事件の顛末1
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
ジョヨーのテロ攻撃の夜が明けて、生き残った主人公達は朝から仕事です。
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ジョヨーが無差別攻撃を受けた夜は明け、都市は新しい朝を迎えた。
都市内に朝靄と黒煙が漂う中、夜通し作業する人々が多くいた。
辺りが明るくなるに連れて街が被った被害内容が明らかになってきた。特に木工所での火事は被害が大きくて後始末の作業をする人員が多かった。木工所では木材倉庫の一つが全焼して、隣の倉庫一つに延焼してしまった。何とか鎮火できたが、中の木材が濡れてしまってイチから乾燥させねば使えなくなった。鎮火した倉庫から民兵のものと思われる遺体が二体見つかった。民兵とはジョヨーの市民を中心にして構成された自警団を指した。兵士や奴隷兵は外敵を防ぐ戦いをし、民兵たちは城内の防災活動や救助活動を中心とした役目を担っていた。死んだ民兵の身内たちは声を上げて悲嘆し、悲しみに打ちひしがれていた。
井戸場で毒を顔に浴びた奴隷のタントも死んだ。タントは毒を浴びた後は長い間叫び声をあげてのたうち回っていた。周囲の兵士達は井戸水を顔にかけて毒を薄めようとしたが、目の粘膜を通して毒はすでに侵入してしまっていた。タントは少しずつ体の動きが小さくなり息を引き取った。皮膚は紫に変色して目は爛れ、目や鼻や口から血を流した恐ろしい死に顔だった。
頬にニキビがあったタントは奴隷達の中ではガルバと同じくらい年若かった。しかし大いに苦しんだ上に死んでいった。若い生命力がある故に死への苦しみに耐えられなかったのかもしれない。誰も助けることもできず、痛みから解放できることもなくタントは亡くなった。ガルバはそれを確認したときに冷たい感覚を覚えた。絶望のような冷たさはなかったが、体中の肉が徐々に冷めていくようであった。
ガルバはビーラーと同じ奴隷仲間として死んだタントを警備隊の詰め所へ運ぶように指示を受けた。二人は毒から身を守るため鼻と口を手拭いで覆って、直にタントの皮膚に触れないように遺体を大きくて薄汚い布に包んで運んだ。
ジョヨーでの葬式のしきたりでは一般に生活している者は都市の外に墓地を掘って墓を建てて弔っていた。土葬か火葬かを選ぶのは家の風習や経済的余裕等に従った。対して、引き取り手のない奴隷や身元不明の死体は強制的に火葬にされた。三の区に一つある火葬場で焼かれ、近くの川に散骨することになっていた。
しかしタントの場合は謎の毒が死因だったことから、遺体を調べるために警備隊の詰め所へ運ぶように指示されたのだった。ガルバとビーラーは遺体を警備隊の庁舎まで運ぶと、配属された井戸の地区に戻るように命令された。木工所へ戻る道すがらガルバは歩きながら黙って考えていた。
(短い間だったけど、タントは付き合いやすそうなイイ奴だったのにな。残念だよ。それに、アイツを殺した敵の工作員は女だったな。最初は小柄な男だとばかり思っていたけど、女を殺してしまった。)
ガルバは女の死に顔を思い出していた。涙を流して酷く悲しそうな表情だったのが彼にとって印象的だった。
(殺らなきゃ殺られていたし、同情は禁物だよ、確かに。でもな………。)
ガルバは両手をじっと見た。槍を刺した時にズシリと手に乗った重い感触をまだ覚えていた。手指を濡らした血の滑りを覚えていた。嫌な感触だった。
(ルに会いたいなぁ。)
ガルバは心に湧いてきた嫌な感情を払いたくなってルを思い浮かべた。彼女の笑顔とか眉間に皺を作った顰めっ面を見て元気になりたくなった。
その時、隣のビーラーが立ち止まってあごを振った。
「オイ、見てみろ。」
示された方向を見ると、板で蓋をした井戸の周りに兵士や人々が立っており、住民を近寄らせないよう警護していた。その中には、青や茶などのローブを纏った魔道士や緑色の僧服を着た僧侶、黄色の上着を着た土木作業員も含まれていた。彼らは一様に鼻と口を布で保護していた。
「厳重だな。」
「ああ、噂になっているが多分毒を撒かれたんだろうな。俺達が守っていた井戸にも投げ込まれそうになったろ。あれと同じだろう。」
井戸場には警護の兵士達も顔と鼻を手拭いで守っており、周囲を見張る目だけがギラついていた。
「俺達の井戸も野良犬が瓶に飛びつかなきゃ、ああなっていた。その前にお前が敵の侵入者を見破らなければもっと危なかった。お手柄だぞ、ガルバ。」
ビーラーがガルバの肩を叩いた。ガルバはその勢いによろめきながら答えた。
「運が良かったんだ。役に立って嬉しいよ。でも勝った気がしないな。タントはあんな死に様だったし。特に女を殺したのはちょっとな………。」
「何だ?また弱気なことを言ってるな。よし、もう一回ビンタを喰らいたいのか?」
ビーラーは手を大きく翳した。
「おい!勘弁してくれよ!アンタの平手打ちは痛ぇんだよ。」
ガルバは咄嗟に両手で頭と腹を守った。
「怖がるな、冗談だよ。………、お前の感情は間違っていない。寧ろ正しい。でも戦場でそれは出すな。意思が振れて闘いに集中出来なくなるぞ。憐れみは勝者から敗者への鎮魂歌だ。戦争に勝ち残った時に目一杯憐れんで歌ってやれ。それが敗者への慰みになる。」
「そうか、そうだな。分かったよ、ビーラー。それにしても意外だな。」
「何がだ?」
「アンタが鎮魂歌とか言うなんて。まるで詩人みたいな言い回しだよな、凄いよ。」
「何っ?!生意気を言うな!小僧!」
そう言いながらビーラーはガルバの後頭部をパシッと軽く叩いた。
「痛ぇ!?」
「ほら、元の現場に戻るぞ。仕事はまだ山積みだ。徹夜だからって気を抜くなよ、ガルバ。」
ガルバは頭の後ろを摩りながらビーラーの後を追って歩き出した。
二人は元来た道を辿って火事現場に向かって歩き出した。辿り着いた彼らには焼けた材木の運び出しや片付けが待っていた。使える木材と使えない木材を選別し、炭になって使えない木材は、一旦ジョヨー内のゴミ捨て場に運ばれることになった。ガルバはゴミ捨ての係になり他の奴隷達と一緒に荷台を押していった。焼けた端材とは言え、消火でかけられた水を含んだ木のゴミはなかなかに重かった。
数台の荷台が列になって進みゴミ捨て場に着いた。そこには色々な物が捨てられていた。壊れた家具や割れた瓶とガラス、正体の分からない金属装置の塊。ゴミ捨て場には都市の役人が随行しており、決められた通りに捨てるように指示を出していた。ガルバ達は木の廃材の山まで行って、そこに木材を捨てた。捨てられた木材はまるで元からそこにあったように多くのゴミに埋もれて紛れていった。
手足どころか体中を煤まみれにしながら、軽くなった荷台を押して木工所への帰途についた。木工所に戻ると既に昼を回っていた。昨夜から徹夜で働いた兵士や奴隷達は別の人員と交代して休むことになった。ガルバはムステフ隊の駐屯場所へとビーラーと共に歩いていった。
朝食を食べ損ねて腹が減っていたが、夕方になるまで食糧の配布はなかった。ビーラーは体を休めるため、すぐに横になって眠り始めた。ガルバも横になろうとした時、駐屯場所の端で大小二匹の犬が座っていることに気づいた。
三の区の北東地域の野良犬をまとめているジェリコと彼の娘ジェリムだった。
ガルバはさり気なく立ち上がってジェリコ達の隣に座った。
「お疲れ様です。何か新しい連絡ですか?」
《昨夜のガルバ様の活躍をヴィンデルの姉御に伝えやした。姉御の主のスレイ様にも伝わりまして、ガルバ様が手柄を立てたことにお喜びとのことです。そのことをお伝えに参りやした。》
《ジェリムも参りやした!》
「あの時はジェリコさんとジェリムさんがいなければ大変なことになっていました。お二方が一番の手柄です。」
《お褒めいただき、ありがとうございやす。わっしは姉御から別に褒美をもらっているので、お気遣いなく。こうして我らと自由に話せる御仁がいらっしゃると、大きな仕事ができやすな。》
《ジェリムもご褒美もらいやした!》
「そうですね。オレもできる限り頑張るんで、よろしくお願いします。」
《こちらこそよろしくお願いしやす。さて、わっしは仕事に戻りやすが、何かガルバ様から姉御にお言伝などございますか?》
《ジェリムにもごさいますか!?》
ない、と言おうとした時にガルバに一つのアイデアが浮かんだ。
「これは、公の仕事じゃないんですが、人探しを頼んでもいいでしょうか?」
《どなたでしょうか?公務のついででよろしければ力添えしますよ。》
《ジェリムも力添えしますよ!》
「この匂いの持ち主を探してください。」
そう言うとガルバは懐から大事にしていたルの髪の毛のお守りを取り出した。ジェリコとジェリムはそれに鼻を寄せてきた。
《ちょっと嗅がせてください。………、人間の若い女ですね。この方はガルバ様の大事なお方で?》
《恋ですか?恋ですよね!?もう恋ですね!!》
恋愛に好奇心旺盛な女の子のジェリムが尻尾を忙しく振って反応してきた。その勢いにガルバは少したじろいだ。
「………えっ、ええ。立場上、簡単に会えない人なんですけど、居場所だけは知りたくて。無理にとは言わないので、もし分かったら教えて下さい。」
《想い人なんですね?分かりやした。これはガルバ様とわっし個人の間の約束ということで、お調べしておきましょう。判り次第、ご連絡しやす。それでは、また。》
《ジェリムもお調べしやす!それでは、またでやす!》
ジェリコとジェリムは軽く体を翻して路地の方へ駆け去った。
(上手くいくか分からないけど、やれることはしたいな。)
ルに会いたいという切ない気持ちを強く感じながら、ガルバはルからのお守りを握り胸に当てながらルの無事を祈った。
束の間そうしてから、ビーラーの側に戻り彼と同じように地面に横になって体を休めることにした。
徹夜後の眠気が深くなるにつれ、耳に入る昼間のジョヨーの喧騒は遠く離れて行った。
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