ジョヨー攻防戦勃発1
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
ついにジョヨーの攻防戦が始まります。まずは両軍の掛け合いをご覧ください。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
※修正のお詫び
投稿してから気付いたのですが、この第74話の内容が多すぎました。二分割にして再投稿します。
申し訳ありません。
明け始めた夜の終わりの頃。空気は冷たく、日が昇る東の空がほんのり薄く白み始めた。
「起きろー!奴隷共!戦支度を始めろ!」
武装した兵士達が奴隷の駐屯場を駆け回った。大声を上げながら奴隷達を起こして回っていた。
「ふああああ~。」
ガルバは体を捩らせながら起き上がり、眠っていた頭と体を無理矢理起こした。駐屯場にいた周囲の奴隷達も誰もがのっそりと起き上がり始めていた。
「ああ~。まだ暗いじゃないか?」
ノバスコが長い痩躯で大きく伸びをしながらぼやいた。
「敵が攻める気配なんだろう。夜明けと共に戦闘開始だな。」
ドルトンが眠気覚ましに頭と顔を掌で激しく擦りながら答えた。過去に兵士として戦闘の経験が豊富であった彼は戦いの雰囲気を早く感じ取っていた。
「さっさと目を覚ませ!メシを食ってから小便袋を空っぽにしろ!出せる糞は出し切っとけ!クズのような貴様らが死んでから、汚らわしい大小便を垂れ流されては迷惑だからな!」
奴隷を起こす伝令の兵士は口汚く彼らを罵っていた。
起床した奴隷達は冷たい糧食を受け取って、飲み込むように腹に入れた。朝食を取った後の便所には長い列が出来て各々用を足していった。
奴隷兵たちにとって戦闘は単なる業務であった。淡々と自分のすることをして準備するという無機質なガラスのような、感情と言う膜を通さない硬い空気が戦場には漂っていた。
暫くすると奴隷達はジゾーの号令と指示の下、駐屯場に集まって指揮官の指示を待った。
奴隷達の前にムステフが現れた。重い体を揺らしながらノロノロと演説台となる木箱の上に立った。手入れをしていない粗雑な髭を伸ばして、濁った茶色の肌には明らかに疲労の色が出ていた。眼の下に薄黒いクマを浮かべながらジロリと広場の奴隷達を見まわした。
「………、貴様ら。ハァ、見張りによると敵軍は夜明けと共に攻めて来るとのことだ。ハァアア、全身全霊を賭けて都市に奉仕するように。後はマローズから指令が出る。ハァ・・・、これでいいかなぁ?・・・以上。」
演説台をさっさと降りるとムステフはそそくさと馬に乗って駐屯場から去って行った。
ムステフにとって奴隷隊の指示はどうでも良かった。取替えの利くような奴隷隊は大した戦力とは思っていなかったので全く期待などしていなかった。むしろ自分の直属の部下達の持ち場に戻って指揮をしなければならなかったので、この場のの指揮は適当に済ませてしまった。
奴隷達は無反応で黙ったままムステフが去っていくのを眺めていた。すぐにムステフの副官であるディラン・マローズが奴隷たちの前に立ちジゾーを呼び出して指示を出し始めた。ジゾーは平身低頭の様子でマローズに応対していた。
一通り指示が終わるとジゾーは奴隷達を引き連れて持ち場へと移動した。ジゾーに指示された奴隷達は持ち場につくと各々黙って仕事を始めた。
ガルバの役目は北東の城壁に立って敵を迎え撃つことだった。敵が攻めてくるまでは見張りの仕事をした。夜明け前の冷える風に曝されながらガルバは城壁の上から敵軍を注意深く見つめた。
城外に広がる平野には等間隔に松明が焚かれた。それらの明かりの中央には人がゆうに見上げる大きさの木造構造物が立っていた。日の出が迫り視界が明るくなるにつれてその全容が見えてきた。
(あれが敵軍の兵器だな…。)
投石機である。それは木の弾性や動物の獣毛や腱の伸縮力、または梃子と錘の落下する重力などを応用して城外から城壁や城内へ巨大な石を飛ばして攻撃をする。
現在ジョヨーの周囲を取り囲んでいる兵器は、車輪がついた移動式の投石機であった。ゲレノア軍は「投石車」と呼んでいた。
それらは、ジョヨーからの矢の射程距離からは遥かに離れた場所にあった。ゲレノア軍の兵士たちは力を合わせて仕上げの作業を頑張っているように見え、ほとんど完成しているようだった。
ガルバの心の中には大きな不安と、腹の底からジワジワと熱を帯びた闘争心を感じていた。
自分ではどうしようもない理不尽な荒波に対して、抗ってでも生き残りたいという生存本能がガルバの胸と頭を突き動かしていた。こんな強い衝動と感情は前世と言える世界では感じたことがなかった。
危険察知と生存本能。その正反対の正負の感情が綯い交ぜになって平衡を保っていた。
ふと、視線を周囲に気を配ると、城壁に立っている兵士や奴隷兵もじっと投石機を見つめていた。睨むでもなく、眺めるでもなく、無言で無表情のままだった。
風は北のテニスン川の方角から南方に吹いており、レノクッス国の赤い旗を激しく棚引かせていた。
誰も声を発することなかったが、遠くからカチカチと鳴っているのは恐怖で歯の根が合わなくなった兵士の歯が弾く音だった。
ふとガルバは槍を持つ手が微かに震えているのに気付いた。
(なんだ?止まらない?)
それはガルバが初めて体験する武者震いであった。戦いを前に体温を上げようとする、生物としての人間の闘争本能が生む現象だった。
彼は未体験の生理反応に戸惑いながらも腕に向けていた目線だけは前に向き直した。
ガルバはこれから自分に運命が襲いかかる恐怖を感じながら、それを自らの手で打ち倒して切り開く気持ちを僅かずつ固めつつあった。
ゲレノア軍総大将のデレン・カトケインは閉じていた目を徐に開けた。
騎上の彼の前にはゲレノア軍の精鋭が立ち並んでいた。全ての兵の目線は高い城壁を有するジョヨーに向けられていた。この都市はレノクッス国有数の巨大都市であり、ゲレノア国との国境いを守る城塞でもある。その壁に向けて投石機が立ち並んでいた。
夜明け前の薄暗さの中でゲレノア軍の戦意は高かった。
(よく、ここまでまとまった。さすが精強なるゲレノア軍だ。)
カトケインは誰にも聞こえないように心の中で小さく呟いた。彼は自分のした命令が部下や兵士達に過度の負担をかけていたことは十分に理解していた。たった一晩でこれだけの投石車を組み立てさせたのは、彼の数十年に及ぶ長い戦歴でも全くない。しかし彼の軍団は見事にそれに応えてくれた。
彼は心から部下の練度の高さに感服していたが、それを外見には出さずに兵士達に指揮を出していた。これから厳しい戦いが始まる。都市を包囲しているとは言え、ゲレノア軍の勝利条件は都市を占領する、或いは多額の倍賞を引き出して母国に凱旋することだ。
その為には攻めて攻めて攻め落とす。緊迫した戦意が必要だとカトケインは考えていた。その中、大将が部下に労いの言葉をかければ緊張が解れてしまうのを知っていたから無言で部下達の動きを眺めていた。
その時、真っ直ぐな茜色の朝日がカトケインの広い背中を刺してきた。
カトケインは正面を見据えた。ゲレノア軍の青色で統一した兵装の波の向こうにはジョヨーの高い城壁がそびえたっていた。灰色の城壁は揺るがない意思を感じさせて、レノクッス国の国色である赤地にグリフォンが描かれた旗がはためいていた。空は少し風があるが今日一日は晴れているようだ。
(相変わらず大きく堅固な都市だ。)
九年前、ゲレノア軍がジョヨーを攻撃した時もカトケインが軍を率いていた。あの時はレノクッス国の援軍を一度は叩き潰して、あと少し攻めればジョヨーを陥落できた。二度目の援軍が来たことと城内側の徹底反撃に押されて撤退した時の悔しさは今でも覚えていた。帰国後、彼は撤退の責任を取って国の軍事の主流から一時期外されたこともあった。
(あれから九年。準備を重ねてきた。今回こそ勝利を勝ち取ってみせる!)
カトケインは心の中で決意をすると、色の無い白い瞳でジョヨーを強く睨んだ。
「将軍、全軍配置につきました。ご命令をお願いします。」
傍に控えていた副官のケンプスが声を低くして話しかけてきた。カトケインは周囲に集まった重臣達に声を掛けた。
「ガレオリ、準備は?」
「………、万端だ。」
目に隈を浮かべながら、しかめ面の工兵の長は低い声で答えた。徹夜で兵器作成の陣頭指揮をとっていたので彼は疲れ切っていた。元々ドワーフである彼は人間の目には硬い表情しか見せない男であったが、心の苦り具合を隠すことなく露骨に見せていた。
「今日は期待しているぞ。」
「………、任せておいてくれ。国のためにできるだけのことを尽くす。」
カトケインは返事を聞いてガレオリの忠誠心を確かめると、両脇に控えていた武将に命令を出した。
「よし、戦場の儀礼に則り『戦の口上』を伝える。ガイゼル、メッサー、ついて来い。交渉の二色の長幟も忘れるな。」
「はっ!」
兵士達の中でも人一倍も大柄なガイゼルは姿勢を正して、顎いっぱいの黒ひげを震わせながら気合十分に返答した。
「将軍、そんな下らない口上なんてもう止めた方がいいのでは?どうせ徹底抗戦の返事しかないんだし。」
メッサーは凝りを解すために、首を振って骨をコキコキと鳴らしながらカトケインに告げた。役者のように目鼻立ちの整った顔を眠気で歪めながら気だるげに進言してきた。その振る舞いは将軍に対する正しい態度ではなかった。しかし、彼女の人格や経歴を知っているカトケインは、そんな態度を意に介さず彼女に視線を合わせた。
「これから他国の人間を殺して、都市を奪おうとするのだ。戦争の挨拶をするくらいの礼儀と慣習は最低限守るのがゲレノア国軍だ。それに、これだけあからさまに包囲していては、黙って攻撃を始めても奇襲にもならん。それなら挨拶くらいはしておく。返答の内容や仕方によっては相手の士気も把握できるから、手間を掛けても損にならない。」
「それもそうですね…。私は敵の狙撃を防ぐ役割ですね。」
「そうだ。お前の良い目と弓の腕前で敵軍の不意打ちを防いでくれ。ガイゼルは口上をしろ。得意の大音声でジョヨーの兵士の肝を震わせてやれ。」
「はっ!お任せください!」
カトケインは二人の武将と数名の兵士を伴ってジョヨーの東門に向けて馬を常足で進めた。ジョヨーの東門に近づいてくとカトケイン達の目にも少しずつ様子が詳しく見えてきた。
高く硬い石造りの城壁に熱く重厚な大門。城壁の上には多くの守備兵が立ち並んでいた。彼らはゲレノア軍の陣形と様子を見てすぐにも攻めて来るだろうと固く警戒していた。ジョヨーの兵士達は慌てて右往左往することもなく、整然と立ち並んでいた。これは守備兵として肝が据わっている証拠だった。
カトケイン達は城門に少しずつ近づいていった。連れ行く数人の兵士の一人は二本の丈の長い旗を掲げていた。白色と黒色の一本ずつの長旗が示すのは「伝令を述べる」という意味を示していた。戦争の前にこれらの旗を掲げる以上は、戦場では名誉と尊厳を持って遇するべきと古くから守られていた。この使者を不意打ちしようものなら、攻撃した国は他国から非難され卑怯者として蔑まれる。
新興国ではこの風習を軽んずる空気もあるようだが、歴史あるレノクッス国とゲレノア国では大きな意味を持つ旗であった。
メッサーが馬の歩みを止めた。彼女は静かに弓を手にとって鏃を下方に向けて矢を番えた。何か動きがあれば矢を上げていつでも放てるように構えた。
「この辺がギリギリですね。あと五十歩で敵の弓矢の射程圏内ですよ。」
その指摘を受けてカトケインは止まり、そしてガイゼルに顎で指示を出した。ガイゼルは頷いてから深く大きく息を吸って大音声の口上を述べ立てた。
「私はゲレノア国軍千人長のセロリアン・ガイゼルである!今ここにて我がゲレノア国軍の開戦の口上を述べる!我らの要求は既に届いているはず!しかるべき賠償を払えば日が沈む時と共に静かにこの地を立ち去ろう!しかし、貴国の実力も鑑みず抵抗するというのならば、その勇気に応えて我が軍の全力を以って貴公らの都市を攻撃する!従うか戦うか?!返答やいかに!」
夜明けの空気は声がよく震えた。ジョヨーの東門にいた両軍の兵士達は覇気のあるガイゼルの口上に聞き入っていた。しばらく誰も声を出せなかった。朝に吹く冷たい風が一陣通り抜けた。
「………、反応はなし、か。」
「いえ、誰か動きますよ。」
カトケインが呟くとメッサーが東門の動きを伝えた。メッサーの視線の後をおってカトケインが目を追うと、東門の上に一人の白い兜を被った偉丈夫が立っていた。赤い鎧に包まれたフナガノ・スレイだ。スレイは東門の上の城壁に立つとジッとカトケイン達に視線を向けた。
これから血みどろの合戦を行う大将同士は互いの好敵手を見定めるために、相手の瞳の奥にある頭脳と心理を量りあい始めた。
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