ジョヨー籠城戦二日前2
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
前話で登場人物の描写を付け加えました。おおよその話の筋は同じですが登場人物を思い浮かべる時に、より詳細なイメージが浮かぶと思います。宜しかったら前話を覗いてから見られるのも良いかと思います。
今回は開戦前のジョヨーの雰囲気を書きました。迫る戦争に向けて人々はどう考えてどう行動するのか?
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
日が暮れる前の夕方。
一日の作業を終えた奴隷たちは駐屯場に座って配給されたパンをゆっくり食べていた。
駐屯場には奴隷達が所々車座になって座り夕食を取りながら会話を楽しんでいた。時折笑い声が上がっていた。今朝の暗い雰囲気はかなり無くなり、皆が余裕と落ち着きを持っていた。これも全てはスレイ将軍の激励があったからだ。
(やっぱりスレイ将軍は凄いな。)
ガルバは来る戦争に対して不安はいっぱいあったが、この場で泣き言を言う気が全く起きなかった。周りの男達も同様だった。ガルバはスレイの影響力に心の底から感心していた。のんびり座っているガルバの隣に小さい生き物が座りだした。ガルバは横下に顔を向けながら話しかけた。
「また来たんだね。」
《また来ちゃいやした!ガルバ様はお元気ですか?》
その生き物は子犬のジェリムだった。彼女はガルバを見上げながら尻尾を左右に振っていた。その円な瞳はガルバの手にあるパンに釘付けだった。
「またパンを食べたいのかい?朝も食べただろ?」
《ジェリムはパンを食べに来たのではありやせん!任務で近くに寄ったのでガルバ様に挨拶をしに来たんでやす!》
彼女はそう強がるが、口を半開きにしてパンから目を離さないのは分かり易い反応だった。
ガルバは子犬の嘘のつけない様子を微笑ましく思い、パンを千切ってジェリムに差し出した。
「お仕事お疲れさん。オレからのご褒美だよ。」
《やった!ガルバ様は優しいです!いただきや~す!!》
ジェリムはパンの臭いを嗅いでからガツガツ食べだした。臭いで安全を確認することは野良犬の習性なのだろう。
ジェリムがガルバにパンを強請るのは三回目だ。
彼女は昨夜ガルバから『ルに会わせてくれたご褒美』としてパンを分け与えられた。これがとても美味しかったらしく、今朝もフラリと近づいて来て《朝の挨拶でやす!お早うございやす!》と言いながら物欲しそうにガルバのパンを凝視していた。ガルバはジーッと見られる彼女からのプレッシャーに負けてパンを分け与えた。そのせいか、ジェリムはすっかり奴隷に配られるパンの味を覚えてしまって夕方も来てしまったのだった。
「そんなに美味しいのかい?」
《はいっ!これのためにワザワザここまでに来たンですぅ!でも、こんなのよりもヴィンデル姐さまのご褒美の方がずっと美味しかったです!!!》
ジェリムは食べるのに夢中でつい色んな本音を漏らしてしまっていた。
「・・・、そ、そうか。ヴィンデルかぁ。あいつは今は元気なのか?」
《はいっ!ヴィンデル姐さまは都市のわたしたちから情報を纏めながら、ジョヨーの大将スレイ様のお役に立つため日々勤勉に働いておられやす!!全身全霊の忠犬心はジョヨーの乙女の憧れでやすぅ!!》
(へー、確かにあんなに大きくて強くて賢い犬は重宝するだろうな。)
ガルバはジェリムのがっつく姿を好ましく眺めながら、ヴィンデルの黒く艶やかな毛並みと力強くしなやかな肢体を思い出していた。
その時ノバスコ、ドルトン、ビーラー、チェーザの4人がガルバの周りに集まってきた。
「いや~、今日も働いた、働いた。日毎に兵士様の人使いが荒くなってきやがるぜ。」
巨漢のチェーザは疲労感を全身で表しながらドスンと腰を下ろした。他のガルバと親しい仲間達も次々に座って、その日の仕事のことについて話しながら情報交換をした。ドルトンはガルバと同じ城壁の警護だったが、チェーザとノバスコ、ビーラーは城内の物資の運搬の仕事に就かされていた。チェーザ達の話からすると食料や武器の運搬は頻繁に行われており、指示をする兵士の真剣度はかなり高まっているようだった。お互いの話からガルバ達は戦争が近付いていることを強く認識しあっていた。
ふと、ガルバは彼らのリーダーであるジゾーが最近不在がちなことに少し不安を覚えていた。
「ジゾーはまだ働いているのかな?」
「奴隷兵のまとめ役になってからは現場で働く以外にも忙しいみたいだな。少し前に兵士様に呼ばれてどこかに行ったぜ。」
ノバスコが答えた時に、子犬のジェリムがガルバの背後から出てきて、そのままガルバの膝の上に登ってきた。ノバスコは彼女を見ると鼻に皺を寄せて嫌そうな顔をした。子供の頃に犬を噛まれたことがあり、それから犬が苦手なのだそうだ。
ノバスコの近くに座っていたドルトンなどはもっと露骨に嫌がった。両手を思いっきり振るいながらジェリムを追い払おうとして大声を上げた。
「犬なんてアッチに行け!俺は犬猫やネズミが大嫌いなンだよ!」
と言ってジェリムに向けてイラついた視線を向けた。彼は生き物全般をとにかく嫌っていた。
「おいおい、そう言わないでやってくれよ。無闇に噛み付いたりしないからさ。」
ガルバはさっと手をかざしてジェリムをドルトンから庇った。
対してガルバの向かいに座っていたビーラーは左目をカッと見開きジェリムを睨んだ。ジェリムはその視線を感じると、
《あっ!片目の人間さんだ!》
と言って恐れることなくビーラーの前にトントンと跳ね寄って行った。
そして「キュウン、キュウン。」と鳴き始めた。それを見たビーラーはガルバと同じく自分のパンを千切ってジェリムに与えた。
ジェリムがパンに食いつく間をビーラーはじっと見守っていた。食べ終わったのを見ると、手を伸ばしてジェリムの首周りや背中を撫でてやった。それは愛おしむように毛並みに沿って優しくゆっくりだった。
《この片目の人の撫で方は気持ちいいでやすー!ずっとずっとずっと撫でて欲しいでやすー!》
ジェリムは気持ち良さそうに目を細め、顔が緩んでいった。
実はビーラーは朝もジェリムにパンを与えて彼女を手懐けていたのだ。おかげでジェリムはビーラーが犬好きだと判断してよく懐いていた。
「………、ビーラー。犬の扱いがとても上手なんだね。」
ガルバはビーラーの手つきを見て尋ねた。
「犬は飼い慣らして訓練すれば、戦士の心強い相棒になる。これくらいの接し方を覚えておくと後々役に立つ。」
と言いながらビーラーは相好を少し崩していた。
(すごく犬が好きなんだろうなぁ。撫でながら口元がニヤついているもんな。)
ガルバは厳格なビーラーの普段とは違う面を見て、内心で少し意外に思っていた。
「俺の故郷では働かないで食うばかりの犬は飼い主が食べちまうんだがな。」
大柄なチェーザがニヤつきながらジェリムをジロリと見た。ジェリムは人の言葉は分からない。だが嫌な感じがしたのか、チェーザのいやらしい目線を避けてビーラーの背中の後ろに回って隠れてしまった。
「まだ子犬だ。これから大きくなって人の役に立つんだ。まだ早いぞ。」
ビーラーは手を後ろに回してジェリムを安心させるように撫でながらチェーザに反論した。
「分かっているさ、冗談だよ。おい、俺にも撫でさせろよ?」
「いや、駄目だ。もうコイツはお前を怖がっている。」
ビーラーはそういうと後ろを向いて、人を怖がってしまったジェリムを柔らかく掴んで自分の膝の上に乗せた。ジェリムは安心できるビーラーの膝にしがみ付き、そのまま丸く座ってしまった。ビーラーは彼女を慰めるためにその背中を柔らかく撫で続けた。
「チェッ!俺も犬が好きなのによ!」
「基本的に野良犬は警戒心が強い。可愛がりたいなら食料を分け与えて安心させるところから始めた方がいい。」
「ありゃ?ここに座る前に夕飯はもう全部食べちまったよ。こりゃ、明日からだな!クソ!」
そう言ってチェーザは大きな頬をパンパンに膨らませて思いっきりおどけた困り顔をした。
「「「「あははは!」」」」」
その場にいた奴隷達やガルバはチェーザのふざけた身振りを見て思わず笑ってしまった。
その時、東から西へ2騎の騎兵が駐屯場の側の大道路を激しく駆け抜けていった。
「早馬ぁー!早馬ぁー!道を開けろー!」
騒がしく触れを出しながら彼らはジョヨーの中心部に向けて駆け去って行った。
「………、来たんだな。」
ビーラーが視線を落として子犬を撫でながら呟いた。
「何が来たんだい?」
ガルバはビーラーに問い掛けた。
「敵軍だよ。相当近くに来たんだな。」
ビーラーがサラッと告げた情報を聞いて、ガルバの背筋は軽く緊張した。そして一瞬体温が下がったのを確かに感じていた。
ジョヨーの中心に位置する城の一室で、スレイは部下から報告を受けていた。彼は長椅子に足を伸ばして寝ながら話を聞いていた。普段なら部下からの報告でも姿勢を正していたが彼は疲れ果てていた。それは彼が兵を激励しながら『祝福』の法術をたくさん使ったからだった。『祝福』を掛けられた兵は自分の得意な能力が大きく向上するのだが、法術を使うには体内にある法力というものを消費した。法力は人間に内存する法術のエネルギーとなる力で、それを限界まで使うと肉体と精神に酷い疲労を伴った。
スレイは広いジョヨーを巡り、多くの兵の士気を上げるために多くの法力を使った。その為に疲労困憊となり、体と気力を休ませるために長椅子に寝そべることとなったのである。
夕方の軍議を任せた副官であるコモンから軍議の内容を聞いた。
軍議では特に大きな決定事項はなかったので、次に秘書官のリードからの報告を聞いた。幾つかの報告のうちスレイが気になったのは先日ジョヨーの井戸に毒を撒いた賊の解剖所見だった。敵兵とは言え腹の中を割くのはスレイ本人にとっては望まない形であったが、より多くの情報を得るためには必要な処置であった。
「先ず三の区の襲撃者達が食べた物はありふれたものでした。しかし二の区に侵入した者の腹の中には高級菓子が入っていました。三の区では入手が難しい代物のようでしたから、二の区の中で食べたと考えられます。今はその菓子の出処を調べさせています。」
スレイはそこまで聞いて疑問を挟んだ。
「下見をした時に、わざわざ高価な菓子を食べたとは考えにくいな。」
リードは姿勢を正しながら答えた。
「それも考えられます。ひょっとして誰かに会っていた時に出された菓子とも考えられます。」
「内通者の存在がますます考えられるな。例の『捕虜』の尋問を急がせろ。腹の中の菓子以外に分かったことはあったか?」
「どの死体も共通して痩せていましたが、身元が分かるような形跡は見られませんでした。」
「痩せていた?」
「はい。どれも肉付きが薄く、栄養状態が良くなかったとのことです。とても体が軽くて医師が驚いていたそうです。」
「そうか………。」
スレイはそこで少し考え込んだ。副将のコモンはその様子を見て質問した。
「将軍?何か疑問でも?」
「ゲレノア国について情報が一つあってな。それは………。」
スレイが話し出したところで、部屋の扉が激しくノックされた。
「何だ?入れ!」
スレイが応えるとすぐに扉が開けられて息を切らした兵士が入ってきた。
「早馬です!ゲレノア軍が半日工程の距離までジョヨーに接近しました!東方に敵影が目視できました!」
「そうか、報告ご苦労!コモン、リード。城のバルコニーに出るぞ。日は暮れかかっているが、敵軍を見にいくぞ。遠眼鏡を持っていけ。」
スレイは重く感じる体を引き起こして長椅子から起き上がると部下達に号令を掛けた。
「「はっ!」」
部屋を出て廊下を急ぐ3人の表情には、戦争が近づいている緊迫感が発せられていた。彼らはジョヨーの中心にある城の東面のバルコニーに立った。見れば時は夕暮れ、赤い西日が東の荒野を照らしていた。そして遠く視線の先には荒野に黒い染みのような大きな軍営が見えた。スレイは遠眼鏡を覗いてゲレノア軍を見ていた。遠眼鏡でも一人一人の兵士の判別はできなかったが、数多くの旗とテントを確認することが出来た。
「なかなかの大軍だな。」
スレイは暫く眺めてから呟くと、遠眼鏡をコモンに手渡して引き締まった腕を胸の上に組んだ。コモンは鷲のような鋭い目に遠眼鏡を当てて覗き込んだ。
「情報通りですな。歩兵が中心で構成されています。陣の外れに多くの荷台がありますが、攻城兵器が積まれているのでしょう。あれで城外から攻められると厄介ですな。」
「そうだな。明日には包囲を開始して徹夜で兵器を組み立てるだろう。」
「徹夜で組み立てですか?大軍ですから、じっくり囲むものと思っていましたが。」
コモンは驚いてスレイを見上げた。
「いや、そうなると思う。寧ろ、そうなってくれたら我の知る情報の裏付けになってくれる。」
スレイが口角を軽く上げて微笑んだ時に、背後に数人の気配がした。
「敵軍が来たとは真か?どこだ?どこだ?どこだ?」
ジョヨーの文官トップのムンジェイ・ジョーカスが部下を引き連れてバルコニーに現れた。騒々しく現れたジョーカスは目を細めて敵軍を探した。
「コモン。遠眼鏡をジョーカス殿に渡せ。」
ジョーカスは命じられたコモンから遠眼鏡を受け取ると片目に当てた。
「何だ。まだまだ遠くにいるではないか。」
ジョーカスは拍子が抜けた声を上げて、スレイに呆れたような表情を見せた。その表情は明らかに武門の長であるスレイを軽く見た様子であった。
「明日にはこのジョヨーを囲み始めるでしょう。そして可及的速やかに城攻めを始めますね。」
スレイは自分の予想を告げた。それを聞くとジョーカスはスレイの顔を訝しげに見た。
「対策は万全でしょうな?」
「準備はしております。やるべきことは戦争が終わるまで無くなりません。安心して欲しいとは申せませんが、共に戦って苦難を乗り越えましょう。」
「分かっております。頼りにしておりますぞ。」
ジョーカスはスレイに遠眼鏡を丁寧に返すと足早に城内に戻って行った。去って行くジョーカスを見送ってスレイは苦笑いした。
「ジョーカス殿は思いの外、落ち着いているな。戦を避けようとしていたから、敵軍を前にしたら少しは動揺すると思ったんだが。」
そう言って東方へ振り返ると両手を腰に当てて荒野を見渡した。
「まあ、呑気なことも言えないか………。開戦は近い。」
彼の鋭い目線はゲレノア軍の陣を刺していた。
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