新しい朝3
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
主人公と彼の思い人との再会です。
お楽しみください。
ご意見ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
ルはジョヨーの三の区の通りを兵士に連れられてトボトボと歩いていた。向かう先は三の区に数カ所設置された医療テントの一つであった。
(何でこんなことになったんだろう?)
彼女は心の声で呟きなから兵士の後について歩いていた。
ルと奴隷女達が片付けを終えた後に賄い場に現れた兵士は、医術の心得がある人間を探しに来た。ルとハーミーンに経験があったが、ルに従軍医療の経歴があると分かると彼女が選ばれた。忙しげな兵士はルに付いて来るように命令をしてきた。ムステフの屋敷を出てからの道すがら彼が説明することには、ムステフの私有する人員から医療業務に人を送るように指示が上の方から出たそうだった。
戦争では医療業務の量が増加する。当然、不足する人員を補わねばならない。ムステフの私兵から一人を送ったが、女手も一人要求された。女奴隷達には賄いの仕事があるが、ムステフの屋敷では籠城の時には食事に調理が不要な保存食を加えることにした。そうすることで賄いの仕事量を減らして人手を余らせた。この余った人手を医療現場へ補充することになった。
実際には籠城戦が始まってから指示が下りるのだが、事前に作業場所を覚えて、現場の医師や看護師と顔合わせをしておく方が円滑に仕事に加われる。その為に今日は配属先の医療テントに行くことになった。
ルは目線を下げながら歩き続けていくと目的のテントに辿り着いた。兵士が作業員に用件を伝えると予め話が通っていたのか、すぐに看護師のまとめ役が紹介された。この時点でルのみが医療テントに残り兵士は別の仕事に戻ることとなった。去り際に兵士は厳粛な口調でルに伝えた。
「いいか、貴様。籠城戦は数日の内に起きるとされている。今の内から我らのジョヨーのために貢献するように心掛けるのだぞ!」
「承知致しました。尽力を胸に決めて都市に奉仕致します。」
(ハ〜、面倒臭いわ。我らのジョヨーって、アンタら市民のジョヨーでしょ?ウチら奴隷は関係ないわ。早く戦争が終わんないかしら。)
ルは見事に本音と建前を使い分けて応対した。
「それじゃ、少し話をしようか?ルルトオールさん?」
看護師のまとめ役から声を掛けられた。
「『さん』付けは下っ端の私には必要ないです。名前のルルゥから取って『ル』とだけで呼んで下さい。みんなはそう呼んでくれています、ゲールさん」
「そうかい?それならアタシもナイヤで頼むよ。」
「分かりました、ナイヤさん。よろしくお願いします。」
このテントの看護師のまとめ役は、先日ガルバを治療したナイヤ・ゲールだった。彼女は胸辺りまである黒髪を小奇麗に一つにまとめていて、看護師である印の白い布を頭に巻いていた。薄汚れたズボンを履き上から血と泥が染み付いた白のワンピースを着ながら、キビギビとしていながら落ち着いた雰囲気を持っていた。
ナイヤはルを医療テントの隅っこのテーブルまで連れて行くと、優しく席に着くように手で誘った。二人がテーブルを挟んで椅子に座るとナイヤはルに問い掛けた。
「まずね、あなたの医術の経歴を教えてくれるかい?」
「9年くらい昔、北の都市のハカトーで公有奴隷として働いていて、たまたま従軍の医療団に配属されました。そこでは北方の国々と国境で小競り合いをよくしていたので、現場で応急の治療を学びました。」
「どんなことしてたんだい?」
ナイヤは面長で整った顔に好奇心の色味を出して興味深く質問をした。
「外科は止血、傷の縫合、包帯巻き、手足の骨接ぎ、器具の用意と手入れ、痛みに暴れる兵士の手足を抑え込むくらいです。内科は兵士が罹りやすい流行り病の診断と看病することはできます。薬の知識は初級から中級水準くらい覚えています。」
「そう。従軍医療の基本は経験して習得しているんだね。今でもその仕事をしているのかい?」
「いえ。4年前からはリノール・ムステフ様の私有奴隷になりまして、賄いを中心に屋敷の雑用をしています。」
それを聞いてナイヤは少し驚いた。
「そうなのかい?人材の無駄遣いな気がするね。まあ、従軍医療と賄いの経験がそれだけあるんなら、ここでもやっていけるよ。」
「どういうことですか?」
ルは小首を傾げた。
「どっちも清潔さを保つことと手際の良さが必要だし、血と内蔵が平気でないと仕事にならないからさ。よし、分かったよ。他の仲間に紹介するから付いておいで。」
ナイヤはテントの中を巡って作業している作業員と医師一人一人にルを紹介した。
作業員達の様子から概ねルを受け入れてくれるようだったが、ルには新しい人の名前を多く覚えるのは大変だった。
そして最後にナイヤは、ルに癒やしの法力を持つ僧侶と引き合わせた。ナイヤは両手を組み合わせて赤い頭巾を被った緑衣の女僧侶に頭を下げた。ルもそれに倣って礼をした。
「ユミー・ソアラ様。こちらは先程、新しく同僚になったルルゥ・ルルトオール、呼び名はルでございます。何かの折にはお力をお貸しください。」
ナイヤは慇懃に声を掛けて、丁寧にルを僧侶に紹介した。
女僧侶はドルトンを法術で治したソアラであった。女性の中では頭一つ背丈の高い女僧侶はナイヤの来訪に心から喜んでいる様子だった。彼女はスラリとした華奢な体と顎下で正確に切りそろえた髪を小さく揺らしてニコニコと笑っていた。その動きに合わせて彼女の首掛けの護符も揺れていた。
彼女の分け隔てのない人との接し方から、俗世の欲に塗れた毒僧侶とは真反対の存在であるのは奴隷のルが見ても一目で分かった。
「ナイヤさん。お顔を上げてください。戦争になれば、このテントも戦場の一部。共に怪我人を痛みと死から救いましょう。」
柔らかい笑顔で応えたソアラは優しく答えた。続いてルも伏せた顔を上げた。
「貴女がルさんね………。あらあら!?」
ソアラはルを見て数回も瞬きをして驚いてルをじっと見つめた。そのまま彼女は無言でルを見つめた。彼女の目を見たルは自分の頭から足の爪先までまとめて吸い込まれるような未体験な感覚に襲われた。
ほんの一瞬の不思議な体験であったが、不気味さも覚えたルは堪らず声を掛けた。
「あの?ソアラ様?」
「あぁ、これは失礼したわね。不思議な『見え方』をしたものだから、つい見つめてしまいましたわ。ごめんなさいね。気にしないで、ルさん。これからよろしくお願いします。」
ソアラは何もなかったように口元に柔らかい笑みを浮かべて、軽く頭を下げてルに礼をした。
「ソアラ様は、このテントともう一つのテントを掛け持っておられるのよ。二つのテントを行き交いして、重症者を中心に治療して下さることになるから覚えておいてね。」
と、ナイヤはルに補足の説明をした。
ナイヤとルは再び頭を下げて礼をしてソアラから離れると、最初に座ったテーブルまで戻った。
「さて、顔合わせは済んだから今日はお終いなんだけど、本音を言うとあなたの腕前を見ておきたいところなんだよね。あぁ、どっかに都合の良い怪我人はいないかね?」
ナイヤは首をキョロキョロ回して周囲を見渡した。すると一点に視線が留まった。
「んんん?………、あれがいいわね………。ちょっとぉ!そこのアンタぁ!犬を連れたアンタだよ!この前怪我した所は大丈夫かい?こっちに来なよ、診て上げるからさ!!」
テントの近くでナイヤに大声を掛けられた若い兵士がヒョッコリ振り返った。ルもその男に顔を向けた。
ルが男の兜越しの目線と合った瞬間、彼女の心臓がドキリとした。
(え゛ぇ゛!?嘘っ?!)
その男は見間違えようない、あのガルバ本人だった。
ガルバは緊張しながら寝台に寝ていた。側には自分の右手の包帯を解いているルが立っていた。
(何でこんなことになったんだろう?)
さっきからガルバは自問していた。ルの顔をチラッと見ると、彼女は眉間に深い皺を寄せ難しい表情で彼の右手の傷を見ていた。
先程、ガルバはジェリムにルの匂いが見つかったと聞いて、ジェリムが先導して走る後をジョヨーの街を追いかけていた。するとジェリムは、とある広場で立ち止まった。
《ガルバ様、ここで匂いが止まりました。おそらくガルバ様の思い人はここにいやす。》
ガルバが見るとそこは大きな白いテントが張られていた。広場はニの城壁近くに位置し、白い布を巻いた多くの人々が行き来して働いていた。
(医療テントだよな、ここ。パルコ川にいた時に見たなぁ。)
ガルバは何度か世話になった医療テントを思い出していた。
《ガルバ様、どうします?ここで探しましょうよ!思い人を探しましょうよ!!》
ジェリムは興奮気味にガルバに提案した。彼女は恋愛に興味津々な乙女であった。
「そうだね。中には入れなさそうだから周りから探してみようか。」
《了解でやす!楽しみ〜楽しみ〜!》
ガルバとジェリムはゆっくりテントの周りを歩きながら中を覗いていた。暫くそうしていると、不意に後ろから女の大声が掛けられた。
「ちょっとぉ!そこのアンタぁ!犬を連れたアンタだよ!この前怪我した所は大丈夫かい?こっちに来なよ、診て上げるからさ!!」
(俺のことかな?誰だろう?)
ガルバはそう思ってヒョッコリ振り返ると、白い布を巻いた見覚えのある女が手招きしていた。
(何だ。ナイヤさんじゃないか。あれ!?隣にいる人……、ルじゃないか!?え゛ぇ゛!?嘘っ?!)
ガルバは驚いて体が固まってしまった。
「もう!聞こえてんなら、こっちに来なよ。傷を診るからさ!」
ナイヤはテントから出てくるとズカズカとガルバに近づき、腕を取ってテントの中へ引き入れた。
「胴と右手の鎧を外して服を脱いで。終わったらそこの寝台に寝て。」
ナイヤにテキパキと指示を出されて、ガルバは言われた通りに防具を外して服を脱いだ。そして寝台に寝るとナイヤは隣りにいたルに指示を出した。
「この子の右手と腹の傷を診てくれるかい?間違ってもいいから、あなたの見立てを教えておくれ。」
ルが近寄って右手の包帯を解き始めた。彼女は器用にスルスルと包帯を外し両手でガルバの右手を取って観察し始めた。見るだけでなく、腕や手首の関節を曲げたり捻ったりした。
ルは冷静な口調でガルバに問いかけた。
「いつ怪我をしましたか?」
「10日程前、…です。」
「痛みはありますか?」
「ほとんどない、…です。時々疼くくらい、…です。」
「ナイヤさん。傷はほとんど塞がっています。関節や筋にも影響はないです。普段ならこのままでいいですが、今は戦時です。傷口を綺麗にして、軽い包帯をして傷を覆った方が無難でしょう。」
ナイヤは一つ頷いた。
「次に、腹の傷を診てみて。」
「はい。」
ルは次にガルバの腹に指を置いて、縫い跡を刺激しないように優しく触診した。そして何と傷口の臭いを嗅ぐようにして顔を近づけてきた。
(ルの息が腹にかかっている!)
ガルバはルを強く意識していたので、ちょっとしたことでも敏感になった。
ガチガチに緊張したガルバを他所に、ルは顔を離してナイヤに向けて話し始めた。
「腹の傷口も上手く塞がっています。膿んだ臭いや腐った臭いはないので、このままで大丈夫でしょう。他に服に血が付いていますが、多分返り血です。細かい切り傷や擦り傷はありますが、年若いので治療なしで済みます。」
ナイヤはそれを聞くと、ウンウンと2回頷いていた。
「なかなか良い見立てと診断だね。所作も悪くない。言う通り腕に軽い包帯を巻いて完了としようか。」
「ハイ。」
ルは返事をすると、手拭いを脇の水桶で湿らせて傷口を拭き取り手早く包帯を巻いた。
「終わりです。」
包帯を巻き終わると、ルはサッと引いてナイヤの後ろに控えた。
ガルバはルの手際の良さにボーッとしていた。
「ホラ、診療は終わりだよ!サッサと防具をつけ直して元の場所に戻りな!」
ナイヤは追い立てるようにしてガルバに声掛けた。
「あっ、ハイ………。」
ガルバは寝台を下りると、服を着て鎧と手甲を付けた。ルを探すと、既に少し離れたところでナイヤと話をしていた。
(あーあ、話せなかったか………。)
ガルバは肩を落としてテントから出た。
《………残念でしたね、ガルバ様………。》
ガルバの落ち込んだ姿を見てジェリムが慰めた。
そうして四、五歩行ったところで、急に鋭い声で呼び止められた。
「ちょっと待って!」
ガルバが素早く振り返るとルがいた。
「ル!!会えて嬉し………!」
ガルバが喜びの声を上げかけたところで、ルはバッと指を開いて片手を突き出した。
「ここはワタシの新しい職場なの!ベタベタするのはやめて!」
「あ、ああ。分かった。」
「『アナタに伝え忘れたことがあった』って言って職場から離れたのよ。」
「それって………。」
「お腹の傷口、もっと清潔にしなきゃ駄目よ。一日一回は濡れた布でキレイに拭いておくこと。いい?」
ルは両手を腰に当てて注意した。
「う、うん。そうするよ。」
もっと甘い言葉を期待したガルバは少し気落ちした。
「それから………。よく生きてたわね。パルコ川では激しい戦闘だったって聞いていたわ。」
それを聞いたガルバは満面の笑顔になった。そして鎧の中に手を突っ込んで何かを取り出すと、ルの前に手を出してそれを見せた。
「これのお陰さ!すっごく良く効く御守りだね!本当に、本当にありがとう!!!」
それはルからもらった彼女の髪の御守りだった。ガルバは心を込めてルに礼を述べた。
ルは両手を後ろで組んで眉を顰めながらポツリと話した。
「そう。それは良かったわ。………、戦争の時はこのテントで看護師になるの。だから、………次に怪我して、こっちに来たら、その、診て上げる。」
「ああ!勿論、ここに行くよ!」
ガルバは嬉しそうに答えた。
「バカッ!怪我なんてしたら危ないのに、そんな嬉しそうに言わないの!」
ルはキッと顔を尖らせて拳を振り上げてガルバに怒った。
「うん、ゴメン………。」
ガルバはルの剣幕にたじろいだ。
「今度の戦争もまた激しくなるって噂だから、気をつけるのよ………。怪我なんかしたら怒るからね!!」
そしてルはガルバの返事も聞かず、振り返ってテントに戻って行った。
「うーん、女心はよく分からん。」
走り去るルの後ろ姿を見送ったガルバは、御守りを仕舞いながら呟いた。
《良かったですね!!ガルバ様!!思い人に会えやしたね!やった!やった!やった!》
足元でジェリムがキャンキャンと吠えながら駆け回った。
「そうだね。ジェリム、すごくありがとう。あの、ご褒美なんだけど、オレ何も持ってなくてさ。夕飯を分けるってことで良いかな?」
《良いですよ!ジェリムは人間のご飯が大好きです!やった!やった!やった!》
こうしてガルバとジェリムは足取り軽く、ムステフ隊の駐屯場に向けて歩いていった。
その時、ルはテントで医療器具の洗浄と片付けを手伝っていた。彼女は仕事をしながらガルバ達の後ろ姿をじっと見つめていた。ルは自分では気付かなかったが、その目は自然と微笑んでいたのだった。
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