでしょうか?」
「もちろん最上位の天使様達からですわ。数え切れない魂を一つずつ精査して選ばれたのです。そして煉獄へ堕ちた貴方がいち早く転生できるように、ワタクシが担当者として派遣されたのです。」
キリッと表情を決めてアイリスは答えた。
「別の世界で生まれ直すということですね………。多くの正の事績があると何を期待されるのでしょうか?」
「貴方には"次なる世界"で新しい正の事績を重ねてもらいます。『通常の転生』とは事情が異なるのです。」
「………、その、『通常の転生』とは事情がどんな風に違うのでしょうか?」
アイリスは両手の指を組み直して語り始めた。
「『通常の転生』は、死後にあの世へ行った魂が天使によって無作為抽出されて、輪廻の法則に則り、生前と"同程度の異世界"へ転生することを指します。通常の転生をする場合だと、魂は前世の文明水準のプラスマイナス200年間以内に前後した"同程度の世界"へ送られるのです。科学技術が発達した近未来世界に生まれ変わったり、逆に過去の世界で生きることもあります。」
アイリスは淀みなく話しを続けた。
「前世の文明水準と近い世界で一般的な人民として生きるのです。場合によっては特例の中の特例で、前世の知識を持ったまま転生したり、特殊な能力を持って生まれ変わることもありますわ。しかし、そこでの一生には社会を変えるような事績などは求められていません。」
一息ついでアイリスは説明を続けた。
「しかし"次なる世界"への移行は複雑になります。"次なる世界"とは、前世よりもっと洗練された世界になります。その世界のエネルギー源が、より一つに集約されていて、美しく整然としています。世界の力の源を説明するのに、シンプルな整合性に溢れているのです。言うなれば『一段階上位の世界』に生まれ変わるのです。そこで貴方には前世の経験を活かして、上位の世界で新たな正の事績を積んでもらい、その世界の発展に尽力していただきたいのです。」
急に話が抽象的になって男の頭は混んがらがったが、落ち着いて理解してみた。
「えーと、俺なりに解釈すると、"次なる世界"への移行の目的は、元の世界よりものすごく発達した世界に転生して、その世界の発展の為にものすごく良いことをするということでしょうか?」
「うーん、まぁ正確さには欠けますが、移った世界では最終的に良い事績を上げていただきたいと思っています。」
ここまでの説明を理解してもらったと思い、アイリスは満足した笑顔になった。
しかし、そこで男がボソリと呟いた。
「………。それ、ナシにできませんか?」
「…はぁ?」
「だから、その"次なる世界"への移行ってヤツをですね、辞退できません………か?」
「……はぁ?」
「いや、事績を積むのって俺がかなり損してませんか?してますよね?前世の事績が生まれたのも、たまたま俺が死んだのが始まりだし。あんな苦しい思いをするのって最悪ですよね?"正の事績"を積むのにあんな大変な苦労をするなんて勘弁してください!嫌です!止めてください!!」
男は腹や胸を刺された苦しみを思い出して、アイリスに訴えた。痛くて息が苦しくて、死への孤独を感じた記憶は何よりも忘れたかった。その苦しみが待っていると感じると即座に拒否反応を発した。
その時、『ピシリッ』と音が鳴った気がした。同時にだだっ広いだけで机と二脚の椅子以外は何もない部屋で、空気は冷気を帯びてきた。
男は急に悪寒を覚えた。何だろうと男が辺りを見回すと、正面にいる天使が美しい笑顔を顔に貼り付けたまま、額に青筋を立てていたのだ。この部屋の冷気の流れの中心には正面に座る天使がいた。
口角がキュッと上がった赤い唇から言葉が出てきた。
「仰っていることが把握できないのですが、恐れ多くも大天使様達から頂いた名誉ある指名を無下に捨て去るということでしょうか?」
「そ、そこまでは言ってませんよ?俺には通常の転生で十分ナンで、そっちのコースに移れないかなあ、とか思った次第でして………。」
「………ハァァァァァー………。」
アイリスは下を向いて一つ大きなため息をつくと、俯きながら抑揚を抑えた口調でゆっくりと話し始めた。
「お気づきではないかもしれませんが、貴方は事績を積んだことで、多くの事績を起こすことができる大きな潜在エネルギーを持つようになりました。そのような大きな潜在性を持つ魂が"同程度の世界"に行けばどうなるか?もちろん、その世界を変えることは可能でしょう。ですが、大きく発展し過ぎて社会が混乱し、結果としては世界の発展を妨げることになりかねません。」
顔を下げたまま一つ息を継いで、アイリスは説明を続けた。
「そうなると偉大にして完璧なる神が統べる全世界、多層的に並び立つ全宇宙規模で見れば、エネルギーの無駄使いにしかなりません。その魂は、その秘めたるエネルギーに相応しい世界にて努力して、一生を全うするのが自然な法則の流れなのです。ですからもし、その大いなる法則に逆らって"次なる世界"へ進みたくないなら、貴方の魂が逝くところはありません………。」
アイリスは上目遣いで一言、低いガラガラ声で呟いた。
「………消えちゃいますよ?」
アイリスが俯いた顔をチラリと上げると、眉間に深い皺ができて口元が耳近くまで裂けたような顔が現れた。まるで能舞台に出てくる般若の面を連想させた。
(ヒィィッ!怖いよー!)
重ねて記すが、美形な人が怒った顔は超怖いのだ。天使の怒りの面を見てビビった男はすぐさま前言を撤回した。
「いやっ、いやっ、行きますよ?"次なる世界"へ!あぁッ、楽しみダナー、事績を積むのって?!」
男は薄っぺらい反応しかできなかったが、それを見たアイリスは顔を上げて笑顔に戻った。
「そうですか!ワタクシの『説得』が実って良かったです!!他にご質問はありますか?」
冷や汗をかいた男だが、答えてもらいたい疑問はまだあったので質問を続けた。
「前世の記憶を保持したまま転生されますか?」
「いいえ、今回それは叶いません。特殊能力の付与も残念ながら許されませんでした。最上位の天使様達のお考えでは、貴方の魂のエネルギー量には前世知識や特殊能力は不必要と判断されました。ですので前世の記憶を消去されて、何も持たずに生まれ変わってもらいます。」
そこまで聞くと男はちょっぴりがっかりした。転生モノの鉄板、"前世の知識無双!"とか"チート能力で大活躍!"とかを期待していたからだ。
(裸一貫で世に出るってやつか。赤ん坊で生まれるから文字通りなんだな。)
更に男は気になることを尋ねた。
「………、あと一つだけなんですが、転生先ではどんな運命が待っているんでしょうか?」
男が一番気にしていた質問だった。
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