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堕天転生戦記  作者: 里原 健
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新しい朝1

いつも拙作を覗いて下さりありがとうございます。

戦の迫ったジョヨー内の日常回です。

ご意見やご感想をお待ちしております。

よろしくお願いします。


2022年11月29日

加筆修正しました。主人公の体の変化の理由を書きました。

 全く先を見通せない闇が遠く深く広がる。夜明け前の城壁の上は微かに北からの風が流れていた。

 ガルバは石造りの城壁の上に夜間の見張りで立っていた。固く大きな石の上に立っていると、自然と体が強張ってきて居心地が悪くなった。その嫌な感覚をほぐすために、定期的に首や背筋を伸ばす動作をして何とか見張りの仕事をこなしていた。

 ガルバは今回もくじ引きに負けた。そのため夜半から明け方までの一番眠い時間帯の見張りを担当することとなった。

(徹夜は慣れてるつもりだったけど、見張りってかなり大変だな。)

 ガルバは欠伸を噛み殺して見張りに努めた。

 この世界に()ちる前は仕事や遊びで徹夜することはよくあった。だから初めは夜通しで仕事をすることに抵抗感はなかった。ただ前世では明るい照明があり、空調も適切な環境だったし、徹夜の間でも喉を潤す栄養ドリンクや空腹を満たす食料やスナック類が用意できた。だが今は篝火だけをを頼りに野風に晒されて人影や怪しい物を見張っていた。

 絶えず動くPCのスクロール画面やテレビ画面でなく、暗い闇の止まった風景を見ているのは退屈すぎて酷く苦痛だった。しかし眠気に負けて気を緩める訳にはいかない。何か動きがあった時には速応して連絡を取り合い、場合によっては交戦するのだ。事実、毒撒き事件の前夜には侵入者が見つかって現場の警備兵が戦ったとガルバは聞いていた。気を抜いている時に襲われた大怪我を負ったり殺されたりするだろう。ガルバはそんな目に合うのは真っ平ごめんだった。

 何とか緊張感と眠気と戦いながら城外の平野を見ていると、徐々に空に白い黎明が染み出してきて物言わぬ暗黒が少しずつ払われていった。鳥たちは目を覚まし、それぞれに鳴き声を上げては何羽もあちこちに飛び立った。

 時間が経つに連れてジョヨーの周辺の地理も明らかになっていく。ガルバのいる北東の城壁から見ると、北には広々と平地が続いていた。西に視線を移すと、離れた先に西から北へと大きく円曲して流れるテニスン川が見えた。大河の両脇には均等に区画された農地が広がっており、農作物が既に収穫されていて土壌が露出していた。

 視線を東に向けると上下に緩い勾配がある荒れ地や森が続いていた。その先は目視できないがゲレノア軍と激しく戦ったパルコ川があるはずだ。ガルバは肩を解すために小さく背後に首を回す。背後の南側は荒れ地が広がる先には山々が並び、更に遠くには青白い山脈が見えた。

 南の山をまとめて「イートミマ山地」と言うらしい。地理に詳しいドルトンによると、攻撃的な人外の生き物が多数住んでいて普通の人間は近寄らない危険な山地なのだそうだ。しかし、鉱物資源は豊富らしく、一攫千金を狙って坑道を掘る者がいるらしかった。

 朝日は昇り城内に隈なく光が注がれていく。静かだったジョヨーも少しずつ人の動き出す気配が生じてきた。

「よっ!見張りの交代だぜ!」

 ガルバの背後から野太い声がかけられた。ガルバが振り向くとチェーザがノシノシと歩いてきた。黒い肌は朝日に照らされて奴隷にしては健康そうな(はだ)(つや)の良い光沢を帯びていた。本人は普段通り愛想よくにこやかに笑っているつもりだったが、右頬の大きな傷のせいで顔が恐ろしげに歪んで人を怖がらせる笑顔になっていた。

「お早う、チェーザ。夜通しの見張りはくたびれたよ。」

 ガルバが偽りのない本音を漏らすとチェーザは隣に立ってきた。

「まぁな。体を動かして働くのも辛いが、ジッと待っているのも辛いな。」

「あぁ、その通りだね。でも良いこともあるよ。ホラ、見てくれよ。綺麗な景色だ。」

 ガルバが北の方を指差すと、ちょうど朝日がテニスン川の水面を山吹色に輝かせて、区画分けされた農地を明るく照らしていた。

 視線を変えて風景を眺めたチェーザは顔から笑みがなくなり、暫く無言のままだった。

 いつも陽気な大男がガラッと雰囲気を変えてきたので、ガルバは驚いた。

「チェーザ?」

「………、うん?あぁ、少し昔を思い出していた。」

「昔?」

「そうだ。俺が戦争で捕虜になって奴隷になる前のことだ。故郷(ふるさと)のドルースカさ。」

「ドルースカって、確か北の国だったよな?」

 ガルバはドルトンに聞いた地理の話しを思い出していた。レノクッス国と北の国境に接する大きな国でレノクッス国と同じように気候に恵まれて自然の多い国だ。人口も多くて強国の一つに数えられている。レノクッス国とは5〜6年前に国境紛争があったが、今は不戦条約を結んでいるそうだ。それ以降、人の行き来や交易が増えてきているとのことだった。

「あぁ、あのテニスン川の北の河口の更に北にある国だ。」

「ここに似ているのか?」

 ガルバは少し興味を持って尋ねてみた。

「いいや、ぜ〜んぜん似てない。これからの時期はジョヨーだと寒くなって雪が降るが、ドルースカは少し涼しくなるくらいさ。ここより木も沢山生えていて、もっと葉っぱが広くて実のなる木が多い。肉の美味い獣も多くて狩りがしやすい。だから家族が自分一人だけなら、畑仕事をしないでも森で食っていけるんだよ。」

「そうか、自然の多い国なんだな。」

「でも俺は農作業が好きなんだ。手をかけて作った野菜や穀物を家族で分けあって、市場で売って金に換える。働けば働くだけ家族が増えて豊かになっていくのさ。」

「………、向こうに家族がいるのか?」

「親父とお袋、姉貴と二人の弟、生きていれば爺ちゃん婆ちゃんがいるはずさ。」

 チェーザは少し視線を下げて声を落とした。

「会いたいよな、当然………。」

「そりゃそうさ!いつか故郷(ふるさと)に戻って、俺も家族を作るのさ。子供は最低4人。頑張って働いて細身の嫁が太って困るくらいに食わせてやるんだ。そして『俺の土地』と『家族のために働く意志』を子供達に継いでもらって、俺の子孫が繁栄していくんだ。」

 チェーザは笑顔に戻りながら将来の夢を語った。ガルバはチェーザの話を聞きながら、自然と笑みを浮かべるようになった。

「ハハハ、嫁さんは色々と大変そうだな!チェーザなら大地主になれるよ!」

「ああ、そん時は、お前もウチに遊びに来いよ!こっちにない珍しい果物を腹いっぱい食べてもらうさ。」

 ガルバはチェーザの家の楽しい団欒を想像できた。すると「グー。」と腹が鳴った。

「楽しみにしているよ。食べ物の話をしていたら腹が空いてきた。朝飯を食いに行くよ。」

「おお、そうだな。早く行かないとなくなるぞ。」

「分かった。じゃあ後はよろしく頼むよ。」

 ガルバとチェーザの二人はそこで別れた。

 他愛もない会話だったが、チェーザが持つ未来への希望を感じてガルバは心が弾んだ。ガルバは歩きながらチェーザが家族を養って働く姿を想像してみた。

(チェーザは体が丈夫だから耕したり木を切り倒したりするのが得意そうだ。いつも陽気だから、辛いときとかも笑って乗り越えられそうだな。でも少し意外だった………。)

 ガルバが見てきたチェーザは、戦争の前線で多くの敵を力と体格で薙ぎ倒す激しいスタイルで戦っていた。奴隷の身分でなければ少〜中人数部隊を一つ二つ任されても良さそうな戦士だった。そんなチェーザは戦場で名を残すよりも、国に帰って平和に暮らしたいと言う。

(もしかしたら、戦争で手柄を上げて、その手柄で国に戻れるように考えているかもな。)

 チェーザには前向きに生きる目標があった。目標と言うより「夢」に近いだろう。ただ、自分の幸せの形が分かっていたチェーザの言葉はしっかり説得力があった。目には人生の先を遠く見つめる光があった。

(いいなぁ、チェーザは。僅かでもこれから先の未来に生き残る目的があって。辛くても頑張れる。)

 ジョヨーの街の通りでは整列した兵士達が多く行き交い、物資を運んだ台車や馬車がすれ違った。市民達は息を殺して家の中に引きこもっているようだった。戦争が近いのだ。ジョヨー全体を巻き込む大きな戦争だ。

(オレはこんな所で何ができるんだろう?)

 ガルバは奴隷の休憩場所のんびり歩きながら己の境遇を振り返った。

 前世では虐げられる少年を助けて事件に巻き込まれ、理不尽に刺殺されて自動車に轢かれたかと思っていたら天使の手違いで別の世界に()とされた。この世界に立ったと思ったら本人の意思を通すことなど不可能な戦場に放り込まれた。命からがら生き延びてきたが、それは運と生存本能のお陰であった。只管(ひたすら)に己の力のなさを痛感し、己の力の及ばない大きな渦に四方八方に振り回されて気付いたら生き残っていたようなものだった。

(とてもじゃないがチェーザのような小さくても前向きな希望なんてオレにはないよ。一日(いちにち)一日(いちにち)どころか一刻一刻(いっこくいっこく)をごまかしながら生き過ごすくらいしかできないなぁ。生き延びたところで何か良いことがあるわけでもないし。)

 ガルバはここまで考えると、今の自分の在り方に対して胸の奥に虚しさを感じてしまった。自分でも気付かないうちに大きく嘆息しながら、痩せて落ち窪んだ目を地面に落とした。長く伸びた黒髪はガルバの顔の前に垂れ下がり、陰鬱な表情を人の視線から隠してくれていた。彼の視界は狭くなったが、向かってくる人間の顔など見なくても腰から下が確認できれば人とぶつかることはなかった。ガルバは自分の気持ちを触れられるのを敏感に避けるように通りの人々から距離を取って目的地へと元気なく向かって行った。

 普段駐屯している広場に戻ると、糧食のパンを一つもらって広場の隅に腰を落とした。誰とも会話する気が起きなかったが、幸いなことに知り合いの仲間達は皆仕事で出払っているところだった。ガルバはムシャムシャと咀嚼してパンを食べ切って空腹を満たすと、邪魔にならない場所で槍の素振りをし始めた。

 彼は一日1〜2回は槍や剣の素振りをするようにしていた。自分への鍛錬の意味もあるが、無心に武器を振ることで、これから先に起きる戦争への不安と焦りを解消したかったのだ。特に今は自分でも感じていた気分の落ち込みを振り払いたかった。

 最近は槍を振ったり盾を翳したりしていると、体が反射的に滑らかに動くことがあった。自分の戦い方が上達しているのを実感できてガルバは鍛錬が楽しかった。特に敵からの攻撃の防ぎ方や()け方は上達しており、ビーラーにも「(さま)になってきている。」と褒められていた。まるで体で覚えていたことを思い出しているようだった。

 例えるなら、暫く乗っていなかった自転車の乗り方のコツがペダルを漕ぎながら思い出される感覚とか、昔ハマったテレビゲームの遊び方や情報がコントローラーを動かしている内に思い出される感覚だった。

 ガルバは薄々感じていたが、この現象はガルバの魂が自身の躰に馴染んできていることを示していた。天使のミュシャが言ったように、ガルバの魂と躰はチグハグだったところから一つに合わさってきていた。この躰はなかなか運動神経が優れているらしく、特に敏捷性や柔軟性が高かった。パルコ川の戦いで咄嗟に起こしたバク転は、その躰の特性から可能だったのだ。

 ビーラーに教わった基本を繰り返す。槍で突き、払い、叩き、剣を振るう。そして足運びや体捌きを確認しながら盾を翳す。それぞれを百回くらい行い、体の表面に汗が滲み落ちるくらいまで訓練すると、ガルバはそこで止めた。

「スー、ハァ。スー、ハァ。」

 切れた息を整えながら地面に座り込んだ。呼吸の苦しさで胸が痛かったが、そのお陰で心を暗い色に染めつつあった鬱屈はどこかへ行ってしまった様だった。まだ身体が熱いうちに武器防具の点検を軽く行うと、やるべきことはなくなった。そこで駐屯場の隅に置かれている共用の水桶から水を掬って喉を潤してから広場の隅で横になった。

 下から見上げると、ジョヨーの空は澄んだ青空で浮浪雲(はぐれぐも)が一つ浮いていた。

 少しずつ瞼が重くなり、ガルバは時を置かずに寝息を立て始めた。

 晴れた日の下、心地よい気温の空気に包まれて眠るのは疲れがよく取れる。そのまま太陽は中天を超えた。

 ずっと夕方まで寝ていたかったが、ガルバは自分のズボンが数回引っ張られる感触を覚えた。

 ガルバは無意識に足を引き寄せて抵抗したが、今度は顔をチロチロと舐められた。くすぐったいので顔を背けたが、しつこく追いかけられた。

「ウゥーーん、何だよ?」

 目を少し開けて見ると白黒斑の子犬の顔面が視界いっぱいに広がっていた。

「キャン!キャン!キャイン!」

 《ガルバ様、起きてください!見つけやしたよ!ご褒美をくださいな!》

 子犬はジョヨーの三の区の北東地域に住む野良犬の顔役であるジェリコの娘ジェリムだった。

 《ご褒美をくださいな!くださいな!》

「ご褒美って何だよ?」

 まだ寝ていたいガルバは寝返りを打ってジェリムに背中を向けた。

 《ガルバ様の思い人の匂いを見つけやしたよ!早く行きましょうよ!》

「思い人?思い人って………、ルのことかッ?」

 ガルバは反動をつけて上半身を起こした。その勢いの良さに驚いてジェリムはストンと腰を地面につけてしまった。

 《うわわ!ビックリした!そう、その人の匂いを見つけやした。行きましょうよ!》

 ガルバは周囲を見回す。差し当たり新たな仕事が回される雰囲気はなさそうだ。

「よし、こっそり行ってみるか!案内をお願いします。」

 《合点でやす。ジェリムの後ろに着いてきてくださいな!》

 そう言うと彼女は嬉しそうに駆け出していった。子犬と言えども走れば結構早い。ガルバは置き去りにされないように小走りにジェリムの後を追った。

(ルに会える!ルに会える!)

 ガルバははやる心に身を任せたまま、ジョヨーの人混みに入り込んで行った。

 ーーーーーー


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