誉れ無き戦場3
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
レノクッス軍、ジョヨー側の反攻が始まります。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
「ドオオーーーン、ドオオーーーン、ドドオオーーーン!」
ゲレノア軍の投石車による攻撃が大きな功績を上げ始めたその時に、ジョヨー全体から大きな音が鳴った。
レノクッス軍の軍太鼓であった。すると城壁の上で変化が起きた。城壁に等間隔で設置された小塔の上の幌が外されていった。
「あれは何だ?」
カトケインは鋭く副官のケンプスに問いかけた。ケンプスは手にした遠眼鏡を急いで覗くと一瞬身体を硬直させた。
「あれは、・・・・・・・・・巨大な石弓です!大弩弓です!ですが、あんな大きな物は見たことありません!」
「何?大弩弓だと?」
カトケインはケンプスの手から遠眼鏡を強引に取り上げて自分も小塔の上を見た。塔の上には人が両手で扱う大弩弓を模した兵器が設置されていた。しかし、それは一人の人間が扱える大きさを遥かに超えていた。弦と弓は大人が両手を広げた幅の二人分を超えていた。数人がかりで弦が引かれていき、人の背丈くらい大きな矢が番えられた。指揮官が合図で放たれた大矢は一直線に飛んでいった。
大弩弓からの大矢は投石車に直撃した。投石器の盾はあっさりと貫かれた。投石器の側で操作していた兵士達は衝撃に驚いて地面に倒れこんでしまった。
「何っ!」
カトケインは思わず短く叫んだ。彼はある程度の反撃を予測して投石車を前進させたが、保護盾をあっさり射抜く威力は想定していなかった。
(しまった!・・・!)
投石車の盾は通常の矢を防ぐ強度は十分であったが、並みの弓よりはるかに大きな弩弓の矢の直撃には耐えられなかった。
大弩弓の破壊力を見たジョヨーの兵士達は大きな歓声を上げた。そして次々と大矢が発射された。
風を切る音より早く射抜く矢の命中力は高く次々と投石車に矢が貫いていった。意外な反撃を受けたゲレノア軍の投石車は慌てて目標を大弩弓に変え始めたが、その動きはジョヨーの大弩弓に隙を与えることとなった。大弩弓から放たれた大矢は投石車を続々と破壊していった。
「将軍!あれはまずいぞ!兵器を撤退させよう!」
騎馬に乗ってカトケインの本隊に戻ってきたガレオリは、鞍から飛び降りて滅多に見せない狼狽を隠さずにガレオリは駆け込んできた。
「ガレオリ!あの大弩弓で分かったことはあるか?!」
「詳細は未だだ。だが、あの大弩弓は通常の大弩弓より射程が長くて命中精度も高すぎる。あれは兵器の威力に加えて何らかの魔法を応用しているぞ。」
「魔法だと?だが我らの投石車なら火弾を放り投げて破壊することは出来るだろう?」
「こちらがバラバラと球投げをしている間に矢で射抜かれるぞ。兵器や兵士の損害が大きくなる!」
そうガレオリが意見を出した時に戦場に大きな爆発音と炸裂した光が起きた。反射的に身を少し竦めたカトケイン達が目を向け直すと、彼らとジョヨーの間にあった一台の投石車が赤く炎上していた。大弩弓の矢には目標に当たると爆発して炎を起こす矢があったのだ。その威力は一撃で投石器を半壊させ、操作していた兵士達が火達磨になり逃げ回るほどであった。彼らの悲鳴は周囲の兵士達を萎縮させた。
「くそっ!炎の魔法も使っているのか?それとも油か爆薬か?」
ガレオリの顔は怒りのあまり赤黒くなった。慎重に設計して大事に作り上げた兵器を大破させられて頭に血が上ったのだ。
「将軍!一時撤退を命令して欲しい。自分に体勢を立て直す策を立てさせてくれ。」
しかし、カトケインは黙って戦場に目を向けたままだった。
「将軍!ご指示を!」
「却下する。まだ抗戦させろ。」
「なっ。何を言っている。指示を長引かせれば、我が軍の被害が大きくなるぞ!」
ガレオリは自軍の危機の前に全く姿勢を崩さない自分の上官の態度に憤った。カトケインの目の前に仁王立ちして両手を広げて、上官の意見を変えようと体を張って大声で上申した。
「違う違う違う!今の兵士達では現状を覆すことなどできない!見殺しにするのか?!」
しかしガレオリが発言を言い終わると同時に彼の胸倉はカトケインの両手に掴まれた。そのまま強力な膂力にグイッと持ち上げられて、ドワーフの短躯は地面から離された。
「今の兵士達には割を食わせることになる。だが敢えて敵軍の反撃に晒して、ジョヨーの兵器がどこまでできるか見るのだ。後続に控える大半の兵士達のためにも、まだジョヨーに対抗してもらう。・・・・・・敵の兵器の情報が少なすぎて弱点や威力すら分からない。それを探るまでは戦ってもらう。これは私の意志であり決定だ!黙って従え!!」
持ち上げられたガレオリはジタバタと手足をばたつかせたが、すぐに観念して大人しくなった。それを確認したカトケインはガレオリの体をゆっくりと下ろした。
下ろされたガレオリは座り込んで、喉を圧迫されて乱れた呼吸を整えていた。5回ほど深呼吸して息が正常になるに連れて激昂した感情が収まってきた。
「分かった。弱点が分かるまで自分は後続の兵器の準備に取り掛かろう。」
「それも却下する。お前には襲われる兵士達の苦しみをその眼に焼き付けてもらう。如何にして敵の兵器に傷つき殺されていったかをな。そしてあれらの呪うべき大弩弓の弱点を見破れ。見破った後に撤退命令を出す。」
「なっ?!何をっ言う!?」
「必死に探らなければ、より多くの兵士達が必ず死んでいく。奴らの命に懸けて攻略法を見極めろ!!」
命令を受けたガレオリはハッとカトケインを見上げた。驚きに満ちた表情は固く凍りついたが、上官の本意を察すると納得してスッと立ち上がった。
「・・・・・・、酷な、酷く酷薄な命令だ。だが分かった。敵軍の兵器の見極めができるのは、この軍勢では自分しかいないしな。全ての大弩弓を見るためにジョヨーを一周する。その間に弱点を絶対に見つけてくる。」
「期限は?」
「きっちり1マール!!!」
「よく言った。それまでに答えが出なければ貴様の首を切る。」
「本よりそのつもりだ!自分が報告できずに死んでいった兵士達への償いに自分一つの首など安いものだ。待っていてくれ!」
言うが早いか、ガレオリは身を返して自分の愛馬へと駆け出して跨ると、数名の部下達の戦闘に立ってゲレノア軍の陣から駆け出した。あたかも万の敵兵に数騎で突撃する蛮勇を呈していた。カトケインは遠ざかる騎影を横目ながらしっかり見つめてから戦場に視線を直した。
「真にドワーフは勇ましい。偏屈で偏狭であるが、一本気で清々しい勇敢さは並の人間にはとても及ばない。一戦士としていつでも見習いたい種族だ。」
カトケインは自然と部下の賛辞を独り言で呟いた。その両耳には前線の兵士達の苦痛の声が届いていた。しかし、そんな音を聞いた所で彼の決断は全く揺るがなかった。
(勝利のために必要なことは全てこなして指示を出す。)
ゲレノア軍の勝利の決意を秘めた将軍が胸の前で組んだ腕には大きく力が込められ、隙間が無いほど握り締めた拳は鬱血して赤黒くなった。
今、戦場はジョヨー攻防戦初日の山場を迎えていた。
ジョヨーが小塔に備え付けた大弩弓からの反撃は大きな成功を遂げた。
ゲレノア軍の投石車は数で圧倒していたが特定の標的への命中率は低かった。城壁にぶつけるとか、それを越えればいいという設定で設計されていたので、一点を当てるというのは困難であったからだ。
対してジョヨーの大弩弓は迫り来る投石車を射抜くことを想定して設計されていた。ジョヨーの城壁沿いに作られた小塔は十数しかなかったが、特殊弾を放るために近付いてきた投石車は格好の的になっていった。
大弩弓は投石車に負けない速射性と高所から放つことで生じる飛距離を活かしていた。更に、強い直線飛行で飛ぶ大矢の正確性でゲレノア軍の投石車を攻撃していった。
放たれる大矢の中には火種となる魔法と燃焼剤が巧妙に仕組まれており、火炎と爆発の効力を付加したものも幾つもあった。それらが当たれば投石車を火炎と爆発で大破していった。
ジョヨーのレノクッス軍の士気は盛り返していった。手も足も出なかった状態から文字通り一矢報いることができたからだ。とは言っても小塔の数はゲレノア軍の投石車よりも少なく、全ての投石車を破壊しつくすことは難しかった。
数で押すゲレノア軍と正確性で対抗するレノクッス軍が互角の攻防を繰り返した。大矢に貫かれて重傷を負った兵士達がバタバタと倒れ、石弾に兜を潰された兵士達は壊れた肉人形となって横たわっていった。
そうこうしていると不意に、ゲレノア軍から退却を指示する角笛が高らかに吹かれた。するとジョヨーを取り囲んでいた投石車は進軍するときとは逆に静かに速やかに下がっていった。ちょうど太陽が地平線に傾きかけていた頃だった。
ゲレノア軍の攻撃を打ち払ったと分かるとジョヨーの兵士達は大きな歓声を上げた。一方的に甚振られていた逆境を跳ね返して打ち負かしたのだ。これを喜ばない兵士はいなかった。全兵士の大声はジョヨーの城壁を震わせて、城内の市民にも届いた。ジョヨー中の一人一人の心に安堵と喜びが満たされた。
「総員、敵からの砲撃は収まった。見張りの兵士以外は上官の指示の下に行動すること!」
将兵から警戒態勢解除の指示が出ると、兵士達は一様に安堵の溜息をついたり、安心した表情を浮かべた。戦闘の一日が終わったのだ。皆がそれぞれの生存を喜び、己の運の良さに感謝していた。
ガルバも敵軍からの攻撃が無くなったと思うと、腰が抜けてその場に尻をドスンと下ろしてしまった。
「は~、やっと終わった!」
ほぼ一日中城壁と地面の将兵の間を駆け巡っていた足は疲れでパンパンに膨れていた。汗をかくこともなくなった肌は汗が乾いて出来た白い塩が吹いていた。
急に重く感じた盾と槍を地面に投げ出して腹の底からの息を吐いて安堵の声を上げた。
「お~、一日の伝令役ご苦労だったな。なかなかいい働きをしていたぞ。」
ガルバは声を掛けられた方を見上げると、日中にガルバに伝令の指示を出していたアイブがニコニコと立っていた。
「籠城戦が初めてのくせには怪我一つないようだな。ほれ、これでも飲め。」
アイブは重みのある皮袋をガルバに投げ渡した。それには液体が入っていた。ガルバは栓を急いで抜くと中身を確認せずに口の中へと流し込んだ。中には真水が入っていた。流した汗の量を補うかのように水を貪った。
「ハハハッ、そんな飲み方だと後で腹を壊すぞ!今夜は疲れるのは当然だろうが、明日も頼むぞ。だが、貴様にはまだまだ仕事があるはずだ。ここはもういい。城壁の下に降りてメシの配給を受け取ってこい。明朝会おう。」
アイブは親しげにガルバの肩をポンポンと叩きながら労った。
「ハァ、褒めてくださってありがとうございます。明日もよろしくお願いします、ハァ。」
「うんうん、よしよし。」
アイブはガルバの気だるい返答に満足げに頷くと、その場を足取り軽く離れて行った。ガルバは重くなった腰を何とか引き上げてノロノロと城壁の階段を下りて地上に降りた。あちこち歩きながら周囲を見回して自分が属する奴隷部隊の駐屯する広場へと戻った。
その後のガルバの意識は集中せず、人の流れに身を任せて無為に行動していた。いつの間にか握っていた物を口に入れて噛んで飲み込んだ。自分が何を食べたのか認識できなかった。
いつもの仲間達の輪の中に座っていたが虚ろな表情をして息をしているだけだった。それだけ身体は疲れて精神は擦り切れていた。
(あ~、何とか生き延びた。気が遠くなるぅ、気が遠く・・・。)
彼はその内に重くなった目蓋を開け続けることができなくなり、ふっと意識を手放して横になって眠ってしまった。
「おい、起きろ。奴隷の仕事はまだあるぞ。」
隣にいたビーラーがガルバを揺すって起こそうとしたが、満足げな寝顔のガルバは目を覚ますことはなかった。
「ちっ!こいつ。起きろ!」
「待て、ビーラー。起こさなくていい。寝かしておけ。」
ビーラーが拳を振り上げて兜に叩きつけようとしたところをジゾーが優しく制止した。
「ジゾー、こいつに甘くないか?俺達はこれから城壁の修復や物資の運び入れ、兵士様の武器の手入れをしなくてはならんのだぞ!」
苛ついているビーラーの言う通りだった。戦争は明日もあった。ジゾー達のような奴隷には、そのための準備に扱き使われるのが待っていた。
「まぁ、初めての籠城戦だ。無傷で生き延びただけで上等だよ。それに今さら叩き起こしても、まともに立って働くことすらできねぇみたいだ。そんな奴の尻拭いなんて誰もしたくないだろ?放っておけ。運がいいことに俺達の奴隷隊は2人しか死んでいない。こいつがいなくても仕事の頭数は足りている。こいつには明日からどしどし働かせるさ。」
そう言われたビーラーはジロリとガルバを見下ろすと、拳を下ろして一つ鼻から息を吐き出した。
「フン、そうだな。使えない奴は置いていこう。」
「あぁ、そうしよう!そろそろ時間だ。みんな立て、行くぞ!」
ジゾーは立ち上がると彼が纏めていた百数十人の奴隷兵達に大声で集合の合図を掛けた。周囲に集まっていた奴隷兵はガヤガヤと喋りながらジゾーの誘導に従ってそれぞれの作業場に散っていった。後にはガルバ一人が襤褸切れの様に横たわっていた。
初戦を見事に生き延びた達成感に包まれたジョヨーでは、開戦初日の陽が暮れていき静かな夜を迎えていった。夢も見ないくらい果てしなく深い眠りの若者は周りの石や木片と同じように生命の気配を消していた。そうして明日の戦争へと力を蓄えていくのだった。
――――――
この作品が面白いと思われたら、ブックマークや下の評価の★をクリックしてくださると嬉しいです。
ご意見やご感想も楽しみにしておりますので、是非とも送ってください。
よろしくお願いします。




