死後の事績1
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アイリスと男が机を挟んで座るなか、横側の壁一面に映像のスクリーンが現れた。そこには多くの写真や動画、新聞記事やネットニュースがたくさん映し出されていた。
突然のスクリーンの出現に男はビックリしたが、アイリスは落ち着き払って席を立ち、スクリーンの側に近寄っていった。
そして会社の会議でよく見たプレゼン担当者のように説明を始めた。
「3つの事績を順を追ってお話しします。先ずは、貴方が身を挺して守った少年についてです。」
スクリーンにあの時の少年がアップで出てきた。警察官に囲まれて保護されているみたいだ。
「この少年は父親を早くに亡くしました。父の死後、母親はあの乱暴な男と交際を始めました。男は最初は家族に優しくしていたのですが、籍を入れると豹変して家庭内暴力を振るいだしました。男の目的は入籍して母親名義の借金や各種の契約をしやすくすることだったのです。」
アイリスは次に家族構成の相関図を映した。
「少年には幼い妹と弟がいて、彼らに暴力がいかないように義父から庇っていました。年少の子を庇うことができるくらい彼の魂は尊いのですが、日々積み重ねられる暴行に彼の魂には負の気持ちが溜まっていきました。このまま成長すれば、悪の非行に走るのは確実でした。そこで、あの夜、貴方に出会ったのです。」
スクリーンには殺人事件のニュース映像が出てきた。
「誰も守ってくれないと絶望していたところを、義父の暴力に貴方が立ちはだかったのです。そして死ぬまで少年を守った貴方は、彼にとっての偉大なるヒーローになりました。」
今度はあの義父が捕まったという記事が映った。
「暴力義父は貴方を殺して生き延びましたが、殺人の罪と違法薬物の所持と摂取、そして少年が率先して告発した家庭内暴力と児童虐待の罪で終身刑を課せられました。義父の悪影響が無くなった少年は真っすぐな人生を送り、世の弱者を守る弁護士、そして政治家として歴史に名を残しました。もし貴方が守らなければ、彼の運命を予測すると735の魂を殺す暴力団のトップになってましたわ。」
「735人?」
余りに多い数字に声が出た。
「いえ、735の魂です。うち156はペットとして飼ったネズミや猫、犬の魂です。」
(ええ?闇の深い話だなぁ。)
もし少年が悪に染まっていたらと思うと恐ろしくなった。
「仮名:平田ジュリアスさん、貴方の死で変わった少年は、奪うはずだった魂の10倍、いえ100倍以上の数を救うことになるのです。誇っていいと思います。」
成長した少年の映像だろうか?スクリーンには家族や人々に囲まれて明るい笑顔で笑う写真や動画がたくさんアップされた。
アイリスはまるで自分の功績のように胸を張った。
(そっかー、あの小さい子がそんなに偉い人になるのかぁ………。)
少年の成長した笑顔を見ると、とても嬉しくなった。アイリスは男の満足気な様子を見て一つ頷くと、説明を再開した。
「次の事績は、貴方が勤めていた会社についてです。」
「会社?」
スクリーンは男が勤めていた会社のホームページを映した。
「貴方の勤務していた会社は、表向きは業界有数の技術力を有する業績良好の企業でした。ですが、実際は粉飾決算と脱税を繰り返していました。」
「あぁ、やっぱり………。」
当時、陰で噂されていたのだが、ウチの会社は何かとヤバイというのは時々聞いていた。スクリーンには、それを裏付ける裏決算の資料やグラフが映った。
「ちょうど貴方の死を前後して、脱税に関して国の機関から捜査の手が回っていました。それに気付いた社長や役員達は貴方の死を知ると、一介の社員である貴方に責任を擦り付けて逃げてしまいました。」
「えぇっ?俺にィ?」
色々と社内で働いてきたが、会社の業績やら脱税なんて関わったことはなかった。
「死人に口なし、ということでしょう。もちろん国の機関もまともに信じることはありませんでしたが、捏造された情報を精査するために捜査の手が緩められました。その間に例の秘密プロジェクトが完成しました。」
壁にはプロジェクト完成の報道と会社の株価が鰻上りに上がった様が映し出された。
「そのプロジェクトの成果はIT業界の革新的な技術で、会社の評価は世界規模で高まりましたわ。」
そんな業績を伝えられても、素直には喜べなかった。自分に罪を被せて喜ぶ社長や役員を思うと、腹が立って仕方なかった。
「ここで良心的な会社経営に変われば良かったのですが、調子に乗った社長及び重役達は脱税やら粉飾決算やらに加えて横領も派手にやらかしました。そうこうしているうちに、それぞれの企業犯罪の捜査が再開されました。」
「もしかして、また俺のせいにしようとか………。」
アイリスは眼鏡に手を当てて眉を顰めて答えた。
「その通りです。愚かにも同じ手を使えると判断したのでしょうが、捜査機関には通用しませんでした。多くの企業犯罪を犯した会社は逮捕者続出、倒産の憂き目にあいました。」
スクリーンには警察に連行される社長やら重役の動画が流れた。
「ハァ、そうですか………。」
自分なりに会社のために働いてきたきたのに裏切られたせいか、冷たい感想しか浮かばなかった。
「そう嘆かないでください。国の捜査によって貴方の汚名は払拭されました。また、貴方の死がなければ早くに会社は倒産しており、プロジェクトの成果が日の目を見ることはありませんでした。その成果が世に出ることで、スーパーコンピュータや人工知能の開発が20年は早く進んだのです。貴方の意図とは全く別に動いた運命でしたが、貴方の死は世界への大きな貢献のきっかけとして認められ、正の転換起因点となった訳です。」
「ハァ、そうですか………。」
男は力なくうなだれて答えるしかなかった。散々会社に利用されて貶められたのだ。いい気分はしなかった。
(自分が関わった仕事が世のためになったのを良しとするか………?)
アイリスはしばらく男の様子を見ていたが、説明を始めた。
「落ち込んでいらっしゃるところ申し訳ありませんが、3つ目の事績に話を進めたいと思います。3つ目は貴方のお付き合いしていた女性のことです。」
「え、彼女?」
彼女と聞くと少し元気が出てきた男は、明るく顔を上げた。
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