両軍の蠢動
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今回はゲレノア軍とレノクッス軍の動きです。
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ガルバとルが再会した頃、ジョヨーの東方の離れた地域にゲレノア軍の大軍が進行していた。その軍の威容は勇ましく、装備は充実していた。
ゆっくり進む軍列では大量の物資を荷馬車や荷車で運んでいた。彼らが運んでいたのは分解された大きな攻城兵器の部品だった。
かなりの重量のため殆どの台車の車輪や車軸はミシミシと軋み、いつ壊れるか分かったものではなかった。それでも、ジョヨーの攻略のために兵士や奴隷達は力を合わせて物資を運んでいた。
一番大きな荷馬車の運転台に工兵部隊のトップ、イタリピサ・ガレオリが乗っていた。彼は数頭立ての馬車の操作を隣の部下に任せ、ドワーフ特有の太い腕を胸の前に組んで、軽く猫背になりながら黙って前を見据えていた。この体勢は、彼が多くのことを頭の中で考えながら計算している時の癖であった。
その時、ガレオリの馬車に数騎の騎馬が駆け寄ってきた。数人の部下を連れて先頭を走るのはカトケイン将軍であった。彼はガレオリの馬車に並ぶと馬の歩みを落として同じ速度にした。そして顔を上げて運転台のガレオリに話しかけた。
「ガレオリ、運搬の調子はどうだ?」
ガレオリはカトケインの方へ頭を回して静かな言葉で答えた。
「…、運搬自体は問題ないが、今日の予定到達地点に辿り着くには夜遅くまでかかりそうだ。もう日が暮れる。夜に重い物資を運んでいると事故が起こりやすい。ここらで陣を張ることを勧める。」
「駄目だ。予定を守らせるために兵をそのまま働かせろ。夜通しになってでも進めろ。」
カトケインは冷たく言い放った。
「将軍!それは承服できない。兵らは朝から少ない休憩のみで歩き通しだ。食事もさせねば力も出せない。」
「進軍の予定は私直々の命令であり、軍議で決まったことだ。今回のジョヨー攻略のために第一に必要なことは、いち早く現地に着くことだ。兵は予定到達地点に着いてから休ませる。我々は既に戦争しているのだ。今は非常時である。」
「それは、そうだが………。」
ガレオリが言い淀んだ時に、後方で歓声が上がった。すると別の単騎がカトケイン達に駆け寄ってきた。
「カトケイン将軍!報告です。メッサー殿が率いていた狩猟部隊が任務から戻って参りました。」
「成果は?」
「後方をご覧下さい。十数頭の大型の獣、大量の鳥や兎を仕留めました。」
カトケインが後方に視線をやると、少し離れたところで射殺した獲物を運ぶ兵士達がいた。それを周囲の兵士達が見て喜んでいた。
先頭には弓の名手ヨイナス・メッサーがいた。兜に隠れているが目鼻立ちが整った白面の彼女は、長く伸びた逞しい腕に掴んだ弓を高く掲げてカトケインに成果を誇示していた。
「メッサー殿から『将軍には、この丸々太った兎を受け取って欲しい。』とのことです。」
伝令の兵士はニコニコしながら肥えた兎を三匹差し出してきた。
「私には一匹だけでいい。獲た肉は均等に兵士に分け与えられるようにしろと伝えろ。焼き物よりスープにして配ってやれ。」
「ハッ、了解しました。」
伝令の兵士は狩猟部隊へと戻って行った。
「ガレオリ!受け取れ!」
カトケインはたった今得た兎をガレオリの方へ放り投げた。ガレオリはガッシリとそれを掴んだ。
「それを食べて、その優秀な頭脳の栄養にしてくれ。攻城兵器のスムーズな運搬と効率の良い運用は、この攻城戦には欠かせん。よろしく頼むぞ。」
そう言うとカトケインは馬首を返して駆け出した。別の部署の視察へ向かったのだ。
ガレオリは一つ溜め息を吐いて顔を左右に振ると、手にした兎を脇に置いた。
「このまま行くぞ。」
「ハッ。」
御者をする隣の部下に声をかけると、ガレオリは再び両腕を組んで思考を巡らし始めた。その眉間には苦悩の深い皺が刻まれていた。
その日の夕刻、ジョヨー城内にあるスレイの私室ではスレイと副官のコモン、秘書武官のリードが椅子に座っていた。夕方の軍議を終えた後にこの部屋に集まり、情報交換をしていた。
「リード、内通者捜索の進捗の詳細を教えてくれ。」
スレイがリードに尋ねた。
「軍議では簡潔に報告しましたが、あまり進展しておりません。内通者の助けを得て侵入したとされる賊が根城にしていた空き家を調べました。ですが、家に火を掛けられたので証拠が殆ど燃えて無くなりました。元の持ち主を見つけて尋問しましたが、あの家は2年前に売り払ったとのこと。しかし、買ったとされる者の身分や情報は虚偽でして、その者は今は行方不明です。」
「そうか。殺した賊の持ち物から分かることはないか?」
「衣服はレノクッス国の物でした。所持品は変哲のない両刃のナイフと火付け石、毒と油の入った二つの小さな瓶です。後は少しの貨幣だけです。毒と油の成分を調べさせていますが、解明には時間がかかるそうです。」
「………、『捕虜』の尋問はどうだ?」
「成果が出ていません。尋問に対抗する訓練がされているらしく、全く情報を引き出せません。」
「有力な手掛かりはなし、か………。」
スレイが気落ちした声で呟いた。
そこまで聞いていたコモンが意見を述べた。
「将軍、非情な手段ですが死んだ賊の腹の中を調べてみてはいかがでしょうか?」
「腹の中だと?解剖でもするのか?」
「はい。腹の内容物を調べれば、食べた物が分かると言われています。人間は活動をする為には何かを食べます。もしこの都市で何かを食べたなら、腹の中に残っているはずです。それを調べれば、この都市に侵入した後の足取りが分かるかもしれません。」
スレイは顎に手を当てて少し考えた。
「意外な所から重要な情報が得られるかもな。敵とは言え死体を切り刻むのは趣味ではないが、お前の案を取り入れよう。リード、今から外科医師に急ぎ死体を調べさせろ。全ての臓器を解剖して腹の内容物を調べ上げ、所見をまとめるように指示を出せ。その所見を元に賊の足取りを捜索するのだ。」
「ハッ!」
そこまで話しがまとまったところで、部屋の扉にノックがされた。
「入れ。」
スレイが入室を許可すると伝令兵が入ってきた。
「首都からの早文と斥候隊からの速報です。」
伝令兵は2通の書類をスレイに差し出した。
「斥候隊の次の速報は今夜半前を予定しております。」
「分かった。下がれ。」
「ハッ。」
伝令兵は敬礼をすると素早く部屋を出て扉を閉めた。
スレイは2通の内、まず首都キョトーからの早文を読んだ。読み進めていくうちに彼の表情が少し緩んだ。
「王太子殿下からの直筆文だ。北方のドルースカ国の軍が国境付近で動いているらしい。一応向こうは『演習』だとの通達を出しているみたいだが、油断ならんとのことだ。首都の兵をすぐに動かせないが、必ず援軍を送ると仰られている。頼もしいお言葉だが、しかし相変わらずの悪筆だな。」
スレイはニヤリと笑いながらコモンに早文を手渡した。
スレイとレノクッス国の王太子は年も近く、成人前の若い頃は首都の学園で机を並べて学び、競い合った仲だった。以来、成人してからも互いを支え合い励まし合う間柄で、身分を超えた親友と言っても良い深い信頼関係があった。
その王太子が援軍を必ず送ると明言してくれたのはジョヨー防衛には好材料だった。
「我が国と不戦の盟約を結んでいるドルースカ軍がこの時期に動くとは………。将軍、ドルースカ国とゲレノア国が手を結び同時に侵攻してきたら一大事ですぞ!」
リードが危機感を持って意見した。
「両国が何かしらの協定を結んでいるのは確かだろう。だからこそ二国を連携させない為に、ここで我らがゲレノア軍を食い止めなければならない。食い止めて追い払うことが至上命題だ。」
スレイは強く意志を述べた。二人の部下は黙って頷き合い意志を固めた。
次にスレイは斥候隊からの速報に目を通した。最後まで読み終わると表情を曇らせた。
「将軍、斥候隊は何と言っておりますか?」
リードがスレイの表情を見て不安気に尋ねた。
「ああ、ゲレノア軍はパルコ川を越えた後、ゆっくり移動している。物資が多いので速度は遅いらしい。しかし夕方に陣を張ることなく夜遅くまで進軍するつもりのようだ。」
「すると我々の予想より早くジョヨーに辿り着くかもしれません。」
コモンが強い懸念を述べた。
「かなりの強行軍みたいだな。それよりも敵の大将が分かった。円状に絡み合う2頭の青竜が描かれた白地の旗があったそうだ。『巡る青き二竜の円環』。ゲレノア軍でその旗印を持つのはデレン・カトケイン将軍だ。」
それを聞いたコモンは押し黙った。リードは記憶を辿りながら発言した。
「カトケイン将軍と言うと、先の籠城戦でも大将を務めた将軍と聞いております。」
「そうだ。9年前、我はジョヨー防衛軍の副官だったが、こっぴどくやられたな。腰を据えてじっくり攻めるのを好む男で、あらゆる手を使って攻撃し、しかも転機に上手く順応していた。一度目の首都からの援軍を見事に撃退してしまったので、籠城を半年も続けることになった。二度目の首都からの援軍が来てくれて何とか追い返したが、ジョヨーのことを良く知っている強敵だ。」
スレイは目を細めて当時の記憶を思い返していた。
スレイにとってあの時は死力を尽くす戦いだった。絶え間ない敵からの攻撃で兵士や民は傷つき死んでいった。食料不足によって人々は飢えて士気は低下した。追い返しはしたが、当時のジョヨー防衛軍の将軍が重症を負ってしまった。レノクッス軍にとっては、ギリギリまで追い込まれた勝利だった。
「将軍、いかが致しますか?」
コモンは低い声で指示を請うた。
「カトケイン将軍が来ることは明朝に広く公表する。いずれ知られることだから、早目に知らせて動揺が落ち着く時間を作ろう。明日から我はジョヨーの各所を周り兵達を慰撫する。彼らを激励して周り、下がるであろう士気を高めねばならぬ。コモン、リード、お前達は『ジョヨーには援軍が必ず来る。王太子様が約束された。』との噂を積極的に都市内に流せ。兵や市民達に希望を持たせたい。」
「「ハッ!」」
「カトケイン将軍があらゆる手を打つなら、我らはそれを上回るだけ手を打とう。この戦争の結果はジョヨーのみならず、我がレノクッス国の存亡に関わる。勝つぞ!!」
スレイは椅子から立ち上がり拳を握って決意を固めた。
「「ハハッ!」」
コモンとリードも立ち上がり両手を組んで敬礼をとった。部屋の中の3人はこの戦争の勝利のために一致団結した。彼らの戦意は高く、ジョヨー防衛のために全力を尽くすことをそれぞれ心の中で誓ったのだった。
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《著者注釈:兎の数え方について》
兎の数え方は通常、単位として「羽」を使います。しかし、これはあくまで現在の日本独特な数え方になります。ですので、この異世界での会話において「羽」を使うのは不自然かと思いましたので、「匹」を採用することにしました。
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