新しい朝2
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
実は、前話で加筆修正をしました。
登場人物の心情描写を詳しく書きました。これで登場人物の行動の理由が分かりやすくなったと思います。
既に前話を読まれた方には申し訳ないのですが、お時間があったら前話も読んでいただいた上で今回の話を読んでくださればと思います。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
時は少し遡り、城塞都市ジョヨーの二の区のとある屋敷の一室。
窓が締め切られ淀んだ空気の部屋の中で裸の男女が折り重なって眠っていた。
窓の外では大小問わず鳥たちが一斉に鳴き出した。ジョヨーの朝の合図だ。
その部屋のベッドでルは目覚めた。柔らかい綿毛のように白い肌のルの体には昨夜の情交で気だるさは残っていたが、柔らかいベッドで寝れたので疲れは殆どなかった。
「フグー、フグー、フグー。」
上半身を起こして音のする方に顔を向けると、傍らにはルの雇い主であるムステフが鼾を立てていた。丸い腹を寝具の上掛けからはみ立たせて気持ち良さそうに眠っていた。ルは眉間に皺を寄せながら蔑んだ目でムステフを見下ろした。
(やっとこいつの夜の相手から解放されるわ。)
戦争が始まってからムステフは奴隷女を交代で毎晩のように呼びだして、自分と仲間の奴隷女に抱かれることを命じるようになった。ムステフと奴隷女が交わっている時間は日に日に長くなり、ムステフが体全体を使って溶けるように求めてくるのに女達が応えるにはかなりの体力が必要だった。
(コイツ、最近は『夜の時』がすごくねちっこくなったのよね。)
部下の前でも愚痴ってばかりで任務にやる気が殆どないムステフだが、女を抱くのは積極的であった。しかも、己の望むことを乱暴に済まして終わりという男が多い中、彼は己の性欲を満足させることには貪欲でありながら女の扱い方を心得ていた。相手の女に性の快楽を与えてくれるので、奴隷女達にとって単純に抱かれるのは悪くなかった。
ただ、ル個人としては自身の快楽を得る以前にムステフへの情を心の底から断ち切っているので、ムステフとの交わりは女の肉体を使った奉公労働そのものだった。
ルはだらしなく寝ている雇い主から視線を外して、ベッドから静かに降り立った。
体の汗を手拭いで拭き取り、黙って服を着始めた。
「俺はここでは死なないぞっ!!」
急にムステフは大きな寝言を叫んだ。ルは大声に驚いてビクリと体が固まったが、ムステフはすぐに気持ちよさそうな寝顔を浮かべて寝返りを打った。
(寝ていても叫ぶくらい不安なのね。この戦争は負け戦なのかしら?)
ルは戦争の詳細を知らないが、何度も肌を重ねていると相手の男の心情が何となく分かってきていた。
(ムステフは追い詰められている。)
この事実だけはしっかり伝わってきて自分の未来にドロッとした不安を覚えてきた。うんざりする気持ちを抱えながらルは着替えを終えて、豊かに伸びた赤茶の髪に手櫛を入れた。髪を整えてから白い首に黒い紐の首飾りを掛けた。それには円形に編み込んだガルバの髪の毛が結ばれていた。
(あの男はまだ生きているのかしら?)
ルは先日出会った男のことをぼんやりと思い出していた。
ルにとってガルバは不思議な男だった。まず賄いの仕事で配膳している時に名前を尋ねられたのは驚いた。そして戦闘の褒美で自分がガルバに充てがわれた時も不思議な反応をした男だった。黙ってルを襲って事を済ませればいいのに、やたら彼女に気を使っていた。見た目は自分よりも少し年下なのに、話し方や所作が妙に分別くさかった。
その上、この自分のような奴隷女に「手柄を立ててもう一度会いたい。」と言い出したのだ。
(手柄を立てたんなら宝物をもらうか、もっといい女を抱けばいいのに。本当に変わった男だったわ。でもアメバッタにびびった表情は笑えたけど。)
ルはその時の間抜けな顔を思い出してしまいクスッと笑った。
すぐに彼女は真顔に戻って、首にかけた首飾りを指で弄りながら少し考えた。
(何故、髪の毛の御守りなんてアイツに贈ったのかしら?アイツの子供っぽい熱意に情が絆されたのかしら?)
ルは、あの時の自分の行動と気持ちを思い出そうとしていたが、今でもハッキリ理解できていなかった。ただ、自分の髪の毛を切って急いで編み込んでからガルバの元へ向かう時は頑張って走っていたことは覚えていた。あの時の記憶はどうやらボンヤリとしていて彼女には実感がなかった。
そしてルはガルバの髪を受け取った。ルはどうしようか困った。ガルバからの青臭くて純真な気持ちから渡された髪の毛を即座に捨てるほど、ルの心根は暗くなかった。でも奴隷の自分には私物を仕舞える場所も持ってなかったので、仕方なく円く編み込んでから紐を通した首飾りにして持ち歩くことにした。
首飾りを服の中に隠すと、ルは静かに部屋の扉を開けて外に出た。そのまま普段の仕事場である賄い場へと向かう。賄い場は屋敷の隅っこの一階にあり、既に二人の女が働いていた。竈には火が焚かれており大鍋で水が沸かされていた。
「ゴメンね、遅くなっちゃった。」
ルは二人に声を掛けて作業に参加する。
「いいのよ〜。アイツの相手でクタクタだろうし〜。」
奴隷仲間の一人、ミレリアが間延びした発音で答える。彼女は長いブロンドの白人で、細身で長身の体型を活かして高い棚の上にあるザルを取り出していた。
「また、何か寝言を叫んでいたんじゃないかい?『俺は死にたくないー!』とか?アハハ!」
もう一人の女奴隷、モリーンが声を掛ける。縮れた黒髪を丁寧に編み込んでいる彼女は濃い褐色の肌でふくよかな体を揺らしながら、器用に包丁で材料を切り分けていた。
「そうなのよね。今朝も言っていたわ。『俺はここでは死なないぞっ!!』だって。アイツ、『夜の時』が本当に必死だから、相手するのは本当に面倒臭いわ。モリーン、これ切るのを手伝うわね。ハーミーンは?」
ルは材料の切り分けに加わりながら、三人目の女奴隷がいないことに気付いて二人に尋ねた。
「ハーミーンなら足りない水を井戸まで汲みに行っているよ。」
モリーンが答えると、そのすぐ後に賄い場から外に通じる戸が開けられて、両手にそれぞれ水桶を下げたハーミーンが入ってきた。
「あら、お早う、ル。昨夜はお疲れ様ね。大変だった?」
ブロンドの髪を後ろに纏めた白人の彼女は足と尻で戸を閉めると、水がタップリ入った水桶を軽々と竈まで運んでいった。
「今、その話をしていたのよ〜。また寝言で叫んでいたみたいよ〜。」
ミレリアがルの代わりに答えた。
「やっぱりね。ぐっすり眠っている時にあれを聞くと目が覚めちゃうからイヤだわ。っと、よっこいしょ。」
ハーミーンは話しながら竈まで行くと、汲んできた水を鍋に足し始めた。
「そうなんだよね!あの声は寝ぼけた豚の鳴き声みたいだよ!アハハ!」
モリーンが声高らかに笑った。それを聞くと他の女達も釣られて笑った。
4人の会話の内容は雇い主を扱きに扱き下ろしているが、早朝の賄い場には兵士が入ってくることはなく、そこは彼女達の少ない息抜きの場だった。
「本当にそうよね。酷い声よ!ただ、気になるの。あれだけアイツが追い詰められるくらい、今回の戦争が大変なんじゃないか?ってね。」
ルは自分の心配を声に漏らした。一瞬、女達に沈黙が流れる。皆、同じような予感をしていたのだ。
「そおね〜。兵士達も今度の戦争で心配しているみたいよ〜。」
ミレリアがルの言葉を受けて低い声で答えた。
「何て言ってたんだい?」
モリーンが気になって尋ねた。
「敵の数が多すぎて、城の外に出て打ち払えないんだって〜。久しぶりの籠城戦になるんじゃないかって言ってたわ〜。」
「私もそれを聞いたわ。最後の籠城戦は10年くらい前だったらしいわね。」
ハーミーンも会話に入ってきた。
「9年前だよ。その時はアタシはここにいたよ!半年も続いたのを覚えているよ。」
「どんな風だったの?」
モリーンの発言を受けてルが当時の状況を彼女に尋ねた。
「あの時はゲレノア軍が農作物の収穫前に攻めてきたから、先ず農地から急いで早刈りする作業を命令されたよ。その後、城の中にずっと閉じ籠もってた。城壁を越えて矢とかでっかい石を放り込まれたりしたね。最悪なのは火矢が建物に刺さって火事になることだね。矢やら石やらが飛んでくる中を消し止めるの大変だったよ!」
「私もいたわ〜。敵が撤退する一ヶ月前は食べ物が少なくなって〜、お腹が空いて苦労したわね〜。」
ミレリアも当時の感想を述べた。ミレリアは痩せているが、実は彼女達の中で一番の食いしん坊なのは女同士の暗黙の秘密だった。
「………、それでどうやって戦争が終わったの?」
当時ジョヨーにいなかったルは戦争の結末について知りたがった。
「首都からの二回目の援軍が届いて敵を追い払ったよ!あの戦争が終わってから、城の装備と蓄えを充実させるようにしたらしいよ。」
「………、今回も追い払えるかしら?」
モリーンの答えを聞いてルは眉を顰めながら独り言を呟いた。
「大丈夫じゃない?もし負けても奴隷の私らにしたら雇い主が変わるだけだし?そんなに深刻にならなくてもいいわよ。」
ハーミーンがきっぱり言い放った。他の3人も「そうよね。」と頷いていた。
戦争には誰にも殺される恐れがある。しかし、元々奴隷である彼女達にしたら、都市の一般市民が心配するような『奴隷に貶される不安』はないと言っていい。戦争で負けても下手に抵抗して殺されなければ、問題は雇い主が変わるか変わらないかだけだ。だから今回の戦争は何処か他人事だった。
「まぁ、ルには『ヒコボシ』様がついているしね。あなたが困った時には彼氏が助けてくれるわよ?!」
ハーミーンが軽い口調でルに声を掛けた。その瞬間、ルは包丁を使う手が止まってしまい顔が赤くなってきた。
「そうよねぇ〜?手柄を立てて会いに来てくれるんでしょ〜?羨ましいわ〜!」
「そうそう!アンタは『オリヒメ』みたいに仕事をして男を待っていればいいんだよ!アハハ!」
ミレリアとモリーンもハーミーンの軽口に乗ってきた。
「そ、そんなこと、アイツが会いに来るなんて分かるわけないじゃない!パルコ川の戦いでとっくに死んでるかもしれないし!!」
顔が真っ赤になったルは照れを隠すために包丁の動きを早くした。
「ウフフ、照れなくていいじゃない?きっとまた会えるわよ?ねぇ、みんな?」
「イヤ~ン!!男が迎えに来てくれるなんてェ〜!女の夢よ〜!」
「本当に恋物語のお姫様みたいだよ!アハハ!」
ハーミーン達はルの反応を見て面白そうにからかった。
「もうっ、もうっ止めてよ!みんな仕事をしないと兵士達に叱られるわよ!!!」
ルはイジられるのを避けるために仕事を盾にして話を打ち切ろうとした。周りの女達はルの慌てる様子を微笑ましく思いながら、ニコニコ笑いながら作業に戻っていった。そんな雰囲気の中でルはクシャクシャに眉間の周りに皺を寄せてイラついてた。
(しまったわ!話すんじゃなかった!!)
ルは自分のしたことを後悔していた。先日にガルバの髪の毛を首飾りにした日に、ハーミーンが目敏く首飾りの紐に気付いた。
それ以前から周りの女達はルのこれまでの険しい様子が柔らかく変わっていたのに気付いていたので、ルの首飾りについてあれこれ尋ね始めた。ルは最初は話を曖昧にして誤魔化していたが、ゴシップ話が大好きな女達の鋭い追求を躱しきれなくなった。彼女はうっかり首飾りに付けた髪の輪がガルバの髪で作ったものだと漏らしてしまい、遂にはガルバとの間で起こったことを全て白状してしまった。オマケに『オリヒメとヒコボシ』の話までしてしまった。
それ以来、ガルバとのことはみんなから格好のイジられネタにされていた。これまで普段は仲間とは距離をとってきたルは、からかわれるのに慣れていなかったせいでイラツキが高まっていた、
(ああ!もう!アイツのせいで腹が立つのよ!アイツが会いに来るなんてないし!絶対にないし!来ても会ってやんないし!!!)
仲間達にからかわれたムカつきはガルバに向けられた。ルは心の中で繰り返しガルバに悪態をつきながら、朝食の作業をしていった。
そうして芋が多く入ったスープができてパンが焼き上がると、彼女達は屋敷にある食堂とムステフの個室に料理を運んだ。ムステフには鳥の足肉を焼いた料理を別に加えた。
ムステフと彼の私兵達と男奴隷が食事を摂り終えてから次に女奴隷の食事になる。手短に全員が食べ終わると、大量の食器の後片付けが残っていた。しかし日常の仕事は効率よく分担されて手際良く片付けが終わり、奴隷女達が一息入れようかと言う時に賄い場に一人の兵士が入ってきた。
背の低い兵士はギョロ目を巡らせながら女達を前にして質問してきた。
「貴様らの中に、医術の心得がある者はいるか?」
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