誉れ無き戦場2
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
お久しぶりの投稿です。ちょっと執筆に時間が割けなかったので。
今回も状況説明の回ですが、戦場の雰囲気が伝わればと思います。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
ゲレノア軍の投石攻撃は延々と続いた。
城壁とその上に立つレノクッス兵は敵軍からの石弾の脅威に縮こまるだけであった。直撃すれば五体のどれかは潰されて、頭か腹に直撃すれば死んでしまうのだ。誰もが手足を縮めて己の安全安心を祈るだけであった。
5発中1発程は城壁を越えて城内に打撃を与えて家屋や施設が破壊したが、それらも城壁付近の地域に限定されていた。被害の大きさは分かっていたが、それでもジョヨー側は戦況を変えるような作戦行動を打ち出せずに耐えるのみだった。
城砦都市ジョヨーの中心の城の高所にあるテラスではスレイを始めとする上級将兵が立っていた。そこからは戦況の西半分が見下ろすことができた。スレイは反対側のテラスを行き来してジョヨー全体の戦況を見ることができた。
「伝令!スレイ将軍に伝令!」
下階から連絡将兵が駆け寄ってきた。
「敵軍の投石は城壁を攻撃しております。目下、城壁に大きな損傷はありません。しかし徐々に一部の石弾が城内に到達しております。兵士や市民に死傷者が出ております。家屋の被害も出ております。」
「分かった。伝令、ご苦労。しばしそこにて控えろ。」
スレイは傍にいたラマル・リードに振り返った。
「リード。現場の兵士には市民の救出を優先させるように指示。それ以外の兵士には城壁を頼りに徹底防戦をさせろ。あと必要なことはあると思うか?」
「はい。市民が不安や恐れから混乱しないように巡回の兵士達に都市内の状況の監視を徹底させましょう。」
「ウム。その案を採用しよう。リード、今の指示を現場の将兵に拡散させろ!」
「はっ。」
リードは今来た伝令と配下にスレイの言葉を伝えて指示をした。伝令たちは素早くその場を離れて目的地に散って行った。その後スレイはテラスの手摺りに両手を置いて前傾姿勢で戦況を観ていた。あちこちで悲鳴が上がっているが、城壁に大きな損害はなさそうだった。その時、スレイの背後から彼に呼びかける声が聞こえてきた。
「スレイ将軍。開戦早々、我らは一方的に攻められてばかりですな。都市を守る我々としては何か手を打たねば我らはジリ貧ですぞ?」
声の主は文官のトップであるムンジェイ・ジョーカスであった。彼はジョヨーの文官の取り巻きを連れて悠々とテラスに現れた。手間を掛けて綺麗に整えられた黒髪を撫で付けながら、彼は声の低い口調で対策を迫ってきた。
「まだ開戦したばかりです。敵軍の攻撃力は高くて反撃はまだできません。」
「東西の門を開いて打って出ればいいだろう。投石機を壊滅させれば敵を打ち破れるのでは?」
「この石弾の中を兵士に突撃させても、待ち受けている敵軍に反撃されて彼らを危険に晒します。」
「戦争には多少の犠牲は必要なものだろう?恩賞を約束すれば命知らずの兵士は進んで志願するものだろう?」
「兵士の数は有限です。限られた兵力を犠牲にするのは、まだ今ではありません。」
「だとすると何時なのだ?!!」
ジョーカスは鋭くスレイに問いかけたが、スレイは慎重に言葉を選びながら答えた。
「今ではありません。戦争には切り出す手札の適切な時期というのは、その時になって分かるものです。」
「そんな言い方は、まるで戦争を賭け事のように考えているように聞こえますな。将軍は兵士の命を賭け金のように扱っているのでしょうかな?」
ジョーカスは皮肉を込めた言葉を込めて笑顔でスレイに訊ねた。
「戦いは優勢であり続ければ勝てるというものではありません。勝つべく時に戦力を注いで勝利を勝ち獲るものです。我らは劣勢。そこに疑いの点はありませんが、負けは決まっておりません。武門はそのつもりで戦いますので、文門も補給や都市の治安のために御力添えをいただけると勝ちやすくなります。」
「・・・・・・・・・、協力できそうなことがありましたら力を惜しみません。武門と文門の力を合わせましょう。朗報を待っておりますぞ!」
そう言い捨てるとジョーカスは背を返して私室に戻って行った。ジョーカスの取り巻きが去って行くと、スレイのいるテラスには望外な静けさが戻った。スレイはそれを感じると再びジョヨーを取り巻く戦況に意識が戻って行った。
「やれやれ。我れは戦場に立っても背後の鎧は薄いものだな。せめて正面の剣と盾は敵に真っ直ぐに当てたいものだが・・・。」
苦笑交じりに呟いたスレイの頭上には太陽がちょうど真南に達していた。
ガルバは走り駆け巡っていった。
それは平地に石灰の白線が引かれた場所ではない。
段差のある城壁の石畳や凹凸のある地面を走っていた。
ほとんどの兵士達は投石から身を守れる場所に蹲っていた。彼らは戦況を確認するために会話したり周囲を見回すが、自分の手足が届く範囲より外には決して自分の意識を伸ばすことはなかった。
誰もが殻に閉じこもって他人に干渉しない領域をガルバは自由活発に駆け巡っていた。
彼はゲレノア軍の石弾の風きり音が聞こえれば頭を抱えて誰よりも早く蹲った。そして負傷者の数や兵士達の士気を観察しながら、怪我をして横たわる兵士がいれば上を跨いで駆け抜けた。城壁が崩れて通れなければ遠回りしてでも己の任務を全うしようと足掻いた。
そうして城壁下の兵士達に状況報告すれば、無視をされたり苛ついた兵士に意味もなく殴られたりした。
だがガルバは寧ろ自棄になってしがみつき、大声で伝令の責務を果たそうとした。ガルバ自身、五月雨のような投石攻撃のせいで頭が混乱していたが、彼は『考える前に感じて行動した方が長生きできる』という窮地に置かれた生き物の本能に突き動かされていた。
「前回の報告からの間、北東の城壁には32発の石弾攻撃着弾!城壁内には8発直撃!」
ガルバは地面に膝を着きながら数度目の報告を将兵に朗々と発した。将兵は兜の飾りの大きな赤い毛を揺らしながら、不機嫌な表情を歪めてガルバに問い質した。
「城壁に異常は?」
「外縁部分は概ね無事ですが、やはり多少の損傷は見受けられました。内縁部分、一般市民の地域では多くの被弾がありました。数えたところ新たに兵士11人と市民7人は負傷者がおりました。味方は手も足も出なくて何も反撃できなく、兵士全体の士気は下がっております!」
「ハンッ、見てきた報告ならともかく、士気が下がっているというのは貴様のようなクソ奴隷が見てきた感想か?」
「・・・・・・・、クソ奴隷でも感じるなら、お偉い方々ならもっと深刻に感じるのでは?そんな戯れ言より現場への指示をお願いします!!」
「「「なっ!!!」」」
報告を受けた将兵の周りを囲む人々は気色張った。奴隷兵など、そもそも将兵の目前に居ていいものではない。
血縁や実力で選ばれた彼らの前には、それなりの兵士が立つべきなのだ。そんな不文律を破ってまで奴隷兵がいる。ボロボロの粗末な防具を身に着け、胸に奴隷の紋章の刺青を入れられた卑しい奴隷が平然と控えていた。
しかも口答えまでしてきた。
将兵の前で跪いたガルバは『クソ奴隷』という言葉に反応してつい反骨心が出てきてしまった。興奮しきっていて考えるより先に言葉を発してしまってから後悔したが、素知らぬふりで将兵の反応を待った。
(言ってしまったのは仕方がないっ。こうなったら腹を括ってやる!)
圧倒的な敵軍の攻撃に負けたくないという気持ちで士気が極限までに昂揚したガルバは、腹を決めて上目で将兵を睨みながら指示を待った。
幸運なことに現場の将兵はガルバの反応を面白がってくれた。
「ハハハッ、黙れっ、クソ奴隷兵!失言だぞっ。すぐに北東の城壁に兵士12人を送る。現場は送られた人数で負傷兵を運び出して何とかして徹底守備せよ。小汚い奴隷兵はさっさと現場に戻って我が指令を伝えろ!!」
「ははっ」
ガルバは跳ねるように体を翻して北東の城壁の持ち場に向けて駆け出した。彼が離れていく後姿を兵士たちは唖然として眺めていた。
「フフフ、口が減らない奴隷と言うのは珍しいな。どぶネズミ以下の奴らにあんな余裕がある戦場だ!おおい、我らは勝てるぞ!ハハハッ!」
将兵は部下達に軽口を飛ばしながら次々と口早に指示を出していった。
この場を指揮する将兵がガルバを不敬の罪に罰せずに放っておいたのには理由があった。
古来、激しい戦場において生きるか死ぬかという紙一重の中での戦士達には自分たちの運が向くように前向きになれる材料を有効に活かしてきた。
ガルバから報告を受けた将兵にとって、防戦一方の戦場でガルバのように士気高く必至に生き残ろうとする存在は兵士たちの士気を上げるのにちょうど役に立ったのだ。だからガルバの失言を受け流し周囲の鼓舞に利用することにした。
運良く罰せられなかったガルバはそんなことも知らずに脇目も振らずに駆け回った。
彼は何度も兵士にぶつかってしまい、その度にどやされたが構わずに任務の遂行のために必死になった。時折聞こえる石弾の飛行音に反応して身を伏せて、怒号と悲鳴と爆音が入り混じった混沌の中を駆け回った。
激しく巻き上がる粉塵の中を全身で跳ねる様に掻き泳いで分け入って行った。
そしてアイブに報告して少し経つと伝令に出された。ガルバは自然と防戦する戦士の一員となっていった。
槍を振るって敵を刺し殺す誉れ高い戦闘ではないが、ガルバは確実に自分自身の戦場で一心不乱に足掻きながら闘っていた。
その頃、ジョヨーの東門外のゲレノア軍の本陣では戦況を詳しく観察している者達がいた。
「敵都市の城壁が頑丈だ。」
ガレオリは目に当てていた双眼鏡を下ろしながら呟いた。ゲレノア国の投石攻撃は城壁に確実に命中していたが、ほとんど傷を残さなかった。高い運動エネルギーを持った重量物が衝突すれば並みの城壁なら破損が見られるはずだった。その頑強さにガレオリは驚きながらも敵国の技術の高さを認めていた。
「ガレオリ、双眼鏡を貸せ。」
脇に立っていたカトケインがガレオリに片手を差し出した。ガレオリは黙って自作の双眼鏡をサッと渡して上官を不躾にもギロリと睨みつけた。カトケインは双眼鏡で城壁を見て確認すると一つ唸った。
「我が国の兵器は、飛距離はおろか威力も相当高い物なのにな。ここまで壁が頑強だと次の手を急がないといかんな。今の投石車を前進させて城壁から城内への攻撃に移行させよう。もう少し投石車の数が欲しい。後続の投石車の組み立ての進捗はどうだ?」
カトケインはガレオリの双眼鏡を彼に返すと、白い瞳をギロリと巡らせてガレオリの顔を見て次の作戦の準備を尋ねた。ガレオリは眉間の皺を深くしながら答えた。
「今、組み立てを急がせている。将軍、作業を急がしているが残念ながら今日中に予定の数量投入はできない。」
ゲレノア軍の作戦は兵器で城と敵兵に損害を与えた後に、兵士達が攻め寄せて都市を占拠していく予定であった。しかし投石車の組み立てで徹夜に駆り立てた兵士達は疲労しており、兵器の組立作業の効率はだいぶ落ちていた。
「それに、塔の上に幌で隠された防御装備が気になる。恐らくあれらは塔の上方からの高さの優位を生かした何らかの投擲兵器だ。敵軍は頃合いを見て反撃をするつもりだ。我が軍の兵器は確かに強力だが、全量を晒して被害を大きくするのは悪策だ。」
ガレオリはドワーフであり、その特徴として口調は硬く率直になりがちであった。上官に対しての言動としては不遜な物言いだが、誠意を込めた声色は彼の真摯な心情が強く込められていた。カトケインはじっとガレオリの茶色の目を見つめた。彼は一つ二つ小さく頷くと太い声で答えた。
「………、いいだろう。これまでに出来上がった数量だけで城攻めをしよう。残りの兵器の完成はどれくらいでできる?」
「追加で2日あれば有り難い。」
「1日半でこなせ。詳細は報告しなくていい。お前に任せる。」
「………、了解した。」
ガレオリは背中を翻して工兵部門の兵士を大声で呼び寄せた。ガレオリの頭の中では兵器作成計画の再調整が行われていた。彼の様子に視線を向けることなくカトケインは傍に控えていた副官のケンプスに声を掛けた。
「ケンプス、城壁の塔について追加の情報は?」
ケンプスは呼ばれて一歩カトケインに近寄った。
「未だに塔の上にあるのは対攻城兵器への装備としか分かっておりません。我らの内通者は情報の出し惜しみをしています。」
「小賢しいな。この戦争を平時での外交のような駆け引きと勘違いしているのだとしたら愚の骨頂だ!」
カトケインは小さく怒気を込めて罵った。
「とは言え、結果として兵器の温存策を取られた将軍のご指示は正解だといえます。敵軍のあの装備の詳細が分からない現状ですから様子見は必要です。しかし、我々には………。」
「分かっている、皆まで言うな。そもそもの作戦の本筋を変えることはしない。使える戦力は小出しにせず、全部出して一気に叩く・・・。」
カトケインは思い通りにいかない怒りを、苦い自制心で強く抑えながら戦況を見守り始めた。そして戦況をさらに有利に進めるために第二段階の攻撃指令を出した。
現在投石している距離では城壁へ損害が与えにくいことから、攻撃対象を城壁から城内の兵士や家屋へ移した。そのためにゲレノア軍の投石車は少しずつ城壁への距離を詰めていった。
距離が近づくにつれて発射される石弾は悠々と城壁を乗り越えて城内の家屋に続々と着弾していった。
それらに加えて、ゲレノア軍は投擲する弾を変えた。石弾に変えて乾燥した蔦を球体に丸めて着火した火弾を投擲した。油を染みこませた火弾は一度着弾すれば家屋や人々の衣服を燃やした。
また大きな壺の中に汚物や有害な液体を入れた投擲も行った。この毒壺が厄介だった。中身の分からない有害物質が巻き散らかされるのは城壁の兵士達を困惑させて混乱させた。
数日前には城内の井戸が毒に汚染された記憶がある兵士は、腰が引けて戦うどころでなくなり、ジョヨー内は混乱しだした。
ジョヨーの被害はそのままけたたましい悲鳴になってゲレノア軍にまで届いた。敵軍の哀れな悲鳴を聞いたカトケインは、口角を高く上げて自軍の攻撃に満足しながら次の一手をどう打つか思案していた。
正にその時、ジョヨーから大きな音が鳴った。
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