毒撒き事件5
本作を覗いてくださりありがとうございます。
ジョヨーのテロ事件も佳境になってきました。侵入者の攻撃は防げるのでしょうか?
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
ジョヨーの三の区の北西に位置する住宅密集地。そこには人々の信仰の拠り所である小さな教会があった。
白い壁に灰色をした陶製の瓦屋根を持つその建物は、夜になるにつれて厳粛な様相を見せていた。
ジョヨーの信仰は主神ユスフルを頂点とした神々を崇拝する多神教であった。都市内には教会が数カ所建っており、それぞれに地域の住人は足を運んでいた。
特に今は他国からの侵攻を受けており、早く戦争が終わるように家族が無事であるようにと人々が祈りを捧げていた。
突然、その教会の中から悲鳴が上がった。
「きゃー!火が出たわ!火事よ!」
「危ないぞ!急いで外に出ろ!」
教会の屋内の隅に青い炎が上がっていた。
周囲を警護していた兵士達は騒ぎを聞いて、火事に迅速に対応した。
ある者は消火のために民兵を呼びに走り、ある者は逃げ惑う市民を誘導した。
しかし、火つけの犯人を捜索するまでには手が足りなかった。教会に入り込む不審者を警戒できても、避難する群衆から放火魔を見つけ出すのは困難であった。
建物の外に出る市民に紛れてゲレノア軍の工作員、通称4は灰色の襟巻きを翻して小走りに駆けていた。
4は井戸へ毒を撒くために地域の混乱を画策した。その為に不特定の市民が出入りする教会を狙った。教会に侵入する時は足の悪い老婆を見つけて、彼女を支える好青年を装った。外が暗くなるのに合わせて屋内の蝋燭に火が灯るのを待ち、それを火種にして密かに撒いた油に点火した。後は混乱に紛れるだけだった。
そして彼は人々が逃げ惑うのを利用して井戸場まで街を駆け抜けた。
井戸場にいた兵士達は警戒心を高めて守っていた。4はすぐに井戸へ突入できるかと期待していたが、それは難しそうだった。
しかし観察をして見ると、兵士達は教会の火事と聞いて気持ちが少し浮ついていた。しかも教会から一部の市民が井戸場に避難してきたことで、その場はちょっとした混雑になっていた。
(これは好機。)
4は次々に避難してくる人々に押し出されるフリをしながら井戸へゆっくり近づいた。残り二十歩まで近づき警備の隙を伺った。
井戸場では夜に入り、井戸の周りには篝火が焚かれ、その場は明るかったが、市民の不安と一致するように炎は揺らめき怪しく影が踊っていた。
(クソっ。あと少しなのに近づけねぇ!)
4は俯いて表情を隠しながら辛抱強く待った。下手に飛び出せば全てが水泡に帰してしまう。
苛つく4の前に新たな好機が生まれた。
井戸場へ騎馬に乗った将校が数名の部下を引き連れて入ってきた。ジョヨーの三の区、西半分の警護の長であるセレーヌ・ルーイである。彼女は教会への放火の一報を聞き、緊急で周辺の安全を確認するために来た。
「警備に問題ないか!?」
彼女は警備の責任者に声を掛けた。
その瞬間、井戸場を守る兵士全員の目線が彼女に向いた。
ほんの軽い一瞥。
だが、4にとっては十分な時間だった。兵士達同士の小さな隙間を縫って獣のように滑り込む。そして毒入りの黒い瓶の栓を抜いて瓶ごと井戸の中へ叩き込んだ。
「おいっ?!貴様は何をしているんだ?」
兵士達が4に気付いて取り抑えようとした。彼は篝火の台をなぎ倒し『二つ目』の白い瓶を炎に叩きつけた。この瓶はアジトに残った3から分けて貰ったものだった。
ボワッ!
一気に青い炎が立ち昇り、その光は井戸場にいる人々の目を眩ませた。
その隙を突いて4は暗い路地へと走り寄る。暗闇に紛れるその寸前で何者かとすれ違った。
右の太腿に熱い痛みが走り、4は体勢を崩して転んだ。
「なっ!?」
4を転倒させた人物は素早く近づき、倒れた彼の喉元に剣を突き付けた。
「こんなことをして逃げられると思うなよ?ゲレノアの鼠よ。」
それはルーイであった。彼女は4の動きを察知するや、馬から飛び降りて彼に襲いかかったのであった。正に常人の動きを超えた素早さだった。
ルーイに圧倒された4は彼女を見上げてニヤリと笑った。次の瞬間、自ら上半身を一気に起こして、突きつけられた剣で己の喉を貫いた。
「なっ!?しまった!」
井戸に毒を撒いた4から情報を得ようと決めていたルーイは、剣を喉から抜いて出血を止めるべく傷口を抑えた。
「医師を呼べ!法術が使える僧でもいい!急げ!」
みるみる青ざめていく4を抱きかかえながらルーイは命令を出した。
毒を撒かれた井戸場は瞬く間に戦場のような混乱を呈していった。
ジョヨーにある木工作業所で火が出た。火の元になる所には兵士達が巡回していたので、すぐに消火のための民兵が集められて消火にあたった。
しかし現場は大騒動だった。
そこは木材を保存する倉庫の一つだったが、火は木材に燃え移り倉庫の窓からは黒い煙が空高く立ち昇り、周囲に炎の熱を広げていた。
そのため、周囲の地域の民兵が総出で消化作業に駆り出された。彼らは汲み置きの水を大量に炎にかけ、近隣の住人を避難させていた。
倉庫の消火には水の魔法と風の魔法を操る魔道士達も働いていた。彼らは炎を弱めるために汲み置きの水を自在に操り、延焼しないように厚い空気の壁を作った。
外にいる消火作業員には見えないが、燃え盛る倉庫の中には二人の男が倒れていた。彼らは倉庫を守っていた民兵だったが、それぞれ喉と心臓を突かれて死んでいた。死体には油を撒かれて燃やされて倉庫内に火が回った。
火事現場付近にある路地の奥まった物陰に、ゲレノア軍工作員の6がいた。彼女は木工所の放火に成功し、近辺を混乱させて井戸へ毒を撒く機会をここで狙っていた。
愛する3が死んでからは彼女に迷いはなかった。ひたすら作戦の成功のために思考を巡らせて意識を集中していた。
路地の先にある井戸場を凝視していると、不意に足元で物音がした。
6がさっと飛び跳ねて見てみると小さい白黒の子犬が座っていた。
「クゥ~ン。」
子犬はつぶらな瞳を潤ませて6を見上げていた。
敵の気配かと思って慌てた彼女はその姿を見て安心した。
「あっぢに行きな゛。近゛ぐに゛いるど怪我ずるよ゛。」
6は潰れた喉で優しく声を掛けると、子犬から視線を変えて井戸場の観察を再開した。子犬は少しの間そこに座ったり彼女の足元を彷徨いたりしていたが、構われなくなったと判断したのか井戸場へと駆けていった。
暫くすると井戸場の兵士達の人数が半分くらいに減ってきた。
(?!火事現場に招集されたのか?)
6は状況を訝しんだが、減った兵士が戻る様子はなかった。
(よし。このまま突入するわ!)
彼女は覚悟を決めて短刀を抜いて片手に構え、懐から黒の瓶を取り出して握りしめると、井戸場へ駆け出した。路地から出て井戸へ駆け寄った。
五歩程走った途端に、隠れていた多くの兵士達が現れて彼女を取り囲んだ。
「ク゛ソ゛っ゛!」
自分の存在が気づかれていたことに驚き、6は立ち止まった。
「動くな!短刀を捨てて地面に膝を着け!」
6の前に立ちはだかった兵士、アイブが叫ぶ。6を囲む兵士の中にはタントとビーラー、ガルバがいた。
兵士達の作戦が成功したのだ。
先程6に近寄った子犬は、この地区の野良犬のまとめ役ジェリコの娘ジェリムだった。子犬が怪しい臭いのする人間を親であるジェリコに伝え、ジェリコはガルバに伝えた。
ガルバは不審な人間が路地に潜んでいると担当の兵士であるアイブに報告した。
アイブは最初こそ半信半疑だったが、ガルバが一生懸命に訴えたのと井戸に毒を撒く事件が伝わっていたこと、そして近くの木工所の不審火を考慮して信じることにして罠を張ることに決めた。
ワザと見張りの兵士を減らした様に見せ、6が飛び出した所を囲んだのだった。
「早くしろ!地面に膝を着けろ!」
アイブが再度6に怒鳴った。
彼女は目で周囲を見渡して重心を低くした。そして短刀を手から落とした。
誰もがその短刀に目を取られた一瞬の隙に、彼女は正面のアイブに片手の黒の瓶を投げつけた。アイブは咄嗟に盾を翳して身を守った。瓶は盾にぶつかり割れて中身が飛び散った。
「ウガァ!」
毒液が運悪くアイブの隣にいたタントの顔に跳ねた。毒液はタントの目に掛かり激痛に襲われた。タントはその場に倒れてしまい、顔を手で覆って悲鳴を上げながら藻掻いた。
6を囲んでいた輪が崩れた。彼女は一か八かその崩れに身を投じながら、二つ目の黒の瓶を取り出した。部隊の犠牲になった3から預かった、形見のような毒瓶だった。
(これだけは成功させる!仲間の犠牲になったアイツのために!)
包囲から一歩外に踏み出して井戸へ向かう。
(あと少し!もうちょっとで!)
正に決死の思いで駆け抜けようとした彼女に横から衝撃が襲った。
ズブっ!
脇腹に激痛が走り、動きが鈍った。見ると一本の槍が横腹に刺さっていた。槍の使い手はガルバだった。
「お゛の゛れ゛!」
6は槍を抜こうと手を伸ばすが、そのまま次々と別の数本の槍に背中や腹を突かれた。刺された勢いを受けて体が持ち上がり、爪先が浮いて高く体を掲げられた。
「あ゛あ゛あ゛か゛か゛か゛ーーー、ク゛ソ゛ッ゛タ゛レ゛ー!」
彼女は目を見開き、腹の底から獣の絶叫を上げた。
重症を負った彼女は痛みで気を失いそうになったが、それでも手に握った毒瓶を井戸へ目一杯の力で投げつけた。毒瓶は綺麗な放物線に沿って宙に浮いていた。栓は抜かれていなかったが、井戸の内側に当たれば容器は割れて毒が井戸は汚染するだろう。
瓶が井戸に入る寸前、俊敏な影にそれは捕らえられ井戸には届かなかった。
その影の主は白黒の斑のジェリコだった。口には黒の瓶を咥えて身構えていた。
それを見た6は無念のあまり涙を一筋流した。
(あぁ、ヨシュアー。今からアンタの元へ逝くわ。)
そうしてガックリと頭を下げると、愛する男からアンジーと呼ばれていた女、6は死んだ。
彼女の壮絶な死に様を見て、敵を倒し喜ぶべきである兵士達は気圧されてしまい、しばし無言になってしまった。
ガルバも倒した相手が女であることに戸惑ってしまっていた。
(女?きれいな顔をしている。泣いているのか?)
槍を伝って血がガルバの両手に垂れてきた。
その時、遠くからジョヨー中に獣の鳴き声が響き渡った。
「ワウウウーーー!ワウウウーーー!」
《勝ったわーーー!最高よーーー!》
ヴィンデルの勝ち鬨だった。
(アイツも戦っていたんだな。)
大犬の咆哮が夜空に鳴り響く中で、井戸場には木工所での火消しの騒ぎが変わらずに煩く伝わっていた。
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