ジョヨー籠城戦前日1
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明け方。
薄く東の空が白み始め、続いて赤い光が差して来た頃、ゲレノア軍の陣に角笛が鳴り響いた。
「ブオオオーーーン、ブオオオーーーン。」
それは進軍の合図だった。
まだ足元が暗い中、松明を灯して兵士が歩き出す。青色の軍装に統一された軍勢が秩序だって進む様は宛ら大海の青い高波が押し寄せるようだった。
ゲレノア軍はレノクッス国の城塞都市ジョヨーからの弓矢の攻撃範囲を避けながらジョヨーの東門と西門をそれぞれ全軍の三分の一ずつで封鎖した。ジョヨーから迎撃する気配はなかったが、慎重に軍勢は動いていった。ゲレノア軍は二つの門を包囲すると、残りの三分の一を二手に分かれてジョヨーの北と南それぞれに配置した。
こうして昼過ぎ迄にはジョヨーを包囲する形は完了した。包囲が完了した後、総大将デレン・カトケインは本隊のテントに指揮官を集めて軍議を行った。テントに集められた指揮官達は意気高く意見を交換していた。
「包囲の配置は滞りなく進んだな。次は敵都市の警戒と兵器の組み立てだ。」
「敵軍が打って出る気配がないのは幸いだ。このまま攻め込んで都市を奪ってやる。」
「いや、敵の備えを見極めてからだ。」
「フン、ノンビリしていたら手柄を取りそこねるわ!」
活発な議論の様子を見ていたカトケインは片手を上げて話を止めさせると話し始めた。
「我が軍は予定した通りに進んでいる。このまま次の段階に進む。兵器の組み立てはできる限り迅速に行う。夜を徹してでも明朝迄には兵器を完成させろ。ガレオリ、必要な人手は?」
「………、朝迄なら兵の半分が必要だ。」
ガレオリは少し計算してから答えると、諸将は少しザワついた。兵の半分も徹夜の作業に割かれるのは士気の低下に繋がりかねなかったからだ。
「それならば、全兵を二交替にして兵器作成に当たらせよう。各指揮官は部下に伝達して最低限の警戒に必要な人員以外は兵器作成をさせろ。ジョヨーへの攻撃開始は明朝からとする。何か質問や議題は?」
カトケインは色のない白い瞳でジロリとテントの中を見渡した。総大将からの無言の圧力をかけられた諸将からは異議は出なかった。
「では、解散。ガレオリとガイゼル、ケンプスは残れ。」
バラバラと指揮官達は外に出て、カトケインと3人の部下のみが残った。カトケインは大柄な指揮官ガイゼルに話しかけた。
「兵の士気はどうだ?ガイゼル?」
「長い行程を経てやっとのこと目的地に着いて攻める目標が見えました。士気は盛り返してきましたよ。それで強行進軍の疲れを誤魔化せています。」
「そうか、士気はまだ高いか。それは有難い。徹夜覚悟で兵器を組み立てられたら、明日は兵器を中心にして攻める。そこで余剰の多くの兵を休ませよう。ケンプス、………城内から連絡は?」
「受け取りましたが、内容が芳しくありません。『橋の渡し場所』は未だ決まらず、『開門』をいつ頃にするかも定まっておりません。どうも煮えきらないところがあって気に入りません。」
話題を振られたカトケインの秘書官であるケンプスは顔を不快感に歪ませながら答えた。
「向こうも味方の目があるうちは仕掛けに苦労しているのだろう。我らが攻め始めれば都市の意識は外に向いて奴らも動きやすくなるはずだ。ここは根気強く待とう。ただ催促は忘れるな。ケンプス、奴らへの連絡にはタップリ脅しをかけて、報酬を多くちらつかせろ。」
「ハッ!」
カトケインは傍らの苦い表情のドワーフに目を向けた。
「ガレオリ、何か言いたそうだな。」
「………兵器の組み立てには正確さが求められる。突貫作業では予期せぬ失敗や事故が必ず起きる。しかし、今はこんな現場からの小言を聞く時間が惜しいのだろう?」
「そうだ。兵器の作成と配置は貴様に任せたぞ。各自、職務に戻れ。後で私も見回りに出る。解散だ。」
配下の3人はテントを出た。彼らを見送ったカトケインはテーブルに乗せた手を固く握りしめた。握力の強さにギリギリと骨が鳴った。
「時間が惜しい、か。」
こめかみに血管を浮かべながら、部下達の前で決して見せなかった苛立ちをこらえると彼は一人呟いた。そしてゆっくり目を閉じて、これからの戦争の展開を考え始めた。
ジョヨーに数か所ある医療テントでは人の動きが活発になった。
敵軍が都市を包囲した。攻撃開始に備えて多くの人員が治療の準備をしていた。
三の区の北東にあるテントではルも朝から働いていた。彼女は数人がかりで包帯を作っていた。粗布を小さいナイフで割いてから布を畳む単純作業であったが、戦争になれば包帯は次から次に使われるため、有れば有るほど必要となった。ルは黙々と作業をしながら今朝のことを思い出していた。
今朝はムステフの奴隷女4人が一人も遅刻せずに揃って炊事場へ降りてきた。昨夜ムステフに呼び出された女がいなかったからだ。
(珍しいこともあるものね。)
ルは不思議に思った。昨夜のムステフは女を抱く代わりに副官のマローズと遅くまで話し合っていたようだった。そして朝から屋敷の兵士達は皆とても緊迫した面持ちで黙って朝食を摂っていた。
「すぐに戦争が始まるから、きっと緊張しているのよ。」
奴隷女仲間のまとめ役のハーミーンが女たちの気持ちを代弁してくれた。しかしムステフの朝食を運んだルは更に不審に思った。
(さっき見たムステフは緊張しているというよりも、何かにひどく追い詰められている感じだったわ。何だろ?嫌な予感がするわ。)
ルはそう考えながら自分の朝食を素早く済ませた時に兵士から呼び出された。すぐに医療テントへ行くこと、そして先方の許可が下りるまでムステフの屋敷に戻らないで現場に留まることを指示された。ルは先日紹介された医療テントに向かったが、擦れ違うジョヨー市民達は慌しく行き交っていた。
箱や台車を急いで運ぶ者。泣きそうな子供の手をしっかり引いて歩く大人。鋭い目線で見回りをする兵士達。時折、怒り混じりの大声が飛び交う中を人々は戦争へ備えて動き回っていた。
ルがテントに着くと看護師のまとめ役のナイヤに声を掛けた。労いの言葉がかけられた後に白い頭巾を手渡された。
「医療員の目印として頭に巻いておくれ。分かっているだろうけど戦争が近いからね。戦いが終わるまではここで寝泊りしてもらうよ。」
「はい、ナイヤさん。」
そして包帯作成の作業の指示を受けた。
ルと同じ作業する者達は交わす言葉も少なく作業をしていた。テントの中を忙しく行き交う医療員達も、今朝の兵士達と同様に表情を固くしながら働いていた。
(どこでも誰もが怖がっているわ。戦争に始まったら大忙しになるからね。それにここでも敵が侵入したら殺されるかもしれないし。戦争で負ければボロボロにされるかもしれないしね。)
ルは自分が従軍医療をしていた頃を思い出していた。あの時は前線に近い場所に身を置くこともあった。戦場では味方の兵士達はいつも殺気立ち、医療に従事する味方でも乱暴に扱われることは度々だった。幸いルは生き延びることができたが、戦線が拡大して巻き添えを食らって暴行されたり殺されたりした仲間が多くいた。
(ワタシは失うものが殆どないとしても、やっぱり死ぬのは怖いわ。)
ルも不安な気持ちを抑えることが出来なかった。生きる喜びが少ない貧しい生活だが、本能として死への恐怖は大きかった。そこまで考えていたルは動悸が早くなっているのに気づいた。不安と恐怖のあまり彼女の身体が危険信号を出したのである。
(苦しいっ!!)
彼女はフッと無意識に片手を胸に当てた。手の平には衣服越しにガルバの髪の毛で作った首飾りを感じた。
その感触をきっかけにルの脳裏にはガルバの屈託のない笑顔や驚いた時の間抜け顔が浮かんだ。それを思い出していくうちに、不思議と彼女の気持ちの重りが薄らぎ消えていく感覚があった。ルは自分の心が落ち着いていくのを感じて安心していった。
そのまま作業を再開した時、ナイヤが数人を引き連れて追加の布を運んできた。
「新しい布を持ってきたよ。仕事の量が増えて大変だろうけど、頑張っておくれよ。」
「「「はいっ!」」」
作業者達の返事を聞いて頷くナイヤの隣には、黒白の衣服を纏った身なりのいい初老の男が立っていた。
「こちらはスレイ将軍のお屋敷の執事をされているドルビー様だよ。こちらの布や治療のための物資を提供して頂くためにいらっしゃってくれた。皆、感謝をするように。」
ナイヤがドルビーを紹介すると周囲の者たちは立ち上がり深く頭を下げた。
「スレイ様より都市の防衛のために出せる物はできる限り供出せよとのご命令でした。皆さんのお力になれたら嬉しいです。」
慇懃に発言してゆっくり見回すドルビーの所作は、一見すると穏やかな雰囲気があった。ふと彼の視線はルの所で止まった。ルはドルビーと目線が合った時に一瞬ギラリと睨まれたように見えて少し不気味に感じた。
ドルビーは何もなかったかのように目線を外して、他の者に笑顔で会釈をしながら別れを告げると医療テントから出て行った。
(今の感触は何?あの人、気持ち悪いわ・・・・・・。まぁ今はそれどころじゃないわね。作業に戻ろっ。)
ルは彼のことが一瞬深く気になったが、すぐに気分を切り替えて作業に戻っていった。
医療テントを離れたドルビーは左目から外していた青い片眼鏡を掛け直して馬車に乗ると、そのままジョヨーの二の区にある小さな教会へ向かった。そこで礼拝をしているスレイがいるはずだった。
馬車は開戦前の喧騒で溢れるジョヨーを颯爽と駆け抜けていった。
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