ジョヨー籠城戦前日2
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
ようやく主人公が出てきます。まぁまぁ眺めてやってください。これから死ぬかもしれないのですから。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
馬車に乗ったドルビーは三の区から二の区の門を潜って暫く進んで小さな教会に着いた。その教会は目立たないが歴史を感じさせる佇まいと品格を感じさせる雰囲気があった。
ドルビーは静かに教会の両扉を開けて入っていった。
中には大きな広間があり、その場を囲むように十数体の神像が立っていた。神像群の中で一柱の女神像があった。鎧を纏い槍と盾を構えた凛々しい乙女像は戦の女神「アキエイ」であった。
その像の前で地面に膝を着いて座っている男がいた。男は数人の兵士に見守られながら瞑目して祈りを捧げていた。
鎧を脱ぎ放ち肌着のまま女神に祈りを捧げていたのはスレイだった。
ドルビーは黙ってその様子を見守っていた。外界の喧騒から隔絶された無音の空間は侵しがたい空気を発していた。
その緊張が最高にまで達した時にスレイの祈りが終わった。彼は目を開けると静かに立ち上がり、周囲の兵士に鎧を着る手伝いを命じた。ドルビーはその頃合いを見てスレイに話しかけた。
「フナガノ様。ご報告したいことがあるのですが、今でも宜しいでしょうか?」
「・・・・・・、報告せよ。」
「はい。医療テントに必要そうな物資を供出させて各所へ届けて参りました。」
「医療テントはどうだ?物資は足りているか?作業員の動揺は見られたか?」
スレイは部下に鎧を着せながら目線だけをドルビーに向けて問いかけた。
「数箇所を周って見た限りですと、物資は何とか足りている状況です。皆、不安がっておりますが、現場の指揮者が上手く抑えています。戦争が始まれば忙しくて不安どころではなくなるのでしょうが、今のところ混乱する様子はなさそうです。」
「それは上々だな。我の不在の屋敷の様子はどうだ?息子と娘は泣いていないか?」
「屋敷の者達は奥様とお子様達を守るべく一致団結して守りを固めております。ご子息のフノタダ様は訓練刀を腰に携えて大旦那様と屋敷の内外を見回ったり、奥様のお部屋の前に一人で門番をしたりしております。オーリーお嬢様は大奥様と奥様の側にずっとおられます。お二人とも弱気にならずに気丈に振舞っておられます」
「子供達は初めての戦争だから内心は不安だろうな。義父上がいるから心配はないが、上手く支えてやってくれ。」
「はっ。」
ドルビーは深めに頭を下げて応答した。それを見たスレイは自嘲気味に彼に話しかけた。
「フフフ、ドルビーよ。貴様は我を笑うだろうな。困ったときの神頼みだと。」
「正直に申せば、そう言えますな。ただ、フナガノ様の信心深さは筋金入りです。その信心のお陰で法術の効きが良くなって往年の戦では助かりましたな。法術とは真に便利ですな。」
ドルビーは臆面もなく主人に軽口を叩いた。
「よう言うわ!・・・・・・、貴様と共に戦った日々を思い出すな。貴様はいつも我の慎重さを怒っていたな。」
「本来なら若者の軽挙を抑えるのが老年の仕事でしたのに、いつの間にか将軍の尻をせっつくのが日課になってましたな。」
ドルビーは数年前までスレイ傘下の古参将官だった。数多い戦功を上げてきたが、老年を理由に引退してスレイの屋敷の執事として働いていたのだった。
「そのおかげで今では大胆に行動できるようになった。感謝している。・・・・・・・・・、他に報告は?」
「例の奴隷に関係する女を見て参りました。」
「どんな女だった?」
「ご報告申し上げたように三の区の医療テントで働いていました。現場に溶け込んでいる様子から従軍医療の経験があるのは間違いありません。一目だけ見る限りは体力があり、他の男女より利発そうな女でした。」
「色は見えたか?」
「いえ、色はありませんでしたが何かの輝きは見て取れました。小さいですが強い輝きです。ああいう者を時々見かけますが、ふとしたきっかけで特殊な才能を発揮することがあります。」
ドルビーはスレイに命じられてガルバの思い人であるルを調べていた。すぐに情報を収集して彼女の容姿や居場所を掴んでいた彼は、医療テントへ物資を運ぶついでに彼女を見つけていたのだった。そして長年の経験からルの資質を観察して、更に彼の特殊な能力である『戦闘の特色を見分ける左目』でルを調べていた。
「そうか!先日の奴隷の纏め役と言い思い人と言い、あのガルバという男は色々と素質のある者と巡り合うようだな。面白い。」
「あの奴隷、信用できますかな?」
ドルビーは肩眉を吊り上げて不審げに主人に問いかけた。
「敵に内通しているかと定期的に監視させていた。報告だと真面目な奴隷として働いているようだ。特に外部と連絡しあっている様子もなく、暇なときは自発的に訓練もしているようだな。我らを害する者ではなかろう。元々あの男には邪念を感じなかった。珍しい男だ。」
「それは確かに。世知辛い境遇を生き延びねばならない奴隷なのに、あれだけ純朴で人が良さそうだと、他人事ながら危うさすら覚えます。」
ドルビーは強張った表情を解して答えた。それに釣られてスレイも顔に笑みを浮かべた。
「フフフ、そうだな。犬と会話もできるし、引き続き目を付けておくことにするか。」
スレイはガルバの穏やかで陰のない表情を思い出して自然と目元に笑みを浮かべていた。
(あれはまるで木陰にノンビリ寝転ぶ犬の顔であるな・・・・・・・・・。)
そこまで話を終えるとスレイの鎧支度も調った。ひしっと気を高めたスレイは教会の出口へと足を向けた。兵士達を従えて教会の扉を開けると、開戦前のジョヨーの慌しさの音の塊がスレイにぶつかってきた。彼は音の洗礼を浴びるに任せて受け入れると、更に大きな一歩を踏み出して己の戦場へと歩んでいった。
「我はこのまま城に戻る。ドルビー、屋敷に戻って良いぞ。」
「はっ。」
ドルビーを屋敷へ下がらせたスレイは真っ直ぐに愛馬へと近付きひらりと鞍に跨った。馬を走らせる前に見上げたジョヨーの上空には薄い陽炎が浮かんでいた。
その日の夕刻、ガルバは城壁の上で城外の監視の仕事をしていた。
ガルバのいる北東の城壁の上から見える城外にはゲレノア軍が陣を張っていた。
軍勢は城をぐるりと取り囲んでいたが、等間隔に人だかりができていた。その中心には何やら大きな木製の板やら車輪やらが集まっていた。そこからは人々の掛け声や木槌で木を打つ音がコーン、コーンと響いており何かを組み立てているように見えた。
ガルバは目を細めて見ていたが何が作られているかはよく分からなかった。
「よう、ガルバ。敵軍の様子はどうだ?」
背後から掛けられた声の主を見るとジゾーがニヤリと笑いながら立っていた。
「やあ、ジゾー!敵は城を取り囲むだけで大きな動きはないみたいだけど、敵は何を作っているか分かるかい?」
「ああ、城攻めの兵器だろう。あれは多分、投石器だな。」
「投石器?石を飛ばす装置ってことか?」
「そうだ。しかもでかい石弾だ。これくらいの重さの石は飛ばせるな。」
ジゾーは両手を丸く囲んで見せた。それは人間の頭一つか二つ分ほどの大きさであった。
「あんな所から届くのか?」
ガルバが見るところ人間が爪先くらいにしか見えないくらい離れた距離に投石器が作られていた。
「実際は出来上がってから石弾が届く距離まで前進して来るだろう。ゲレノア国の機械技術は他国より遥かに進んでいるから石弾を飛ばす威力は桁違いだ。兵器は頑強だから、こっちの矢が当たっても壊すことなんてできない。しかも兵器を組み立てる速さが尋常じゃない。あっという間に完成させて城を守る兵の戦意を喪失させるまで石弾を投げまくる。そして頃合いを見て全軍総攻撃ってところだろうな。」
ガルバは投石器の破壊力を創造して一気に表情が暗くなった。
「・・・・・・・・・、それってやばいな。」
「ああ、やばいな。」
「・・・・・・・・・、負けるかもな。」
「ああ、負けるかもな。」
ジゾーはフッと鼻で笑うと、半笑いになりながら言い放った。
「元々外に打って出るだけの戦力はこっちにねぇから仕方ねぇよ。援軍が来るまで我慢、我慢、我慢だな。俺らが出来ることは石が飛んでこないことを祈るだけだ。まあ、神様って奴に祈りが届くんなら俺らは奴隷からとっくに抜け出しているがな。ガルバ!晩メシまで見張りを続けろよ。ハハハハッ!」
ジゾーはガルバの背中を強く叩くと笑いながら去って行った。ガルバは気持ちが落ち込んだが、ジゾーの高笑いを聞いて少し元気になった。
(神様か・・・。オレは天使に会っているから神様がいるのは信じられるけど、祈って願いを叶えてくれるほど優しい神様ではなさそうだな。)
ガルバは外を見つめながら深く溜め息を吐いた。
ガルバは周囲を見回した。周囲には奴隷や兵士が立ち並んでいた。そして背後にはジョヨーの町並みがあった。そこには多くの住人達の暮らしがそこかしこに見えて、彼らの生きるざわめきが聞こえてきた。
(死にたくないのはオレだけじゃないからな。奴隷仲間や兵士様や町の人たち全員が死にたくない。ここまで来ると、一人一人ができることを必死にやるしかないなぁ。)
ガルバはふと懐に手を入れた。指先には柔らかいものが当たった。それはルが送ってくれた彼女の髪の毛のお守りだった。
(オレは生きたい。ルに会いたい。仲間と共に勝ちたい。・・・・・・・・・、殺されるまで戦いきってやる。)
ガルバは軽く目を閉じて深呼吸して気持ちを落ち着かせた。そして瞼を開いてキッと前方を意識した。
視界に映るのは蠢く青い敵軍団。
ガルバは巨大な敵意の塊を前にして戦う決意を決めるのであった。
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